Happy Birthday, SANJI! <にあさま>


その日の、夜から。
翌日にかけて、船番に当たったのはサンジだった。




恐らくは、航海士が。
そして、仲間たちが。
この日までの到着を目指し、全力を尽くした、比較的大きな島。
皆が自分には内緒で、寝ずに舵を取ってくれていたことを。
毎晩、遅くまで仕事をしているサンジは、ちゃんと知っている。



(見え見えなんだよな……)



明日は、自分の誕生日。
今夜から明日まで 自分が船番なのは、クルーたちが陸で、
誕生日パーティーの準備をしてくれているからだ。
根っからコックなサンジのことだから、船で誕生祝いをしたところで、
おとなしく祝われているはずがない。
座の主役が、一番忙しく働くことになるなど、分かりきっていて。
だからこそ仲間たちは、島への到着を急いでくれたのだろう。


そして。
仲間たちは、露ほどにも。
サンジがとっくに、“そんなのお見通し”であることなど、気付いてもいない。
きっと、あの聡く美しいお姉さまも。
仲間たちと一緒に、何も知らないふりをして。
『サプライズ』を仕掛ける側の立場を、楽しんでいるのだろう。




サンジは元々、ヒトの心を読むことに長けている。
分かって、いる。
全部、分かっちゃ、いるけど。



(――…嬉しいよな)




仲間たちが、自分を喜ばせるために、一生懸命になってくれる。
それってやっぱり嬉しいなあ、と。
つい、頬が綻んでしまうサンジなのだ。




(――…嬉しい…、…ハズなんだけど)




カツン、と心が突き当たって。
はあ、と思わず溜め息をつく。


――…そう。
仲間たちが心を込めて、祝ってくれるはずの誕生日。
嬉しいハズなのに。
幸せな、ハズなのに。


唯一、引っかかるのが…
――…あの野郎のこと。




最初、ナミは。
二日目の夜、つまりサンジの誕生日の夜からは、船番を置かず、
金を払って港に船を置かせて貰おう、と言っていた。

『ウチも今、そんなにお金があるわけじゃないから。サンジくん、初日の船番だけお願い出来る?』
そんな、見え見えのナミの可愛い台詞に。

『おっ安いご用さァ、ナミすわぁ〜ん!』
そう言って、目をハートにしながら、盛大に身をくねらせたのに。




『金がねェなら、無駄遣いするこたぁねェだろ。
二日目の船番なら、オレがやる』




部屋の隅から、上がった声。
サンジの胸が どくりと鳴ったことなど、
――…知りもせずに。




『ちょ…っ、ゾロ!だって、二日目の夜は、みんなでパーティーなのよ!?』
『だから、オレなら適任だろが。おい、クソコック。夕方には交代に来てやっから、オレの晩飯作っとけ』
『ぬぅわにをエラそうに、クソマリモが!テメエに作ってやるメシなんざねェわ!』
『和食でな』
『聞けよテメエ!!』




つまり。
ヤツには、サンジの誕生日パーティーに参加する気などサラサラない、ってこと。
サンジを、祝うつもりなど。
――…カケラもない、ってこと。




『適任だろが』




「――…はは。まったくだぜ」




ちびた煙草を、灰皿で揉み消して。
サンジが ふっ、と、苦く息を吐く。




そう。
――…わかってる。
オレが惚れたのは、……そんなヤツ。




自分のことなど、祝いたくもないのだろう。
意識するあまりに突っかかってばかりいる自分を、あの男はきっと、煙たく思っているに違いない。




ガタ、と椅子を鳴らして立ち上がる。
時刻は、間もなく午前0時。




「ハッピーバースデー、か…」




サンジは、小さく呟くと。
紅い唇に新しい煙草を咥え、ククッ、と苦く笑ってみせた。




*******




自慢じゃないが、男所帯で育ったから。
年上のお姉さまから一方的に可愛がられたり、野郎の客から入れ上げられたりしたことはあるけれど、
恋愛経験は、そう豊富な方じゃない。
ましてや、こんな。
――…身を焦がすような、恋なんて。




ご都合主義の恥ずかしい妄想なら、思い付く限り繰り広げてみた。

例えば。

夜中、ひとりで船番をする自分の元に、ひょっこりとゾロがやって来て。
驚く自分に、花束を差し出しながら、こう囁く。
『誕生日おめでとう、サンジ』




そんなもの、現実になるわけがないことなど、分かってるのに。
それでも どこかで期待していたらしい、サンジの胸は。
時計の針が、深夜の2時を過ぎる頃。
音も立てずに、静かに萎んだ。




そう、それは、見るだけ無駄な夢。
虚しい絵空事。




例えば、朝、起きてみたら。
キッチンには既に、ゾロが居て。
買ってきた朝食を並べただけのくせして、ヤケに自慢げに胸を張って。
『誕生日、おめでとう』
そう言って、優しく笑ってくれる、とか。




夕方に交代に来る、って言ってたくせに。
昼前にはもう、姿を見せたりして。
『プレゼントをやるよ』
と、囁いて。
そのまま、自分に腕を伸ばして。
そっと、キスを…――




「って!!どんだけ乙女だ、オレぁ!!」



バァン!とテーブルを両手で叩く。
バカじゃねェの!?と、自分で自分を蹴り飛ばしてやりたい。
き―――!とアタマを掻き毟りまくってやりたい。

オレぁ、どこまでイカれちまってんだ!
こんなん、オレじゃねェ!
こんな無様なの、認めたくねェ!

嫌われてるの、知ってるのに。
分かりきってんのに。
するだけ無駄な、妄想ばっかして。
――…ひとりで期待して、落ち込んで。




「クソ!バカ過ぎんだろ!!」




ダン!と、足を踏みならして立ち上がると。
サンジはカツカツと靴を鳴らしながら、キッチンに向かって、歩いた。






ちょっとだけ。
涙が滲んだのは、内緒だ。





*******




「うし。ちゃんと、和食にしたな」




船に戻ってきたゾロが、よしよし、と頷く。
何を偉そうに、と思いながらも、どこか嬉しそうなその表情に、文句も言えない。




「もう、食うのか?」
「食う」
「じゃあ、メシと味噌汁出しちまうぞ」
「おう」




酒瓶を手に、ガタ、と椅子に座るゾロの前に、無言で椀を出す。
温めなおした煮物と、焼き上げた魚の皿を出してやれば、ゾロの頬が嬉しそうに緩む。



「いただきます」
「ハイどうぞ」




ガツガツと食べ始めた姿に、思わず、溜め息が零れる。



――…最後の、“妄想”。
サンジと交代するために、船に現れたゾロが、
『誕生日おめでとう』
と、笑ってくれる。



たった、それだけの。
――…ささやかな、期待。





(消えちまった、か)




クスリと笑って、煙草を灰皿に押し付ける。
別にもう、ガッカリもしない。
――…最初から、期待していなかったから。
内ポケットから、新しい煙草を取り出して。
ガツガツと食事をする、ゾロの背中に向かって声を掛ける。




「んじゃ、食ったら洗い桶ん中浸しておけよ」
「あ?もう行くのか」
「まァな。そろそろ、オレが行ってもいい頃だろ」




というかもう、この状態から脱出したい。
ゾロと、ふたり。
どうしようもなく嬉しいのに、どうしようもなく、何もない。
――…悲しくなるほど、無意味な空間。




「……どういう意味だ?」
「あ?」
「そろそろ、行ってもいい頃、ってのは」
「……だからよ。アイツらにも、それなりに準備、ってモンがあんだろ?邪魔しちゃ悪ィだろが」
「……何を、邪魔すんだ」
「はあ?パーティーに決まってんだろ?」
「テメエが…、パーティーを邪魔すんのか?」
「――…あのよ。テメエが脳みそまでミドリなクソマリモだ、ってこたぁ、重々承知してっけどよ。
それにしたって…、…あんまりなんじゃねェのか?」






怒るよりも悲しくなって、サンジがゾロを見つめる。
祝いたくなければ、祝ってくれなくていい。
そんなことはもう、とっくに諦めてる。
――…でも。
何も、そこまで。
スッとぼけて見せる必要は、どこにもねェんじゃねェのか…?






「――…」
「……まあ…いいさ。じゃあな」
「ち…ちっと待て!」






ガタン!と立ち上がったゾロの勢いに、サンジがびっくりして立ち止まる。
振り返れば、どことなく青褪めたゾロの顔。
不思議に思いながら首を傾げ、思い当たって ぽん、と手を打つ。





「あァ、そうか。せっかく、パーティーで酒が飲めるハズだったのにな。悪かったよ。
今夜は、ラック上段の酒瓶に限り、好きに飲んでいいぞ」
「――…何でテメエが、“悪かった”とか言うんだ」
「へ?だって、テメエがパーティーに参加しねェの、オレのせいだろ?」





きょとん、と尋ね返すサンジの一方で。
ゾロの顔はますます青褪め、しかも何処か、怒りの様相を呈している。





「今日…、何日だ」
「……。は?」
「だから!今日は何日だ、っつってんだ!!」
「え…ええ?」





何を、今さら?と思うのに。
凄まじいほどのゾロの勢いに、サンジの方がタジタジとなる。





「さ、3月…2日、だけど」
「――…っ!じゃあ、今夜のパーティーってのは…、テメエの!?」





ゾロの声に、ただコクコクと頷く。
何で今さらゾロがこんなに必死なのか、サンジにはサッパリわからない。





「バカじゃねェのか!何で、早く言わねェんだ!」
「は、早く、って…だってテメエは、オレを祝いたくねェから、今夜の船番を」
「ナミやテメエじゃあるまいし!オレが、日付を気にして生きてるように見えんのか!!」





――…見えません。





「でも…、パーティーに出ねェのは適任だ、とか…。わかってて言ってたんじゃねェの?」
「…いつも、テメエらが言ってんだろ?ドコ行ったって寝てるだけだし、どうせ迷うんだから。
おとなしく、船番してりゃいいんだ、って」
「う…まァ、そりゃそうだけど」
「テメエのメシが食えねェ陸でのパーティーなんざ、興味もねェし。
テメエと船番代わるなら、ついでにメシも作って貰えるしな。そっちの方が、ずっといい、って思ったんだ」
「――…え」




――…なんだ?
今、なんか。
すっげえ嬉しいことを、言われたような…




「それにしても…、クソ!だからテメエ、ここんとこ、浮かねェカオしてやがったのか…!」
「…、っあ?な、何言ってくれちゃってんだテメエ!何でオレが、浮かねェカオとかしてなきゃならねェんだよ!」
「は?だって、テメエ。オレに惚れてんだろ」






サンジの動きが、止まる。
完全に強張ったまま、声も出ないサンジに向けて。
何でもないことのように、あっさりとゾロが言う。






「なのに、オレが。テメエの誕生日パーティーに出ねェ、っつったからだろ」
「――…、違…」
「違わねェだろが。認めろ」
「――…な…ん、で…?」
「あ?」





ツカツカと、歩み寄ってきたゾロが。
サンジの肩に、ガシリと両手を置いて。
間近から、真っ直ぐに蒼い瞳を覗き込む。





「なんせ。ずっと、タイミング窺ってきたんだからな、オレは」
「――…。は?」
「確実に、堕とせるように」
「……な…?何…意味わかんねェこと…」
「わかんねェか…?」





ゾロの親指が、そっとサンジの唇に触れる。
金色の瞳。
どこか掠れた、甘い声。






「オレはな。テメエに、惚れてんだ」







――…。

――――……は?






「え…?だってテメエは、オレが嫌いで、…ええ??」
「あ?何を聞いてたんだテメエは。惚れてんだ、っつったろが」
「だっ…、て…。オレを見る表情は怖ェし…まともな会話にもなりゃしねェし…」
「まァ、な…。気ィ抜いたら、襲っちまいそうだったからなぁ」
「はあぁ!?」






びっくりの、大連続。
まともにアタマが働かない。

ナニ、コレ、なんのドッキリ??
まさか、これ全部、オレの都合のいい妄想だとかじゃねェよな??

蒼い瞳を瞬かせて自分を見るサンジの姿に、ゾロが思わず苦笑する。






「――…そんなカオ、すんな」
「あ?そんなカオ、…って?」
「喰っちまいたくなんだろが」
「は?え?」






熱い体に、体ごと ぎゅう、とくるまれて。
訳も分からず、目をぱちくりしているサンジの耳に流れ込んできたのは。
妄想の中でなら、何度も繰り返し聞いた…
――…どこか掠れた、甘い声。






「サンジ。誕生日、おめでとう」






思わず見上げた、その瞬間。
サンジの唇は優しい熱に包まれ、甘く痺れて、蕩けた。






********






「やっぱり来ないわね〜、サンジくん」
「パーティー、明日の夜に予約しといて正解だったな」
「ホントホント」
「ゾロったら、いきなりあんなこと言い出すんだもの。あの時は、慌てちゃったけど」
「そうね。結果として、これ以上ないほどのシチュエーションが出来上がったわね」
「あ゛〜。喜んでやりたいけどぉォ〜、何だか認めたくもないようなあァ〜」
「なあなあ。ホントはゾロのヤツ、何もかも計算ずくだった、ってことはねェかなあ?」
「え?」
「ゾロがぁ?」
「おう。ダメなりに」



つぶらな瞳をキラキラさせて、チョッパーが、見かけを裏切る毒舌を遺憾なく発揮する。





「それはないわね」
「ええ。ないわ」
「ねェのか」
「ないけど。ムカつくことにアイツって、勝負所は外さない男なのよねぇ」
「そうね。誰かさんとおんなじ」






クスリと笑うロビンの視線が、『肉〜』とテーブルに突っ伏しているルフィを捉える。






「ナミ〜、もういいだろ?ハラ減った!メシにしよう!」
「そうね!誕生日パーティーは、明日の夜に全員で、ね!」
「おう!」






明るく笑う、ナミの言葉を合図に。
皆、待ちかねたように、それぞれ目の前のグラスを手に取ると。
高く掲げ、グラスをぶつけ合って。
弾けるように、笑い合った。







「Happy birthday、SANJI!!」








――大好きな貴方へ、ありったけの愛を込めて。――





end
(2011/03/06)




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