眠れぬ夜は君のせい 2

首にタオルを巻いてさっぱりとしたゾロが入ってきた。
「飯食ってけよ。」
半ば強制的に皿を並べる。
おうと短く答えたゾロは、白い箱を横にどかした。
「な、それ何の箱?」
「ああ、ナミに持ってけって渡されたんだ。」
思い出してサンジに差し出す。
「え、じゃあ俺開けていいのかな、って言うか、お前これ持って出たのいつだよ。」
「飯食ってすぐ。」
今は、夜だ。
「そんなに遠くに、行ってたのか?」
マサカと思いつつ、顔が引き攣ってしまう。
「まっすぐ海が見えてたから、海に向かって降りたら港に着くっていいやがったんだ。だから
 俺は真っ直ぐ降りたんだが、・・・」
どこをどうしたのか途中で道は途切れ、山を登り崖を下って海に入った・・・らしい。
「何で・・・」
サンジの肩が細かく震える。
天才だ。
こいつは迷子の天才に違いねえ。
海に降りてまっすぐの道を、どこをどう迷ったら6時間も彷徨えるんだ!!!
机を叩いて突っ伏したまま笑うサンジにむっとしたのか、勝手に酒瓶をあさりだした。
「あ、ちょっと待て待て、今日は特別にいい奴出してやる。」
慌ててその手を止める。
「特別?なんでだ」
「いや、なんとなく・・・」
まさか自分の誕生日だからとはいいにくい。
「なあ、これ開けていいんだな。」
ゾロに引っ張りまわされて、よれよれになった箱の蓋をそっと開けた。

「・・・」

絶句しているサンジに、ゾロもその手元を覗き込んだ。
「なんだコリャ。」
中に入っていたのは、周りを生花で飾られた小さなガトーショコラ。
花に守られたのか、奇跡的にもケーキは原形をとどめている。
白いプレートに「Happy birthday」の文字が見えた。

「あ・・・」
「え、誕生日って、あ・・・」

ゾロは驚いた表情のままサンジの顔を見た。
「てめえの、誕生日か。」
「わかってて持って来たんじゃねえのかよ。」
サンジの目はケーキに釘付けのままで。
「いや、ただ大事なもんだから大切に持って行けと言われて、これだけは濡らさねえように
 気をつけてた。」
なるほど。
忘れられてたわけじゃなかったんだ。
ちゃんと、考えてくれてた。
サンジがしみじみ感動している横で、ゾロが軽く舌打ちして天井を見上げる。
「しまったな。」
声が聞こえて、サンジははじめてゾロを見た。
「なんだよ。」
「いや、俺手前にプレゼントもなんもねえ。」
ゾロの思いがけない言葉に慌ててしまう。
「馬鹿か、何もいらねえよ。お前の時だって、俺何にもやってねえし・・・」
最後は消え入りそうな声だったけれど。
「くれたじゃねえか。」
「え!」
なんかやったか、俺。
考えても何も思いつかない。
夕食のメニューのことかな。
それともおやつ?
ぐるぐる考えているサンジを置いて、ゾロはゾロで考えている。
「まあ、飯食おうぜ。俺もちょっと考えるからよ。」
何を考えるのだろう。
それより、俺はゾロになんかやっただろうか。
腑に落ちないまま、サンジもとりあえず食卓についた。





簡単な食事と取って置きのロゼ。
テーブルには春の花。
小さなケーキ。
軽くグラスを会わせて、サンジは満ち足りた気分だった。

皆でお祭り騒ぎのパーティもいいけど、たまにはしっとり好きな人と・・・
好きな・・・
サーっと顔から血の気が引く。
違うだろ俺。
普通はナミさんかロビンちゃんだろ。
ドレスアップしたレディが俺の前でこう・・・

いきなり悶絶して頭を掻き毟り始めたサンジを無視して、ゾロはもくもくと食べている。
「おい、ちったあ落ち着け。飯時だぞ。」
「てめえに言われるとは思わなかったぜ、畜生!」
何故か顔を真っ赤にして、サンジはやけくそに食べ始めた。



「俺は、ケーキはいいぞ。」
「俺のバースディケーキだぞ、一口くらい付き合え。」
なんとか1cmの幅で切って、ゾロに渡す。
ゾロは意を決したように、一口で飲み込んだ。
「ったく、なんて喰い方しやがる。」
ラム酒が聞いててゾロ向きなんだがな。
「たまには人の作ったケーキってのも、いいもんだ。」
子供のように笑うサンジを見つめるゾロの瞳はいつになく優しくて、その視線に気づいた途端、
サンジの表情は怒ったような仏頂面になってしまった。
「・・・見てんじゃねーよ。」
そっぽを向いたサンジの顎を捉えて、ほんのり赤い頬に口付ける。
文句を言おうと向き直った唇を捕らえた。

いつの間にか真横に来て、唇を貪りながら抱きしめる。
腕が痛えと言いたいのに声すら出せなくて、サンジは軽く喘いだ。
「やっぱ、てめえの方が甘え・・・」
散々舐めまわして、漸く解放したゾロがにかりと笑う。
「バカやろ・・・」
顔を赤く染めて、サンジが小さな声で悪態をつく。
だがその腕から逃れようとはしないで、ゾロの胸に顔を埋めた。
ワインが廻ったせいか、いつもより大胆になっている。

「お前さ・・・誕生日ん時、俺から何貰ったって?」
サンジの独り言のような呟きに、ゾロが顔を覗き込んだ。
「俺、てめえに何もやれなかったぜ。」
祝いの言葉さえ、言わなかったのに。
「くれたじゃねえか。てめえをよ。」
何を言ってるといわんばかりの、ゾロの顔。
サンジは目をぱちくりして、それから茹蛸のように真っ赤になった。
「あ、あ、あ、アホかてめえ!!なんてことほざきやがる!!!」
照れ隠しに怒りまくるサンジを抱えなおして、ゾロは真正面から目を合わせた。
「決めた。」
ぴたっとサンジがもがくのを止めた。
「今日、俺をお前にやる。」
―――はい?

いつも貰ってるんですけど。
っていうか、もう結構なんですけど。

口をパクパクさせているサンジに、ゾロは真面目な顔で宣言した。
「今夜はお前の言うとおりにするぜ。何でも言いやがれ。」
キス寸前まで顔を近づけて、ゾロは動きを止めた。
サンジが何か言うのを待っているらしい。
俺に何、言えってんだよ。
息がかかるほど間近で見据えて、ゾロがサンジを待っている。

「・・・とりあえず、キ・・・スしろ―――」

誰も聞いていないのに、蚊の鳴くような声で呟いた。
了解、と答えたゾロが柔らかく唇を重ねる。
唇の裏を舌で擦り、空いた隙間に滑り込む。
歯列をなぞって、逃げ回るサンジの舌を捉えた。
唾液を啜られ、舌根まできつく吸われる。
ゾロの熱が口内に伝わり、まるで唇から溶け合うようだ。
逃げるように傾けるサンジの顔をがちりと捕まえ、息もつかせぬほど舐めまわす。
頭の芯がぼーっとして、ただひたすら気持ちいい。

喰われてる――――
こいつのキスは、それだけで喰らい尽くす。
喰われちまう・・・

背筋がぞくぞくとして、甘い痺れが駆け上がる。
多分レディなら、この時点で怖くて怯えちまうだろう。
自分が自分でなくなるような、何もかも奪い去られそうな激しいキス。

――――あ、勃っちまった・・・

スラックスの中が、窮屈になってる。
胸もじんじんして、なんともむず痒い。

どうにかして欲しいのに、ゾロはひたすら唇を貪ることに専念している。
舌を押しやり合わせた唇をずらすと、合間から零れた唾液が顎を伝い落ちた。

「・・・も―――」
ゾロの肩に掛けた手は、縋り付いて見えるだろうか。
顔を上げていることすら辛くなってきた。

「なんだ。」
俯いた頬を舐めて、ゾロが意地悪く聞いてくる。
なんかむかつく。
むかつくのに俺はそれどころじゃない。

「こ、こを・・・よ―――」
ぺたんとした貧乳を、ゾロの肩に擦り付ける。
視界の端に映るゾロの顔が、笑った気がした。

「了解。」
濡れた舌でぺろりと指を舐めて、肌蹴けたシャツの隙間から手が差し込んだ。
すぐに捉えて指の腹で柔らかく押しつぶす。
「・・・ん、ふ・・・」
「なんだもう、コリコリじゃねえか。」
言うな、アホ!!
ボタンを外して肩からシャツを滑り落とした。
腕に中途半端に引っ掛けたまま、片方の乳首を舐めてもう片方を指で摘まむ。
「―――あ・・・や・・・」

ゾロの膝に乗っかった形で胸を嬲られるのは、なんとも恥ずかしい体勢だ。
自由な手がいっそ所在無くて、短い芝生を掴んでいるしかなかった。
もう前が爆発しそうになっている。
どうにかして欲しいのに、ゾロは胸ばかり弄くって・・・

ここでサンジは初めて気付いた。

ゾロは、言ったことを何でもしてやると言った。
と言うことは、言わなければ何もしてくれないってことか・・・

いい感じで身悶えていたサンジの身体がぴたりと止まり、ゾロは訝しげに顔を上げた。
真っ赤な顔で、涙さえ溜めて睨みつけている。
その唇がふるふると震えているので、もう一度喰らい尽きたい衝動に駆られた。
だがじっと耐えて、次の指示を待つ。
乳首に舌を絡めたまま見上げているゾロはなんとも間抜けな構図なのに、その目つきは精悍で――――
やっぱこいつカッコいい・・・と眩暈すら覚えるサンジは終わっているのだろう。

「俺が・・・何も言わなくても、続きしやがれ!」
憤死しそうな勢いでそれだけ喚いて、ゾロの首筋に顔を埋めた。
ゾロはその真っ赤な耳に齧り付き、了解と囁いた。















少しずつ空が白みはじめ、寝覚めを促す光が窓から差し込んで来た。
けど、この船には無用だぜ。
目が覚めるどころか、寝てねーし。

夜明けと共に活動を始めた鳥達の、爽やかな声を聞きながらサンジはどんよりと首を擡げた。
食後の後片付けもできていない、食べっぱなしのキッチンでマッパの男二人が重なって寝転んでいる。

お天道様にお見せできない光景だ。

気だるげに身体を起こして、脱ぎ散らかしたスーツから煙草を取り出す。
軽くふかして一息ついた。

さっきまで盛んに活動していた夜行性の男は、今は全裸のまま大の字で豪快に寝息を立てている。
通常なら実に間抜けな光景なのに、そうは見せない堂々とした体格が、いっそ恥ずかしい。

とりあえず・・・アレだな。
一服したらシャワーを浴びて
キッチンを片付けて
いや、その前に目の前の男に何か掛けて隠さねーと・・・

煙草を咥えてぼうっと考えながら、サンジはにやりとした。
結局明け方まで色々やりながら、こいつも何も言わなかった。
ならまだ、おあいこじゃねえか。

ふっと煙を吐いて、サンジはゾロの耳に顔を近づけた。
なら、言ったモン勝ちだ。
言葉にしてどうこうってもんでもねえが、やっぱ気持ちの問題だろう。

「ゾロ、誕生日おめでとう。」
4ヶ月遅れの、祝福の言葉。
聞こえたかどうかは知らないが、眠る男の口端が僅かに上がったように見えた。

END

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