夏の夜の番外編


怖いもの見たがりと言うか、臆病な者ほど怪談話が好きだったりする。
そして後で、聞かなきゃよかった〜と後悔するものだ。
今のウソップはまさにそれで、怖いテレビなんか見なきゃよかったな〜と後悔しつつ、風呂に入るところだった。

―――髪、洗いたくねえなあ。

季節は夏。
気温も湿度も高いから、ムサッとして全身汗染みている。
そうでなくともわしゃわしゃと縺れやすい癖っ毛だ。
洗わない訳にはいかない。
だが、風呂場で髪を洗うという行為はなんとも無防備で、今夜みたいにおどろおどろしい再現フィルムを見た後では心許なさ倍増だった。
そうでなくとも、風呂場やトイレなど、水回りは出やすいと聞くのに。

ウソップはプルプルと首を振ると、気合いを入れるべく両手でパシンと頬を叩いた。
男ウソップ!一人暮らしで風呂が怖いとか何事ぞ、喝!!

意を決して風呂場の戸を開け、洗い場に腰を下ろした。
勢いよくシャワーを出し、鼻歌を歌いながら手早く髪を濡らす。

ふふふ〜んふふ〜♪

水しぶきが足元を跳ね、流水は渦を巻いて排水溝へと流れ込んで行く。
静かな浴室内に、調子っ外れな鼻歌だけがエコーがかって響いた。

髪を洗う自分の脇越しに見える背後に、青黒い子どもの足が覗くとか。
排水溝にいつのまにか、自分のものではない真っ直ぐで黒く長い髪がごっそりと詰まっていたとか。
真正面にある曇った鏡にあり得ないものが映っているとか。
窓の隙間から何かが逆さまに覗いているとか。
いきなり肩に冷たい手が触れるとか。

こういう状況でなんでこう、次から次へと思い出してしまうのか。

ウソップは顔に付いた水滴を手のひらで拭い、薄目を開けてため息を吐いた。

まだ、リンスをしなきゃならない。
髪質的に、リンスを怠る訳にはいかない。

わしゃわしゃとリンスを髪に擦り込み、馴染ませる間も惜しんでシャワーで洗い流した。

ジャー…
ワシャワシャ
ちゃぷ

ザーザー
キュッキュッ
…ちゃぷちゃぷ

リンスを洗い流すと、目を閉じたまま手探りで洗顔料を取って、手のひらに絞り出す。

ちゃぷ、ちゃぷ、ちゃぽん

手のひらで泡立てて、顔に塗りたくった。

ちゃっぷちゃっぷ、ちゃぽん

小鼻の横や顎の下を殊更丁寧に洗い、泡だらけの手でコックを捻る。

ちゃぷ、ちゃぱぱっ


――――?

気のせいだろうか。
すぐ隣、湯船の中に何かが浮いている気がする。
ゆらりゆらりと揺れながら、それは小さく飛沫をあげた――――気がした。

…ちゃぽん

まさかなと想いつつ、シャワーを顔に掛けた。

ザーザー…
ちゃぱぱ〜…

明らかに、シャワーの流水音とは違う水音がする…気がした。

そっと目を開けて窺い見るも、泡が目に染みて痛い。
けれどかすかに、湯船に白いものが浮かんでいるのが見えた…気がした。

ちゃぷちゃぷ…ちゃぱ…

それは白くて丸いフォルムで、気持ちよさそうに揺れながら、時折ぱしゃりと…

ぴるるっ


――――――!!


ウソップはシャワーを止め顔を拭うと、浴槽を振り向いた。

白い湯煙の中、そこには何もいなかった。
風呂の蓋すら開けておらず、ちゃぷちゃぷ鳴るはずの浴槽の湯も見えない。

―――気のせいか?


薄い壁を隔てた向こう、隣室の風呂場で白い尻尾がぴるると跳ねた。




End