ブラの日


ふわりと、浮遊感で目が覚めた。
寝返りを打てば、寝転んでいるはずなのにずうんとどこかへ落ちていくような眩暈を感じる。
頭が重くて、目も開けられない。
まだまだ寝ていたいと身体はダダを捏ねるのに、顔に当たる日差しは充分に明るく温かくて、もうとっくに朝を迎えていると告げていた。
「ふわあ・・・」
欠伸のような溜め息を吐いて、顔を顰めながら頭だけ起こした。
ツキンとこめかみに痛みが走る。
気持ち悪くて胸が悪い。
気分はサイアクだ。
もしかしてこれが、二日酔いというものだろうか。

起きるのも叶わず、再び布団に突っ伏した。
さらりと乾いたシーツの感触が、頬に心地よい。
このまま再び眠りに落ちかけて、ふと気付いた。
ここは、どこだ?

首だけ巡らせて部屋の中を見渡せば、見覚えがあった。
ゾロの部屋だ。
よくよく思い出してみれば、確か昨夜はコンパだった。
可愛い女の子がいっぱいで、特に初参加だったバレンタインちゃんのノリが楽しくて調子に乗って飲んじゃったっけか。
飲み会は初めてじゃないが、昨夜は少々度が過ぎたかもしれない。
居酒屋で飲んで騒いで怒られて、その後2次会で・・・どこへ行ったんだっけか?
その時点ですでに記憶が危うくて、さすがにこれはヤバイと感じた。
記憶を失くすほど酔っ払うなんて初めてだ。

目を開こうとして、片方の目は瞼が引っ付いてうまく開けられなかった。
手の甲でゴシゴシ擦ったら、鼻の頭にぴりっと痛みが走る。
何かで引っ掻いたようで、あれ?と思いながら何とか両目を抉じ開けると目を擦った右手に、なにか握りこんでいた。
「・・・あれ?」
なにこれ?と疑問符のまま右手をそろそろと挙げていく。
目の前にぶらんと垂れ下がったものの正体に気付いて、サンジは軽く叫び声を上げた。

「ど、えええええ?!」
「お、起きたか」
ドアを開けて入ってきたのはゾロだ。
手に持った盆には、赤いお碗が載っている。
サンジはゾロの顔と自分が手に持っているものを見比べて、慌てて布団の中に隠した。
もう後の祭りだが。
「今さら慌ててどうする」
ゾロはしれっと言って、ベッドサイドのテーブルにお碗を置いた。
中にはどうやら、シジミの味噌汁が入っているらしい。
「や、で、ど、どうして俺はブラなんか、握ってんだ?!」
慌てすぎて硬直したのか、右手はブラジャーを握り締めたままだ。
なにが一体どうなったのか、いくら思い出そうとしてもさっぱり思い出せない。
「一体誰のブラ?つかなんでブラ?俺、なにしでかしちゃったの?」
必死の形相で慌てふためくサンジの顔を、ゾロは気の毒そうに見やった。
それはもうゾロにしては珍しく慈愛を込めて、同情と憐憫をない交ぜにしたような一種悟りを開いた笑みで。
「酒の上での過ちってえのは、誰にだってあるもんだ」
「ねえよ、つか少なくとも酒に飲まれたことのねえお前が言うな!」
すっかりパニックになって、手近なゾロに八つ当たりする。
「俺がこんな、誰かのブ、ブブブブブラを持ってるってことは、誰かブラなしってことなんだよな。ノーブラで帰っちゃったの?俺、もしかして・・・」
そこまで言って、さっと青褪めた。
まさか、酔いに任せて野獣の本能を剥き出しにしちゃったんじゃないだろうか。
嫌がるレディに手をかけて、まさかよもやブ、ブブブブブブラをっ・・・

「うわあああああ」
想像だけでテンパって、サンジはブラを握り締め絶叫した。
「俺は、俺はなんてことをおおおおお」
「どうした」
「や、だって俺、もしかして襲っちゃった?女の子襲っちゃった?」
涙目で縋り付くサンジを、ゾロはははっと軽く笑い飛ばした。
「さすがにそりゃあねえな」
「・・・へ、そうなの?」
それならまあ、まだマシか。
「でもなんで、俺がこんな・・・ブ、ラなんか」
握り締めたままのブラジャーに、恐る恐る目を移した。
ペールオレンジに金糸の刺繍が施された、可愛らしいデザインだ。
サイズはC、なかなかのボリューム。
きちんとワイヤー入りで、下着だけなのに綺麗なラインを形作っている。
「・・・って、繁々見るな俺!」
自分で自分の頬を殴り、サンジはわあっと布団に突っ伏した。
「俺、なにしちゃったんだよ本当に、女の子襲ってブラ剥ぎ取っちゃったんじゃねえの」
「それはねえ、つかそいつあバレンタインがお前にプレゼントしたんだぞ」
「プ、ププププレゼントぉ?!」
またしても声が引っくり返る。
「なんで?なんでバレンタインちゃんが俺にブラくれるの。ブラ貰って俺どうしたの?」
「―――・・・」
そこでまた、ゾロが沈黙した。
さり気なくサンジから顔を背けているが、その横顔はこれまたゾロらしからぬ半笑いだ。
「言えよ!俺なにしたんだ」
思わずゾロの襟首に掴みかかって、揺さぶる。
ゾロはされるがままに首をガクガク揺すられながら、わざとらしく視線だけ逸らした。
「まあ、よくあることだな酔った上での過ち・・・」
「ねえよっ!」
布団から片足だけ突き出して、器用にゾロの横腹を蹴る。
「さあ吐け!俺はなにしたんだ、頼むから言ってくれ」
仕舞いには縋り付いて泣き付いたのに、ゾロは終始困った顔をして後ろ頭を掻いている。
その反応がまた、サンジには恐ろしかった。
ゾロがはっきり言わないなんて、相当のことだ。
もしかして、俺これ身に着けちゃったんだろうか。
バレンタインちゃんのブラを、着用しちゃったりなんかしちゃったんだろうか。
考えれば考えるほど恐ろしくて、もう生きていくのも辛い。
いっそのこのまま・・・とあらぬ方向に覚悟を決めかけた時、ゾロの尻ポケットで携帯が震えた。

「お」
ゾロは受信ボックスを開くと、これまたらしからぬニヤニヤ笑いを顔に貼り付けてスクロールしている。
「・・・なんだ」
「知りたいか?」
「あ?」
「てめえが昨夜、それでなにしたか知りたいか?」
嫌な言い方だ。
ほんっとに嫌な言い方しやがるなクソゾロが。
そんな楽しそうな顔で目を細めやがって、人の不幸(?)を面白がりやがって!
「知りたい、教えろ、てめえがしでかしたことを知らないでいられるかってんだ!」
麗しきレディの前でブラを着用していたとしても、自分がしたことなら甘んじて受け入れよう。
それぐらいの覚悟がなきゃ、男じゃねえ。
「わかった、じゃあこれだ」
ゾロはサンジに携帯を手渡した。
恐る恐る、画像つきのメールを見る。

差出人は「ナミ」
件名は「待ち受けにどうぞ」
本分は「昨夜は最高だったわね」
そこに添付されていた画像には・・・
ペールオレンジのブラを頭に被り、ブラ耳にゃおんと鳴きながら女性陣に囲まれご満悦なサンジの姿があった。

ゾロが作ってくれたシジミの味噌汁は、涙の味がしたという。

End