愛妻の日

「この野郎!」
ドン!
・・・ガンッ
グワッシャ――――――――ン・・・


ポカポカと温かい日差しの下。
和やかな喧騒に包まれた昼休みに、思いがけない怒号と破壊音が響き渡った。
誰もが驚いて動きを止め、音がした方向に一斉に振り返る。
廊下に向かって倒れた扉と散らばったガラス片。
真後ろに引っくり返ったまま唖然としている、一学年下のルフィ。
珍しく慌てた様子で立ち上がったゾロが、そのルフィの腕を取って立ち上がらせた。
「悪い、大丈夫か」
察するに、ゾロがルフィを扉ごと突き倒したらしい。

なんだなんだと他クラスからも野次馬が集まり、誰が呼んだか先生も駆け付けてきた。
ルフィは学生服を脱いで、髪や服に付いたガラス片を叩きながらしししと笑う。
「悪い悪い、俺が悪かった」
「なんの騒ぎだ、これはどうした」
ゾロは教師の前に進み出て、自分がやったと告げた。
「すみませんでした」
「いや、俺が悪いんだ。すんませんでした」
ゾロとルフィ、二人並んでしっかりと教師に頭を下げる。
とにかく話を聞くとそのまま職員室に連れて行かれ、残った友人達で割れたガラスの掃除をした。

「今の、なんだったの?」
「全然見てなかった」
「ロロノア君だよね、ビックリした」
ゾロは普段愛想がなく強そうな顔をしているが、実際声を荒げたところを見たことがない。
感情を表に出さず、寡黙でクールなキャラだ。
そのゾロが、下級生相手に怒鳴り身体を突くなど、俄かには信じられなかった。
ルフィもルフィで、下級生の癖に生意気だとの声もあるが、基本愛嬌があって誰にでも好かれる人気者だった。
ゾロはそんなルフィを可愛がって、先輩後輩と言うのでもなくただの友人同士でよくつるんでいる。
その二人が、まるで喧嘩みたいなことになった理由がわからない。

「なにやってんだクソマリモは」
サンジは食べかけだったゾロの弁当に蓋をすると、ウソップと一緒に教室の後片付けをした。
ガラス片が残らないように丁寧に掃除している間に、教室内のざわめきも落ち着いてくる。
「なにやったのかしらルフィ、ちょっと目を話した隙にこれだから・・・」
ルフィと同じクラスのナミもゾロの元に来ていて、せっせと片付けるサンジに尋ねた。
「俺も見てなくてわかんねえんだよ、ゾロがあんな声出すって珍しいし」
幼馴染のサンジとはよく取っ組み合いの喧嘩もするが、逆に言えばサンジ以外と争うことはまずない。
「なにかよっぽど気に触ることしたのかしら」
小首を傾げて考え込むナミさんも可愛いな〜なんて鼻の下を伸ばしているサンジの横で、ウソップはやれやれと首を振った。
そこへ、問題の二人が帰ってくる。

「おう、片付けてくれて悪いな」
「すんませんでした!」
ルフィは殊勝な態度で頭を下げて、それからにかりと笑う。
「どうなった?」
「上級生のクラスに入り浸ってるって、怒られた」
「ガラスは俺が弁償することになった」
それぞれ注意は受けたが、お互いなぜこんなことになったのかきっかけについては頑として話さなかったらしい。
ルフィもゾロも、共に「俺が悪かった」の一点張りだ。
押したゾロも悪意はなかったし、たまたまルフィの背中に当たった戸がうまく嵌っておらず、外れやすい状態だったということでケリは付いた。

「バカやってんじゃねえよ」
ぼそっと小言を言うサンジの前を横切り、ゾロは自分の机を見下ろして視線を彷徨わせる。
「弁当は?」
「鞄ん中入れた、昼休み終わるだろ」
「食う」
「どこで」
「屋上行くぞ」
「おい、サボる気かよ!」
別についてこなくていいのに、鞄を持ってさっさと屋上に向かうゾロを追いかけて、サンジも教室から飛び出していく。

それを見送ってから、ウソップは意味ありげに溜め息を吐いた。
「そういうこった」
「なあに?どういうこと?」
意味のわからないナミに、ウソップはこれみよがしにルフィの額を指差して見せた。
「こいつが、ゾロの弁当のおかずをつまんだんだよ」
「まあ」
「そしたら、ゾロが怒った」
「ししし、だって美味そうだったんだもんよ。つか、美味かった!」
ぺろりと舌を出してから、でもな〜と難しい顔をする。
「前はゾロ、あんなに怒らなかったのにな」
「そりゃ、サンジが作った弁当じゃなかったからだろ」
「ああ、そういや購買のパンだった」
な?とナミを振り返れば、ナミは半笑い状態だ。
「なるほどね〜わかったわ。いい、ルフィ。これからサンジ君のお弁当には絶対手を出しちゃダメよ」
「ダメなのか?サンジの弁当、めっちゃ美味そうだぞ」
「絶対ダメなの、サンジ君が作ったものじゃなきゃいいと思うわ」
「なんでサンジが作ったものはダメなんだ?」
「特別だからよ」
そう言って、ナミはしたり顔で人差し指を立てる。
「そう言うの、愛妻弁当って言うのよ。他人がみだりに手を出しちゃ、ダメなの」
「ふうんそうか。よし、わかった!」
こうしてルフィは、また一つ賢くなった。


End