七夕の日



ジジイのあしが、なおりますように。

七夕のおはなし会で、願いを籠めて短冊に書いた。
けれど願いは通じず、ジジイの足はいつまで経っても生えてこない。
他の子のように、「しんかんせんになりたい」とか、「けーきやさんになれますように」とか「おひるねしたくない」とか、書けばよかった。



足元にわちゃわちゃと纏わりついている幼子達が、フローリングに膝を着きたどたどしい文字で一生懸命短冊に願い事を書くのを眺めながら、昔のことをふと思い出した。
高校の課外授業の一環として、地元の幼稚園を訪問している。
ちょうど七夕で、園内には大きな笹の葉飾りが設けてあった。
園児と一緒に、みんなも短冊に願いを書いて吊るそうなんて保育士さんから提案を受け、いい年した高校生たちが結構真剣な面持ちで短冊に向かっている。
まあ、これはこれで結構楽しい。

「なにかくの?」
小さな女の子が、サンジの傍に寄り添うようにしゃがみ込んできた。
遠慮がちに手を伸ばして、ちょっとだけサンジの髪の毛先を弄る。
「うん、なに書こうかなあ」
七夕なのに外は土砂降りで、屋内は湿気と熱気に溢れていた。
エネルギーが有り余っている子ども達は、生徒におっかなびっくり近付きながらもすぐ慣れて走り回っている。
相手によっては飛び掛かったり蹴りを入れたり、身体の大きな生徒に抱えられて奇声を上げて喜んだりしていた。
子どもは子どもなりに、相手を選ぶようだ。
サンジは大人に囲まれて育ったせいか、子どもの相手が得意ではない。
子どももそういうのは敏感に感じ取るのか、積極的にぶつかってきたりはしなかった。
その代わり、大人しそうな女の子がそうっと距離を取りながら近付いてきて、サンジの髪に触れたがる。
金色の髪に、興味津々のようだ。

「きゅーんすぱーく!」
子どもの勢いは、結構きつい。
それをがっしり受け止めて相手してやっているのは、主に運動部の男子達だ。
ゾロもその例外ではなく、多くのやんちゃ坊主たちを身体にまとわりつかせながらも、上手にあしらっている。
道場で年下の子達を指導する立場にあるから、慣れてもいるのだろう。
「なんだ、まだぐずぐずしてやがんのか」
油性ペンを片手に白紙の短冊を見ているサンジを、上から見下ろした。
肩には子どもが一人しがみついている。
「うっせえな、もう書けたのかよ」
「書いた」
ちょっと驚いた。
ゾロは、短冊に願い事を書くようなタイプだと思っていなかったからだ。
「なんて書いたんだ?優勝できますようにとか」
「んなもん、願って叶えてもらうことじゃねえ。俺が努力すればいいだけのことだ」
あっさりと否定されて、ああそうですかと棒読みで返す。
「じゃあなんだよ、世界一の剣士とかも、その理屈だとてめえが頑張れば済む話じゃね?」
「その通りだ」
だったら尚更、願い事の範囲は狭まる。
本人の努力だけでは叶わない事柄。
宝くじに当たりますようにとか、世界が平和でありますようにとか。

サンジは、笹飾りの短冊を眺めた。
色とりどりの短冊の中には、子どもらしいいびつな文字に混じって漢字仮名交じりの文字も並んでいる。
英検合格できますようにとか、お金持ちになれますようにとか、彼女ができますようにとか。
見ている方が照れくさくなるような具体的なお願いがひらひらと揺れていた。
その中で、ひときわ異彩を放つ一文に目が留まる。
――――毎日、飯を美味く食いたい。
???
美味い飯を毎日食いたい…ではない。
飯を美味く食いたいってことは、つまり毎日幸せな気分でいなきゃできないことだ。
なにこれ、究極の幸せ探し。
随分とメルヘンな願い事だなと思いつつ、これぞ人生の基本かとも思い直した。
貧乏だろうがまずい飯だろうが、食う時の気分が幸せならきっとどんな飯でも美味く感じるだろう。

サンジは、「コックになりたい」と書きかけていた手を止めて、言葉を変えた。
――――美味い飯を食わせてやりたい。
美味い飯=料理上手だと思っていたけど、それは違う。
調理の腕や厳選された食材や、凝った調味料や豪華なシチュエーションだけじゃなく、食う相手が心身ともに満たされるのが一番のご馳走ってやつだ。
だったら俺は、そんな料理人を目指そう。
誰が食べてもどんな時でも、幸せを感じてもらえる料理を作ろう。

短冊に書いては見たものの、なんだか急に恥ずかしくなった。
特にこの願い事は、ゾロのものと並べて吊るすと一目瞭然で恥ずかしすぎる。
だからサンジは遊技場から離れて、職員室の窓辺にある小さな笹の葉飾りにそっと吊るした。
職員や保護者の短冊が吊るしてあるから、ここなら誰が書いたかわからない。
そう安心して、小さな子どもに手を引かれ遊技場に戻った。


昔のように、笹飾りは川に流したりしない。
七夕の行事が終われば、細かく裁断され燃えるごみとして袋に入れられ、ゴミ集積場に積まれるだろう。
二人の願いはバラバラのまま、他のゴミと一緒に燃やされ煙となって天に昇る。

けれど多分、願いは叶う。


End



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