さつまいもの日


ようやく色づき始めた秋の山を横目で見ながら、サンジは弾むような足取りで駆けていた。
初めて、ゾロの家に行く。
一応道順は聞いたし、ゼフに頼んで地図も調べてもらったから間違いはないだろうけど、随分と山の近くだ。
町からちょっと歩いただけで、結構景色が変わるものだなともの珍しそうにきょろきょろ見ながら歩いていたら、それらしき門構えの家に着いた。
表札に「ロロノア」と書いてある。
呼び鈴らしきものが見当たらなくて、ちょっと迷ってから引き戸に手を掛けた。
鍵は掛かっておらず、すんなりと開く。
「こんにちはー」
ごめんくださいと、よく通る高い声を出すとすぐに奥から返事があった。
「おー、入って来いよ」
入って来いよーと言われても、初めての家で「はいそうですか」とずかずか踏み入るのも躊躇われる。
サンジは周囲の様子を窺いながら、「お邪魔しますー」とおっかなびっくり中に入った。
靴を脱いで上がってから、ちゃんと揃える。
端っこに置いてあるスニーカーはゾロのものだろう。
他に出しっ放しの靴はないから、もしかしたら家の人は留守かもしれない。
「ロロノアー、どこだ」
「こっちだこっち」
声に誘われるまま廊下を歩き、中庭に面した縁側に出た。
「悪いな、いま手が離せなくてよ」
そういうゾロは、中庭で竹箒を手に立っていた。
目の前には、山のように積んだ籾殻と少しの枯草。
中央辺りが黒くくすんでいて、白い煙が立ち上っている。
「ちゃんと火、見てなきゃなんねえから」
「燃やしてんのか?」
留守中に火遊びなんてと慌てるサンジに、ゾロは違うと首を振った。
「いま、おふくろが回覧板持ってったんだ。隣ん家でもここちょっと離れてるから、いまだけ俺が火の番」
「ああそうなの…ふきゃっ」
いきなり脛をくすぐられ、サンジはその場で飛び跳ねた。
何事かと下を向いて、そこに茶色い猫を認める。
「あ、お前っ」
「それだそれ、お前に見せたいの」
茶色に白いぶちの、お世辞にも可愛いとは言えないふてぶてしそうな猫が、サンジの顔を見てニャーと鳴いた。
「え?マジ?マジこれが、あの時の猫?」
雨の降る日に見つけた猫が、まさかこんなに大きくなるなんて。
「あれ、梅雨時期だったろ、夏も過ぎたし結構でかくなった」
「でかいなんてもんじゃねえぞ」
サンジはその場でしゃがんで、恐る恐る猫に手を伸ばした。
猫は触れられるのに慣れているのか、人懐っこいのか。
まったく逃げず、むしろサンジの膝小僧に身体を擦り付けるようにして寄ってくる。
手足がしっかりと太くて腹も立派で、毛並みもいい。
とても、あの雨の中でピーピー鳴いていた、ショボくれた毛色の痩せっぽちと同じ猫とは思えない。
「お前、大きくなったんだなあ」
サンジはしみじみとそう呟いて、猫の顎を指で撫でた。


「猫、元気だぞ」
新学期が始まってすぐ、わざわざ教室にやってきてそう言ったゾロに、サンジはえ?と顔を輝かせた。
なんの脈略もなかったけれど、あの日拾った猫のことだとすぐわかった。
あれからサンジはずっと猫のことを気にしていたのだ。
けれど、ゾロに聞くのが怖かった。
何せ猫はとても小さくて、たぶん育たないとゾロの口から聞いていたからだ。
物慣れしているらしいゾロが言うことだから、多分正解なのだろう。
そう思うと、とてもじゃないけど気軽に「猫、どうなった?」なんて聞けやしない。
でもずっと気にはなっていた。
ゾロから「駄目だった」と、決定的な一言を聞かない限り、サンジの中では猫は今でも元気だと思い込んでいられると思ったからだ。
だけどまさか、ほんとに生き延びていてくれたなんて。


「大事に育てて、くれたんだな」
猫に頬ずりしてほほ笑んだサンジに、ゾロはちょっと怒ったような困ったような妙な表情を返してから俯いた。
燻ぶるもみ殻の山を木の枝で崩すと、中は赤々と火が点いていた。
「ちっと早いかな」
そう言って掘り出したのは、アルミホイルの塊だ。
ぷすっと上から突き刺してみて、駄目かな―まだかなーと言いつつ、サンジに向かって投げる。
「熱いぞ」
「なら投げるな、あっつっ」
あち、あちっと言いながら、サンジは膝の上にハンカチを広げてそこに乗せた。
ふんふんと匂いを嗅ぎに来る猫を、危ないからと抱き上げる。
「焼き芋か」
「食って見ろ。美味いぞ」
すごくいい匂いがする。
サンジは熱に気をつけながらアルミホイルを剥がして、中から現れた綺麗な赤色の芋の皮をぺりっと剥いた。
それを猫の口元に持って行ってやれば、ふんふんと匂いを嗅ぎつつ、警戒している。
さすが猫舌。
皮の下は、黄金色に輝いてほこほこ湯気が立っていた。
「美味そう」
あち、あちと言いながら、首を傾けて横から齧ってみる。
美味い、すごく甘い。
舌を火傷しそうなほど美味いけど――――
「中が、固い」
芯の部分がガジガジだった。
「ち、まだ早いか」
ゾロは皮ごと齧り付いて、ガリガリ音を立てて噛み砕いていた。
「もっと焼いた方が美味いって」
「あーでも腹減った」
「まだ待てって」
アルミホイルで包み直していると、玄関から足音が近づいてきた。
「ただいま、あらいらっしゃい」
「お邪魔しています」
行儀よく挨拶するサンジに丁寧に挨拶を返して、ゾロのお母さんが手に提げたビニール袋を掲げる。
「ついでにジュースを買って来たわ。お芋が焼けたらお茶にしましょう」
まだ早いわよと、ゾロが持っていた芋も取り上げて再びもみ殻の山の中に埋めてしまう。

お母さん監視の下、きちんと焼き直したサツマイモはサンジが今まで食べたどんな焼き芋より甘くておいしかった。


End



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