かき氷の日



土埃を上げて、散水車が目の前を通り過ぎる。
アスファルトは少しだけ黒く濡れ、立ち昇る陽炎が見る見るうちに水分を蒸発させてしまった。
打ち水をすれば涼しくなるというが、これはまさに焼け石に水。
と言うか、蒸し暑さ倍増だ。
「あちー・・・湯の中にいるみてえ」
「空気が熱ぃな」
ゾロと一緒に課外授業の帰り。
開襟シャツの前をパタパタとはためかせ、蟹股で歩いた。
ズボンの裾は折り曲げて、脛を丸出しにしている。
それでも暑い。
とにかく暑い。
頭上ではためく『氷』の文字に誘われるように、サンジはふらふらと寄り道した。
「もう限界、氷食って行こうぜ」
「いいな」
暑い日にはかき氷が一番だと、軒先に吊るされたすだれを捲った。


サンジはイチゴ味。
ゾロはブルーハワイが好きだ。
小さい頃から定番で、こればかり食べている。
サンジが好みの苺はいつでもあるが、ゾロ好みのブルーハワイはないことも多い。
そう言う時は宇治抹茶金時だが、この店にはちゃんとブルーハワイがあった。
「あー生き返る」
シャクシャクと小気味よい音を立て、サンジは満足げに目を細めて氷を頬張った。
店先でガリガリ削られた氷は粗く、ほぼ色水の蜜を掛けただけのかき氷だ。
溶ければ色水を飲んでるだけじゃねえかと、サンジの祖父がぼやいていたのを思い出す。
だがしかし、やはり甘い蜜がかかった氷をシャクシャク食べるのは美味い。


ゾロは口を動かしながら、瞑想するように目を閉じて片方のこめかみに手を当てていた。
何度か食べては手を当てる、を繰り返している。
「それあれか?冷たいもん食うとキーンってなる、あれ?」
「ああ」
ゾロはかき氷やアイスクリームなど、冷たいものを食べると左のこめかみが痛むのだと言う。
ウソップは、額が痛いと言っていた。
ナミはなぜか、首の後ろが痛むとか言っていた。
漫画でもよくある表現だが、サンジは残念なことにどこも痛くならない。
だから、どんなふうに痛いのかはわからない。


「ただでさえ目付き悪くて仏頂面なのに、んな顰めっ面してたらまずいのかと思うぞ」
「まずくねえ、美味え」
「なら美味そうな顔しろよ」
サンジがそう言うと、ゾロは顔を顰めたまま、ちろりと舌を出した。
その拍子に、子どもの頃の記憶がぱあっと蘇る。






小学校の頃は寄り道が禁止されていたから、二人で遊びに出かけてはかき氷を食ったっけか。
サンジは苺でゾロはブルーハワイで。
ぱくぱく食べ進めるサンジの横で、ゾロは左のこめかみに手を当てて時折り呻いていた。
その姿をサンジが声を立てて笑ったら、お前の舌真っ赤とゾロに指を指された。
「なに、お前だって…ゲー!なんだその色!」
お互いに指さしながら、赤いだの青いだの言ってゲラゲラ笑う
するとゾロが、急にサンジに顔を近付けて出しっぱなしだった舌をべろりと舐めた。
「ふぎゃ?」
慌てて口を抑えるサンジに、納得したように一人頷く。
「ちょっと甘えな、苺の味がする」
「マジで?」
そう言われると、サンジだって気になった。
「じゃあお前は?」
どうぞとばかりに、ゾロがベロンと舌を出した。
サンジは若干ためらいながらも、舌を差し出してぺろりと舐める。
「…あ、甘え」
「だろ?」
ゾロはそう言って、なぜか得意そうにニヤリと笑った。






思い出して、頭を抱えた。
蘇ったのは、こっ恥ずかしい記憶。
あれが、ゾロとのファーストキスだったとか、思いたくない。
しかもファーストディープキスだったとか、そんなのゼッタイ認めたくない。


「どうした、頭痛えのか」
サンジの気も知らないで、ゾロは相変わらずシャクシャク食ってはキーンと来るのかこめかみを押えている。
時折り唇を舐める青い舌先に黒歴史を掘り起こされ、サンジの背中は夏の暑さだけでない熱でじっとりと湿った。




End



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