博物館の日



親戚の法事で、ゾロは家族と共に少し遠出をした。
法要で少し遅くなった会食も終わり、ダラダラと続く酒宴の席でただ一人酒が飲めない叔父に誘われ、散歩に出た。
さして賑やかでもなく、さりとて寂れてもいない普通の街角に不意に目立つ建物が現れた。
これは私設で運営されてる博物館だよと、叔父が教えてくれる。
【時の博物館】と名付けられたその建物は、木造の小学校が改築されているらしい。
私設博物館にしてはやたらと広く、けれど校舎だったと思えば随分と小さな建物だ。
街の赴きにそぐわない古風な佇まいが異様で、それでいてどこか風景に溶け込んでいる。
この学校は最初からここにあって、周りのモダンな店や建物は後からできたのだろう。

入館料を払い、他に人気のない施設内をゆっくりと見学する。
木でできた下足箱。
なぜか建物の中にある百葉箱。
時の博物館と銘打ってあるから、柱時計や置時計がそこかしこに飾られているが、目立って貴重な物や稀有そうなものは見られない。
ただ静かにコチコチと、バラバラの時間を刻んでいる。
ゾロは展示された時計よりも、校舎そのものに興味を覚えた。
鉄筋コンクリートの学校にしか通った覚えはないが、なぜか無性に懐かしさを感じさせる建物だ。
黒ずんだ床板も、すり減った階段の手摺も。
触れたことなどないはずなのに、ふと手を掛けるとまるでこの学校で過ごした時間が取り戻せるかのような懐かしさを覚える。
木造の校舎になど、一度も通ったことなどないのに。

コチコチと、秒針を刻む音だけが静かに降りてくる。
いくつもに隔てられた教室のどこかに、叔父は入ってしまったようだ。
木と黴の匂いがする廊下にただ一人、ゾロは佇んだ。
更に奥に進んで階段を昇る。
昇り切る一段手前の階段は、少したわんだ。
手摺の間から二階の廊下を覗けば、そこに人影を見つけ思わず足を止める。

なぜか、サンジが立っていた。
ジーンズにパーカー姿で、ポケットに手を突っ込んで少し猫背で天井を見上げている。
――――なんでいるんだ?
気配を殺してじっと様子を窺うゾロの前で、サンジは踵を返して歩き出した。
ゾロがいる階段とは逆の方向にゆっくりと進み、教室を曲がって奥の階段を降りていく。
気配が完全に消え去ってから、ゾロは足音を殺して階段を昇りきった。

まさか、こんな場所でサンジに会うとは思わなかった。
自分たちが住む場所とは、少し離れている。
ゾロは親戚達と一緒に車で来たが、サンジはなにで来たのだろう。
こんなところで一人、なにをしていたんだろう。
そこまで考えて、ゾロも人のことは言えないなと思い当たった。
自分は法事で、時間を持て余してここに来たのだ。
サンジも、何がしかのようでこの街に来て、時間を持て余してここに来たのかもしれない。
ゾロが叔父と一緒なように、もしかしたら一人じゃなくて連れがいるのかもしれない。
追い掛けて声を掛けることもできたが、そんな気にはならなかった。

サンジが天井を見上げていた辺りまで歩き、なにを見ていたのかと仰向く。
四角く区切った天板の一部が壊れ、奥が覗いていたが暗くて何も見えなかった。
ただコチコチと、そこだけ強く時計の音が響く気がする。
不思議だなと首を傾げ、サンジもそう思って見上げていたのかと思い当たり、一人で笑った。


   * * *


晴れた5月の空の下、たまには遠出をと二人でドライブに出かける。
点けっぱなしのラジオから流れるDJの声が、今日は博物館の日ですと告げていた。
「博物館と言えばさあ」
サンジは片手をハンドルに乗せながら、もう片方の手で煙草を挟んだ。
「高校ん時かな、すっげえ寂れた学校みたいな博物館行ったことがある。なんかさ、木造でさ。いい感じだったんだよな〜」
「――――へえ」
そう切り出され、ゾロも思い出した。
そう言えば、そこでサンジに会ったのだ。
「そこ、俺も行ったことあるぞ。椰子町じゃねえか?」
「そうそう、そこだ!なんだすげえ偶然。つか、んなとこ何しに行ったんだ」
当然の疑問に、ゾロもそつなく答える。
「前にその近くで、親戚の法事があった」
「そっか、俺はバラティエの社員旅行でさ。滅多に食べに行けない有名店だってんで、俺も参加させてもらったんだよな」
んで、午後は一人で勝手に自由行動していたと笑うサンジに、なるほどそういうことかと合点がいった。
「なんかさ、俺ら木造の校舎なんて行ったことないはずなのに、なんでかめっちゃノスタルジー感じなかったか?」
「ああ、それはわかる。経験したことないのに無性に懐かしかった」
「だよなー、なんだろなあれ。匂いとか景色とか、こう胸が締め付けられるって言うか切ない感じが、いま思い出しても蘇るよ」
「時計とか並んでたと思うが、そんなもんより建物のが印象深い」
「そうそう、一緒一緒」
ハンドルを叩いて興奮したように同意し、あと声を上げる。
「SA見っけ、休憩して行こうぜ。次はじゃんけん勝つからな」
休憩するごとにじゃんけんをし、負けた方が運転するのだ。
いまのところゾロは、3勝1敗。
せいぜいがんばれと、助手席で大きく伸びをした。

あの日あの時、同じ時間同じ場所に俺達はいたんだと。
サンジには伝えない。
これはゾロだけの、秘密の記憶。


End



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