目撃者 3

昨日の見事な夕焼けが約束したように、今日も朝から快晴だ。
穏やかな波の上をウミネコ達がにゃあにゃあ鳴きながら、沖へと飛び立っていく。
俺は甲板の拭き掃除をしながら、輝く水面に目をやった。

昨夜はあれから、いろんなことを考えた。
この目で見てしまった事実に衝撃を受けたし、あれこれ怖い方向へ想像は膨らんだ。
知り合い同士ってのはどうにも生々しく、正直これからどう接したらいいのかも
わからなかった。
あくまでこちらの一方的な認識なのだから、あいつらに気づかれちゃいけねえ。
今までうまくやってきたんだから、そっとしといてやりてえ。
ゾロもサンジも大切な仲間だから、失いたくねえし。
自分では割とリベラルな方だと思っていたが、いざ目の当たりにするとうろたえるもんだな。
自分の器の小ささを再認識させられた気がする。
自己嫌悪に陥ったり、望遠鏡を持ち出した自分の浅はかさを呪ったり、そりゃあいろいろ
考えた挙句、俺の心は今、悟りを開いた坊さんのように澄み切っている。
別にどうも変わらなえ。
俺は俺で、あいつらはあいつらだ。
ただし、いつかたがが外れて俺たちの前でもいちゃいちゃするようになったら、それから考えよう。
今は何も見なかったことにして、なるだけ普通に接する努力をしよう。
うまくいかないかもしれないけど、これが俺にできる精一杯のことだ。
なによりあいつらのあの顔を見てたら、ささやかな幸せぐらい祈ってしまいたくなるってもんだ。
妙なカタルシスを得た気分で、俺は甲板掃除にいそしんでいた。



昼前にサンジは姿を見せた。
その後ろには山のように酒ビンを抱えたゾロも一緒だ。
そう来たか。
「おかえり、サンジ」
俺は勤めて冷静に、声をかけた。
「おう、ウソップご苦労さん。いやー、賑やかな街だぜ。」
いいながら振り返り、
「買出しは最終日にって思ってたんだけどよ、ついつい足が市場のほうに向いちまって、
 そしたらちょうどゾロがいるじゃねえか。ちょうどいいから荷物持ちに使おうってんで、
 まずは腐らねえ缶詰とか酒類を買い込んで来て、ついでに運ばせたってわけだ。」

聞いてねえ。
誰もそんなこと聞いてねえ。
何でゾロがいるとか、ようゾロ、とか俺が声かけた訳じゃねえのにべらべら喋んなよ。
それじゃあ俺じゃなくても感づかれるぜ。
この調子じゃもうナミにはばれてるかもしれねーな。
俺はつい、慈愛に満ちた目でサンジを見てしまった。
「あー綺麗に掃除してくれたんだな。傷んでたところも修理してあるし。やっぱりお前の
 腕は最高だな。」
サンジはいつにもまして饒舌だ。
「そうだ、キャナルストリートってとこの入り口に、お前の好きそうな店が並んでたぜ、
 行ってみろよ。」
はいはい、俺はさっさと退散させてもらいます。
「後のは全部倉庫に方に運んどけよ。奥から順番にだぞ、」
「うっせえな、文句言うなら自分でやりやがれ。」
さも面白くなさそうにしぶしぶ従うゾロ。
いつもどおりの二人だ。

ゾロから缶詰を受け取って、まだ喋るサンジと一緒に荷物を取りに中へ入る。
先にキッチンに入ったサンジから、非難めいた声が届いた。
「ウソップ、てめえ昨夜のシチュー殆ど手つけてねえじゃねえか。」
しまった。
そう言えば、昨夜はショックが強すぎて殆ど食えなかったんだ。
「まずかったか?」
サンジはなんともいえない表情をして俺をみる。
俺は慌てて両手を振って訂正した。
「ち、違うんだ。なんか俺昨夜ちょっと熱っぽくてな。あんま手つけられなかった。
 もちろんうまかったぜ。あたりまえだろ。」
多少むきになりすぎたてらいはあるが、あんな顔見るとなんだか可哀想になってしまう。
普段傍若無人なくせに頼りなげなところがあるんだよな、こいつ。
ゾロもそれにやられたか。
「大丈夫か?」
「いやーもう大丈夫だ。寝たら治った。知恵熱だったんだろ。」
俺は荷物を持って慌てて外に出る。
これ以上いるとなんかやばい。
「それに・・・どうせ今夜ゾロもいるんだろうから、二人で食べたらいいじゃないか。」
――――しまった。
口がすべるとはこのことだ。
サンジの顔が怪訝そうに曇る。
「・・・なんでゾロがいるんだよ。」
やばい、非常にやばい!
足の先が小刻みに震え始めたが、何とかこの場を切り抜けなければ。
「あ・・・だって、そこでもう寝てっじゃねえか。ゾロ。」
幸い目の前に豪快に寝そべる男がいた。
「あの調子じゃ夕方まで起きないぜ。飯食わせてからでもいいんじゃねえか。」
よし、よく言った、俺。
下半身はかくかくしているが、ともかく顔色だけでも変えちゃいけねえ。
「・・・まあ、そうだけどよ。」
サンジはしぶしぶといった感じで引き下がってくれた。
目のふちがほんのり赤い。
よかった――――
心底ホッとする。
確かに俺はウソップだが、俺のつく嘘はホラであって詐欺じゃねえ。
もう一言だって余計なことは言えねえ。
三十六計逃げるに如かずだ。
「じゃあな。」
俺は急いで縄梯子を降りる。

これからどこかで昼飯を食おう。
それから、サンジが教えてくれたなんとかストリートを見に行こう。
久しぶりの上陸だ。
思う存分楽しもう。
だが、待てよ。
万が一、今日もゾロがここに泊まったら、明日いつ来るか分からない交代要員がいきなり
やって来て、驚くんじゃないか。
そん時サンジはどう言い訳するんだろう。
明日の当番って誰だっけ・・・。
思い出して、俺はため息をつく。
明日の当番は――――ゾロだよ。

まあ、よろしくやってくれ。
脱力したまま、とぼとぼと歩く俺の頭上で、ウミネコがにゃあと鳴いた。

END

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