道しるべ

ゾロと喧嘩した。

いつものことだ。
売り言葉に買い言葉、些細なきっかけで飛び出す暴言と八つ当たり。
足が出て刀が出て、口を閉ざして背を向けた。
それだけのこと。
例え明日がゾロの誕生日だったとしても。










すかんと抜けるような青空の下、白くたなびく煙は真っ直ぐに上へ上へと昇っていく。
風が、ねえんだな。
ぽつりと浮かぶ綿菓子みたいな雲に紛れて空に溶けていく煙を、サンジはぼんやりと眺めていた。

ぐつぐつと煮える手元からは熱いくらいの湯気と食欲をそそる匂い。
隣の竃からはしゅっしゅと絶えず蒸気が上がって、これまた違う風味の匂いを漂わせている。

「うまほ〜〜〜」
口元から滝のように涎を垂らし、ルフィは木の上に吊るされたまま身悶えている。
その気になったら首だけ伸ばして食らいついてくるだろうが、熱々のこれは火傷だってするんだぞと
きつく言い含めて戒めてある。

「サンジ、薪はこっちに積んどくといいか?」
「ああ、ありがとう。」
「きのこ汁はぞっとしねえなあ。」
「馬鹿野郎、一度食ってみろ。オレがてめえに不味いものを食わせたことがあるか?」
「ありません、ごめんなさい。」
サンジを手伝ってチョッパーとウソップはせっせと食卓を組み立て始めた。
「ねえロビン、こんなに拾ったの。どう?」
「まあ可愛い。私もよ。」
子供のようにはしゃいで掲げて見せたナミの両手の中には、どんぐりと赤や青の実が溢れていた。
少しはにかんで腕を出したロビンの手の中には、椎の実や松ぼっくりが隠れている。
「これを使って飾り付けしましょう。とても綺麗。」
別の手でふぁさりとテーブルクロスをかけて、秋の彩りでコーディネイトしていく。
「ああ〜なんって、素晴らしいんだ。完璧です、ナミさん!ロビンちゃんっ!」
サンジは両手をパンと合わせてくねくね身を踊らせると、鍋に蓋をして火を消した。

「さあて、主役なんかどうでもいいから始めましょうか。」
「おいおい」
「あらあら」
「やれやれ」
「まったく」
あからさまなクルー達の反応に、サンジはちょっとビビった。

「馬鹿言ってないでさっさとゾロを呼んできなさいよ。」
「そうね、後は私たちでしておくわ。」
「早くしないと、日が暮れちまうぞ。」
「食事はできたてが一番美味いんだろ。」
口々に言われて、サンジはむすっと口を尖らせる。
「なんで俺が役に立たない礼儀知らずの万年迷子男をわざわざ呼んでやらなきゃかなんないですか。」
「協調性皆無の穀潰しでも、一応今日の主役よ。」
「ったく、あいつにもルフィ並みの嗅覚があれば、話は楽なんっすけどね。」
サンジは団扇でパタパタと鍋を扇いだ。
「風がねえからそう遠くまで匂いは飛ばねえぞ。」
「煙が上がってるんだから、それに気付けばいいんだけどね。」
「気付いても、その方向に来られないんじゃないかしら。」
「やっぱり迎えに行ってあげなさいよ。」
ナミの言葉にも、サンジは今回ばかりは頑として頷かない。
「誰が呼びに行くもんか。自力で来いっつうんだ。」
パタパタと扇いでも熱気が冷めるだけだ。
サンジはふうとため息をつくと腰を上げた。

「チョッパー、さっきの木の実の残り、まだあるか?」
「いっぱいあるよ。ほら、綺麗な葉っぱも。」
「悪いがちょっとくれ。」
サンジはぽとりぽとりと木の実を落としながら歩き始めた。
サンジが歩いた後には、つやつやに光る木の実や鮮やかな枯れ葉が連なるように道筋を作っていく。

「このこまめな小細工をする気力があったら、さっさと一言謝っちまえば済むことなのにな。」
「その方がよっぽど根性がいるんじゃないの?」











船から食卓を作った森の中まで直線コースで500mも離れていない。
なのに、その道中にゾロの姿がなかった。
サンジは舌打ちして木の実を落としながらその姿を探す。

遠くから水音が響いて来て、背丈よりも高く繁った草を掻き分けるといきなり目の前に小さな滝が現れた。
緑藻類の好みそうなところだと思ったら、案の定飛沫がかかる辺りで嬉しそうに素振りしている。
サンジは音を立てずぽいぽいと目の前に木の実を撒き散らすと、でかい松ぼっくりを一つ、
ゾロの頭に向かって投げた。
ゾロが振り向き様それを軽く弾き飛ばした。
そうしてから改めてああ?と振り返る。
サンジは繁みに潜んで息を殺し、そうっとその様子を伺い見る。

こき、と首を鳴らすと、ゾロは刀を仕舞って大股でこっちに近付いてくる。
まっすぐ前だけ見て歩いているから、足元に不自然に散らばった木の実なんて気付かない。
サンジはちょっと焦って繁みから抜け出し、木の陰に身を隠した。
ゾロは見当違いの方向を眺めている。

――ちったあ足元見ろ、鈍感。
サンジは木陰から苛々と念波を飛ばしていたが、ゾロは相変わらず明後日の方向を眺めている。
諦めてそっと後退りすると、また違う木の陰にさっと隠れた。
ゾロはひとしきり周囲を見渡すと、ぶらぶらと森の中へと歩く。

―――だから、足元見ろっつってんだよ。
連なる木の実を踏みもしないで、ゾロはあてどない足取りでぶらついている。
サンジは業を煮やして、知るもんかと踵を返した。
それでも気配を消して木陰に身を潜めながら戻るのに、後ろから枯れ葉を踏みしだく音がついてくる。

サンジは何故だか胸をドキドキさせながら早足で歩いた。
同じ歩調でゾロも歩く。
決して、決して俺は迎えに来てやったわけではないんだぞと、言ってやりたくなって立ち止まり振り返った。
ゾロの姿がない?と思ったら、いきなり現れた真横の気配に気付く。

「何やってんだ、お前。」
「な、なななな何もクソもねえだろーがっ!」
ビビったのを気付かれたくなくて大声で怒鳴るのに、ゾロは知らん顔で肩を抱いてきた。
「なんでてめえ一人でいるんだ。他の奴らはどうした?」
「気安く触んな、皆森ん中だ!」
至近距離で脛を蹴ってもあまり痛くなさそうだ。
「森ん中?」
「ああそうだよ、あの木の実辿ってったら着くんだよボケ!」
どうにもこうにも収集がつかなくて、サンジは自棄になって地面を指差す。
ゾロは改めて目線を下ろし、はあ〜とマヌケな声を出した。
「なんだこりゃ、筋になってるぞ。」
「とっとと気付けよ、それにあれ!」
サンジは今度は空に向かって指差した。
真っ青な中に一筋白い煙がたなびいている。
「あの下にみんないるんだよ。なんで気付かねえんだ。」
「へえ・・・」
言われて初めてといった風に、ゾロが感心して頷いている。

「お前が迷子になる理由がよっくわかった。てめえ前だけ見て周りなんも見てねえんだ、
 適応能力がないにも程がある!!」
サンジは悔しそうに足を踏み鳴らして、相変わらず肩を抱く厚かましい男に肘鉄をくらわした。

「まあ見つかったんだからいいじゃねえか。」
「見つかったってなあ・・・」
見つけてやったのは俺だ。
そう言い掛けて、ふと気付いた。

「お前、なんで俺の後ついてきたんだ?」
「ああ?」
「っつうか、俺いつ見つかったんだ。」
サンジの言葉に、ゾロはぷっと噴き出した。

「さあな、ただやたらとピカピカ光るのが目に付いて、ついてっただけだ。」
くしゃりと髪を撫でられて、サンジはほのかに頬を赤らめる。



「俺あ、別にてめえを迎えに来た訳じゃねえぞ。」
「ああ、俺が勝手に見つけたんだ。」
「偶々出くわしただけだ。足元に転がってる木の実も、俺の仕業じゃねえ。」
「ああ、鳥だろ。」

タイミングよく鳶が鳴いて、弧を描きながら頭上高く飛び去っていく。
それを二人で見送って、どちらからともなく唇を合わせた。



結局、食事の時間は少々遅れたようだ。

END

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