真夜中のミルクタイム


ゾロはハロウィンの夜に、悪魔を拾った。
そう聞けば、それなんてラノベ?と人に問われるだろうが、ゾロはそもそもラノベを読まないので意味もわからない。
ともかく、ハロウィンに乗じたお祭り騒ぎで賑わう街で、お持ち帰りしたコスプレ男は正真正銘の悪魔だった。
しかも、規格外にエロ可愛い悪魔。
そう聞くと、それなんてエロゲ?と人に問われるだろうが、ゾロはそもそもエロゲ・・・(以下略)
そう言う訳で、いまゾロの部屋には悪魔が棲み付いている。



「おかえりー!風呂にするか、飯にするか、それともオ・レ?」
どこで習ったのかベタなセリフで迎えてくれたのは、自称「青海の悪魔・サンジ」だ。
白シャツの上からエプロンを身に付け、裾から伸びるのは白い素足。
どうやら今夜は、シャツ一+エプロンプレイらしい。
すかさず「お前」と答えたいところだが、猛烈に腹が減っていたゾロは「ともかく飯」と答えた。
そう言いながら鞄を下ろし上着を脱いで、ネクタイを緩める。
悪魔サンジはどこの新妻かと見紛うほどに甲斐甲斐しく、背広を受け取りハンガーに掛けて鞄を居間へと運び入れる。
持たされた弁当は綺麗に空になっていて、それを満足そうにキッチンに持って行った。
「ああ、腹減った」
「すぐ飯にするぞ、手ぇ洗って来いよ」
どこの新婚さん家庭かと見紛うばかりのラブラブ熱々な食卓を目にし、ゾロは満更でもない気分でいそいそと洗面所に立った。
それにしても、腹が減る。

ハロウィンの夜に冥界からやってきたサンジは、そのまま帰り損ねてゾロの部屋に転がり込んだ。
元が悪魔なので住所不定無職だったが、料理に興味があるとかで昼間は調理師専門学校に通っている。
ちなみに、授業料他は悪魔的能力で、どうにかして自力で稼いでいるらしい。
金色の髪からにょっきりと生える二本の角は、隠しようもなくそのままだ。
サンジは気にすることなく、角付きのまま暮らしている。
人によっては控え目なコスプレ・・・もしくは猫耳アクセサリーもどきと思われているし、興味を持って尋ねられれば「生えてるんだ」と正直に話している。
別に、頭に角が生えているからと言って人に迷惑を掛けるもんでもないし。
サンジがそう言ってしれっとしているので、周囲の人間も殊更そのことで騒ぎ立てない。
専門学校でも友人ができて、たまに角を触られたりリボンで飾られたりするらしいが、反応はその程度だ。

角だけでなく、尾てい骨には黒くて細くて長い尻尾も生えている。
こちらは、先端が内側に来るようにしてクルクルと巻いて、下着の中に収納してあった。
露出する場所ではないから、さすがに誰にも知られていない。
時折りほどけて、椅子に座る時誤って尻で踏んでしまうのが難儀なだけだ。

ゾロの部屋にいる時は、そのどちらもが自然な形で披露されていて、いまもサンジの背後で尻尾がピコピコ揺らいでいる。
機嫌のいい時は、尻尾の動きも軽やかだ。
「相変わらずいい食いっぷりだな。弁当、量が足らなくねえか?」
「おう、さすがにこれ以上でかい弁当箱だと目立つからな、これでいいが夕方には腹が減る」
ゾロはずらりと並べられた料理を片端から平らげ、ビールで喉を潤しながら箸を動かす。
「弁当とは別におやつ持ってくか?焼き菓子とかなら、こっそり食えるだろ」
「ああ、それいいな」

スポーツをしているせいか、以前からゾロの食事量は人より多かったが、悪魔を家に引き入れてから自分でも驚くくらい腹が減るようになった。
さすがに、これは尋常じゃないと思う。
ただ、腹が減るだけで体調はすこぶるいいし、夜の生活は大満足だしなんら不足はない。
それに、なにせサンジが作る料理はどれもとてつもなく美味いから、その上頻繁に腹が減るのは最良の調味料と言えないこともない。
そこまで考えて、ふむ、とゾロは箸を止めた。
「お前、悪魔だってんなら俺になんか能力使ったりしてるか?」
「はあ?俺が」
サンジはゾロの健啖っぷりを惚れ惚れしながら見ていたが、思わぬ問いに眉を顰めた。
「使うわけねーだろ、ってか俺別に魔力とか持ってねえぞ」
「悪魔なのにか?」
「生まれつき悪魔なだけだもん、人に害を成すとか別にねーもん」
なら、なんのための“悪魔”だよ。
と言いかけたが、機嫌を損ねるかもと思い口を噤んだ。
迂闊なことを言うと、サンジのアイデンティティにも係わるかもしれない。

「なんで、んなこと言うんだよ」
「やたら腹減るんだよ、てめえと暮らすようになってから」
「そう?俺が作る飯が美味いからじゃね?」
「そうかもな」
ゾロが即座に肯定すると、にんまりと嬉しそうに笑った。
「ったく、しょうがねえなあ。あ、肉追加すっか?ビール、もう一缶飲むか?」
チョロい笑顔にこちらまで頬が緩んで、ゾロはグラスを差し出した。
「いっぱい食って、たんと精を付けろよ。なんせてめえのはクソ美味ぇからな」
舌の動きがエロいなけしからん、と思わずニヤ付きそうになる頬を引き締めてグラスに口を付けたゾロは、唐突に思い出した。


以前実家に帰った時、姉が出産のため里帰りしていた。
猿のように赤い顔をした甥っ子は、乳をよく飲みよく眠るから随分楽だと笑っていた。
その姉も、ゾロが驚くほどたくさん食べた。
そんなに食って大丈夫かと問えば、怒ったように頬袋を含まらせたまま言い返す。
「四六時中おっぱいあげなゃいけないからね。なんせよく飲むから、こっちもたくさん食べないとおっつかないのよ」
確かに、馬車馬のように食べつつ姉は出産前より痩せていた。
乳飲み子を抱えるとそんなものかと、呆れつつ感心したものだ。


――――まさか、アレか?
そう言われれば、思い当たる節はある。
なんせ、サンジはよく飲む。
それこそ上の口からも下の口からも、余すことなくすべてを飲み尽くす勢いで求めてくる。
ヤった後、爽快な疲労感と共に猛烈な空腹感に見舞われるのもそのせいだ。
恐らく、サンジに精気を吸われているのだろう。

気付いてしまえばさすがにぎょっとして、目の前で煙草を吹かすサンジの顔をまじまじと見つめてしまった。
視線が合って、「ん?」とばかりに首を傾げている。
その仕種には邪気はなく、むしろちょっと可愛い。
「んだよ、俺の顔になんか付いてるかよ」
「――――・・・」
魔力はないと言っていた。
人に害を成すこともないと。
だが、こいつは悪魔だ。
人を騙すことも誑かすことも、きっとお手の物だろう。
「だから、なんだって」
答えないゾロにイラついたか、眉間に皺を寄せて上唇を尖らせる。
そうすると、悪魔と言うよりあひるのようだ。
「眉毛が、巻いてる」
「元からだ、喧嘩売ってんのかこの野郎!」
いきり立つサンジは、そのままぷりぷりと怒りながら冷蔵庫に向かった。
シャツの下からすんなりと伸びた、白い足が艶めかしい。
扉を開けて少し屈むと、シャツの裾から丸い尻タブがチラリと覗いた。
だがすぐに姿勢を正して、見えなくしてしまう。
こっちを向いて万歳でもしたら、金色の繁みだって覗くのに。

「てめえになんか、このデザート食わせてやんねえ」
食後用にと準備してあったのか、艶やかなチョコレート菓子が乗った皿を手に振り返る。
「洋酒をたっぷり使った、舌の上で蕩けるディアブル・ムースだぜ」
そう言って、そのままゾロの膝の上に腰を下ろす。
太ももも露わに足を組んで、どうだ?とばかりに鼻先にケーキを差し出した。
「美味そうだが、てめえのが先だな」
そう答えれば、サンジは満足そうにニヤンと笑ってケーキをテーブルの上に置いた。
「じゃあ俺を、舌の上で蕩けさせてダーリン」
ゾロの首に両手を絡め、うっとりと目を閉じて唇を重ねてくる。

サンジを食らえば腹が減る。
腹が減ったら、サンジが得上の料理を作って食べさせてくれる。
飯を食えば腹が満たされ、ついでにサンジも美味しくいただく。
ゾロにとって、問題はなにもない。



End



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