めざまし時計
-13-



そのあと食べたカレーは、まったく味がわからなかった。
ゾロが作ってくれたんだし市販品だから美味しいに違いないのに、なんだか気持ちがふわふわして覚えていない。
後片付けをゾロに任せて風呂に入り、じっくりと湯船に浸かったらようやく頭が回ってきた。

――――もしかして、ゾロといい感じになってんじゃね?
そんなまさかと思いつつも、先ほどの甘い雰囲気は思い返せば返すほど湯船より暖かくサンジの心を満たしてくれる。
すごくドキドキする。
正直嬉しい。
思い違いでも思い上がりでも、今はとにかくなんだか幸せで仕方ないのだ。
――――は―…どうしよう。
いや、どうしようもない。
サンジがどうこうしていいことじゃない。
だが、もしゾロがなんか…してくれたなら。
してくれたなら、嬉しいけど。
でもそれはやっぱり、望んじゃいけないんじゃないか。
もちろん、どうこうしてくれたら嬉しいけどまずありえないだろうし。
ゾロは大人だし。
俺は男だし。
ありえない。
ありえないけど、なんかあったらやっぱり嬉しい。

湯船に浸かってぐるぐる考えた挙句、のぼせそうになって風呂から上がった。
いつものパターンなら、こうしてゆっくり湯につかっている間にゾロは先に寝てしまうのだ。
昨夜はほとんど眠れていなさそうだったし、ほぼ100%先に寝ているだろう。



風呂から上がって歯を磨き、紙を乾かしてから部屋に戻った。
予想通り、ゾロはもうベッドの上で大の字に眠っている。
サンジはパジャマを着てしばらくウロウロと迷っていたが、意を決してベッドの掛布団をそっとめくった。
そのまま、眠るゾロの横にするりと身体を滑り込ませる。
こうしておけば、夜中にゾロが起きだしても自分もわかるかもしれない。
一緒に起きて、そいで寝かしつけてやることができるかもしれない。
そう思ったのに、サンジが身体を潜り込ませた途端、ゾロがばちっと目を開けた。

「あ」
狸寝入りだったのか?
ゾロは横を向いた。
至近距離で、目が合ってしまう。
「あ、悪イ、起こした?」
「起きてた」
「狸かよ!」
サンジは憤慨しつつも、どうにも身の置き所がなくて毛布を手にして縮こまる。
「やっぱ、狭いし寝辛いよな」
「寝辛いのは、狭いせいじゃねえ」
ゾロは心持ち身体を端に寄せて、サンジの背中に腕を回し抱き寄せた。
昨夜と同じようにぴたりと身体を密着させるのに、今夜はなんだか勝手が違う。
自分が風呂上りなせいだろうか。
とにかく身体全体が熱くて、心臓がバクバク鳴り響いて口から飛び出そうだ。
「ゾロ…」
「俺が、夜中に目を覚ましてなにしてたか、わかるか?」
唐突な問いに、サンジはぱちくりと目を瞬かせた。
「酒、飲んでたんだろ?」
「…正解」
ゾロは仕方なさそうに、肩を竦めて苦笑する。
「正解だが、別にある」
「なに」
きょとんとするサンジに、ゾロは少し逡巡してから口を開く。
「お前の寝顔を、見ていた」
「へ?」
ゾロの言葉の意味に気付いて、サンジはぎゃっと手にした毛布を引き上げた。
「俺の?俺の間抜けな顔、見てた」
「別に間抜けじゃなかったぞ。すげえ可愛かった」
「いやありえねえ、もしかしてよだれ垂らしてなかった?」
好きな人に無防備な寝顔を見られていたかと思うと、羞恥が先に立つ。
こんな辱めがあろうか。
「えーありねえ、恥ずかしい」
「いや、可愛いし癒された」
「野郎の寝顔見て可愛いもクソもねえよ」
赤くなって怒るサンジに、ゾロは意地悪く尋ねてくる。
「そうだな、それだといつも先に寝ている俺の寝顔もそうだな」
「え、それは違う!」
サンジは慌てて声を上げる。
「てめえの寝顔、めっちゃ可愛いぞ。なんてえか、起きてる時の強面と全然違って、ガキっぽいっていうかあどけないっていうか、めちゃくちゃ可愛い。俺よく、じっと見てた」
そう言ってから、しまったとでもいう風に口元を押さえた。
「あ、それもなしですか」
「いや、だったら俺がお前の寝顔見て可愛いっつうのも理解できるだろうが」
言われてみればそうだが、やはり気恥ずかしさが先に立った。

「もー、ああ言えばこう言う的な!」
「怒るなよ」
ゾロは笑って、ぎゅっとサンジを抱き締めた。
「なあ、好きだ。いつから惚れたかわからねえが、お前の寝顔を眺めて幸せな気分になってたのは本当だ。いつからか、惚れていた」
「―――――・・・!」
ビヨンと、本当に心臓が跳ねた気がした。
信じられないという思いと、そもそもこれ夢なんじゃね?との疑いが一気に湧き上がる。
自分に都合の良い妄想をしているとしか、思えない。
「え、嘘…」
「嘘じゃねえ」
自分を抱く手に力を籠める、ゾロの暖かさが現実だと告げてくれた。
マジ?マジかよと混乱しながらも、サンジは必死にコクコクと頷いた。
「うん、俺、俺も好き!っていうか、俺のが好きだから!」
この期に及んで、なぜか対抗心を持ってしまう。
「絶対、俺のが先にゾロのこと好きになってる!」
「そうか?」
「すげえ好きって、自覚したとき泣きそうになったし。けど、そんなこと絶対口にできねえと思ったし」
「俺は黙って、いられなかった」
サンジは、多分ゾロから言ってくれなかったらずっと胸に秘めたままだっただろう。
そういう忍耐?には自信がある。
言わないと決めたら絶対に言わないし、知られたくない想いは墓場まで持っていける。
でも――――

「そんなん言われたら、俺だってそうだって吐かずにいらんないじゃねえか」
サンジはそう言って、ぎゅっとゾロに抱き着いた。
「俺男なのに。ゾロはカッコいいしレディにモテモテだろうから、俺なんて相手にしないと思ってたのに」
「そもそも俺は色恋沙汰に興味はねえんだが、お前は別だ。ってえか、お前を見て、ああこういうモンなんだなと理解した」
ゾロは少し照れたように、笑う。
「俺が黙っていられなくなったくらいにな」
「――――・・・」
ああもう、いちいちググッと胸に来る。
もう、サンジのハート鷲掴みで握り潰された感だ。
「なんかずりい」
「そうか?」
「俺だけべた惚れみてえ」
「ここに来てまだ言うか。俺のがそうだ」
「ンなことねえ」
ぎゅうぎゅうと抱き合いながら、くだらない言い合いを始めた。
それでいて、目が合うと照れ臭そうにふにゃっと笑う。

「好きだよ」
サンジがそう言うと、ゾロは一瞬生真面目な表情を作ってから顔を近づけてきた。
あ、お、と身構えて、少しためらってから瞳を閉じる。
初めて触れた唇は、柔らかく優しかった。

――――ふぁ~~~~
キス、しちゃった。
大好きな人と、キスしちゃった。

その事実だけで、ふわふわと夢見心地になった。
布団は柔らかいゾロの手の中は暖かいし、もういつでも眠れる。
うっかりとろんと瞼が下がったが、触れるだけのキスをしたゾロが慌てて抱き直した。
「おい、俺は明日休みだ」
「あ、うん」
「だがお前は土日も仕事だろ?」
「うん」
「だから俺が寝不足でも構わんのだが、だがやはりちょっとだけ触らせろ」
ゾロの、どこか必死そうな表情に、サンジは小首をかしげてから「うん」と頷いた。
「どうぞ」
「ちょっとだけ、だからな」
「いいよ」
ゾロが触りたいのなら、どうぞどうぞ好きなだけ。
そんな気分で軽く許可したサンジだったが――――

結局、いっぱい触られてしまった。








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