まよひが


風にそよぐ以外は静かな梢が、さわりとざわめいた。
山の祠に住まう狐が、気配を感じてパチリと目を覚ます。
長く眠っていたような、ほんの束の間の転寝から覚醒したような。
呆けた頭をそのままに起き上がり、ふわりと吐息のような欠伸を漏らした。

―――誰か?
神の領域に踏み込んだモノがいる。
身に纏う気はあまりに荒く強く、気高しい。
あちこちに張り巡らされた結界などものともしないで無遠慮に踏み込む気配に眉を顰め、狐は音もなく立ち上がりその身を宙に舞わせた。





―――誰か?
頭上からそう問われ、振り仰いだのは一頭の虎だ。
否、虎のようなモノ。

人の形を成してはいるが、肌には縞模様が浮かび、見上げた瞳は金色の虹彩がギラリと光っている。
明らかに獣の目をして、異形の者は姿なき気配に答えた。
「てめえこそ誰だ」
鋭い牙を口の端から覗かせ、値踏みをするように目を眇める。
その光のきつさに本能で怖気を感じ、狐は枝の間から姿を現した。
異形の瞳が、更に輝きを増す。

「見つけた」
「誰を、俺をか?」
不意に、虎が動いた。
まっすぐに狐に向かって飛び掛るのをひらりとかわし、振り抜きざまにその脇腹に足を打ち込む。
確かに手応えはあったのに、虎は呻くでも蹲るでもなく、脇腹に減り込んだ足を掴んで引き倒した。
地に伏すなど、狐にはあってはならぬこと。
咄嗟に手を着き身を翻して、虎の顎を蹴り飛ばしながら樹上へと飛び上がる。

「なんと、乱暴な」
「どっちがだ」
ぺっと血の唾を吐き、虎が口元を歪めて笑う。
次の瞬間にはもう虎はそこにはおらず、残像を捉える間もなく狐の正面に回りこんでいた。
「―――くっ」
近過ぎて弾けない。
身を引いても伸びた手が着物を掴み、勢いよく引き寄せられた。
喉笛に噛み付かれると総毛立ち、ついで噴き出すであろう血潮と共に己の命の終わりを知る。
だが、壮絶な痛みは訪れなかった。
代わりに、喉笛を這う柔らかな感触と滑りに違う意味で鳥肌が立つ。
「な、に?」
竦んだ肌をきつく吸われ、枝の上から危うく落ちかける。
そんな狐の腰を抱いて身体を幹に押し付け、改めて首元の肌を舐めた。
「・・・嬲るつもりか」
獲物を喰らう前に散々玩んで楽しむつもりだろう。
虎の本性に嫌悪を覚えながらも、ここまで捕らえられてはもはやどうしようもない。

まだ、身に傷一つ付けられていないことが救いか。
手も足も動く、いざとなれば戦える。
油断させ隙を突いて反撃することは、可能だ。

そう考え力が抜けた狐の身体を、虎はゆっくりと舌で舐め始めた。
耳元を擽られ、食われる覚悟以外の感覚で狐はぶるりと震えた。
「・・・見つけた」
まただ。
さっきから、虎は意味不明なことを呟いている。
「見つけたって、俺かよ」
好きなように嬲られる屈辱に歯を食いしばりながら、狐はそっぽを向いて呻いた。
「わからねえ、でも見つけた」
大きな耳の付け根を、かぷりと甘噛みされる。
ぴるると耳が震え、戸惑うように横に下げた。

「てめえだ、間違いない」
「なにがだ、畜生」
いっそひと思いに食えばいいものを、さきほどから虎はさかんに狐の肌を舐め、着物の下に手を這わせて弄っている。
鋭い爪がありながらそれで裂きもしないで、むしろ傷つけないようにと指の腹で慎重に撫で擦った。

「さっきから、なに、してんだ」
真っ白な着物の下は、緋色の襦袢だ。
虎は手を差し込むと肩を肌蹴させ、骨格を確かめるように鎖骨を舐めてその下へと唇をずらした。
「―――あ・・・」
薄い胸肉を掴まれ、先についた尖りを舌で舐められる。
狐は戸惑い、無意識に虎の胸を押し返して身体を引いた。

「止めろ、んなこと・・・」
されたこと・・・ねえ?
いいや、と胸の奥がずくりと疼く。
知ってる。
俺は、この感触を知っている。

虎の舌はぷつりと勃ち上がった尖りに絡み付き、たっぷりと唾液を含ませじゅっと吸い上げた。
ああ、と狐の口からため息にも似た喘ぎが漏れる。
「・・・止せ、こん、な」
「てめえ、ここ好きだろう?」
勝手なことを言いながら、虎は狐の乳首を舌で転がし軽く歯を立てる。
もう片方の胸にも手を這わせ、傷付けないように爪の先で軽く引っ掻いた。
「あ、ああ・・・っ」
狐は太い枝の上で、さかさまになって声を上げた。
腰から下は虎が乗っかってしっかりと枝に固定されている。
けれど逃げを打つ上半身だけが、だらりと枝から垂れ下がってしまった。
両手は着物の裾に絡め取られ、自由が利かない。
剥きだしの胸を虎は心行くまで蹂躙していく。

「はあ、や、あっあ―――」
静寂に包まれた森の中に、狐の切なげな啼き声だけが響いた。
「もう、止めろぉ・・・」
赤く充血した乳首から口を離し、虎はにやりと目を細める。
肉食獣のそれは明らかな欲望を示していたけれど、狐には頭から食われた方がまだましだった。
「もう、食えよ」
虎が身体を起こすと同時に、狐の痩躯がずるりとずれ落ちる。
頭から地面に落ち掛け、虎の腕が庇ったままするりと回転して地に下りるのを他人事のように感じていた。

神狐が地に伏すなど、あってはならぬのに。
もはや息も絶え絶えで、虎のなすがままに地面に手を着きようやく体勢が変わったことに安堵している。
草に頬を擦り付けて、狐はうつ伏せて息を整えていた。
隙を突いて逃げ出すはずが、この体勢では反撃もできはしない。
腰をがっちりと抑えた虎は、膝を着いた狐の着物の裾を捲り上げた。

「やめっ」
「じっとしてろ」
後ろから回した手で、喉に爪を立てている。
そうしながら背中にまで着物を捲ってしまった。
ふっさりとした尻尾と真っ白な尻が現われて、虎が嬉しげに縞模様の尻尾を揺らしている。
「くそっ、殺せ・・・」
狐の叫びになど耳も傾けず、虎は掌で肌を撫でた。
爪で傷付けるのを恐れるのか、随分と慎重で丁寧だ。
「今の俺には、指では無理だな」
言って、おもむろに顔を下げたから狐はびっくりしてその場で飛び上がった。

「な、ななななにしやがるっ」
「動くなっつってんだろが」
虎が上からのしかかってくる。
それでいて、その口は狐の尻に付けられた。
「・・・やめろっ」
「こうでもしねえと、俺の爪じゃてめえを裂いちまう」
いっそ引き裂いてくれればいいのに。
暴れる尻尾の付け根を握り引き上げると、虎はその大きな舌でそこを舐めた。
逃げようとずり上がる膝を開かせ、四つん這いのまま腰だけ高く上げさせる。
そうして日の下に晒された真っ白な足の付け根を丹念に舐め始める。
「―――あ、ああ・・・」
羞恥に耐え切れず、狐は草原に突っ伏して呻いた。
こともあろうに、神狐ともあろうものが。
異形の虎に、このような辱めを受けるとは。

悔しく腹立たしく、怒りで胸が焼けそうなのに。
身体は熱く柔らかく蕩けて行ってしまう。

「は・・・は、あ・・・」
「いいだろ?」
べろりと、虎は見せ付けるように喉を鳴らした。
「お前、これ好きだよなあ」
「・・・な、にが」
散々嘗め回した後、なにか滑るものが押し当てられた。
それがなにかと確かめるのも恐ろしく、狐は地面に爪を立て必死で歯を食い縛る。
「力を抜け」
「・・・誰、がっ」
すっと前に回した虎の手が、狐のすでに硬く張り詰めた芯を掴む。
軽く爪を立てなぞられて、それだけでぶるぶると膝が震えた。
「はあ・・・、止めろ、や―――」
「参る」
ずぷりと、狐の中に熱い塊が押し入ってきた。


「あ、あ・・・あああ―――」
無意識に息を吐いて背を撓らせ、狐はそれを受け入れた。
狭い内壁がありえないものの侵入に慄きながらも、まるで待ち焦がれてでもいたように収縮し包み込んでいく。
「・・・あ、うぁ―――」
知っている。
狐は確かに、この感触を知っている。
無遠慮に押し入り穿ち蹂躙しながらも、中で張り詰めて満たすモノを知っている。

「あ・・・あ、や・・・」
「知ってる」
虎も、同じようなことを呟いた。
「俺は、知ってる。てめえの、この・・・」
「言うな馬鹿!」
くわっと振り向きざま、牙を剥いて虎の肩口に噛み付いた。
がじがじと歯を立てるのに、虎はどこか酷く嬉しそうだ。

「知ってる。やっぱり俺はてめえを知ってる」
「・・・」
俺もだと答えるのは癪で。
狐は目尻からポロポロと涙を零しながら、虎の肌を噛み締めた。
「そうだな」
不意に、虎は身体を起こすと狐の中から抜け出そうとした。
ほっとするのも束の間、身体の向きを変えられ再び腰を押し付けられる。

「うあっ・・・」
向かい合わせで大きく足を広げられ、股の間に虎は押し入った。
衝撃に呻く狐の背中を掬い、己の胸に押し付ける。
抱き合う形になって、繋がりはより深くなった。

「あ、ぁ・・・ぁあ」
「こうだ」
虎が確かめるように狐の背中を弄った。
狐もまた虎の背中に手を回し、傷一つない肌を確かめるように撫でる。
「あ、ああ」
「そうだ」
言って、どちらからともなく唇を合わせすべてが一つになった。




   *  *  *




「・・・どういうこった、こりゃ」
散々睦み合い声も枯れるほど交わった後、狐は軽く気を失ってから目覚めた。
樹の影が地面に長く伸びている。
もう日暮れも近い。
「なんで、てめえそんなカッコなんだ」
「そりゃこっちが聞きてえ、どういう趣向だエロコック」
共に半身半獣で、立派な耳も尻尾も生えている。
サンジは着物の襟を掻き合わせて立ち上がったが、すぐにその場にへたり込んでしまった。
目の前のケダモノに散々嬲られ、もはや腰も立たない。
ゾロはそんなサンジの着物を手早く着付けてやると、ほれっと綺麗な背中を向けてしゃがんだ。
「・・・なんの真似だ」
「負ぶってやるっつってんだよ。てめえそれじゃ歩けまい」
「いい、んなカッコの悪い」
「ならてめえだけここに残るか。言っとくが、こっから出ねえとてめえは一生このままだぞ」
誰のせいだと毒づきながら、サンジは渋々ゾロの背中に手を回した。
尻を担がれひょいと負ぶわれて、屈辱ではあるが楽チンだとも思う。

不思議な島に上陸して、一番最初にサンジが消えた。
食料を求めに山に入り、そのまま狐になったのだ。
身体も変えられ記憶も消し飛んで、ずっと昔から済む神狐のつもりになっていた。

「連れ戻せるかどうかはわからねえって言われたが、待ってたっててめえは帰ってこねえからな」
ダメ元でゾロも山に入った。
同じように身体を変えられ記憶を奪われもしたが、探し物はちゃんと見つけられたらしい。
本能で捉えてまぐわったら記憶も戻ったとか、俺たちどんだけアレだよと声に出さずとも盛大に照れてしまう。

「俺たち、元に戻れるのか」
「山の領域から出れば戻るとよ、なかなか戻れねえだけで」
静かで穏やかな山の暮らしは、記憶をなくした獣にとっては安らぎの場所だ。
ゾロが迎えに来なければ或いは、サンジはずっとここで神狐として暮らしたかもしれない。
「どんだけ時間、経ってんだ」
「てめえがいなくなって三日だが、ここに入ると時間は止まる。だからまあ、せいぜい三日だ」
「変なの」

サンジの目の前で、ゾロの虎耳がぴるぴると動いている。
一丁前にピアスなんかも残ってて、なんだか可愛く思えないこともないとか、まじまじと見つめてしまった。

「戻んのか」
「おう戻るぞ」
狐も虎も、別に悪くはない。
悪くはないが、ここには二人が求める夢はない。

「みんなが、待ってる」


ゾロはサンジを背負ったまま、躊躇うことなく結界の外へと足を踏み出した。






End



キヨズミさんに捧げますv