マリモ観察日記
−夜の生態編−



世の中には、知らなくていいことと、知ってもどうしようもないことと、知りたくもないのに知らされることがある。

まあ、俺にとっちゃ、どれも同じようなものだ。
ともあれ、一つだけ確かなことは、俺は触れてはいけないパンドラの箱を開けてしまったということ

―――――それだけだ。



カランと渇いた音を立ててスプーンが床に落ちた。
回転しつつ横滑りして、俺の足元で止まる。
手に機械油がついてないか確かめてから拾い上げ、席を立ってシンク前でぼうっとしているサンジに手渡した。

「お、すまねえな。さんきゅウソップ。」
素直に礼を言って受け取るサンジの顔はすこし疲れが見えていて、弱々しい。
「なんかしんどそうだぞお前。もう片付いたんだろ、休んだらどうだ。」
つい、俺は声を掛けてしまった。
そう、ついうっかり。
これで毎回毎回後悔する羽目になるのに、生来気の優しい俺はついうっかり労わるような言葉を口にしてしまう。
そして、それがいつも奴の引鉄になるというのに・・・

「ウソップ…」
サンジの物憂げな瞳が俺を捉えた。
瞬時に危機を悟って俺は回れ右で脱兎の如く逃げる構えだったが、寸でのところで襟首を捉まれ強引に座らされる。
俺の前にことさらゆっくりとした動作で腰を降ろしたサンジは、訥々と語り始めた。
・・・またやっちまったよ、俺。

「やっぱそうか、疲れて見えるか?俺。いやなー・・・疲れるっつうか、まあしょうがねえんだけどよ。
 けどよおウソップ。」
そこで言葉を切って、ふうと煙を吐き出すとほんのりと頬を赤らめて視線を逸らした。
「・・・愛されるって、時として…辛えよなあ。」

かく――――ん・・・

俺の顎は外れっぱなしだ。





そう言えばここんとこアクシデント続きだった。
海王類は集団で横切るわ、通りすがりの海賊が喧嘩吹っかけてくるわ、嵐がくるわでそりゃあ大変だった。
慌しかった。
そりゃあわかる。
俺もそうだったから。
でもだからって―――――

「いきなり5連発はねえよなあ。」
サンジはふるふると小さな顎を揺らすと、自分の襟足を撫でて髪をかき上げた。
「がっつくなっつっても聞かえねーんだよ。もう待てねえとかなんとか言って、鼻息荒くてよ。しかもその声がまた掠れてて・・・なんつーの?ほら、やらしーつうか、ちょっとキてる?クる?セクシー・・・なあんてなっ、」
なんて言いながら人の肩をバンバン叩きやがる。
痛え、痛えっつーの!
咥えた煙草の灰が零れて、それを灰皿に落としてから今度は頬杖ついてあさっての方向を見上げた。
「まあよう、だからってぜってー無茶するってえ訳じゃねえんだ。ちゃんとオイル使うしよ。すんげー手間かけんだぜ。あの魔獣が。けどよ、俺がちいっとでも痛そうに顔しかめっとすーぐ手止めんだよな。大丈夫か?とか言いやがって。かーっ、マリモのくせにクソ真面目な顔で覗き込んでくっからよ。ああ見せてやりてえや、あの顔!」
いやいらねー。
全然見たくねー。
「そいでそこで、なんだこいつ優しーじゃねえか・・・なーんて絆されたら嘘!だかんな。解す間はやわやわやってっくせに一旦入れたらそりゃあもう、止まんねーの。詐欺だぜ、あれ。」
ぐっと拳を握り締めたかと思うとそれを口元に持って行ってにやけた口元を隠している。
「もう入れたが最後、イくまでバカの一つ覚えみてーにガンガンガンガン腰振って、俺が泣いても喚いても容赦しねえの。もうマジ涙出てんだぜ。なのによ、そうなると余計に張り切るっつうか、興奮する?なあ、ゾロってSのケあんのかなあ?」
知らねーよ。
「普段でもあの凶悪面が、まあ涎垂らしそうなほど嬉しそうな顔でよ。口とか歪んでんのに笑ってんだぜ。もうなんてえかあの顔見っとそれだけで・・・いや、まあなんつーか尋常じゃねえ面だな。ゾクゾクすっぜ。まあそれはおいといてだな。」
おいといてくれ、つうかそこで終了してくれ。
「バカの一つ覚えっつったけど、あいつカンだけはいーんだよなあ。なんつーの、前立腺?そう、あれ。どうも俺のそれ、見つけられたみたいでよ。もうそっからしつけえ、しつけえ。」
いやもう、いいって、ほんとに。
「しかもただ突くだけじゃねーんだよな。こう・・・浅く、深く?絶妙な擦り具合で・・・あれって天性のもんかね。あのカンの良さ。俺なるべく顔に出さねーようにしてんのに、すぐにバレちまうんだよな。」
なにが顔に出さないだ。
モロわかりだろ、お前の場合。
「もうあれやられっと俺・・・もう、ダメ。頭ん中真っ白になっし、よく覚えてねーし。ゾロの顔すら
 見れねーもんな。なんか悔しいよな。」
サンジはきり、と煙草のフィルターを噛んだ。
白い歯が妙に艶かしく映る。

―――――この唇を吸って、舌入れたりすんだよな。
ついそこまで想像が行ってしまって、俺は慌てて打ち消した。
そこから先は、踏み入ってはいけない世界だ。
「でも終わった後はよ。俺だらーんとしちまってあんま動けねえんだけど、そうすっと奴はタオル濡らして持って来たりして、えらく甲斐甲斐しく拭いてくれんだよ。こう、手つきとかおっかなびっくりで。ドロドロんなったとこまで拭ってくれて。まああん時だけはちょっと気分いいぜ。」

信じられないほど明け透けに自分達のSEXライフを語るサンジは、俺から見たら単なるホモの変態君だが、それでもそのことに生理的な嫌悪感を感じないのはその語り口調や表情がなんだか幸せそうだからだろう。
言ってることは相当なのに、生々しくない。
中身を聞かずに様子だけ見てれば『そうか、頑張れよv』なんて肩の一つも叩いて激励したいくらいだ。

「まあそんなに乱暴って訳じゃねえんだが、やっぱサイズがナニなんでな。やっぱこっちも色々大変なんだよ。特にあいつのカリの部分はこうなってっだろ、ここがまたいいところに当たって擦れて・・・」
だから手で形作るなってえの。
「まだなんかモノ挟まってるような違和感あるし。股関節は痛えし・・・」
なんで俺は人のケツ穴事情まで知らなきゃならないんだろう。
結局さんざ聞かされた俺だけが精も根も尽き果ててさめざめと泣き寝入る羽目になるんだ。
しかもそのまま寝ると時には悪夢まで見ることもある。
精神衛生上、大変よろしくない。

「あーわかった、わかった。てめえの事情はよーくわかった。わかったからもう寝ろ。もう休め。俺も寝る。」
言いながら俺は手早くテーブルの上の部品を片付けた。
これ以上長居すると2、3発目にまで話が及ぶ。
「んー、じゃ寝っかなあ。マリモに見つかんねーようにしねえと、連チャンはきついからなー。」
懲りてねえ、こいつ全然懲りてねえ。
「ぼやぼやしてっと捉まっぞ。朝シャワー浴びたんならもういいだろが。そのまま男部屋入っちまえ。」
「ん、じゃおやすみ。」
なにが哀しくて人のシャワー事情まで詳しくなってしまったのか、嘆かわしいが仕方がない。
ちょっと斜めに傾いだ不自然な歩き方でキッチンを出て行く後ろ姿を見送って俺は大きく溜息をついた。




サンジは少しでも俺と二人きりになるとすぐにゾロの話を振って来る。
しかも最近は主に夜の生態が多い。
サンジはマリモ観察日記なる者をつけて悦に入る立派なゾロマニアだが、最近はそれに新たに夜の生態が加わってしまった。
ぶっちゃけ、二人はデキてしまったのだ。
そしてその事実を唯一知っている俺が、なぜかサンジの報告対象者となってしまった。
そうでなくてもサンジのゾロマニアぶりにはほとほと愛想が尽きて、酷い目にあっている俺は、なるだけサンジと二人きりになるのを避ける努力をしている。
この狭い船の中で、それはなかなか至難の業で、しかもサンジにそれと分かるようにあからさまに避ける訳にはいかないから、その努力は殆ど無に帰しているが。

時には顔を赤らめて、うっとりと目を細めて、ゾロのことを愛しげに語るサンジは、見ようによっては可愛く見えないこともない。
まあ、俯いてぼそぼそ呟く姿はそこそこだ。
だがだからと言ってうっかり耳を傾けてしまった日には、そりゃあいらんことまで聞く羽目になる。
お陰で俺はすっかりゾロのナニの形状、強度、耐久性から持続力まで知り尽くしてしまった。
チン長や直径までばっちりだ。
勿論そんなモンを知ってなんの得になることはない。
ってえか毒になっている。
もう最近俺はゾロの顔すらろくに見られねえ。

サンジがああいう態度なのとは裏腹に、ゾロはなんら変わりがない。
俺の目から見ても変わりがねえ用に見える。
相変わらず寝て食って鍛錬するだけの日々だ。
サンジの作った飯を美味そうに食うわけじゃねえ。
言葉ひとつかけるでねえ。
まあ食卓でラブラブ光線放たれたって困るんだが、サンジの報告が信じられねえくらい、ゾロにはなんの変化も見受けられない。
サンジの言うところの鍛錬マニアの筋肉バカは、清廉でストイックだ。
とても夜な夜なサンジを捕まえてあーんなことやこーんなことをしているようには見えねえんだが・・・

「人間って、よくわからねえなあ・・・」
俺は一人、声に出して呟いた。






それでも、人間の順応力というものはたいしたもんだ。
俺はいつの間にか耳が肥えて知識が増えてしまった。
ゾロの生態のみならず、ホモの生態に詳しくなってどうするよ、俺。

朝っぱらから、サンジの側を通り過ぎるとほのかにシャンプーの匂いがする時は、遅くまで励んでいた日。
そんな日はなにかと不便そうだからさりげなく手助けをしてやる。
どんな非常時でもゾロとサンジが二人揃って姿を見せないときは、探さない。
ルフィがベタベタサンジに纏わりついている時は殴って引き剥がす・・・など、自然と協力体制に入っている自分が情けない。





「あの島、なんかきれえだぞ。山が赤とか黄色とか緑とかだ・・・」
双眼鏡を覗いたまま、チョッパーが簡単の声を上げる。
「この辺は秋島海域だから、紅葉してるのね。」

こんもりと大きな山二つのシンプルな島は、まさに紅葉の真っ盛りで観光船も多く発着して見えた。
「へえ、栗拾いにりんご狩りだってよ。」
「きのこ狩りもあるぞ。」
小さな島は観光農園で賑わっていた。
看板を横目に見ながら、しがない海賊船は目立たない崖下に繋留する。


「入場料2,500ベリーですって。高いわねえ、ぼったくりよ。」
「でもこうして紅葉を眺めながらいただくお茶は、また格別に美味しいわ。」
「そうですよね。景色もご馳走のひとつですからv」
相変わらず優雅な手つきでケーキを切り分けているサンジの背後から、こっそり裏口入園していたルフィとチョッパーが帰って来た。

「うおおい!大量だぞぉ、大収穫v」
山と抱えた袋の中には木の実やら果実、きのこが盛りだくさんに詰まっている。
「すげーなあ。味覚の宝庫だ。」
「そりゃもう、腕を伸ばして取り放題v」
嬉々として仕分けを始めたサンジが手を止めて驚愕の声を上げる。
「お、これは・・・っ」
手には軸の太いきのこが握られている。
「まあ、マツタケね。」
「あ、ロビンちゃん知ってるんだ。秋の味覚の王者ですよ。」
「へえ、美味しいの?」
サンジはナミの鼻先にそのきのこを差し出した。
「香りがいいんですよ。これで炊き込み御飯やお吸い物。焼マツタケに、土瓶蒸し・・・」
サンジの目が爛々と輝き出した。
「これだけあればフルコース作れるぜvルフィ、でかした!」

――――へえ、これがね。
俺はそのマツタケなるものだけを選り出して集めてみる。
なかでも、えらくでかいのがあった。
手にとって見れば見るほどそれはなにかを思い描かせた。

・・・こ、これって・・・

実物は見たことがない。
見たことはないが、耳にタコができるほど聞かされた、あれの形状にそっくりなんじゃないか?
この軸の太さといい、笠の貼り具合といい、反り加減といい―――――

「サンジぃ、これジャストサイズだなあ。」
つい俺は言ってしまった。
あんまりぴったりだったから口走ってしまった。
当然返って来るべきリアクションがなくて顔を上げる。
サンジは怒りもせずテレもせず、茶化しもせずに真っ赤になって固まっている。
おいおいおい、随分新鮮な反応じゃねえか。
珍しい光景に見入っていた俺の背後から、強烈な殺気が漂った。

俺の後ろに、ゾロが・・・い・る?



油を挿し忘れたブリキのロボットみたいにぎこちなく首を回した。
直ぐ側にしゃがんだゾロの顔があった。
額の青筋がひくひく蠢いているのさえ、至近距離から確認できる。

「・・・なにが、ジャストサイズだって?」
俺にだけ聞こえるような、小さく低い呟き。
ざあっと音を立てて血の気が引いていく。
「なんで、知ってるんだ?」
気付いて、しまいましたか?
俺が何をさして言ってるのか。

「え・・・いや・・・土鍋、土鍋に、ぴったりだなあ・・・って・・・」
俺はそろーりそろりと身体をずらしてその場を離れた。
サンジはそんな俺の動きを気にも止めず、じっとマツタケに見入っている。
奴が今何を考えてるかなんて、知りたくもないし想像したくもない。
ともかく俺は今すぐこの窮地から逃れなければならないのだ。

サンジの猥談に感化された俺が悪い。
尋常でない報告事項にすっかり慣れてしまって、軽口の度合いを失念した俺のミスだ。
けどよお、神様。
この哀れな子羊をどうか救っちゃくれねえだろうか。

海賊として生きていく以上、どんな苦難も乗り越えます。
嵐の海も同族の襲来も海軍の追跡も迎え撃って見せます。
だから、どうか同じ船にホモのバカっぷるが乗り合わせませんように――――


祈る俺の背後から、重い靴音が近づいてくる。







こわいよお。



こわいよお。





ゾロがくるよお。



END

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