マリモ観察日記
−ホモ撲滅大作戦− 1


体質ってのは、身体症状だけとは限らないらしい。
例えば、酔っ払ってもいないのに道を歩いてると一度は溝に足を突っ込むとか、誰よりも先に部屋の隅に潜むゴキブリを見つけてしまうとか、出歩くと必ず他人に道を聞かれるとか、そういった類のもの。
なんてことないけど、そういやなんか集中してるよな、とかなんで俺ばっかりとか…釈然としないながらも受け入れる偶然の産物みたいなものに、今俺は猛烈に悩まされている。

…そう、多分偶然なんだろうけど遭遇度合いが極端に高いのだ。
なにとって?
ホモとの遭遇だよ。











GM号に乗って仲間が増えて、その内サンジが実はゾロに惚れてたと知らされて、ついでにゾロもサンジのことを憎からず思ってたと気付いて晴れて二人が両思いになったのは、半年ほど前のこと。
最初から最後まで、うっかり見届けてしまった俺としては思いは複雑だがまあ、当人同士が幸せなのなら別に他人がとやかく言うこともないと生暖かい目で見守っていくつもりだった。
ヒトの恋路を邪魔する奴は馬に蹴られて当然とも思うし、ホモの恋路にわざわざ首を突っ込みたくもない。
だから見て見ぬ振りを続けてやっているのに、当人たちの傍若無人さにはほとほと参ってしまった。

俺が夜中にトイレに行こうとすると隣のシャワー室で励んでるし、人が不寝番してる夜には甲板でいちゃつきやがる。
真っ昼間でも、格納庫や倉庫に道具を取りに行けば中からアンアン声が聞こえて入れないし、少しでも早起きするとラウンジにも入れやしねえ。
さっきも廊下でキスしてる場面に遭遇したばかりだ。
なんつーか、これって俺の体質か?
俺はホモのまぐわい現場に遭遇しやすい体質なのか?
それともあいつらの頻度が高すぎるのか?!

しかし、他のクルーたちを見ている限り、二人の関係に気付いている様子はない。
そういう場面にも出会ってないのかもしれない。
ってことは、俺限定の偶然なんだろうか。
俺のアンテナは勝手にホモの乳繰り合いをキャッチしては、無意識に足が向かってしまってるんだろうか。
そこまで考えて、俺はぶるると身震いした。

冗談じゃねえ。
嫌だ嫌だ。
断じて認めたくねえぞ。
いちゃつく男同士なんてキショいし、それが知り合い同士っつうか仲間同士だなんて生々しすぎて勘弁だ。
しかも、6千万ベリーの賞金首と暴力コックだぞ。
そんな二人が音立ててキスし合ってるなんて、見たくねえ。
聞きたくもねえし想像だってしたくねえ。
それなのに現実は、否が応でもいちゃつく二人を見せ付けられて、そして決まって目ざとく気付いたゾロに射殺されんばかりに睨み付けられるんだ。
偶然なんだよ。
俺だって見たくねえんだよ。
わかってくれよ!
必死で言い訳したいがそんなことできるはずもなく、俺はすごすごと後ずさりしてその場から立ち去るんだ。
まるで逃げるみたいに。

元はといえば、場所も時間も憚らず動物みてえに盛るてめえらが悪いんじゃねえか。
何で俺ばっかこんな気苦労しなきゃなんねえんだよ。
切々と訴えてみたいが当然そんなこと叶うわけもなくて、今日も俺は一人で溜め息つくしかできない。




なんとか…あの現場を回避できるようにならないか。
ホモキャッチみたいなアンテナ作って、やばそうなとこは近付かないようにできればいいんだけど…
そもそも、なんであの二人なんだろう。
サンジはまあ、仕方ねえ。
元からあいつの恋心に付き合わされて、二人の関係を知っちまった俺だ。
あいつがゾロにベタ惚れだってのは、もう病気みたいなもんで仕方ねえと思ってる。
そう馬鹿につける薬がないように、恋の病に効く薬なんてねえ。
だからサンジは置いといて…
問題なのはゾロだろう。

ゾロはなんだってサンジに手出したりしたんだろうか。
あんな強さがすべてみたいな生き方をしてきて、色恋沙汰どころか遊びもしねえような堅物に見えて、実は暇さえあればサンジといちゃついてやがる。
はっきり言って失望した。
幻滅だ。
ゾロが、あんな奴だとは思わなかった。

そもそも二人がホモだとは思わなかった。
サンジは女に対してあの調子だから当然女好きだと思ってたんだけど、カモフラージュだったってことか?
そいでもって、ゾロも内面はサンジに負けず劣らずフェミニストの癖に何を好き好んで相性最悪っぽいサンジを選んだんだろう。
その辺りがまったく解せない。
男に欲情すること自体、理解できない。
男と女、どっちにときめくかなんて生理学的にも生物学的にも異性相手に決まっているだろう。
どう見ても、あの二人が元々同性愛者だったとは考えにくいし…
これが恋ってもんなんだろうか。
いいや違うな。
結局狭い船の中で四六時中顔をつき合わせている間に、適当な相手だとお互い認定しただけなんだ。
ナミやロビンなんて見た目だけは一流の女がいても、中身を知り尽くしてちゃそうおいそれと手を出す気にもなれないだろう。
そういう意味で、サンジは手軽な相手なのかもしれない。

…それでも俺にしちゃあ、ゾロの気が知れないけどな。
いくら金髪で色が白くても、あんな凶悪な顔で凄んだり口が悪かったり足癖はもっと悪かったりする、どうひっくり返しても可愛い気のかけらもない男に欲情できる神経がわからない。
サンジの心理はまあ、理解できる。
元々サービス精神が旺盛だし、求められたら結局断りきれない部分が確かにある。
それになんのかんの言ってゾロのことを気にかけていたのは見ててわかったし、惹かれるのも無理はないかとも思う。
男の俺から見ても、ゾロはカッコいいからな。
あんなストイックな面して思いもかけず手出ししてきたら、サンジみたいなタイプは単純だから簡単にコロッといっちまったんだろう。
だが問題はゾロだ。
男同士なんて勃たなきゃできないんだから、サンジを見て勃つんだろうな。
もしかして、ゾロってホンモノなのか?
そうでなきゃ、普通男相手に勃たないだろう。

確かに以前うっかり垣間見た、ゾロの下で組み敷かれたサンジはそこはかとなく色っぽかった。
まあ酔いが回ってたせいもあるだろうけど。
その後も何回か遭遇した濡れ場から漏れ聞こえる声も…なんとも言えない響きがあった。
男にしてはいけるかもしれない。
しれないが、やはり認めたくはねえ。
同じ男として、海を渡る仲間として野郎同士でいちゃコララブラブするのが当たり前になるのは、断じて反対だ。

なんとか今の内に、せめてどちらか一方だけでも真っ当な性癖に修正できないものだろうか。
―――やるんなら、ゾロだな。
サンジは多分、もう無理だ。
ゾロといちゃこらしてる場面を俺に見られた時点で、あいつはもう開き直っている。
それどころか自ら率先して俺に惚気る馬鹿っぷりだ。
あれはもう病気の一つだと置いておいて、まずはゾロの矯正から計画するしかない。
ゾロがその気にさえならなければ、サンジといちゃつくこともないだろう。
サンジからゾロに襲い掛かったってうまくいきそうにねえし、サンジを元の女好きに戻してもゾロに襲われたらきっと元の木阿弥だ。
そうだ、まずはゾロに女の魅力を再認識させてサンジへの興味をなくさせて、ついでに二人に恋人でもできたら今までの行いは若気の至りだったと気付くに違いない。
サンジには可愛そうだが、二人の将来と俺の平穏な海賊ライフを守るためにはこれしかねえ。
ウソップはそう固く心に誓い、ホモ撲滅大作戦を練り始めた。








女の魅力っつってもなあ…
食卓の席で、頬杖をついたままウソップはぼうっと考える。
斜め前と正面で食事するナミやロビンを見る限り、見目麗しく仕種も優しげだ。
手の動きや顔の表情、座る身体の姿勢まで粗野な男のそれとは違う、柔らかな雰囲気を醸し出している。
それに比べて―――
ちらりと横目でサンジを見れば、なるほど給仕する手つきはしなやかだが、手も足もでかいし長い。
身長はロビンのがはるかに高いから、並んでみるとサンジのが華奢に見えそうにもなるが、やはり線の細さは女性のそれとは比べ物にならない。
肩幅はがっしりとしているし全体に骨張っていてお世辞にも抱き心地がよさそうには見えない。
なにがいいんかね。

男同士であれこれするってのは想像しがたいし想像したくもないが、するんなら突っ込むだけだろう。
そうすっとあっちの具合か。
確かにサンジは並外れて足腰が強そうだし、細身の身体に似合わない強靭なバネや俊敏さを持っている。
ゾロが多少乱暴に扱ったって壊れない丈夫さも持ち合わせているから、SEXの相性はばっちりなのかもしれない。
それはそれで、いいんだけどよ。
けどやっぱりあんまり見えるところでいちゃついて貰いたくないし、これ以上生々しい証言も聞きたくはない。
たまに処理だけでするんなら目を瞑らないでもないが、今の状態は新婚ばりの馬鹿っプルぶりだ。
やっぱ今のうちに引き剥がしておかねえと…

「どうしたの、ウソップ。」
不意にナミの声が耳に届いて我に返った。
「なによ、さっきから聞いてるのに無視して!」
気がつけば少々お冠だった。
ええと、なんの話だったんだ。

「あああ、すまねえ、考え事してた。」
「もう、次の島にもうすぐ着くのよ。船番なんだけどログがたまるのが2日半だから、サンジ君が初日で翌日ウソップでいいかしら。」
「ああ、それは構わねえぞ。」
そうか、もう次の島に着くのか。
まあ、サンジは買出しがあるから最終日に当たることはまずねえんだけど、そうすっとまた俺が交代に来たときに、船でいちゃついてる二人を見る羽目になるんじゃねえだろうなあ…

最近は船の中のみならず、上陸してもべったり引っ付いてる二人だ。
どちらかが船番のときはもう片方も付き合っていちゃつくという図式も、すっかり出来上がっている。
それに気付いてるのも俺だけなんだろうか。
畜生、てめえら鈍すぎるぜまったく。

「それじゃ決まりね。多分夕方には着くわ。」
「どんな島だ、ナミ。」
「ええとね、結構大きな島みたいよ。カモメ新聞の広告に、繁華街の割引券がついてたりしてv」
ぴらんと指でつまみあげたピンクのチラシを見て、俺はなにやら閃いた。
蛇の道は蛇。
ゾロがナミやロビンに靡くぐらいなら最初からサンジなんて相手にしないだろうから、今度の島でプロのお姉さんの指南していただこう。








ありがちな酒場の前で、俺はふと足を止めた。
お天道さまはまだ高い。
ゾロと違って酒豪でもない俺は、夜一人で酒場に来ることなんてめったにないが、これも社会勉強の
一つかもしれない。
そうっと扉を開けると、薄暗い室内からタバコの煙と酒の匂いと、香水や汗が混ざり合ったような濃厚な空気が漂って来た。
それっぽくムーディな音楽が流れ、昼間だというのに結構人が入り浸っている。

ざっと見渡したが、一目見てそれとわかるような物騒な客はいないし、俺みたいな一見さんっぽいのもいない。
地元御用達の店なんだろうか。
「やあ兄さん、見かけない顔だね。」
人当たりのよさそうな主人がカウンターの中から招いてくれた。
そうしてくれると、慣れない俺でも入りやすいな。
俺はついきょろきょろしながら、薦められるままカウンターに腰掛けた。
「昼間から兄さんみたいな旅の人が来るのは珍しいよ。この時間帯は地元のもんばっかりだからね。」
ああ、やっぱりな。

とりあえずビールを注文すると、2階に続く階段から、けたたましい足音と女の怒鳴り声が聞こえた。
「つけ上がるんじゃないよ!一度寝たくらいで亭主面されてたまるもんですか!あんたみたいな下手くそはこっちから願い下げだ、とっとと帰っておくれ!」
「あああ、そんなことを言わないでおくれ。シンシア、俺は本気なんだ。」
「それがうざいって言うの、あたしは誰の女でもない。けれどこの世の男はすべて私のものよ。
 勿論あなたもねガルト」
さっきまで凄い剣幕で怒鳴っていたかと思うと、不意に媚びた笑みで男の顎先を軽く撫でた。
途端に男は脂下がっている。
「だからわかって、あんたのものにはなれないの。諦めて帰りなさい。」
「あああシンシア。お願いだからもう一晩。」
「しつっこいわね、あたしを怒らせたらみんな黙っちゃいないのよ。」
気がつけば、店にいた男たちが数人女の背後に立って加勢するように睨み付けている。
さすがにこれには男も怯んだらしい。
「シンシア、またいつか会ってくれるかい?」
「勿論よ、気が向けばね。」
また艶やかに笑って軽く唇を鳴らすと、女は他の男に肩を抱かれてウソップの隣のテーブルに腰掛けた。

すごすごと肩を落として店を去る男の後ろ姿には目もくれないで、他の男たちと楽しげに会話している。
男が行ってしまってから、主人はウソップにビールを出しながら、女に向かって話しかけた。
「シンシア、あんまり男心を無下にするもんじゃないよ。いつか痛い目に遭うかもしれない。」
「あーら、私は最初から言ってるのよ。誰も本気にならないで、私は誰にも本気じゃないからって。なのに勝手に熱を上げて入れ込む男が悪いのよ。」
とんでもない言い草だが、その台詞に似合うだけの美女ではある。
豊かなブロンドは緩いカーブを描いて瀬を覆っているし、色は白く唇は艶やかに紅い。
大きな瞳はくっきりと濡れたようなグリーンで、開いたドレスの胸元には、豊かに盛り上がったバストと深い谷間がちらちら見えた。
無意識にごくりと唾を飲み込んでしまう。
金髪碧眼のグラマー美女。
おまけに度胸があって口も悪いときてる。
ゾロの好みにぴったりなんじゃねえのか。

「男ってのは馬鹿ばっかだよなあ。見た目だけのノータリンだってわかってても、こんな女に惚れちまうんだ。」
「おやおや、見た目だけのノータリン女に貢いで身代潰しかけた馬鹿はどこのどいつだったっけか。」
「馬鹿言ってんじゃねえ、シンシアは女神だぞ。俺の妖精だ、天使そのものだ!!」
常連客たちのマドンナなのだろう、皆気軽に冗談を交わしながらも暖かいまなざしで彼女を見ている。
それだけ魅力的な女だってことか。
「男なんて馬鹿ばっかり。それは私の台詞よ。まあ、私で堕ちない男ってのも一度見てみたいわねえ。」
思わずぷっと笑ってしまった。
その場にいた客たちが一斉にこっちを振り返る。
内心ぎょっとして冷や汗が流れたが、ウソップは努めて冷静に、平然とそれらを見返した。
「…いんや失礼。あんまり凄い自信だから感心しただけさあ。」
「なんだなんだ兄ちゃん。こんな店に一人で来るたあいい度胸じゃねえか。ガキは家帰ってママのミルクでも飲んでな。」
「こらこら、一見さんのお子ちゃまを脅すもんじゃねえぜ。」
「へへ、ガキだってシンシアの魅力くらいわかるだろう。これがわかんなきゃ、立派なガキだってことだよな。」
がははと笑う男たちの前で、ウソップは足先だけがたがたと震えさせながらも高笑いして見せた。
「まあなあ、俺はそのレディ今まで見た中でも3本の指に入るくらいいい女だとは思うぜ。俺はな。けどグランドラインは広いから、男がどれもそうとは限らねえだろ。」
シンシアの形のいい眉がほんの少し顰められた。
「例えば、俺の仲間は若いがいっぱしの腕を持ってる堅物の剣士だ。見てくれも悪くねえしなかなかの男っぷりだが、なんせ女に興味がねえ。あの男を落とすのは、いくらあんたでもまあ無理だと思うぜ。」
「なあにそれ、そいつホモ?」
ぎくっ…
いきなり核心を突いてくるたあ、さすが百戦錬磨の女だけはある。
「さ、さあなあ。仲間内の野郎と仲がいいっちゃあ、いいが。」
「ホモって訳じゃあないの?」
「ああ、前に娼館に出入りしてるの見たことあるし、女にはモテルタイプだとは思う。」
これは本当だ。
サンジとそうなる前は、上陸する度女を買っていたはずだ。

「ふうん」
シンシアは顎に手を当てて少し考える仕種をした。
綺麗に塗られた爪の先が薄暗闇で怪しく光る。
「そいつ、ここに連れて来て見なさいよ。ただし、私の好みのタイプかどうかによるけれど。」
「お、またシンシアの悪い癖が出たな。」
「兄さん、この女は真性のホモ野郎でも虜にしちまった実績もあるんだぜ。いいのかお仲間が骨抜きにされても。」
「船の仲間なんだろう。もうこの島から出ねえって言われたら困るだろうから、やめておけ。」
客たちがからかい半分に止めてかかるのに、ウソップはきっぱりと首を振った。
「いいや、ぜひ試して貰おう。俺も堅物のあいつが女に溺れる様をぜひ見てみてえと思ってたんだ。まあ、無理だろうけどな。」
わざと挑発してやれば、女はますますその気になったようだ。
「冗談言うんじゃないよ。今からすぐ連れておいで!逃げるんじゃないよ。」
そう来なくっちゃ。
ウソップはそのまま一目散に船へと戻った。



next