■マリモ攻略法


サンジがそのゲームに興味を持ったのは、クラスの女子の間で流行っていたからだ。
無料で利用できる、簡単な恋愛ゲーム。
いろんなタイプのイケメン相手に、様々な恋のシミュレーションを楽しめるらしい。
イケメンの一人になかなか手ごわいキャラがいるらしく、そのタイプを誰が一番最初に落とせるかで盛り上がっていた。
「めっちゃ面白いよー、サンジ君もやってみれば?」
「いや、そもそもそれ乙女ゲーっしょ。俺がやってどうすんの」
「そうよね、サンジ君なら美少女育成ゲームとか・・・」
「キモ☆」
「ひどいww」
女子が恋愛ゲームでイケメンGETに必死になっても可愛いだけなのに、男子が女子キャラ攻略に血道を上げると総じてキモ系扱いされるのはどうしてだろう。
若干不条理を感じつつ、サンジも「だよねー」と同意する。
「別にただのゲームなんだから、女子だろうが男子だろうが関係ないしー。女子的胸キュンポイントがわかって勉強になるかもよ」
何気なく聞いた一言が決め手になって、サンジは帰宅後密かにそのゲームをダウンロードした。

「えーとなになに・・・まず自分が成り切るプレイヤーのキャラ、決めるんだな」
ドジっ子眼鏡とかツンデレお嬢様とか巨乳優等生とか。
基本、女子大好きっ子だからプレイヤーのキャラを選ぶ方が楽しい。
どの子も可愛いなーと思いつつ、自分が成り替わるとしたら一番近いのは誰だろうと思案する。
が、別に俺が野郎と恋愛する訳じゃねーし、と結論付けて適当に清純派ヤンキーを選んだ。
そうして、様々なイケメンと恋愛していく訳だが―――――

「なにこれ、腹立つ」
次から次へと出てくるイケメンは、確かに顔はいいが、なんだか言うことがいちいち気障で邪魔くさい。
しかもどこかしら痛いのか、どのキャラも身体のあちこちに手を添えたポーズが定番だ。
まっすぐ立てないのかこいつら。
どうでもいいところで突っ込みたくなって、その度プレイボタンを押す手が止まった。
攻略したい相手に魅力がなければ、ゲームにのめり込めない。
「そもそも、男がやる仕様じゃねえしな。やっぱ、女子から見たイケメンと俺らから見るイケメンって違うのかなー」
一人ごちて、画面とにらめっこする。

一番気に入らないのが、金髪碧眼で典型的な王子様的外見のナンパ男だ。
女と見れば気安く近寄り、歯が浮くようなセリフで誉めそやす。
こんなわざとらしい美辞麗句を並べられては、いかにも胡散臭い。
チャラく見えて実は真面目で一途な一面もあることを垣間見せてはいるが、どうにも癪に触って好きになれなかった。
一応、ターゲット候補のイケメンキャラにはそれぞれ名前を付けなくてはならないので、サンジはそのキャラの黄色い頭をもじって“アヒル”と名付けてやった。
他のキャラも一応それなりに特徴があって、メガネ優等生だの不良だの野球少年だのと多岐に渡っている。
その中に、ナンパ男“アヒル”の真逆にいるような、これまた極端に無口で硬派なキャラがいた。
こちらは、会話で成り立つゲームのはずなのにほとんど台詞を喋らない。
表情にも起伏がなく何を考えているのかまったくわからなくて近寄りがたいのだが、その分一人だけ異彩を放っていた。
「これが、難攻不落の強キャラか」
イケメンにはそれぞれ独自の名前を付けられるので女子達の間でも呼び名はバラバラなのだが、彼女たちが言っているキャラの特徴から推理するに、この硬派野郎が大人気なのだろう。
確かに、ちょっと話しかけてみたり会話を長く続ければ脈アリな流れになる他キャラと違って、なんの反応もないのはゲームと言えどもヤキモキする。
先の展開がまったく読めない。
「・・・それに、こいつ見た目もちょっと似てんだよなあ」
こちらは黒髪だが短髪で、目付きが悪い三白眼だ。
剣道部所属というのも、これまたぴったりと符合する。
サンジの天敵とも言える、剣道部所属のロロノア・ゾロに。

ゾロとは中学から一緒だが、なにかにつけ張り合う位置にいた。
成績もスポーツも、サンジとどっこいどっこいの実力なのだ。
元々サンジはがむしゃらに勉強しなくても中の中くらいの成績を揺蕩っていたが、ゾロに負けたのが悔しくてそれなりにテスト前には勉強するようになった。
それで次のテストでは順位を上げゾロの上を行ったが、その次のテストではまた抜かれた。
どうやら、ゾロもこっちを意識しているらしい。
運動神経が抜群に優れているサンジは運動部に所属していないがしょっちゅう助っ人に駆り出されるし、体育祭では花形だ。
ゾロも、元々小さい頃から剣道を続けているらしく基礎体力はあるし、運動神経も悪くない。
身が軽くなんでも器用にこなすサンジとはまた違って、安定感のある活躍で同じように目立っていた。
だからこそ嫌でも目に付くし、負けたくないと思ってしまう。
結果、ゾロの存在のせいでいろんなことが飛躍的に伸びた。
学校生活も充実しているとは思うが、やはり目障りなことに変わりはない。
「こんなとこでも、マリモの影がチラつきやがるか。ええい、てめえなんてこうだ!」
サンジは腹いせ紛れに、その硬派キャラを“マリモ”と名付けた。

さて、恋愛ゲームであるからにはイケメンキャラと恋模様を繰り広げなくてはならない。
かと言ってサンジの眼に叶うような男などいるはずもなく、アヒルは論外として不良も優等生も野球少年にも食指は動かない。
素直に、気になる存在として認めざるを得ないのはマリモだけだ。
「しっかしこいつ、弾まねえなあ・・・」
舞台となる学校で、廊下ですれ違いざまに因縁つけても、ハンカチを落としても。
マリモは基本、全部スルーだ。
ムカついてこっちから喧嘩を売っても、女など相手にできるかという態度で冷たく見下ろされる。
実に腹立たしい。
かと思えば、雨がそぼ降る下校時に道端に捨てられた子猫を拾って懐に入れるところを目撃してしまった。
なんて、なんてベタなんだ!
心の内ではそう叫ぶのに、猫にだけ見せたぎこちない笑顔に不覚にもキュンと来てしまった。
素っ気ない鉄面皮が、動物にだけ優しい顔を見せるなんて反則もいいところだ。

冷やかしのつもりで始めたゲームにうっかりと嵌ってしまって、ともすれば授業中にもマリモのことを頭に思い描いてしまった。
とにかく、なにかとっかかりが欲しい。
ああいうタイプは餌で釣るのが有効じゃないかと思うが、サンジが選んだのはヤンキーキャラだから料理スキルが備わっていない。
こんなことなら、ツンデレお嬢様か巨乳優等生を選べばよかったか・・・
ドジっ子眼鏡じゃ、料理はできても結果が壊滅的なことになりそうだし―――

つらつらと考えていたら、後ろから何かでパコンと叩かれた。
「・・・った、なにすんだよっ」
きっとして振り返れば、そこにはゾロが立っている。
「てめえこそ、呆けた面してぼうっとしてんじゃねーよ。ノート返すっつってんだろうが」
人のノートを借りておきながら、居丈高な態度でそのノートで頭を叩くとは何ごとか。
そういきり立ちながらも、サンジは内心ドキドキしていた。
マリモと違って、ゾロは自分から話しかけて来てくれる。
なにこれ、なんかすごく嬉しい。
「代わりに、辞書借りてってやる」
「だから、なんで上から目線なんだよ、貸してくださいお願いしますだろうが!」
キイキイと言い返しつつ、つい口元がニヤけてしまいそうになるのを必死に我慢するサンジだった。

ヤンキーキャラと言えども、本人(?)の努力次第でスキルを身に付けることができる。
サンジは攻略サイトで色々と調べて、手始めにマリモを料理で釣ることにした。
ヤンキーでありながら実は料理上手とか、ギャップ萌えが生じて落とし易いんじゃね?
そんな下心満載で、お握り弁当を作り上げた。
なんとなく、マリモはおにぎりが好きそうだったからだ
喧嘩を売ってもノートを貸しても、体育の授業でペアになってもマリモとの距離はちっとも縮まない。
まだるっこしいのは止めだとばかりに、直接アタックで弁当を差し出した。
が、マリモの反応は素っ気なかった。
『いらねえ』
それだけだ。
それだけで、さっさと立ち去ってしまう。
なにこれ。
こんなん恋愛ゲームでもなんでもねえじゃん。
むしろ失恋ゲームじゃん。
ハートブレイクばっかり募らせて、どうするつもりなんだよ!
思わず、ヤンキー女子越しに涙目になったサンジに、物陰から見ていたらしいアヒルがそっと近づいてきた。
『君に、そんな顔は似合わないよ』
だからそういう、歯が浮くようなベタな台詞を投げて来るんじゃねー!
そう言い返して追い払いたいのに、アヒルは優しい眼差しで、両手で大切そうに弁当箱を受け取ってくれた。
『君の想いがいっぱい詰まった、この世で一つしかない最高の味だよ。こんな美味しい弁当食べないなんて、罰があたるさ』
優しい言葉に、つい絆されそうになる。
『てめえのために、作った弁当じゃないぜ』
精一杯そう言って意地を張ったが、アヒルは穏やかに微笑んだままだ。
『誰のために作ったものでも、美味しいものは美味しいよ』
そう言って完食してくれたから、本気でアヒルによろめきそうになった。

結論。
女子は、気持ちが弱っている時が一番付け込みやすい。
そんなデフォな法則に今頃気付いて、サンジは一人静かに落ち込んでいた。
ダメだ・・・心が折れそうだ。
っていうか、うっかりアヒルに心魅かれそうになってしまっている。
あんな、口先だけのナンパ男なんて信用できない。
やっぱり、マリモみたいに無口だけどほんとは気持ちが優しくて、感情を上手く表現できない不器用さが誠実の表れなんだ。
そこまで考えてから、そうか?と思い直す。
俺が、マリモの何を知ってるってんだろう。
もしかして、あいつは本当にあのままの性格かもしれないじゃないか。
雨の日に子猫を拾ったのだって単なる偶然で、もしかしたら連れ帰る過程で邪魔くさくなって捨ててるかもしれないし、見えないところで虐待して憂さ晴らししてるかもしれない。
一見クールで神秘的なキャラだと思わせといて、ただなんにも考えてない空っぽの唐変木なんじゃないか。
「結局、顔がいいだけじゃん」
サンジは一人でぶつぶつと呟きながら、手の中のおにぎりをぎゅっと握った。

考え事をしながら料理をすると、つい色々と作り過ぎてしまう。
ゲームの中でお握り弁当を作ったせいで、無性にお握りが作りたくなって朝早くから台所に立っている。
しかし、さすがにこれは作り過ぎだろう。
まあ、食べきれなきゃルフィにでもやればいいか。
そう考えて、山と積まれたお握りをカバンに詰めて登校した。
教科書は教室に置きっぱなしで、弁当の重さでカバンがきついとは本末転倒だ。
自分の馬鹿さ加減を呪いながら、ふうふう言いながら校門を潜ったらジャージ姿のゾロが中庭から出てきた。
天然の方向音痴のせいで、時々思いもかけない場所で出くわすことがある。
「なんだ、朝練か?」
「いま終わった、そっちこそ試験前でもねえのに重そうだな」
ああ、普通に会話できるって素晴らしい。
つい、じーんと感動に浸ってしまっていると、ゾロの腹がぐぐぅ〜と鳴いた。

「なに、腹減ってんのか」
「寝坊して朝飯食ってねえ、今から弁当でも食う」
「馬鹿だな、昼に何食うんだよ」
「購買にでも行く」
そう言って足早に行き過ぎようとするから、サンジは思わず引き止めていた。
「俺、今日お握り山ほど持って来てんだ」
「お握り…だと?」
ゾロの目があからさまにキランと光ったので、ああこいつやっぱりお握り好きなんだなあと納得してしまった。


ポツポツと登校してくる生徒を見下ろしながら、屋上で弁当を広げた。
「すげえ量だな、いつもこんなに食うのか」
「んな訳ねえだろ、ボケ。考え事してたら、つい作り過ぎたんだよ」
「・・・お前が?」
「俺がだ、料理が趣味なんだ」
家はレストランだし、サンジは物心つく前から包丁を握っていた。
サンジにとって料理をすることは、呼吸することと変わらないくらい自然で当たり前の作業だ。
「ありがてえ、いただきます」
パンと両手を合わせ頭を垂れてから、ゾロはお握りを鷲掴みにして齧り付く。
「ん・・・うん」
一人で頷きながら、ものも言わず黙々と咀嚼した。
サンジは水筒から熱い茶を注いで差し出し、おずおずと様子を窺う。
「・・・どうだ?」
「うん、美味い」
「美味い、か?」
「ああ美味ぇ、俺ァモノの味とか対して見分けはつかねえが、この米が潰れてなくて噛み応えがあって甘ぇ。あと、この梅干し旨いな」
「わかるか、それ俺が浸けたんだよ」
「マジか?」
様々な種類の具を使っているから、食べる度に味が違う。
ゾロはあれこれと齧り付いては、その度に唸った。
「これ、美味いな。あ、これも」
「どれが一番、気に入った?」
「うーん、こいつもよかったがこれもいいな・・・あ、けどやっぱ梅干しが一番シンプルか・・・いやでもこの海老?も捨てがたい・・・」
本気で悩む様子に胸がほっこりと温まり、サンジはついポロリと本音を漏らしてしまう。
「ああ、やっぱあいつと違っててめえはいいなあ・・・」
すると、ゾロが剣呑な表情で顔を上げた。
「あいつって、誰だ」
「え、ああいやあ…てめえに関係ねえよ」
サンジはしどろもどろになって、誤魔化すように口元に手を当てた。
「関係なくねェだろうが、あいつと違うって・・・お前、前から俺と誰かを比べていやがっただろう」
ゾロが、ずいっと顔を近付ける。
その口元に米粒が一つ付いていて、サンジは思わずぷっと噴き出した。
「なにがおかしい!」
「いや、だってお前米粒付いてっし・・・」
そう言って指で口元に触れたら、ガシッと手首を掴まれた。
「誤魔化すなよ」
「誤魔化してなんか、ねえよ」
思いもかけないほど顔が近くにあって、嫌が応にもドギマギしてしまう。
ゾロがマリモに似てるから?
いや、違う。
「言え、俺が誰に似てるってんだ」
「違うよ、ばーか」
サンジはそう言って、吹っ切れたように笑った。
「お前があいつに似てんじゃなくて、あいつがお前に似てただけだ」
「――――?」
訳がわからないと言った風に眉間に皺を寄せるゾロの前で、サンジは指先にくっ付けた米粒をぱくりと食べた。

どうやらバーチャルより現実の方が、先に堕ちてしまったらしい。


End




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