おバカな神が支配する


そこにはいつも穏やかで優しい空気が流れている。病気というものも存在しないし、大怪我というものも存在しない。あらゆる種類の植物が実り、それらは枯れることがない。そこはとても美しい場所。人はそのときが来るまで立ち入ることは許されず、また全ての人が立ち入ることを許されるわけでもない。
 その場所の名は『パラダイス』
 この世の全てを創造したとされる『神』と呼ばれる存在が住む場所。


 パラダイスの中央に建てられた神の住まい。そして神の手足となって働く天使達の職場でもあり、住居にもなっている大きな神殿の廊下を、金髪で前髪を長くして片眼を隠し、背中に大きくてキレイな純白の羽根を持った男性の形をした天使が一人歩いていた。
「あ、サンジ君。お疲れ様」
「ああ、ナミさん、お疲れ様」
 神の間へ続く長い廊下の途中に、幾つもある部屋の一室から出てきたオレンジ色の髪を持つ女性の形の天使と並んで歩く。
「バチカンに行ってたんでしょ? どう? 新しい教皇は」
 その問いに、サンジは大いに眉を顰め疲れたように息を吐き出した。
「それが聞いてくれよ。あいつの方向音痴は分かってたけどさ、今回降ろされたのがアジアの日本だったんだぜ。しかも幼稚園」
「ええ? アジア? 日本って島国じゃない。小さい国ってところは合ってるかしら」
「そんな繋がりで間違えられたくねェなァ」
「そうよねェ。あいつが間違えずに一発で目的地に降ろしたことってあるのかしら?」
 呆れたように言われたナミのセリフに、サンジはしばし考えた。
「……シナイ山、は一発だった。けど他は記憶にねェなァ」
「それじゃあサンジ君は今回も自分で移動したのね。また長距離になっちゃって」
 天使は神が作った光の道を降りて地上に行くのである。地上で移動するときは、普通に空を飛ぶか瞬間移動という方法を取る。まあサンジにしてみれば、地球上をどこからどこへ移動しようと何の負担でもないけれど。
 ちなみにパラダイスに戻るには、神に頼まれた仕事を無事に完了するか、そうでなければ地球の時間で二時間経てば自動的に戻るようになっている。
「それがさァ、その幼稚園がクリスマス会の日で、サンタ役の人間が急に来れなくなって困っててさ」
「え、まさか、サンタ役をやってきたって言うんじゃないでしょうね」
「そのまさかです。最初に子供に姿を見られちゃって……、子供一人一人にプレゼントを手渡してきたよ」
 普通にしていれば特殊な人間にしか姿を見られることのない天使だが、比較的子供の頃は見ることができる、という人間が多い。そしてサンジという天使は優しいので、子供を嘘つきにしないために、そして困っていて美人の保育士さんを見捨てることもできず、天使なのにサンタのフリをして地上での仕事を終わったということである。
「その子達の未来は明るいわね」
 実際そのときの園児達は皆、将来様々な分野でいい意味で名を上げることになる。
「ナミさんのほうはどう?」
「順調よ。もうすぐ二つばかり地球のそばを掠めていく予定の小惑星があるから、それの監視が今の最重要事項ってとこかしら」
 ナミは数字に強く、宇宙の天体の動きを任されているのだ。
「そう、俺はとりあえずあのバカに報告してくるよ」
「ご愁傷様」
 ヒラヒラと手を振ってナミが廊下を曲がっていった。サンジも手を振って挨拶し、まっすぐ前に見える扉を目指して歩いていく。そこに目指す神がいるはずだ。
 形ばかりのノックをして扉を開ける。だが、正面にある神の座に神の姿はなかった。代わりに窓のそばの長椅子に、黒髪の女性の形をした天使が優雅に座り本を読んでいた。
「ロビンちゃん、ゾロは?」
「多分いつもの素振りをしてるんじゃないかしら。私がここに来たときにはいなかったわよ」
「ありがとう」
 礼を言って部屋を後にしようとしたサンジの背中に、ロビンが声をかけてきた。
「どうだった? せめてヨーロッパに降ろしてくれた?」
 サンジがバチカンに使いに行かされたことを知った上での質問だろう。方向音痴の神が目指す場所に階段を作れないことも承知なのだ。
「全然ダメだ。アジアだったよ。しかも日本」
「あら、じゃあ子供達にはしっかりと地球の地理を叩き込まないとね」
「ああ、そうしてくれ。いきなり何の関係もない場所に降ろされたら、子供達はパニックだよ」
 ロビンは子供達、将来の御使いを育てる教育係だ。大変だわ、と言いながらも少しも大変そうには見えないロビンに手を振り、今度こそ部屋を後にする。
 長い廊下を戻り、適当な場所で庭に出た。神の庭は広いけれど、適当に歩いていればそのうちゾロは見つかるだろう。あの男は方向音痴なので、いつも決まった場所で素振りをしているとは限らないのだ。
 耳に心地いい風の音と鳥のさえずりなんかを楽しみながら歩いていると、規則的に風を切る音が聞こえてきた。サンジは風きり音のするほうへ迷わず歩いていった。
 いた。ゾロだ。上半身裸で派手な装飾の付いた剣を手に、真剣な表情で前を見ている。
 サンジはしばらくそんなゾロを、言葉もなくその場に立ったままで見つめていた。
(いつもこんな顔をしていればいいのに)
 思わずそんなことを思うほど、今のゾロはカッコいいと思う。元々神という崇高な存在だが、今この瞬間はそれを差し引いてもなお神聖で畏怖の念を抱かせるに値する。
 いつまでも見ていたいと、サンジが心底からそう思ったとき、ゾロがサンジに気が付いた。素振りをやめ、僅かに笑みを浮かべる。
「戻ってたのか。どうだった、バチカンは」
「ああ、うん。――やっぱりコンクラーベが終わってからのがいいと思うぞ」
「そうか? じゃあお前は何やってきたんだ」
「ちょっとサンタの真似事を」
「は?」
 ゾロは自分がサンジをアジアに降ろしたとは露ほども思っていない。というかこの男は、今まで自分が作った光の階段が的外れな場所にばかり作られていることを知らない。誰もその事実をゾロに伝えないからだ。
 何故ならゾロは神だから。
「まあ何でもいいや」
 大雑把なゾロは、大抵のことをこの一言で済ます。それで最後には辻褄が合うのだと言うのだ。今もそんな調子で剣を降ろしたゾロは、当然のようにサンジの腰を抱いて自分のほうへ引き寄せた。
 サンジも当然のようにされるがまま、流れるようにキスをした。触れるだけで離れようとしたサンジを逃がすまいと、ゾロの片手が小さな後頭部を包み込み、キスが一気に激しさを増した。
「ん、……ん、ん」
 舌と舌が絡み合い、どちらのものか分からない唾液が口の中を満たす。ドンと、背中を木に押し当てられて、サンジはゾロの背中を抗議するように叩いた。ゾロが不満そうに唇を放す。何だよ、と無言で睨んでくるゾロに、サンジは上がる息を整えつつ口を開いた。
「俺は、まだこれから仕事があんだよ」
「そんなもん、他のヤツに任せとけ」
 それに対してサンジが言い返す前に、再び口を塞がれた。素振りをしていたゾロの汗の匂いがする。それだけで、サンジの体は熱くなる。
 ゾロがサンジの口を解放したころには、サンジに抗おうという意志は完全に失われていた。そんなサンジを確認して、ゾロが意地悪そうに笑う。その唇が首筋をなぞり、鎖骨をなぞり、両胸を食み、鳩尾から下へ下へと流れ、サンジの中心を何の躊躇いもなく咥える。
「はあ、……あ、あァ」
 この二人の時間を、邪魔されたくないとゾロが思うなら、誰もこの場所を見つけることはできない。それが神の意志だから。そうは分かっていても、サンジは声を抑えるために自分の両手で口を塞いだ。
 そんなサンジを見て、ゾロがまたも悪そうな笑みを浮かべる。サンジの片足を掴んで自分の肩に乗せると、後ろの穴を指で焦らすように突いた。その間ゾロの口はサンジへの奉仕を忘れいてない。
 堪らずサンジの腰が揺れる。ゾロにもっと咥えて、と言っているようにも、早く挿れてくれと言っているようにも見える。
 楽しそうにゾロは笑い、サンジの後ろに指を挿れてやる。
「あ、ああ」
 もどかしそうに、もっと先を強請るようにサンジの腰が動いた。すぐに指を増やして出し入れしてやると、サンジはのけぞって喘いだが、口にあてがった両手は外さない。それでも声は抑えられず漏れているけれど。
「ん、んん、んん、あ、あ、あ」
 前後からじゅぶじゅぶと嫌らしい水音がする。その音に、サンジは更に煽られた。
「あ、あ、ゾロ、あ、あ」
 ついに両手を口から外しゾロの頭を抱えるように手を乗せた。激しかったゾロの動きが更に激しくなり、サンジを一気に絶頂へと押し上げる。
「あッ、い、あ、あッ……あッ! ――――ッ!」
 声にならない悲鳴をあげて、サンジはゾロの口の中でイッた。


 その日もパラダイスでは天使達が神の意志の下、自分達の仕事に励んでいた。
 サンジは最近始めた仕事が一息吐いて休憩していると、そこにナミとロビンもやってきた。サンジは二人のためにお茶を入れてやり、ついでにお菓子なんかも出してやった。
「お疲れ様。ゾロはまた素振り?」
「いえ、子供達にお使いさせてるんじゃないかしら」
「ああ、今日がデビューだったのか。地理は大丈夫だった?」
「パニックを起こさなければ大丈夫だと思うわ。絶対に違う場所に降ろされるからって何度も言っておいたから」
 ロビンがコーヒーを飲み、ホウッと息を吐いた。
 今日はロビンが教育している子供達のうち、一定の試験に受かった子供達が初めて御使いとして地球に降ろされる日だったようだ。
「今回は何人だったの?」
「七人よ」
「七本の階段かァ」
 多いよねェ、と三人は無言で目を見合わせた。そのとき、バタバタと騒がしい足音が近付いてきた。
「大変です!」
 一人の天使が泡食った様子でやってきた。
「どうした?」
「地球のそばを通り抜けるはずだった小惑星が地球に落ちました!」
「ええ!?」
 ナミが目を剥いて立ち上がる。
「どうして?」
「多分、神様の素振りで軌道がずれたかと……」
 ゾロは神様だ。その素振りは風を生み、風は宇宙に飛び出し、ときには何かに影響をもたらすことがある。そのため、ナミはゾロに風を止める力のある神殿に向かって素振りをしろと、いつも言っているのだが――。
「大変です!」
 また違う天使が慌てた様子でやって来た。
「神様が音楽隊の子供達を間違えて地球に降ろしてしまって、パニックになった子供達がラッパを吹き鳴らしています!」
「……終末の笛の合図と勘違いする間がでてくるかも」
「何やってんだ、あのバカは」
 サンジが吐き出すように言ったとき、三人目の天使が泡食った様子でやって来た。
「神様が熟成途中のお酒を全部持っていってしまいました!」
「何だと!?」
 今度はサンジが目を剥く番だった。
「あれはまだ一年は寝かせておく予定の――」
 言いかけたとき、どこからかフンフンとお気楽な鼻歌が聞こえてきた。部屋にいた六人が一斉にそのほうを見る。片手に剣、片手に酒瓶を持ったゾロが軽い足取りでやってくる。
 六人の天使がジッとみていることに気付いたゾロが、眉を上げ「どうした、おそろいで」などと言う。
「おそろいでじゃないわよ! あんた今までどこに向かって素振りしてたの! あれほど神殿の見える場所で神殿のほうを見て素振りしてって言ったでしょ!」
「ああ? 何怒ってんだ」
「あんたのせいで地球に隕石が落ちたじゃない!」
 はあ? と濡れ衣だと言わんばかりに、ゾロが不機嫌な顔になる。そこへいつもの涼しい表情でロビンが口を開いた。
「素振りの前に子供達を降ろしたと思うんだけど、あの子達を呼び戻してくれないかしら」
「仕事が終われば自然に戻るようになってる」
「でもあの子達は御使い候補じゃなくて音楽隊なのよ。地球でラッパ吹き鳴らしてるみたいだから、人間がパニックになる前にどうにかしたほうがいいと思うの」
「音楽隊?」
「ちゃんと確認しねェからそんなミスすんだ」
 サンジが言うと、ゾロは片手に持っていた酒瓶を前に突き出した。
「お前、この酒美味くねェぞ。もうちょっとどうにか作れなかったのか」
「それはまだ途中なんだよ!」
 大事に育ててきた酒を台無しにされた上に、不味いなどと言われてサンジの怒りは完全に頂点に達した。
「てめェはそうやっていっつもいっつも好き勝手しやがって!」
「そうよ! 私がいっつもどんなに頭悩ませて軌道の計算してると思ってんのよ!」
「ところで、子供達を戻して欲しいのよ。地球の地理が頭に入ってないと思うのよね。うっかり人間達に目撃でもされたらあんまりよろしくないんじゃないかしら」
「あんたのせいで私は寝る間も惜しんで膨大な量の計算をしてんのよ!」
「うわあ、ナミさん、それは体に悪いよ。ちゃんと寝てくれ」
「この男が寝かさないのよ!」
「あら、二人はいつの間にそんな関係に?」
 ロビンがとんちんかんな反応をして、「全然知らなかったわ」と言いながら首を振った。
「バカ言ってんじゃねェ、ロビン。誰がこんなジャジャ馬とそんな風になるか」
「ジャジャ馬ァ? あんたがこんなバカしなきゃ私だってこんなに騒いだりしないのよ!」
「そうだ、そうだ、全部バカなてめェが悪い!」
「そうね、私もできればもう少し静かに過ごしたいわ」
 三人がこれまでの鬱憤を晴らすように口々にゾロを責めるのを、三人の天使は身を縮めて見守っていた。
「あんたは何かっちゃ筋肉ばっかり育てて、バカじゃないの!」
「その酒をそこまでにするのに俺がどれだけ苦労したと思ってんだ! 人間達からあれだけ捧げ物もらっておいてまだ足りねェのか! 酔っ払いバカ!」
「そんなにバカバカ言うもんじゃないわ。それより、子供達を戻して欲しいんだけど」
 ピクピクとゾロの眉間が痙攣し始めた。バカと言われるのが何より我慢ならないのだ。
「聞いてるの? 頭だけじゃなくて耳も悪いんじゃないの!」
「酒ばっか飲んでッから地球の地理も満足に覚えられねんだよ! ちっとは脳みそ働かせろ!」
「ねえ、子供達を――」
「うるせェ!!」
 神殿中にゾロの鋭い怒声が響き渡った。
「ピーチクパーチクうるせんだよ! そんなもんは全部最後には辻褄が合うようにやってんだ! バカ呼ばわりされるいわれはないわ!」
 空気が震えるような大声でゾロが言うと、ずっと黙っていた天使達は可哀相に怯えて身を震わせた。だが、文句を言っていた三人は違う。ピタリと黙ったは黙ったけれど、その表情は完全に冷め切って冷たい。ついでにゾロを見る目も凍るように冷たい。
「んだよ、その目は」
「最後には辻褄が合う? ほう、俺が苦労してそこまで作った酒を勝手に飲んで不味いって文句を言うのは、どんな風に辻褄が合うんだ。え?」
「本来通るべきだった星の軌道をずらして地球に落としたことには何の意味が?」
「音楽隊の子達が吹くラッパの音を聞いた人間が終末が来たと不安がってるようだけど」
 それにも意味が? と、ロビンが言うのに合わせて、三人は非難めいた視線をゾロに向けた。
 するとゾロは、そんな三人を少しの間睨み返していたが、やおら「そうだよ」と胸を逸らして偉そうに言った。
「終末だよ。もう終わるんだよ。人間達は戦争ばっかしてやがるし、自然を壊すし、もう終わりにしてまた作るんだよ」
「……え?」
「もちろんお前らもな。今度はもっと従順でやかましくないヤツ等を作る」
「――」
 三人は目を見開いた。
「俺は神だからな。この世界を作ったのは俺なんだから、壊そうと消そうと俺の自由だ。飽きたらまた新しくする。それの繰り返しだよ」
 しーんと場が静まり返る。
 どうだ参ったか、とばかりにゾロは得意気な笑みを浮かべた。どれだけの間そうしていたか。ゾロとしては、三人が謝って許しを請うことを期待したのだが――。
「ほう、それはそれは。面白いじゃねェか」
「そうね。そういう手があったのね」
「それならそれでいいんじゃないかしら。私もいい加減な男の下で働くことから解放されたいわ」
 思わぬ反応に、ゾロは虚を吐かれた。偉そうにしていた態度が一瞬軟化する。それを三人は見逃さなかった。
「じゃあこれが最後ってことで、こころおきなく」
 サンジが低い声でそう言うと、三人それぞれが自らの必殺技をゾロにお見舞いする。ボカドカと物騒な音がひとしきり場を支配し、気が済んだのか三人が「お疲れ様」と言い捨て部屋を後にすると、残されたのは傷だらけのゾロと怯えた三人の天使だった。


 神の座に座り、ゾロは三人の天使に傷の手当をさせていた。その表情はブスッとして不機嫌だ。
 はあ〜、っとゾロが大げさに溜め息を吐いた。途端に三人の天使の肩がビクリと跳ねる。その様子を見てゾロがまたも大きな息を吐いた。
「そんなに怖がるな。さっきのは勢いで言っただけで本気じゃねェ」
「……本当ですか?」
 恐る恐ると言った様子で天使達がゾロの顔を窺う。
「本当だよ」
 言うとゾロは立ち上がった。
「安心して仕事に戻れ」
 まだ半信半疑で怯えている天使達にそう言葉をかけると、ゾロは部屋を出た。最初に天体の動きが監視できる部屋へ向かう。
 宇宙のどこかを映し出したパネルを指差し、近くの天使に何やら指示しているオレンジ色の髪の天使の後姿に向かって、ゾロは口を開いた。
「ガブリエル」
 呼ばれて振り向いたのはナミだ。ゾロを見て軽く眉を上げる。
「どうだ、星の動きは修正できそうか」
「誰に向かって聞いてるのよ。できるに決まってるでしょ」
 ナミがそう返すと、ゾロは唇の端を上げ「頼んだぞ」と言い部屋を出た。次に向かったのは保育園だ。黒髪の後姿を見つけて近寄る。
「ラファエル」
 振り向いたのはロビンだ。ゾロを見て「アラ」と涼しげな顔で微笑んだ。
「子供達を戻したらフォロー頼む」
 言いながらその場で光の階段を作ったゾロに、ロビンは「分かったわ」と頷いた。
「彼ならさっき子供達におやつを配って、もうここにはいないわよ」
「そうか」
 今度はゾロが頷き、その場を後にした。さて、目指す人物はどこにいるだろうか。予想しながら保育園の裏手へと回る。彼はそこで洗濯物を干していた。こんな仕事までしていることにいつもながら感心しながら、その背後へ近付いた。
 足音に気付いた彼が振り向く。ゾロを見ても表情は変わらない。怒っているようにも、拗ねているようにも見える。
「ガブリエルとラファエルに会ってきた」
 そう言うと、彼の表情が変わった。ふ〜ん、とつまらなそうに言い、最後の洗濯物を干し終える。
「悪かったと反省はしたんだな、一応」
「つい勢いで心にもないこと言った」
 素直にそう認めると、彼はしばらくの間何かを考えるように黙ってゾロを見た。やがてゆっくりと口を開く。
「お前が本気で言ったんじゃないってことくらい俺だって分かってんだ。でもやっぱり思うよな。俺はお前の産物で、お前が指一本動かすだけでこの世界もどうにでもできるんだって。俺のお前に対するこの気持ちだって、お前がそう望むから生まれてきたもので、俺の意志じゃないんだって」
 ゾロの表情が険しくなった。
「何言ってやがる。俺はお前ら全員に、人間達も含めて誰にでも自由意志を持たせてやった。お前の気持ちはお前のものだ。俺が操作してるわけじゃねェ」
「でも神だろ。最強じゃねェか。いざとなったら何でも思い通りだろ」
「お前は、俺がお前に付けてやった名前の意味を知ってるだろ。ミカエル」
 天使の名前を呼ばれてサンジはゾロから目を逸らした。ゾロがこの名前を呼ぶときは本気なのだ。喜ぶにしろ謝罪するにしろ、怒るにしろ。今の状況から言って、ゾロは本気で怒っている。
 サンジだって本当は分かっているのだ。自由意志がなかったなら、堕天使になるものなんていない。
 それでもやっぱり思うのだ。所詮、この世は神が支配する。自分達はその枠から抜け出せない。
「さっきのは勢いで言っちまっただけだって言ったろうが。大体ちょっと考えりゃ分かるだろ。俺が何で自由意志をくっつけたと思ってんだ。自分で考えるのがめんどくせェからだ。従順でおとなしいヤツは使いやすいが、全部俺が考えて指示しねェと動けない。その点お前らは俺に文句を言うが、自分で動けるから俺は自分のしたいことができる」
「……お前が好きに動きすぎるから俺らは文句を言ってんだよ」
「何でも自分で考えるより、俺は文句を言われて好きに動いてたほうがいい。そんなめんどくさがりの俺が、この世界を壊してまた一からなんて手間の掛かることするわけねェだろ。途中でどうなろうと最後に辻褄が合えばいいんだよ」
「神と同等の存在なんて大層な名前をもらっても、お前の辻褄は俺には全然分からねェよ」
 サンジが小さい溜め息と共にそう言うと、ゾロはその白い腕を掴んで神殿へと歩き出した。外に面した廊下から中へ入り、手近にあった扉を開ける。こういうところが神の為せる技だろうか。方向音痴の癖に、今このときに辿り着いたその部屋はサンジの自室だった。
「こういうことだ」
 中へ入り鍵を掛ける。ゾロはサンジの手を放すと、両手を広げてありがたいお告げのようにそう言った。
「俺がお前の作りかけの酒を飲んで文句を言われても、俺が勢いでバカなこと言っても、それでお前がアホな誤解をしても、最後にはここに辿り着く。それが俺の辻褄だ」
 自信満々に言われ、サンジは呆気に取られ、そして諦めた。これがゾロだ。そんな彼を心の底から愛しているのは本当なのだから。
 サンジが苦笑すると、腕をグイッと引っ張られた。そのままベッドに押し倒される。ゾロの顔がすぐ間近だ。と思っているうちに、噛み付くようにキスされた。それはすぐに深くなる。
 耳朶をなぶられ、首を逸らす。白い首筋に噛み付かれ、背を逸らす。胸の飾りをしゃぶられ、声を上げた。勃ち上がった性器の先から溢れ出す先走りを、後ろの穴に塗りたくられた。
「ふ、んん、ん……」
 すぐにでも欲しくて、早くしてくれと言うように首を振る。そんな慣らすような行為は必要ない。
 すると、ゾロが小さく笑うのが聞こえた。
「この世界を壊して一からなんて、どうやったってありえねェな。お前は俺が作ったものの中で、文句なしに最高だ。またお前が作れるとは思えねェ」
「なに、言って……、おれら、は、お前の……息から、生まれ、たんだろうが」
 そして人間は泥。
「だからだよ。こういうヤツにしようと思って作ったわけじゃねェ。ナミやロビンを見ろよ。同じ俺の吐き出した息からこんなにも違う天使が生まれる。二度とお前は作れねェよ」
 お前だけだ、と囁かれ、サンジは幸福感に目を閉じた。
「でも俺が作ったことには変わりねェから、お前のイイところは一発で分かるけどな」
 言いながら、指で中のイイところをグイッと押される。
「ああッ!」
 そのまま指を出し入れして、サンジが泣きながら「挿れてくれ」と訴えると、ゾロは熱く猛ったモノで一気に奥まで突き上げた。
「んああッ!」
 サンジのイイところだけを確実に狙って突き上げる。入り口近くまで腰を引き、一気に突く。サンジがイッてもゾロの動きは止まらない。
 長い両足を肩に担ぎ、サンジの両腕を彼の頭上でまとめあげ、自分の手でベッドに縫い付ける。サンジにしたら体が半分に折られたように辛い姿勢に違いないが、その中心は快感を表すように力を持っている。
「は、あ……ああ、あ」
 ゾロに的確に攻められてサンジのほうは既に四回イッている。喘ぎ声は掠れ、サンジの目もうつろだ。もう半分、自分がどこにいるのか分かっていないだろう。それでもゾロを求めてくる。
「ん、あ、ゾ、ロ、ゾロ」
「ああ、ここにいる」
「ゾロ、もっと……ゾ、ロ」
「ああ、分かってる」
「ゾ、ロ、…き」
「ああ、俺もだ」
 小さい呻き声と共に、ゾロがサンジの中でイク。サンジは体の奥の深いところで、ゾロの愛を受け止めながらゆっくりと意識を手放した。


「ガブリエル様、ラファエル様」
「あら、コビー。どうしたの?」
 首尾よく仕事を終え、お茶をしていたナミとロビンのところへ、一人の天使が困ったような顔でやってきた。
「神様かミカエル様はどこにいるかご存知ですか?」
「さあ、知らないわ。見当たらないなら見つからないわよ。二人に何か用なら伝えておくけど」
「コンクラーベが終わったら声を掛けてくれってミカエル様に頼まれてて、今終わったようなので」
「バチカンね。了解。伝えておくわ」
 人間の長い歴史の中で、神の意志は人によって様々なとらわれ方をして色々とあるようだが、ペトロの墓参りを兼ねて、教皇が変わるたびにミカエルがバチカンに顔を見せているのだ。見えないものには見えないが。
 ありがとうございます、と頭を下げて天使が去っていく。それを見送り、ナミとロビンは顔を見合わせた。
「今日のモン・サン・ミシェルでは、それはキレイで見事な夕陽が見られるわよ、きっと」
「あそこはサンジ君のお気に入りですものね」
 彼が幸せをいつも以上に感じるとき、その場所はそれを反映するのだ。
「それはそうと、あのサンジ君の剣はどうにかならないかしら」
「地球では彼があの炎の剣を手に堕天使と戦う画があるらしいから、なくせないんじゃないかしら」
「ゾロは何であんなもの作ったのかしら。サンジ君は足で炎も出せるようになったから、あれはもういらないわよねェ」
「ずっと欲しかったんだ炎分ソード、って言ってるのを聞いたことあるわよ。自分が武器を持って戦ったら弱いものいじめになるから、一番自分に近い存在のミカエルに作ってあげることで手を打ったんじゃないかしら」
「何、炎分ソードって。もうちょっとセンスのある名前付けれないのかしら」
 疲れたように溜め息を吐いてナミが言う。二人は無言で、諦めたようにお茶を啜った。


 この世は、そんなおバカな神に支配されている。
 
End


   *****


まさかの天使サンジに神・ゾロご降臨!!
ゾロが神様だ、うわーうわーうわー、みごとな、おバカな神様だー!!(感動)
いやん、素敵ですありがとうございます。
三大天使の名を呼ぶ場面とか、ゾクゾクしちゃいました。
まあ、ナミとロビンがついてれば神様が多少おバカでもこの世は大丈夫よね(笑)
崇高な神界においてもきちんと(?)エロいゾロサンをありがとうございます!




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