真昼の果実 -2-




―――まずいな

その時のことを思い返せば、自分でも顔から火が出るほど気恥ずかしい。
殆ど昼メロ並みの劇的にクサイアクションを自分から起こしてしまった。
だがあの時、突然沸いた衝動に抗えず抱き締めたこと自体、後悔はしていない。
しかし、やはりこれはまずいだろう。
―――旦那の浮気を許すなっつっといて、自分が浮気誘発してるようなもんだしな
何より相手はお得意さんだ。
所詮ビジネスの間柄だし、自分はしがないバイトでしかなく、担当区域を外れたりバイトを辞めたらいつでもサンジとの縁は切れる。
こんな、逃げ道だけ用意して寂しい人妻に言い寄るなんて真似、自分でも許せねえ。
客観的に見て自分の行為は最低だと、自覚している。
もっと突き詰めて考えれば、そもそもサンジは男だとかそういう種類の問題もあるが、それはゾロにとって瑣末なことだ。
それよりも、またサンジに会いたい。
あいつのことをもっと知りたい、話したいという欲求ばかりが募って、ここ一週間仕事中も上の空だ。
大きなミスはしないが、気がつけばサンジのことを考えている。
自分と同い年で、よく笑ってすぐに怒って、器用に動くしなやかな腕を持って、美味い飯を魔法のように生み出しては子どもを慈しみ家族を大切にする。
きらきら光る金髪より輝くはずの男なのに、実際には大きな団地の小さな部屋で、じっと旦那の帰りを待つだけの毎日。
宅配を頼むのも、外出を控えているためだ。
まだ若く、昔の仲間の誘惑も断ち切れたとは言いがたい。
だからみだりに外には出歩かなくなったと、サンジは言っていた。
なによりも旦那のため、そして愛しい子どものために、主婦の立場に納まろうと必死で努力している。
狭い部屋の中だけに楽しみを見つけ、そこを居心地のよい場所にするために一生懸命になっている。
いつ帰ってくるかわからない、旦那のために―――

想像すれば、いつもゾロの胸は鉛でも飲んだかのように重くなる。
そして湧き上がる不快感、理由のない苛立ち。
それらが、すべてサンジの“旦那”に対する憎しみに変化しそうで、それを恐れた。

―――潮時かもしれない
配達区域を変えてもらうか、いっそこのバイトを止めてしまおうか。
逃げるのはいつでも簡単だ。
だが、このままではサンジの憂いに満ちた寂しげな横顔しか思い出せない気がして、ゾロは次の配達に賭けることにした。
もしその時、サンジが明るく笑っていられたなら、このままバイトは止めてサンジの前から姿を消そう。
抱き締めたときに抗わなかったのは脈有りだと、自惚れなくてもわかることだが、サンジだってまだ若い。
同年の気安さから甘えてしまっただけかもしれない。
それは多分、サンジにとってもよくないことだと、ゾロは自分自身に言い聞かせるように心に決めた。
何より自分は、人のものになど何の興味も持たない主義なのだから。





「こんにちは、グランドスーパーです」
インターフォンを押して声を掛ければ、いつもの応えが返ってきた。
声の調子では、元気そうだ。
着くと同時に扉が開かれ、サンジが笑顔で出迎える。
「おつかれ」
そう言ってすぐに顔を背け中へと入ったのは、先週のことの照れ隠しかもしれない。
すべてをなかったように振舞おうと、ゾロもいつもどおりその後に続き部屋に入った。
「あれ、今日も子どもらいないのか?」
通常ならおやつの時間のはずだ。
「うん、今日は子ども会の行事とかでみんなで動物園行ってんだ。休日は家族団欒の時だからって、ここら辺は平日にやるのな」
また、いつもより静かに感じる部屋の中で、コーヒーサーバーのコポコポと鳴る音だけが響いている。
だが今日のサンジは雰囲気が違った。
表情が柔らかく落ち着いていて、微笑が零れている。
いいことがあったみたいに。

ゾロはクンと鼻をひくつかせ、すぐに気付いてしまった。
「いつものタバコの臭いじゃねえな」
サンジはびっくりしたように目を見開いて、慌てて手元のケーキに視線を落とした。
「え、あ・・・旦那もヘビースモーカーだから、よ」
「・・・ああ」
旦那がいたのか。
いや、ってことは―――
「旦那さん、帰って来てんのか?」
自宅にいるのに帰って来てるなんて、おかしな言い方だと自分でも思う。
「・・・うん。なんかこないだお前に愚痴ったろ?したら、その翌日くらいに帰って来て・・・なんか抗争してた組織同士が和解したとか、一応決着ついたんだって」
いいながら俯く髪の間から、覗く耳がまた染まっている。
「だから、なんか訳悪いの俺。変なこと聞かせて、ごめん」
はにかむ様子が癇に障り、ゾロは椅子に腰掛けたまま肘をついて心持ち身を乗り出した。
「よかったじゃねえか。それで、今まで旦那いたのか?」
「いや、今日非番だったんだけどよ。午後に呼び出しかかっちゃっていっちまった。まあ、仕方ねえけど」
そっと、ケーキを切り分けるために屈んだサンジの胸元が、薄桃色に染まっている。
エプロンの下、広く開いた襟元に一際紅い印を見つけ、かっと頭に血が上るのがわかった。
「行く直前までイチャついてたんだろ」
「イ・・・?」
何を言うのかと、顔を上げて固まってしまった。
ゾロが、怒ったような顔をしていることに気付いたからだ。
「エプロン着けたまま、お触りとかされてたのか?」
「なに言い出すんだ、急に」
「ボタンが外れてんだよ」
サンジは慌てて下を向く。
エプロンで隠れて見えなかったが、確かに下のシャツのボタンが外れ、俯けば平らな胸が露わになっていた。
「いや、これは・・・」
「顔見たらすぐわかったぜ、エロいフェロモン出しやがって・・・」
ゾロは立ち上がると、ボタンを合わせようとするサンジの腕を乱暴に掴んだ。
不意をつかれバランスを崩したサンジを抱き締めるように抱える。

「ちょっ、待てよっ」
「待たねえ」
殆ど担ぎ上げるようにして台所を出た、すぐ隣に子ども達が遊んでいる居間があるのを知っている。
そこに置かれたでかいソファに投げ落とすようにして、上から圧し掛かった。
「馬鹿、止めろ!何すんだっ」
「でかい声出すな。俺あ玄関の鍵、かけてねえぞ」
その言葉にはっとして、サンジの顔が強張った。
背後の壁とゾロの顔を見比べるように視線を動かし、シャレにならない状況に陥っているのだとようやく察する。
「・・・なんで・・・」
「なんでもクソもねえよ。畜生、幸せそうな面しやがって!」
自分の声に激昂したかのように、ゾロの興奮は頂点に達した。

びりっと衣を裂く音が響き、サンジが両手で口元を押さえた。
「・・・やめ、ろよっ」
「でかい声出すんじゃねえよ。壁、薄いんだろ?」
「・・・う」
破れたエプロンとシャツを剥ぎ取られ、ソファに縫い付けられるように肩を押さえられた。
白い肌の上には点々と紅い痣が散らばり、ゾロの激情を煽る。
「こんなに痕つけやがって。なんだよ、男でも乳首感じるのか」
濃く色づいた尖りを指で強く抓る。
途端に芯を持ち、サンジが覆った指の間から小さく悲鳴を上げた。
「よせっ」
「硬くなってんぞ」
からかうように舌を伸ばして、たっぷりと唾液を含ませて尖った先を舐めた。
ぶるっとサンジの身体が震えるのがわかる。
「貧乳のくせに感じんのか。おもしれえな」
嘲笑を含んでからかった。
羞恥に染まる白い肌の変化を目で楽しみ、男なのに可憐に反応する乳首を弄ぶ。
「ない乳を、こんな風に旦那に可愛がってもらうのか?」
片方を舌で転がし、もう片方は指で捏ねる。
サンジは目を瞑り口元を手で押さえて、浅い呼吸を繰り返している。
「やべえなあ、野郎なのにやっぱ人妻だぜ。色っぺえ・・・」
反らした喉もとの盛り上がりは男のそれなのに、やけにエロくてゾロは伸び上がってそこもぺろりと舐めた。
残されたキスマークどおりに唇を這わせ、噛んだり吸ったりしてみる。
「・・・あ、あ・・・」
そこが感じるところなのだろう。
嫌そうに顔を歪めていて、サンジの口からは切ない吐息が漏れる。
「どうせ旦那はまた当分帰って来ねえんだろ?バレやしねえって」
耳元で意地悪くそう囁いて、ベルトを外した。
凹んだ腹部から手を差し込めば、サンジのそこはすでに芯を持って立ち上がっている。
「・・・なんだ、てめえもやる気じゃねえか」
「違うっ」
手で覆うようにして揉んでやれば、びくびくっと太股が震えるのがわかった。
男相手にするのは初めてだが、多分女のときと大差はないだろう。
なんといっても人妻だから、慣れているはず。

「よくわかんねえな」
ゾロは呟き、ジーンズを下着ごと引き摺り下ろした。
当然下も金髪なのに、なぜか感動する。
絹糸のようなそれをさわさわと撫で、すでに起立したピンク色のモノをゆるく扱いた。
「・・・う」
口を手で押さえて、サンジは無意識にソファの上をずり上がった。
「往生際の悪い奴だな」
足元までジーンズをずらすと膝を曲げさせ、肩に乗せるようにする。
曝された後孔は赤く色づき、呼吸をする度に怪しく蠢いている。
「・・・おい、なんかもう・・・柔らけえんじゃねえの?」
慎ましく窄まってはいるが、指を入れたらずぶりと飲み込むように入った。
「昨夜散々やったのか?それとも今朝かよ」
ゾロの問いに、サンジは横を向いたまま答えない。
だが身体の方がよほど正直で、ゾロの進入を阻むことなく熱く絡み付いてきた。
「なんだこりゃ、すげえな」
素直に感嘆の声を漏らし、ゾロはじっとそこを凝視しながら指を増やした。
2本入れて開くように内部を抉れば、くちゅりと音が立つ。
「濡れてんぜ、中に出したのか?」
サンジは黙って、ただ首を振る。
閉じた目尻には涙が滲み、乱れた髪が頬に張り付いている。
「旦那のでけえか?俺のより」
ゾロはサンジの中を指で犯しながら、もう片方の手で手早く前を寛げた。
すでにいきり立ったモノを取り出す。
それを眼前に突きつけられたサンジは驚愕に目を見開き、拍子にきゅっとゾロの指が締め付けられた。
「そうがっつくんじゃねえよ」
いきなり狭くなった内部を掻き混ぜるように指で抉り、乱暴に奥まで突いた。
「・・・っ」
反射的に逃げを打つ身体に膝のりになって、滲み出た先走りの汁を白い頬に塗りつける。
「あんたのテクを見せてくれよ。いつも旦那にしてるように」
目を閉じた横顔の、口元に指を無理やり突っ込んで歯に触れる。
「別に、大声出して助けを求めたっていいんだぜ。なんせ鍵は掛かってねえんだ。誰か助けに来てくれる」
食いしばった歯を撫でて開くよう指で促す。
「今なら未遂で、済むだろう?」
けれどサンジは、口を開いてしまった。



ぴちゃぴちゃと、卑猥な水音が静かな部屋に響いている。
ソファに横たわり、男に後孔を指で犯されながらもサンジは必死で奉仕していた。
口を大きく開き、舌を使って隈なく舐める。
歯が当たらないように気を遣って。
「・・・さすがに、上手いな・・・」
結構でかい方だと自負していたが、旦那も同じくらいなのかもしれない。
思った以上に上手いフェラチオに、ゾロの怒りに益々拍車がかかった。
「このまま顔射か、飲ませてえとこだが・・・」
サンジの髪を掴んで乱暴に引き抜き、ソファに引き倒した。
「やっぱ最初は入れる」
足を開かせて腰を落とした。
ずぶりと弾力を持って減り込んだそこはあまりに狭く熱くて、ゾロはうっと呻いてしまった。
女のそれとは比べ物にならないほどに締め付けがいい。
サンジは唾液で濡れた口元を半開きにして、天井に視線を彷徨わせたまま喘いでいる。
うっかり挿入で果てそうになり、ゾロは一旦深呼吸をしてから挿迭をはじめた。
充分に解されたそこは内部で熱く蠢めいて、ゾロのものを包み込みさらに奥へと誘う。
思いもかけぬ快楽にゾロ自身が溺れそうになって、歯を食いしばって腰を振った。
「・・・あ、あ・・・」
耐え切れず、サンジは破れたシャツを噛んで声を殺した。
それでも漏れ出る鼻息の隠微さに、余計欲情を煽られゾロは狂ったように腰を打ちつけた。
「ふ・・・う・・・」
「てめ・・・こんな風に、男誘ってきた、のかよっ」
ゾロの蔑みの声に、揺さぶられる振動のままに首を振る。
「嘘つけ、この淫売」
「――――う・・・」
きゅうと激しい締め付けが来たと思ったら、白い腹の上でサンジが弾けた。
後ろだけでイったと気付いて、余計頭に血が昇る。
怒りを代弁するかのように、サンジの奥でゾロ自身もまた熱い精を迸らせた。




「・・・クソ・・・」
荒く息をつきながら、ゾロは射殺しそうな目でサンジを見下ろす。
サンジも涙に濡れた目で見返した。
憎しみよりも怒りよりも、より激しい情熱を秘めた瞳。
ゾロは繋がったまま上から覆い被さって、薄い背中に腕を回し抱き締める。
サンジも握り締めていたシャツを手放して、逞しい背中に手を回した

「俺と、行こう」
ゾロはサンジの肩口に顔を埋め、くぐもった声で叫ぶ。
「別に結婚してるわけじゃ、ねえだろ。籍とか関係ねえだろ。俺と、俺と一緒に暮らしてくれ」
サンジはぎゅっとゾロの背中を抱き締めた。
だが緩く首を振る。
「俺と一緒に逃げよう。お前が好きだ」
「ゾロっ」
嗚咽を漏らしながら、なおサンジは首を振った。
「だめだ、できねえ・・・」
「なんで・・・」
慄き震える唇に噛み付き、何度も何度も貪った。
顔を仰け反らし喉を鳴らしながら、サンジもその愛撫に応える。
なのに―――
「俺は、行けねえっ」
ゾロから目を逸らさずしっかりと、サンジは言い切った。
「やっぱり俺は旦那を、スモーカーを愛してる。そしてトニーを・・・トニーが愛しくてならねえんだ。あいつは小さいけど恐ろしく賢い奴で。なのに俺のこと本気で母親のように慕ってくれて・・・」
時折歯を食いしばり、嗚咽を殺してなお言い募った。
「俺は、トニーにだけはもう悲しい想いをさせたくねえ。何に代えたって守りたいほど大切なんだ。子どもも、この家庭も!やっと手に入れた幸せなんだ」
両手で顔を覆い、後は言葉にならなかった。
そんなサンジの震える肩を、ゾロは抱いてやれない。
「・・・幸せ、なんだ・・・俺は、今が―――」

なら何故泣く。
なぜ俺を受け入れた。
何故今なお、お前は俺を放そうとしない。

「俺達は、出会うのが遅すぎた・・・」
指の間から漏れる声に逆上して、ゾロはその場でサンジの痩躯を突き倒した。
まだ納まったままのペニスは怒張し、再び内部を侵食しようといきり立つ。
「てめえの気持ちは、よーくわかった・・・」
片手でサンジの両腕を纏めて掴み頭上に上げさせると、ゾロは脱ぎ散らかしたジーンズのポケットから携帯を取り出した。






今日も変わらぬ景色の中を、車を走らせる。
いつ辞めてもいいと軽んじていたバイトを、結局ずっと続けている。
ゾロの働きが認められ正社員にならないかと薦められているが、将来のこととして思案中だ。

「こんにちは、グランドラインスーパーです」
「お疲れ様です」
いつもの時間、いつもの部屋。
子ども達が出かけてしまってしんと静かな空間に、黙って注文品を運び込む。
変わったことは、玄関に入った後、鍵をかけるようになったこと。

「ご注文は以上ですか」
「はい」
「では、ここにサインを」
ボールペンを持ち左手で器用に文字を綴るサンジの隣に立ち、剥き出しの尻に手を這わせた。
「・・・ばっ、止めろ」
小さく怒鳴るサンジの顔は、最初から真っ赤だ。
「なに言ってんだ。究極にエロい格好してるくせに」
「てめえがしろっつったんだろが」

玄関で出迎えた時点で、サンジはいつものエプロン以外なにも身に着けていなかった。
まだ肌寒い季節で白い肌はぽつぽつと粟立ち、ひやりと冷たくなっている。
「すぐに暖めてやる」
「・・・馬鹿」
テーブルの上に伝票を投げ出すと、ゾロはサンジを抱えて寝室へと真っ直ぐ進んだ。


あの日、ゾロの携帯に収められたサンジの痴態は、脅迫のネタとして使われている。
「この画像をネットに流されたくなかったら、俺の言うことを聞け」
それを理由にゾロはサンジの下に通い続け、サンジはゾロの言うなりに従い続ける。
一時の過ちに身を持ち崩した人妻。
卑怯な脅迫者。
それぞれが役割を演じながら、決してそれ以上踏み込もうとしない。
けれど、繋がり熱を分かち合う行為は、何よりも雄弁に二人の絆を物語り、なお一層離れがたく深まっていく。

「てめえみてえな淫乱は、俺が飽きたら別の客を斡旋してやるぜ」
「・・・てめえ、最低―――」
罵り辱める言葉とは裏腹に、二人の唇は片時も離れることなく触れ合い吐息が混じる。





閉められたカーテンの隙間からまばゆい光が差し込むこの真昼にだけ、許された交歓。
捨てられない大切なものを抱いたまま堕ちていく罪深さを知りながらも、もう後戻りはできない。
夫につけられた印の上だけに唇をつけて、ゾロは痛いほどに強く激しくその痕を残す。


手に入れてしまった禁断の果実は
甘くて苦い―――





END



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