Lunatic 9



「元気でな〜〜っ」
「また会おうぜ!」


「なにやってんの、あんたたち。」
苦虫でも噛み潰したような顔つきでエースの去っていった方向を睨み付けるゾロに、ナミはにやにやしながら声をかけた。
当然返事など帰ってくるわけもなく、ゾロはそのまま後甲板に向かい、鍛錬を始めたようだ。

「なんなの、あれ。」
呟いてラウンジのサンジに振り向けば、サンジは火のついたタバコを咥えたまま、「さあ〜」と気のない返事をしてシンクに向かってしまった。



「ルフィ、あんたエースになんで殴られたの?」
「ああ、ナミに心配かけんなって言われた。けど俺ガキできたらめちゃくちゃ嬉しいけどな。」
あっけらかんと言い放つルフィの台詞に、その場にいた全員が固まる。
「…な・な・な…なんでエースが知ってんのよって言うか、なに生意気言ってんのよって言うか…しかもこんなとこでっ…」
耳まで真っ赤にして怒り始めたナミの隣で、サンジもスポンジを持ったまま暴れ始めた。
「そうだそうだ、このクソゴム!てめえガキの分際でなに生意気な口ほざいてやがんだっ!しかもナミさんだぞ、この野郎!!」
「って、なんでサンジ君まで知ってんのよ!」
「あああーーーっ、違うんだナミさんっこれはっ…」
一気に大混乱に陥ったキッチンから、派手な音が鳴り響いた。







やむを得ず立寄った島は、それなりに流通が確立しているようで島の面積に対して街の規模はそこそこ大きかった。
俺は船大工じゃねえんだからよとぼやきつつ修理する気満々のウソップだったが、いかんせん夕方の到着ですぐには取り掛かれないということで、そのまま島で1泊することとなった。
宿代が勿体ないと言いつつ、ついつい街の明かりに誘われるように上陸してしまう。

「いーい、くれぐれも無駄遣いはだめよ。」
ナミにしてみれば稼げるカジノもありそうにない田舎だから、食手が動かないようだ。
自ら船番を買って出て、海図を描くことに専念するらしい。




ぶらぶらと、なんでもないようにぶらつきながらも、サンジはゾロを見失わないようにつかず離れずの距離で後を追っていた。
ゾロも時折足を止めて後ろの気配を探るような素振りを見せて、また歩くからなんだかかなり照れくさい。
妙な間合いを保ったまま街の外れにまで来て、ゾロは唐突に足を止めた。
宿の前だ。
しかもなんか寂れた感じで…どう見ても連れ込み宿っぽい。

初めてゾロが振り向いて、サンジの顔を見る。
サンジはタバコを咥えた口元をふと尖らせて、ゾロを追い抜いて先に玄関から入ってしまった。



事務的に受付を済ませて2階の部屋へと通される。
歩く度にきしきし鳴る床板の軋みすらなんか卑猥に響くようで、サンジは脇目も振らず部屋に入った。
当然ベッドと椅子くらいしかない、狭い室内だ。
いかにもやるだけ、って感じでいっそ開き直るにはいい場所かもしれない。

サンジは備え付けの灰皿に小さくなった吸殻を押し付けると、おもむろにスーツを脱いだ。
ハンガーにかけて皺を伸ばすように撫で付けるとゆっくりと背後を振り向く。
ゾロはなぜか戸口で突っ立っていて、ドアも半開きのままだ。

「あんだ?活きのいい啖呵切った割りに、なに怖気づいてやがんだ。ドアくらい閉めろボケ。」
言いながら窓辺に寄りかかり、目の端で暗くなった空を見上げた。
多分、今夜はまた満月だ。
もうこうなったら、月の力を借りるしかねえだろう。

白い光に勇気付けられるように、サンジは窓枠に置いた手に力を込めて拳を握ると、ベッドに座わり直す。
「先風呂行くか?俺のが先行こうか。」
「お前、どういうつもりだ?」
この期に及んでまだそんなことを言うゾロに苛つきながら、サンジは胸元のボタンを外した。
「つもりもクソもねえよ。俺はエースよりてめえを選んだ。そんだけのこったろ。それにてめえも…それでいいんだろうが。」
あの時、確かにゾロは自分の前に立ちはだかって欲しいものは奪うと言った。
エースに刃を向けて本気で闘気を立ち昇らせた。
あの瞬間の胸の震えは、まだ残っている。
だから―――

俺もちゃんと素直にならなきゃならない。



「俺がエースのこと好きだっつったのな…あれ。嘘だ。」
「なに?」
サンジは新しいタバコを取り出すと口に咥えて笑って見せた。
「嘘も嘘。大嘘。俺エースに惚れてねえの。けどてめえのことは好きなの。これはマジ。」
ゾロはぽかんと口を開けてしばらくサンジの顔を凝視していたが、見る見るうちに眉間に皺が寄る。
口元が引き結ばれ、への字に曲がった。
「エースも俺の気持ち知ってっから、ああやって挑発したんだよ。だからあっさり引いただろ、そういうこった。」
マッチを擦って火をつけると、ベッドサイドに凭れて深く吸った。
心臓はばくばく高鳴ってもう口から飛び出そうだけど、悟られないように殊更ゆっくりとした動作になる。

「てめえの言うことは、信用できねえ。」
ゾロの口から搾り出される言葉が痛い。
そりゃそうだろう。
その場に応じてコロコロ言うことを変えている。
ゾロが疑うのも仕方ない。

「信じろなんて、そんなこと言わねえし。」
ただ、やっぱりゾロとの繋がりを取り戻したいのだ。
今回のことで愛想を尽かれただろうけど、それでも身体の関係だけでも続けていたい。
気持ちをないがしろにした肉の欲求。
ほんとに俺は、救いようのない大馬鹿だ。

自嘲して口元を歪めるサンジに、ゾロは音もなく近付いた。
その口元からタバコを抜き去り、灰皿に押し付ける。

ああ、やんのかな。
どこかでほっとして、サンジは顔を上げた。

見下ろすゾロの瞳が、冷たく光っている。
当然だろうなと肩の力を抜いて、ゾロの手がシャツを肌蹴るのに身を任せた。
腕の辺りまでずらすと、サンジの身体を腕で抱きこむように顔を寄せてきた。
間近でゾロの息を感じて頬がほてるのを自覚する。
ついそっちに気がとられて、ゾロがなにをしているのかに気付くのが遅れた。

「…おい?」
気がつけばシャツが後ろで括られていた。
サンジの両腕も一緒に巻き込んで。
「おい、なんの真似だ。」
これは、もしかして拘束されちゃってんだろうか。
両手の自由が利かない?

「おい!」
「うっせーな、ちと大人しくしてろ。」
バックルも外すと下着ごとずり下ろして靴も靴下ももぎ取るように脱がせる。
ゾロとすることに異論はないが、ちょっとこの体勢は嫌かもしれない。
「俺別に、抵抗したりしねえぜ。」
「どうだかな。」
初めて目を合わせたゾロは、底光りする瞳でにやりと笑った。






「や…やめろっ…この…」
じたじたと足を伸ばしたり曲げたりして、サンジが身を捩る。
蹴りが出ないだけ抑えてはいるのだろうが、全身を朱に染めて身悶える様は視覚的にかなりキて、ゾロは上に跨りながら軽く舌打ちした。

こんなことなら、最初からちゃんとやっときゃよかったぜ。

キスを交わし舌を絡め、首筋から胸を辿って柔らかく丁寧に愛撫を施すのに、サンジは最初から熱に浮かされたようにくったりと弛緩して意味の無い喘ぎを漏らし続けている。
感じやすいにもほどがあるっつうか…
「てめえが正直なのは身体だけだな。」
あんまりなゾロの言葉にも切なげに眉を顰めるばかりで、いつもの悪態が口をついて出ることもなかった。
ひどく熱くて蕩けそうで、意識を保つことすら難しい。
ともすれば淫らにすすり泣きそうな自分を抑えるのに必死で、サンジは深く考えることすらできていなかった。

「てめえに何聞いても信用ならねえからな。てめえの身体に聞いてやる。」
唇と舌で胸を愛撫され、軽く扱かれただけで一度イってしまったそこはいやらしく塗れそぼり新たな露を浮かべて小さく震えていた。
それをやんわりと手で扱きながらゾロは殊更低い声で囁き、サンジの耳朶を舐めた。
途端にぴくんと身体が跳ねて、ゾロの手の中のものが硬さを増していく。
「んっとに感じやすいなてめえ。エースにも、こうだったか?」
ゾロの意地悪な問いに、サンジは目を固く瞑って必死で首を振った。
「んな訳ねえだろ。ちょっと扱いてこの有様じゃ、さぞかしあんあん啼いたんだろうよ。」
「違…っ、エースとは…そんなこと…」
「したんだろ。」
「―――…」
してなくはないけど、こんなに乱れてはない…と思う。
サンジはゾロの肩に噛り付いて、なんとか身を捩りながらその熱い手から逃れようとした。
弄くられるばかりだと、まともに話すことすらできないのだ。
「…ちが、う。エースとはそんなに…」
「そんなにって、じゃあどこまでやったんだよ。」
ぎゅっと根元を抑えられてあられもない声を上げた。
構わずゾロがその口を塞ぐ。
ねっとりと口内を嘗め回し唇や舌を濡らして、ふと顔を離した。

「どうだ?エースともこうしてキスしたか?」
滑って光る唇が酷薄そうに歪むのを焦点の合わない瞳で辛うじて捉えて、サンジはこくこくと素直に頷く。
「こうして舌を絡めて?」
「う…」
「唇も噛んだか?」
「あ…そんなきつくは…」
ゾロの舌が頬から耳元へと降りる。
「耳の穴まで舐めたかよ。」
「ああっ、そんな…の、してないっ」
くちゅくちゅと水音が鳴ってサンジは大袈裟に首を竦めていやいやをする。
「エースはどこまで舐めた?ここも弄ったか?」
首筋を舐め上げながら乳首を強く摘まれて、サンジはそれだけでまた達してしまった。

「あ、はあ…あ…」
ぜいぜい息をつく姿に呆れたように目を細めてゾロは鼻で笑って見せた。
「呆れたもんだな。エースん時もそんなに早く何度のイって見せたのかよ。」
サンジは潤んだ目でゾロを見上げ、唇を噛み締める。
「…エースには、一度イかされただけだ。」
「へえ。」
まるきり信用していない、小馬鹿にしたような声。
「ほんとだ、一度イってそれきりだ。それ以上なんもしてねえ。」
「嘘つくなってんだ。そんな身体して何言ってやがる。それにエースがそれで治まる訳がねえだろう。」
「治まったんだよ!エースは大人なんだからっ」
ムキになって言い放つサンジの身体をベッドに押し付けて、達したばかりのそこぐちゃぐちゃと撫で回しながら、ゾロは上に乗り上げた。
「ざけんな。てめえのそんな面見て我慢できる男なんかいるか!」
「ほんとだ!エースとはそれ以上何もやってねえ!」
声を張り上げるサンジを黙らせるように、ゾロが乱暴に後孔に指を穿つ。
小さく悲鳴を上げてシーツに顔を埋めるサンジは、それでも首を傾けてゾロを睨み付けた。
「マジだって…そこは、エースにやってねえ…」
「触っても、ねえのか?」
その問いにう、と詰まるサンジは馬鹿がつくほど正直だろう。
「…触ったんだな。」
「違う!っつうか、ちょっと指が…」
「入ったのか?どれくらいだ。」
「え…と、第一関節くらい!マジだって、あああそんなに入れてないっ!そんな、あ…ああん、そんなに増やすなっ…あ―――」
嫌らしい水音をわざと立てながら、ゾロの指がサンジの奥を掻き混ぜる。
「どうだ?ここも弄くられたか?」
「…あ、ん…うあ…そんなとこっ…触ってな…」
「んじゃここは?」
「あ…あ―――」
ゾロの指が敏感な部分を擦り、びりびりと電流が流れたみたいに背筋を撓らせた。
「あひっ…」
的を得たとばかりに、ゾロがそこを集中して責める。
「ここはどうだ、おら」
「―――うあ、あー…」
「こんなことしたの、俺以外に何人いる?」
「…い、ない…一人…も…」
「嘘つけ!」
「ほんとだっ…ああ…ほんとに、ゾロだ…け」
「ほんとか」
「ほん…とあ…あ―――」
ずるりと勢いをつけて指が引き抜かれると、サンジは身体をひくつかせながらシーツに沈んだ。
すぐに両足を抱え上げられて、ゾロの砲身を押し当てられる。
既に柔らかく蕩けきったそこは、歓喜に震えながらゾロを受け入れ飲み込んだ。

「あっあ・あ―-―」
深い、溜息のような喘ぎ。
口端から唾液を垂らせながら、サンジがうっとりと目を細める。
焦点の合わない目を覗き込んで、ゾロが意地悪く耳を齧る。
「エースが、俺になんて言ったか知ってるか?」
「あ…あ?なに?」
「てめえは、太ももの内側舐められるのが弱いって教えてくれたんだよ。」
言いながら、限界まで押し広げた腿に屈みこんで噛み付いた。
「あ!あああっ!…」


あーとかうーとか身悶えて喚いて、しまいにはひいひい啼いて結局サンジはすべて白状させられた。














中空にぽっかりと輝く満月が雲にかすんで浮いている。
チョッパーはホットミルク片手に空を見上げ、ほうと深いため息を漏らした。
「どうしたの?船医さん。」
カップを静かに置いて、向かいに座るロビンが微笑んだ。
「ねえロビン。俺なんか満月見るとどきどきするんだ。…なんか落ち着かないっていうか、妙に寂しい気持ちになったり、気持ちよくなったり…」
「そうね、私にもあるわ。」
え、と驚いてつぶらな瞳がロビンを見返す。
「月の重力は太陽とともに潮の満ち干きを起こし、生物のホルモンリズムにも影響を与えているって俗説もあるのよ。昔から月は太陽と並んで神秘的な意味合いを付けられてきたし、ノースブルーでは月が人間を狂気に引き込むとも言われているの。そんな伝説は数多いし「Lunatic」なんて、気が狂うことを表す言葉まであるの。」
「へえ・・・」
そう言われると怖くなって、チョッパーは恐る恐る空を見上げた。
「勿論月の重力なんてそれほどの威力はないし、殆ど迷信よ。ただなんとなく、狂気というほどではないけど月の光にはなんらかの力があるように、私も感じるわ。」
「なんらかの力?」
月明かりの下で柔らかく見つめるロビンの瞳は光を吸い込んでしまったかのように暗くて深い。
だがその口元に浮かぶ笑みはなぜか子供のようにあどけなく、そのアンバランスがよりその光景を神秘的に見せている。
「そうね例えば、いつの間にか素直になってしまっている自分。」
ああ、とチョッパーは納得した。
そうか。
なぜか寂しいと思うのも、なんでもないことが嬉しくなったり気持ちよくなったりするのも、自分の心が素直になってしまっているからだ。
人恋しいと、助けて欲しいと、こんなことがひどく嬉しいと、裸の心が応えるからだ。
「だから月の夜にふと泣きたくなったり、人恋しくなったりするのは、きっと生きとし生けるもの
 みんな同じなんだと思うわ。」
「そうだね。」
チョッパーはこくんと頷いて、少し冷めたミルクを啜る。
こんな夜は――――
愛しい人と同じ夢を見るのがいいのかもしれない。
そんなことをぼんやりと思いながら。











明けて快晴。
朝から快調な槌音と共に、船の修復は続けられている。
早起きのはずのコックは寝坊したか迷子になった剣士とともにまだ姿を現さない。
「ったくもう!船の修理が終わり次第、出発したいのにっ・・・」
「買出ししてるんじゃないかな。ほら、昨日エースと一緒によく食べたから。」
そう言って街の方向を見るチョッパーが声を上げた。

「ほら来た!ゾロも一緒だよ!」
言われて振り向けば、踊るように身をくねらせて駆けてくるサンジと、荷物を抱えて大股で歩くゾロの姿が見える。
「ナミっすわ〜んvロビンちゅわー〜んvv遅くなりましたあっvv」
「まったく、遅いわよ。でもまあいいわ。それじゃ出発の準備をしましょうか。」
誇らしげに帆を上げて、羊頭のキャラベルが碇を上げる。




ハートの煙をくゆらしながら海を眺めるサンジの横に、ゾロが並び立つ。
なんとなくへにゃんと眉を下げままそうしていて、ふと我に返ったのか不自然に足を蹴り上げてゾロを追い払った。
「・・・ったく、傍に立つんじゃねえよ、うぜえマリモ頭!」
「・・・おかしな野郎だな。嘘つきの上に二重人格か?」
「嘘つきってなんだ!しかも二重人格って・・・」
それ以上はやばいと悟ったか口を閉ざしてその場から離れようと踵を返す。
船縁に手を置いて乱れた髪を掻き上げながら、ロビンはサンジにだけ聞こえるように囁いた。
「もう、素直になるのは月夜の晩だけじゃなくていいのよ。」
どきりとしてロビンを見返して、それから耳まで真っ赤になってサンジはラウンジに逃げ込んでしまった。

「可愛い人ね。」
「ありゃあ、何考えてんだかさっぱりわからなかったが・・・実はめちゃくちゃわかりやすい奴だったんだな。」
ゾロの呟きに声を立てて笑って、空を見上げた。


サンジが密かに月に感謝してることだって、ゾロはちゃんとわかっている。



END

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