Miracle life 2



後片付けを済ませ皆が寝静まった真夜中、照明を落として一人で入る風呂は一番リラックスする時間だ。
サンジは湯船の中で腕を伸ばして身体を捩った。
随分と腹が大きくなった気がする。
この中に小さな命が宿っているだなんて、全然実感はわかないけれど、そんなサンジにお構い無しに腹はどんどん膨らんでいく。
ときどきぐにっと表面が引き攣れるように動いて、小さな振動が内臓から感じられた。
蹴ってるんだな。
まだ指も定かではないだろう小さな足で踏みしめているのかと思うと、なんとも言えない気持ちになる。
愛おしいだなんて単純な喜びの感情じゃなくて、怖いような切ないような負の感情。

ほんとに俺は腹の中で子を育てていいんだろうか。
ちゃんとこの世に産み落としてやれるんだろうか。
この子は、この世に生を受けていいんだろうか。
この子の誕生を祝福してやれるだろうか。
ぐるぐると考え出せば、思考は止まらなくなる。

最初は妊娠した驚きと興奮で日々過ごすのが精一杯だったが、今は日増しに不安や恐れが募って行って、サンジを不安定にさせていた。
ぽこりと膨らんだ腹は余計白さを目立たせて、臍の奥まで浮いて見える。
腹が膨らむに従ってぺたんとしていた胸板も、なぜかほんの少し弾力がついたようだ。
申し訳程度についていた乳首が、ちょっと大きくなった気もする。
体毛が薄くなり、脛毛も前ほど目立たなくなった。
日に日に自分の体が変化するのがわかって、そのことが余計サンジの不安を煽る。

―――俺はどうなっちまうんだろう。
望まない妊娠といえば、これほど当てはまるものはない。
男の身の上で妊娠して、しかも相手は勿論こんなこと想定などしていなくて…
喜んではいるだろが、所詮ゾロには他人事だ。
男の本能は種付けだから、子どもができたら単純に嬉しいだろう。
愛し合って夫婦になったレディから待ち望んだ子どもが生まれるのなら絵に描いたような幸せだろうけど、性欲処理だけの相手の男に子どもができたって、仕方ないだろうに。

またぐるぐると思考が空回りし始めた。

俺だけがこんな思いをして、俺だけが変わっていく。
腹は重いし悪阻はひどかったし、戦うことも料理することも満足にできなくて、人に気を遣わせて、ナンパもできなくて上陸するたびに変な目で見られて…
ぱしゃん、と湯水で顔を洗った。
なのに、ゾロは変わらない。
身体が変化するわけでなく、生活のリズムが狂うわけでもなく、毎日を安穏に暮らしている。
戦闘時は率先してあからさまに俺を守るし、なにかと気を遣って重いものを運んだり介添えをしたりするがそれらのすべてが鬱陶しくて癇に障った。
何で俺なんだ。
なんでてめえなんだ。
どんなに悔やんでも呪っても、腹の中に子どもがいるのは事実でそれが息づいているのは重々承知している。
けれど、ゾロの子どもなんて…
ゾロの…

無意識に握り締められた拳は、腹に届くまでには柔らかな掌へと変化した。
包み込むようにそっと撫でる。
それでもやっぱり、ゾロの子だ。
俺にとっては悔しいけど大好きなゾロの子で。
ゾロは…どう思ってるかは知らないけど、惚れてるって言ったけど―――




「おい」

不意に扉の向こうから声がかけられて、文字通り飛び上がってびっくりした。
気のせいか腹の子もびくんと震えた気がする。
「大丈夫か、寝てねえか。」
「な、なんでもねえっ」
いつもなら声もかけずに勝手に風呂場の戸を開けるだろうに、遠慮がちに外から声をかけてくるだなんて可愛すぎるにもほどがある。
またサンジは苛々してきた。

「なんでもねえっつってんだろ、あっち行けよ。」
心配して外で見張ってたんだろうか。
それとも偶然トイレに来たのか。
立ち去る気配を見せないゾロに、洗面器でも投げつけてやろうかと腕を伸ばしたら、躊躇いがちな声が届いた。

「話がある。外で待ってる。」
どきん、と大げさなほど胸が鳴った。
「話ってなんだよ!俺にはねえぞ。」
「・・・」
一瞬の間をおいて、がらりとバスルームのドアを開けてゾロが乱入してきた。
「来るな馬鹿!」
動転して洗面器を投げつけるのに、簡単に払い落として浴槽に手をかけた。
サンジは思わず湯船の中に体を沈めてタオルで庇う。
こんな中途半端な、おかしな身体を見られるなんてすごく嫌だ。

「来るなっつったろが!スケベ!変態!!」
「さっさと上がれ、茹蛸みてえだぞ。」
自分が濡れるのも構わずゾロは腕を伸ばしてサンジを引き上げようとした。
水飛沫を上げて夢中で後ずさる。
「馬鹿!来んなって!!」
「暴れるな」
飛んできた足首を掴んで、ひっくり返らないように背中を支えてゾロは覆い被さるように抱きかかえた。
それ以上もがけなくて、サンジは観念して目をぎゅっと閉じる。
こんな無防備な状態で、みっともない裸体を曝すなんて…最低だ。
最悪だ。

「おい、大丈夫か。」
目を閉じたまま泣き出しそうに顔を歪めたサンジを覗き込んで、ゾロはなんだか焦ったような声を出した。
それがえらく間抜けに思えてそっと目を開ける。
思ったよりずっと近くにゾロの顔があった。
ぶつかるんじゃないかと危惧する前に唇が触れる。
啄ばむような口付けが恥ずかしくて、サンジは平手でゾロの横っ面をはたいた。
「アホかっ、なにすんだ!」
「うっせー、ちゃんと触らせろ。」
服を着たまま濡れた浴槽に腰掛けてサンジを抱き上げた。
横抱きにされて落っこちないようにしがみ付く形になる。
開けっ放しの扉の向こうに手を伸ばして外にかけてあったバスタオルを引っ手繰ると、ゾロは甲斐甲斐しくサンジの身体を拭き始めた。
髪もぞんざいにかき混ぜるようにぐしゃぐしゃ拭いて、背中を擦る。
胸や腹に触れるのはさすがに憚られるのか、タオルを押し当て水分だけ吸い込ませて、覆うように包み込んだ。
うっかり腑抜けた状態でゾロのするがままに身を任せていたサンジはタオル越しにまた抱きすくめられる格好になって、ふと我に返って身を捩った。

「…なに、してんだてめえ。」
「黙ってろ。」
「黙ってろって…なにをっ…」
「ずっと我慢してんだ。これくらいさせろ。」
足蹴にできないからせめて腕を出して抗おうともがいていたサンジがぴたりと止まる。
―――我慢?
風呂場で二人、馬鹿みたいに突っ立って抱き合っている。
サンジはどうリアクションしていいかもわからなくなって、仕方なくゾロの背中をぽんぽんと叩いた。
湿った髪に鼻面を突っ込んでいたゾロが、ふと顔を上げる。

「今日の話でよ…それもアリかと思った。」
湯気に煽られてか、ゾロの頬はほのかに赤い。
「そうでなくても妊婦だし、しかも男だしよ。尋常な事態じゃねえからなるべく手え出しちゃいけねえと思ってたんだが…」
アリだよなあ?と真面目くさった顔で正面から問うてくる。
「し、知るかよっ…」
サンジはゾロ以上に真っ赤になって、視線を彷徨わせながら毒吐いた。
それだって抱き締められたままだから悪態にもならない。

「チョッパーに聞いても、本当のところどうだかはわからないらしい。けど、なにもしてねえっつったら怒られた。」
「うあ?」
なんてことを、なんてことを言うんだこの男は!!
「突っ込むだけが愛情表現じゃないだろって真顔で叱られた。確かにそうかもしんねえ。てめえに下手に近付くとこっちが我慢できなくなっちまうから、極力避けてはいたんだが…やっぱ俺のが我慢できそうにねえし…」
いいながら、その唇が火照った頬や額に押し付けられる。
ちょっと待て、なんだこのラブラブっぽい甘えた仕種はっ
「てめえは嫌かもしれねえが、ちいと我慢しててくれ。ちょっと触る。」
遠慮がちな台詞に反して、ゾロは焦った感じで唇を重ねてきた。
舌でべろりと舐め上げて、口内を荒々しく犯してくる。
サンジは軽く仰け反って冷たいタイルに頭を押し付けたまま、なんとかその口付けに応えた。
まるで湯辺りしたみたいに頭の芯がぼうっとして、膝がかくんと抜けた。





崩れそうな身体を抱え上げて片手で器用に風呂の蓋を閉めると、ゾロは戦利品のようにサンジを抱えて格納庫へと足を運んだ。
以前よくいちゃついていた定位置にサンジをそうっと下ろして、ゾロは改めてその髪を撫でた。
「…今日の話を、聞いたからか?」
どこか幼い表情で、サンジは横たわったままゾロに問いかける。
「前から我慢してたっつたろーが…まあ、きっかけは今日の話だけどよ。」
「けど、俺男だぜ。」
なにをいまさら、とゾロが眉を顰める。
「男で、妊婦で…この腹見てみろよ。すげーだろーが。こんなの…引く、だろ。」
最後は消え入りそうな声でそう呟いて俯く。
ゾロはその意図が掴めなくて頬に手を差し込むと自分の方に顔を向けさせた。
「引くってなんだよ。んなエロい面曝すな馬鹿野郎。」
「エロいって…」
唖然として見返すのに、ゾロは盛大に舌打ちして見せた。
「てめえ俺がどんだけ忍耐強いか、やっぱり全然わかってねえな。こちとら我慢しまくってんだ。てめえが目の前でちょろちょろすっだけで勃っちまうのに、全部一人で処理してんだぞこのエロ眉毛!」
ええええええっ
「な、な、なにをっ…」
「けどてめえ嫌がんだろが。そら腹に子がいたら本能で守んなきゃならねえしな。普通の状態じゃねえから俺も我慢してんだよ。けどちいっと触っていいみてえだから、触る。」
言いながらまた、荒く唇を重ねた。
ゾロが、俺に触れてえって…
我慢してたって…
混乱状態のまま、サンジの身体は熱く火照っていった。
あれほど焦がれた手が、唇が、隈なく這い回り吐息に触れる。
たちまち芯を持った中心は熱を伴って立ち上がり、言葉より如実に雄弁にゾロに応えてしまった。
恥じて隠す白い両腕を柔らかくどかせて、首筋から鎖骨へと舌を這わせる。
サンジの胸はなだらかな隆起を帯びていて、まるで思春期前の幼女のような線を描いて淫らだ。
ふつりと、常より大きく硬くなった乳首を唇だけで食むと、サンジの口から悲鳴のようなか細い声が漏れた。
感じているのだと、すぐにわかる。

白く丸い腹を撫でて金の繁みを指で掻き分ける。
「…欲しかったのか。」
情欲に掠れた声でそう聞けば、ゾロの手の中でずくんとそれが波打った。
「なんで早く、言わねえっ…」
「言えるかっ、馬鹿!」
熱い舌で乳首を転がされながら下肢を緩く扱かれて、耐えることもできずサンジはあっけなく達してしまった。

「はあっ…は…」
整わない息のまま、ぐったりと弛緩する。
ゾロは濡れた手をタオルで拭いて、サンジの下肢も綺麗に拭った。
裸のままの肩を冷えないように抱き締めて、愛しいげにキスを繰り返す。
どくんどくんと止まない動悸は自分のものだか、腹の中の幼子のものだかも判別はつかない。
ただなんとなく、こいつも喜んでるんじゃないかと思って自然に口元が緩んでしまった。

「気持ち、よかったか。」
いつもなら恥ずかしい問いかけにもつい素直に頷いてしまって、ゾロの肩口に顔を埋めた。
「時々こうやって、触れていいか。」
いちいち聞くな、こっ恥ずかしい。
胡坐を掻いた膝の上に抱えられているから、尻の下に当たる感触が熱くて硬いのはよくわかった。
そろそろと手を伸ばせば、身体ごと引いてゾロが離れようとする。
「…おい。」
「いや、構うな。」
構うなって…
「なに言ってんだ、こんなになってだろーが。」
「俺はいい。」
「よくねえ!」
逃げるゾロを追うように力を込めて掴んだが、布越しにもでかくて硬いそれは多少の力じゃびくともしない取っ手みたいになっていた。
実際、強めに握った方が気持ちいいくらい勃っている。
「ゾロ、俺もしてえ…」
その言葉に、ゾロの方が目を剥いた。
しばし視線を上方に彷徨わせて、意を決したように腰を下ろす。
「…入れねえから。」
「いいよ、入れても。」
「やべえだろ。」
「…大丈夫だろ。」
ジッパーを下げて寛げると待ちかねたように勢い良く飛び出した。
久しぶりのご対面に、うっかりサンジが笑いを漏らす。
「なんだよ。」
「いや、こうしてまじまじ見たことなんか、なかったよなーと思ってよ。」
それまでは、格納庫だか倉庫だかでこそこそと扱き合うばかりで、愛撫もクソもなかったと思う。
とにかく素早く入れて出して、ちょっとキスして。
そんな感じで抱き合っていたのに、今こうして目の当たりにすると、よくもまあこんなものが入っていたものだと、人体の脅威に感動すら覚えた。

手で緩くしごくと、血管の浮き出た男根に舌を這わせる。
「…おいっ?」
焦るゾロの声が小気味がよくて、勢いでばくりと食いついた。
まさかよもや、男のこれを咥える日が来るなんて思いもしなかったけれど、所詮妊婦だしここはグランドラインだし、なんでもありだと開き直る。

たどたどしい動きながらも精一杯舌と唇を使って擦り上げれば、灼熱の塊みたいなそれはより大きさを増した。
「ひもち、ひいか?」
咥えたままそう問えば、ゾロの目が凶悪に眇められて額に血管がびきりと浮く。
「こんの、クソコック…もう勘弁ならねえっ」
サンジの髪をぐしゃぐしゃと掻き回してゾロは緩く腰を振り始めた。
それでもサンジの喉を突かないように浅く静かに動きをセーブする。
サンジの方がもどかしくなって、唇をすぼめて吸い付いた。
「…くっ!」
ゾロは一度ぐんと遠慮なく奥まで突き入れてから、勢いよく引き抜いた。
自分で扱いて、その場で激しく射精する。
白い液が自分の胸や腹を汚すのを、サンジはどこか恍惚として見つめていた。

「…は、はは…」
息を切らして、ゾロが笑う。
サンジの胸をまたタオルで拭いて、そのまま密着させるように抱き締めた。
「気持ち、よかったか?」
「ああ、最高だ。」
つられてサンジも肩を揺らした。
なんだかまるで、初めて身体を合わせたガキ同士みたいだ。
躊躇いながら恐れながら、勇気を出して触れ合って、気持ちよくて。
なんだかとても堪らない気持ちになって、サンジのゾロの広い背中を抱き返した。
凄く凄く、好きだと思う。
でかい図体をして、凶暴ななりで、壊れ物でも扱うみたいにおっかなびっくり触れてくる、優しい獣が愛しくて堪らない。
「ゾロ、てめえの子でよかった…」
硬い腹筋に柔らかな腹を押し当てて、サンジはうっとりと呟いた。
「こいつもきっとそう思ってる。俺らの子でよかったって…」
「ちょろがか?」




はあ?


聞き慣れない単語を聞いて、サンジは思わず顔を上げた。
「なに、そのちょろってのは…」
「こいつだよ。」
腹を指差してクソ真面目に応えるゾロに、サンジは開いた口が塞がらなかった。
ちょろって…
腹の子にちょろって勝手に名前付けて…

「そうか、ちょろも嬉しいか。嬉しいよなあ。」
目を細めて恐る恐る撫でるゾロは、すっかり親バカの予備軍だ。
「は、ははは…そうだよな、はは…」
乾いた笑いで応えるサンジをまたひしっと抱き締めた。
「腹の子に障らない程度に、またしようぜ。」
それはサンジとしてもやぶさかではない。
また少し頬を赤らめて、ゾロにだけ聞こえるように耳元で囁いた。
「別に、入れてもいいぞ。」
「そら駄目だ。ちょろに悪い。」
いやだから、そのちょろってのやめて欲しいんだけど…
文句の一つも言いたいが、なんだか悪くて言い出せない。
どこまで本気なのかわからないが、ゾロは至極真面目に口元を引き締めてサンジに言い募った。

「万が一にもちょろに顔射したらどうする。それに俺とてめえの子だ、いつ反撃して俺に噛み付いてくるかもしれねえ。」

はああっ??

今度こそ、サンジはその場に崩れ落ちそうになった。
一体どこに突っ込んでるんだっつうか、どこに子どもいるんだよっつうか、そもそもなんで俺妊娠なんか、しちゃったんだろう。
泣き笑いのサンジを抱き締めて、ゾロは満足そうにお腹の子どもに頬ずりした。

お互い幸福ならば、それはそれでいいのかもしれない。
どこか達観した想いでゾロの硬い髪を撫でていたら、いきなりがばりを顔を上げる。
「ただし、ガキ産んだ後は覚悟しとけよ。」
にやりと笑うその顔はまさしく肉食獣のそれで。
不謹慎にもぞくぞくしながら、サンジは半端な笑みを返した。

穏やかで臆病で楽しみで心配な、愛に満ちたこんな生活も、たまには悪くないだろう。
そうあることじゃないんだから。



END



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