今日という日に -3- <一滴さま>



「よぉっ、大剣豪」

船縁にもたれて珍しく起きていたゾロに、カツカツと靴音を響かせてサンジが近づく。

「ちょっと教えてくんねぇかな」
すっとしゃがみこんでずいっと目の前に茶杓の筒を突き出す。

「こいつの真ん中に書かれてある言葉の意味ってやつをよ?」
たっぷりにらみ合った末に仏頂面が吐いたセリフは

「………忘れた」

ピキッとサンジのこめかみに怒りの筋が浮く。
「…ほほう…」

ゾロの口の横のやらかいとこをムニッとつかみ、
「どの口が、どの口が忘れたなんてぬかしやがるかな?!ああ!?てめぇで書いた字を忘れたなんてふざけた間抜けがどこにいるってんだ!!ええ?!それとも何か?てめぇで書いた字も忘れっちまう程てめぇの頭ン中ぁコケ腐れやがったのか?コラ?!」

怒るサンジの瞳を、今度は真っ直ぐにゾロが見つめて
「…言っちまえばもう後には引けねぇだろうが」

「何、弱気になってやがる。何に遠慮してんだよ、ガラにもねぇ」

「…てめぇはっ。もともと女好きだろうがっ。今日は俺でも明日にゃ女のケツ追っかけて行っちまうかもしれねぇって思うのは道理じゃねぇのか。そん時に俺がおめぇを引き止めるなんざみっともねぇ真似はしたくねぇ。…おめぇと居るようになってから俺ぁ案外嫉妬深ぇともわかったしな」

ちょっと眉間に皺をよせ
「一回手ぇ摑んじまったらもう離しちゃやれねぇ。お前が離せっつっても多分離せねぇ」

「だから俺ぁてめぇのことを自分のもんだと思わねぇようにしてた。もし他に好きな奴が出来りゃ仕方ねぇ。すっぱり吹っ切れるよう線を引いてたつもりだ」


…なんだよてめぇ
…そんなこと心配してたのかよ…なんだか気負っていた力が抜ける。
「ゾロ。俺が手ぇ離せって言うと思ってんのか? 俺をナメてんのか?半端な思いでてめぇとつるんでんじゃねぇぞ?」


「よーく聞きやがれこのウスラクソミドリ。自慢じゃねぇが俺ぁ身持ちは堅ぇんだ。レディに至上の愛を振りまくのはジェントルマンの務めだがな、てめぇと繋がった以上、てめぇが嫌だと言わねぇ限り、俺ぁてめぇしか要らねぇんだよボンクラ。それを離しちぁやれねぇから言わねぇだあ?ふざけんな! 別れるつもりでいるくらいならはじめっから手ぇだすんじゃねぇボケナス!! てめぇこそいい加減腹くくりやがれってんだ!」

よく聞くとなんかすげぇ嬉しいことを言われた気がするが、一気にまくし立てられてゾロが呆気にとられてる。

「ボロクソだな…」
「当たり前だ!人の気持ちも聞かねぇで自己完結してんじゃねぇぞ!これはお前だけの関係か!?ああ?!俺はてめぇの何だ?!通りすがりのナイスガイじゃねぇってんだ!!」

ずっとサンジを見つめていたゾロが、ふーっと息を吐き、ゆっくりと口を開く。

「俺はてめぇのことを、自分のもんだって、思っていいのか?」
じっとサンジを見つめる。

怒ったような、困ったような表情があるだけで返事はない。が、否定もない。
こういう時は諾と思っていい反応だ。


「そうか」
頬に手をやる。


「いいのか」
すり、と手の方に頬が寄ってきた。


「…ごまんと居る人間の中で、人と人とが何某かの縁を結ぶってのぁ奇跡だと思う。神にゃ祈らねぇがテメェと引き合わせた天の采配にゃ感謝する」


頬にかかっているゾロの手にそっと自分の手を重ねる。
「たまにゃあマリモも言うじゃねぇか」と言えば
「本心だ」と真顔が答える。
サンジの顔にジワジワと赤味が差す。

「テメェに、惚れてる」
その言葉に一気に耳まで赤くなる。

「情けねぇほど、惚れてんだよ」
低いきっぱりとした声音で、ゾロがサンジの耳に追い討ちをかけてきた。

「う…」
耐えられなくなったサンジが隠れるように、ぽす、とゾロの胸に顔をうずめた。



「…もうひとつ、てめぇに聞きてぇ…」
「あ?」
「その感情は、てめぇにとっちゃ邪魔なモンなのか…?」
「ああ?」
「これからもっと上を目指すてめぇにとって、それは邪魔な感情なのか?だからいつでも切れるように線引いてやがったのか?」
「なんでそうなる?人の話、聞いてっか?色恋沙汰で躓いてるようじゃもとより上にゃあ昇れねぇよ。そうじゃねぇ」

しばし空を見上げてゾロが言葉を続けた。

「むしろ俺ぁせいせいしてんだ。よもやこんだけ惚れ込める相手に出会えたってことによ。自分でも信じられねぇ。生涯にひとり出会えりゃあ十分じゃねぇか」

「コック」
抱き込んでくる腕が温かい。


「てめぇに会えて良かった。」


心底、満足気なゾロの言葉にへにょんと眉を下げて、サンジの口がとんがる。ぎゅうと腹巻を握り締める。
チクショウ、完全に返り討ちじゃねぇかよ…。


「それよりおめぇ、こんなトコでひっついてっと女どもに見つかんぞ?」

「…もうみんな知ってんだろ…」いつになく開き直って言っってやった。
は、違いねぇ。とどこか他人事のようにゾロが言う。

夕方の冷たくなってきた潮風の中、温かい体温に許される限りサンジは包まれていたかった。
ゾロも長いことだまってそのままコックを腕の中に抱いていた。


途中、デッキを通り抜けようとしたナミとバッチリ目が合ったゾロが、手首だけあげて合図したら、にやんと意味ありげな笑みを浮かべ、OKではなく何故かお金マークを手で作って引っ込んだ。

次いでロビンが顔を出し、フフと笑っていなくなった。

そしてフランキーがアウ!と形だけ口を動かしてポーズを決めて後ろ歩きで退場する。

最後にヨホホ~と言い出しそうなブルックの口と、チョッパーの両目をふさいだウソップが怖いものを見るようにそろ~と首を出した。

いちいち手で合図していたゾロだが、仕舞いにはうるせぇぞお前らという顔でシッシッという動作になっていた。

あとで聞いたらルフィは腹が減って動けなかったらしい。
ま、あいつのことだ、俺たちの事を知ったところで気にもしねぇだろ。





そんな出来事も知らないサンジが、ようよう、あ~、いい加減メシの仕度しんねぇとな~…とゾロの懐でもぞと動きかけたら。

「コック」と呼ばれた。

なんだ、とサンジが顔だけ上に向ける。

「今日、ヤんぞ」


…はい?


「俺のもんだって、思いながらヤる」

「…ばかヤロウ」
顔から火が出るとはこのことだ。

「心底、俺のもんだって思ってヤんのは初めてだ」
「う…恥ずかしいコト、言ってんじゃねぇ!」
もう消え入りそうな声で抗議する。

「何でだ?俺んだろ?そう思っていいんだよな?」

がばりと起き上がって
「何回も何回も同じこと言ってんじゃねぇぞ!こんのクソエロ剣士!ムードもへったくれもねぇのかてめぇはっ!さっきまでの俺の甘い気持ちが台無しだってんだまったく!」

プンプンと肩を怒らせくわえタバコで行こうとしたその背中が
思い出したように、ああ、と振り返る。


「そういえばゾロ。シスターがてめぇのこと褒めてたぜ。ボッキが良いって」
「…なんだって?」

「ボッ・キ・が、良いって!」
「はあっっ??!!!」

「ひと目ボレだってよ」
「な、っっ??!!」 

「良かったなぁ?レディに良いとこ褒められてよ」
「アホかぁっっっ!!んなもん、見せた覚えは、ねぇっ!!!」

「そうかぁ?うっとりした目で仰ってたぜ?シスター」
「何ワケわかんねぇ事を!? 何かが完全に違ぇじゃねぇか! どこでそうなったんだ、あのアマ!!てか待て、クソコック――!」




脱兎のごとく逃げるサンジの誕生日まであと3日。
その日の誕生祝に再度、今日の言葉を「言え」と強要されるゾロなのでした。




END


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