喰欲 2


何の前触れもなく、雷鳴もなく雨は降ってきた。
「最悪・・・だ――」
俺はぐっしょり濡れたスーツを脱いで、水を絞った。
幸い洞穴を見つけて避難できたが、当分外には出られそうもない。
ポケットを探って無事だったマッチをゾロに投げる。
洞穴の奥の枯草をかき集めて、ゾロは火をつけた。



「ひでえ雨だ。」
「スコールだっつってんだろ。何のために俺が急いでてめえを呼びに来たと思ってんだよ。」
「お前もマヌケ面してみてたじゃねえか。」
「誰のせいだてめえ、有無を言わさず引き込んだのはマリモだろうが!」
俺が悪態をついている間にも、ゾロは下着1枚になって、絞ったシャツで体を拭いている。
赤い焚き火の炎に、胸の傷が照らされている。
俺は顔をしかめて目を逸らした。
濡れたスーツをどこかに引っ掛けたかったが、ハンガーなどある筈もないので、諦めて地面に投げ落とした。
濡れて張り付いたシャツは気持ち悪いが、ほてった身体を静めてくれるようだ。




いつの間にかゾロは木々を集めて火の傍に積んでいる。
キャンプ向きの男だ。
いや、野宿か。



二人並んで座り、黙って燃える炎を見つめていた。
思い出したようにゾロがポツリと呟く。
「腹ぁ、減ったな。」
そりゃそうだろう。
こいつは昼飯も夕飯も食ってねえ。
「あの鳥、捕まえて来れば良かったな。」
俺の言葉に、ゾロが喉を鳴らして笑う。
自業自得とは言え、コックの俺が側に居ながら、腹を空かせた奴がいるなんて、不本意だ。
せめて蛙かトカゲでもいればいいのに。





俺は座ったまま、岩の陰をまさぐった。
指先に痛みが走る。
割れた石の欠片で切ったらしい。
指の腹から血がぷくりと浮き出て、見る見るうちに流れ落ちる。
手を伝う赤をぼんやりと見つめて、俺はふっと笑った。


冗談だ。
いや、嫌がらせかな。
単なる冗談。


滴る指先をゾロの目の前に突き出す。
「舐めるか?」


飢えたケダモノは血でも啜ってろ。
そう言いたかった。
悪辣な冗談だ。
だが、俺の目は笑っていなかったのかもしれない。



怒りもせず、目も逸らさず、ゾロは差し出された指を口に含んだ。
冷えた指先にゾロの熱が伝わる。
体中の血が逆流して、指先に集中した。
痺れるような快感が背筋を駆け登る。
喉の奥から、声が漏れそうになった。
ゾロが俺の手を掴んだまま、傷口を吸っている。
舌を絡めて、味わうように。
俺はぞくりと震えて、目が眩みそうになった。
熱い―――
俺の指を口に含みながら、ゾロは俺の身体に視線を移す。
濡れて張り付いたシャツの上から、身体の線が透けて見えている。
胸の突起が固く尖っっちまってるのが、わかるだろうか。

ゾロが俺の指を離した。
冷気に触れて、ひやりとした感触が残る。
「足りねえな。」
ゾロの少し掠れた声が、耳を犯す。
口元に俺の血がついている。
俺は顔を近づけた。
動かないゾロの唇を舐める。
鉄臭い味がする。
固く引き結ばれた口端に舌を這わすと、噛み付くように口付けてきた。
そのまま倒されて地面に押し付けられる。
口内を貪欲に貪りながら、張り付いたシャツの上から俺の胸に手を這わす。
透けたシャツ越しに、乳首を指の腹で押しつぶす。
「―――痛ッ・・・」
のけぞった俺の喉元に口付けて歯を立てた。
喉笛をかき切られる――
そんな錯覚に襲われて、身体が震える。
恐れから来るそれではない・・・
期待めいた快楽。
俺は、喰われたいのだ。
こいつに。
その手に掛かりたいと、密かに焦がれて焦がれて身悶えた、暗い情熱。
俺の顔は愉悦に歪んでいる。





泥にまみれた衣服を剥ぎ取られ、身体を開かれた。
焚き火の明りがゾロの引き締まった体躯を闇に浮かび上がらせる。
その、胸の大きな傷跡を指で撫でる。
まだ指先から流れる血を塗り付けて、ぼこぼことした感触を楽しむ。
ゾロはくすぐったがりもせずに、俺の顔を凝視しながら手だけ動かし続ける。
乱暴な指が、敏感な部分を抉る。
直接的な痛みと、圧迫感に俺は顔をしかめた。
狭められた視界の中で、ゾロがにやりと笑う。
白い犬歯が見えた。
喰らわれたい。
あの歯で引き裂かれて、血しぶきを上げて息絶えてみたい。
ゾロの指に翻弄されながら、俺は身じろぐ。
目の前にいきり勃ったモノが突き出された。
少し躊躇ってから口に含んだ。
でかくて収まりきらない。
舌を使って丹念に舐める。
ゾロの手が一層激しくつき立てる。
ゾロの指だ・・・
ゾロの手が俺を苛み、ゾロのモノを銜え込んでいる。
そう考えるだけで、言い知れぬ快感に襲われる。
ゾロは俺の髪を掴んで口から引き抜くと、そのまま地面に倒した。
片足を自分の肩に担ぎ上げる。
俺の膵液で濡れたソレを塗りつけ、押し込んでくる。
激しい圧迫感。
俺はひたすら息を吐いて、力を抜こうとする。
みしりと音がするようにめり込んでくる。
痛みに耐えかねて、身体は逃げを打ちそうになる。
俺の肩をがっしり掴んでゾロはさらに身体を進めた。



「力抜け・・・・キツイぞ。」
「抜い・・・てるって・・・クソ――」
額に汗が滲む。
全部飲み込んだのかわからないまま、ゾロが突いてきた。
思わず口から悲鳴が上がる。
ゾロの腕に爪を立てる俺に構わず、ゾロは無理やり腰を進めた。
がくがくと揺らされながら、痛みしか訴えない結合部がぐちゃぐちゃと滑り出したのがわかる。
―――俺の、血か・・・
ゾロが俺の上でなんとも言えない笑みを浮かべる。
確かめるように、何度も抜き差しを繰り返し俺を凝視している。
滑りの良くなったそこは蕩けるように熱くて、肌が粟立つ。
気が遠くなるほど痛いのに
―――気持ちイイ・・・
俺は視点が定まらないまま、ただ声を上げた。
口を閉じることも忘れて、獣の咆哮のように唸った。
ゾロは俺を突き上げながら、指を俺の口にかませる。
太い指が俺の舌を掴んで歯の間をかき混ぜる。
激しく突かれ、口を嬲られて気がオカシクなりそうだ。
「もの欲しそうなカオしやがって・・・」
見下したゾロの眼に犯される。


―――ああ、俺か。



俺が喰いたかったんだ、こいつを―――





ゾロの指に歯を立てて、俺は笑った。














雨は朝まで降り止まなかった。
洞穴から出ると、低い場所を濁流が走っている。
一晩で地形が変わってしまったようだ。
GM号が見える。
砂浜だった場所は潮で満ちている。
甲板からウソップが手を振っている。

ゾロは肩に担いだサンジを抱え直して浅瀬を渡った。
力なくうな垂れた、金髪の間から覗く顔は血の気がなく、紙のように白い。
泥だらけの服を身に付けさせて、ゾロは荷物のように運んできた。
「あんたねえ、どんだけ迷惑かけたら気が済むのよ!反省しなさい!」
ナミがきーきー叫んでいる。
「だ、大丈夫かサンジ!どうしたんだ。」
慌てて駆け寄るチョッパーに、手を振って答える。
「寝てるだけだ。心配すんな。」
「血、ついてるぞ。」
たいした出血ではない。汚れたシャツの端についた朱も、目ざとく見つける。

「ああ、夕べケモノに喰われたんだ。」
そう言ってゾロは、にやりと笑った。


END


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