栗笑む



「日曜日は団体さんの予約が入ったから、貸切な」
サンジが軽い調子でそう言うので、ゾロは「了解」とだけ返事をした。
団体さんの規模がどのくらいかはわからないが、大所帯ならコビーやヘルメッポを助っ人に呼ぶだろう。
自分はいつも通り、レテのスタッフとして働くだけだ。
「駅まで送迎必要だから、これはスモーカーに頼むつもりだ」
「ああそうだな」
深く考えずに、そう同意した。

そして迎えた日曜日。
なんだか、サンジが朝からソワソワしている。
いや、正確には昨夜からか。
もっと厳密に言えば、一週間ほど前からだろうか。
日曜日の貸切客によほど神経を使っているのか、店内の装飾にもウソップを駆り出し余念がなかった。
どうやら誕生パーティらしく、バースディメニューを考えているらしい。
「到着前に、田んぼや畑をバスから見学して回るんだ」
「へえ、都会からなのか?」
「うん、まあそこそこ」
どうも、奥歯にものの挟まったような言い方をする。
どれ、予約簿を見せてみろとパソコンに手を伸ばしたら、ばっと抱きつかれてしまった。
パソコンを死守するのではなく自分から懐に飛び込んでこられては、邪険にもできない。
「なんだ、俺に隠し事してんのか?」
「んな訳ねえだろ、でもサプライズだ」
言ってしまってはサプライズにならないだろうに。
そう呆れつつ、サンジに後ろ暗い部分はないことがわかったので、ゾロはあっさりと追及を諦めた。
「なんか知らんが、俺に手伝えることならするぞ」
「うん。とりあえずいつも通りキリキリ働いてくれ」
抱きついた状態で、鼻先をくっ付けたままサンジが大真面目な顔で言い聞かせるように話す。
それに了解と返し、そのままちゅっとキスをした。

来客時間は11時だったが、途中スモーカーから若干遅れていると連絡が入った。
そうだろうなあと、サンジは調理する手を休めないまま、一人でニヤニヤしている。
「道路規制されてるから、混んでるんだろうな」
「え?なんかあったっけ?」
サンジが真面目に聞いてくるので、ゾロの方が首を傾げた。
「今日シモツキ駅伝だろうが、西畑の辺りは迂回路があったと思うが」
「あ、そっか」
言われて初めて思い出したらしいサンジに、ゾロの方が戸惑った。
てっきり、駅伝のせいで道路が混んで到着が遅れると思っていたのに、サンジは別になにか心当たりでもあるのだろうか。
どうにも怪しく、挙動不審だ。
だがすべての謎は来客が姿を現したら解けるだろうと判断し、この場で問い詰めずに成り行きを見守ってみる。

「あ、バス来ましたよ」
テラス席から外を眺めていたコビーがその場で伸び上がった。
「じゃあ準備すっか」
「気温下がってきてっから、あったかいもんで迎えようぜ」
今日はフルメンバーらしく、コビーにヘルメッポ、それにウソップまでスタッフ入りしていた。
ウソップは初めての経験になるが、もともと器用な男だから恙なくこなすだろう。
揃いの黒のカフェエプロンを身に付けて、戸口に並んでスタンバイだ。
ゾロはカウンター横に立って、随分と仰々しいなと眺めていたら表にマイクロバスが到着した。

「――――― げ」
喉の奥から変な声が出たが、それはコビー達の声で掻き消された。
「げげっ?」
「ふっは」
「うひょお?」
いずれもおかしな声を発しながら、一瞬ガラス窓に張り付く。
が、これは失礼だと我に返ったか、また元の位置に戻った。
だが、気を付けの姿勢で虚空を見つめる目は見開いていて、小鼻は膨らんでいた。

「こんにちはー」
「いらっしゃいませ、お久しぶりです」
棒立ちのスタッフに代わり、サンジは笑顔で出迎えた。
「相変わらず別嬪だねえ」
「おじい様も、お元気そうで」
「こんにちは、素敵なお店ね」
「ありがとうございます、さあどうぞ」
「サンちゃん久しぶりー」
「いらっしゃい、ゆっくりしてってね」

さあどうぞと歩きだしたのはサンジだけで、ずらりと並んで待機していたはずのスタッフは微動だにできなかった。
まっすぐ前を向いたまま、腹筋だけヘコヘコ動いている。
その様子を見て、ゾロは仕方なく足を踏み出した。
「どういうこった、これは」
「あらゾロ久しぶり」
「素敵な場所ねえ、畑とか田んぼとかいろいろ案内してもらったわよ」
「ちゃんとやってるようだな」
口々に勝手なことを言う家族を見渡し、最後にサンジに視線を向ける。
「俺に内緒でなんかやってると思ったら、こういうことか」
「えへへーサプライズだろ」
してやったりと、得意げな顔で笑う男は、とても三十路と思えないほどに愛らしい。
もちろん、ゾロフィルターのみだが。

「そういうことなんで、お前はここに座れ」
「は?」
サンジが椅子を引いたのは、テーブルの一番奥の椅子。
いわゆる、お誕生席だ。
「今日の主役はお前だ」
「…俺かよ!」
つまり、ゾロに内緒で家族を呼んで誕生パーティを開いたと、そういうことか。

ようやく計画の全貌が見えたゾロは、仕方なく促されるままに席に着いた。
正面にゾロ、その両脇にゾロ祖父とゾロ父。
それから順に、ゾロ母とゾロ兄・姉、叔父・甥が続いていく。

「…金太郎飴」
ヘルメッポが、震える声でぽつりと呟いた。
途端にぶほっと、コビーとウソップが小爆発を起こす。
「や、やめっ…」
「ひ…ふひっ…」
「ふぉっ、く、ふっ…」
なるべく視線を合わさないようにして、直立不動でふごふご悶えるコビー達の背後で、バスを駐車し終えたスモーカーが豪快に扉を開けて入ってきた。

「あー参った参った、腹筋割れたぜ」
―――――ぶっは

耐えきれず、ウソップが身を折ってその場で笑い転げる。
コビーもヘルメッポも、サンジもゾロもゾロの一家も弾けるように笑い出した。
その様子を見て、スモーカーも声を立てて笑った。
「こうして見るとまたすげえなあ、マトリョーシカか!」
「やめて、もうやめて…」
「つかスモーカー、なんでキャラ変わってるん?」
腹を抱え目尻に溜まった涙を拭いながら、サンジはパンパンと大きく手を叩いた。
「さあ野郎ども、今日は一日早いゾロの誕生日だ。盛大に祝うぞ!」
「おうっ!」
地鳴りのような大声を上げて、コビー達はそれぞれ腹を抑えながら持ち場に戻った。



こうして店で客として食事をするのは初めてだなと、いまさらなことを思いながらゾロは改めて家族の顔を見渡した。
「まさか、揃いも揃ってここに来るなんて考えもしてなかったぜ」
「驚いただろ?」
「まあ、お前を驚かせるのは二の次だ。ここに至るまでの過程の方が面白かった」
お茶目な伯父さんの言葉に、グラスを運んでいたスモーカーがまたしても顔を背けて肩を揺らしている。
「どうやって来たんだ、電車か?」
スモーカーが駅まで送迎に向かったのならそうだろうが、客観的に見てもこの集団が一両の車両に乗っていたら誰だって二度見する。
「可愛い電車だったわね、2両しかなかったわ」
「まだいい方だ、時間によっては1両になる」
「1両で走るって、可愛いよねえ」
まだ小学生の甥っ子達は、興味津々と言った風にキョロキョロと窓の外を見ている。
「ほんとになんにもないね、田んぼばっかし」
「こら」
「ほんとにそうだもんな、でもよく見てごらん。山の色が綺麗だろう」
「そうね、まさに錦ね」
サンジに促され、ゾロの母は目を細めた。
秋らしい落ち着いた色味の着物を粋に着こなし、相変わらず美しい。
ゾロ母を筆頭に、明らかに顔立ちが違う美女達は「嫁」さんで、後は全部血縁だと事情を知らないウソップ達にも一目でわかった。
「…カヤも、呼んでやればよかった」
思わずボソリと呟いたウソップに、サンジは悪戯っぽく笑う。
「カヤちゃんは午前中仕事だって聞いてたから、午後にたしぎちゃんとお茶しに来るよ」
「お、呼んでくれたのか。サンキュー」
この光景をぜひ見せたいと、すっかり見世物扱いになっているがゾロ一族はお構いなしにサンジの料理に舌鼓を打っていた。

「これ面白い食感ね、シャキシャキしてとっても瑞々しくて」
「新顔野菜ですよ、ゾロが作ってんです」
「こうして食べると、野菜が苦手でも気にならないわ」
「いつもトマトだけ出してるのに、全部食べちゃって」
「え、これトマトだったの?」
賑やかに話しながら次々と皿を開けていくのに、サンジもフル回転で調理を続けた。
「イノシシばら肉の煮込み、セップと栗入りです」
「いい匂い、臭みがないね」
「柔らかーい」
「こんなイノシシも、この辺で獲れたの?」
美人のゾロ姉に尋ねられ、コビーは「そうですよ」と答えようとしてモーゴゴゴとおかしな声を出してしまった。
いくら美人でも、ゾロに激似では直視できない。
「それは猟師の喜作さんが分けてくれたんだ」
「へー、なんかすごいねえ」
「喜作さんに習って、俺も狩猟免許取ろうかと思ってる」
ゾロがそう切り出し、一族はみんな手を止めた。

「おじさん、猟師になるの?」
「鉄砲撃つの?かっこいい」
「危ないんじゃないの?」
「どうしてもしなきゃならないことなの?」
子どもの単純な憧憬と、女性陣の心配が入り混じった。
「誤射のニュースとか、あるでしょう。自分が怪我するのもだけど、人様に危害を加えでもしたら…」
「人を傷つける道具は、なるべく持たないで済む方がいいわよね」
「しかし、こういう場所に住んでいると、必要なことなのかもしれないな」
「でも、誰かがすればいいことじゃない。射撃が好きな人とか、ゾロは元々そういうの興味ないでしょう?」
幼いころから剣道を続けていて戦うことには慣れているが、好戦的な訳ではない。
ましてや、生き物の命を奪う生業など。

家族・親戚にすれば当然の心配に、サンジは次の皿を用意しながら内心ハラハラして耳を欹てていた。
少し前に、猟師になりたいとゾロから話は聞いていた。
サンジ自身、殺生などとんでもないことだと強く反対したかったが、シモツキで長く暮らしている今では少し考え方も違ってきている。
いくら綺麗ごとを言っても、サンジは生き物の命を調理して食を与える立場だ。
それで生計を立てている。
汚れ仕事を人に任せ、自分だけ聖人君子を気取ることなんてできないこともわかっている。
でも、だからってゾロが手を汚さなくてもいいのに。

「実際、いわゆる鉄砲撃ちのおっさん達の高齢化が進んでるのも実情としてある。後継者が育ってないのもな。あと、俺らが作物を作ってる上で、その始末をおっさん達に任せてるのもあるし、感謝もしてるし危惧もある」
動きを止めた一族の中で、ゾロは一人大口を開けてイノシシ肉を頬張った。
「殺生なんて、誰だって好きでやりたくなんかねえ。だが、森林の保全のこととかも興味はあるんだ。今は田んぼや畑だけだが、将来は森林作業も携わってみたい。山に関わると、どうしても獣との関わりも多くなる」
「殺さなきゃいいのに」
中学生の甥っ子が、怒ったように言った。
「もともと、山は動物たちのものだったんだろう?人間が荒らすから、山に食べ物がなくなって動物たちが降りてくるんじゃないか。それを殺すなんて、人間は勝手だよ」
「じゃあ、動物が里に下りてきたらどうすればいいと思う?」
ゾロ父が優しく聞いた。
「追い返すか、柵かなにかで来ないようにすればいいんだ。それか、動物が先に住んでいた場所なんだから、人間が出て行かなきゃ」
「それはつまり、ここに住んでいる人達にどこかへ出て行けと言うことかな?」
ゾロ兄が後を引き継ぐ。
「都会に住んでいるお前に罪はないが、こうして自然の豊かな場所に住んでいる人達は罪深いと、そう言っていることになるぞ」
「それは…」
甥っ子が窮地に追いやられたように、眉を潜める。
そんなつもりでなかったことは聞いていてわかるから、サンジは可哀想になった。
ゾロが軽い口調で話しかける。
「自然が豊かだとか野生動物保護とか、案外そういうのは俺達人間よりよほどタフで強かだぜ。そんなん、意識して守らなくったって相手のが一枚も二枚も上手だ」
「でも、絶滅危惧種が…」
聞いていて冷や冷やする。
ゾロはぶっちゃけ、その程度で絶滅するような種ならとっとと滅びろそれが自然淘汰だと、乱暴な論調の持ち主だ。
だがそんな意見を多感な中学生にそのままぶつけたら、反感を持たれるに決まっている。
「もちろん、そういうのも大事だ。だが、俺はこうして田舎で暮らしてて、人間の驕りだとか弱さだとかそういうのを痛感することが何度もある。人の方がよほど脆弱だ」
大人な物言いに、内心ほっとした。
「実際、こうして景色を眺めて自然がいっぱいとか思うだろうけど、田んぼや里山の景色は“自然”じゃないんだぜ。全部人間が手を掛けて、整備したからこその眺めだ」
ゾロの言葉に、全員が窓の外を眺めた。
連なる山は赤や黄色に染まり、整地された田圃は綺麗に刈り込まれて枯れ草色の絨毯のようだ。
「こないだの大雨であの川とか決壊して、一部水浸しで泥まみれだった。あの川も全部埋まって土砂が覆った。それを掘り起こして、元通り水を流してんだ。全部、人間の手作業だ」
「そう言われれば、そうなのね」
「ほんとに自然だったら、草だらけ山だらけね」
「人が手を入れたから綺麗な自然に見えるだけ…そして、ゾロはそうして自然に手を入れる立場の人なのね」
ゾロ母はそう言い、傍らでずっと固唾を飲んで見守っていたサンジを振り返る。
「サンジさんは、いいの?」
親族の目が一斉にサンジに注がれた。
ドキドキしながら、その視線を受け止める。
「…あの、もちろん心配ではあります。ゾロが怪我するのも怖いし、ゾロが誰かを傷つけるのも怖いし…獣害とはいえ、生き物の命を奪うのも本当は…いやで…」
ゾロには言えなかった本音を、ちょっぴり滲ませる。
「でも、ゾロがそうしたいと思うことなら、任せようかなって。あの、ゾロが猟師になったからって、ゾロの手が汚れてるとかは思わないから。俺だってこうして調理して、命をいただいているから…」
言えば言うほど照れくさくなって、つい下を向いてしまった。
友人知人に話すのとはまた違い、ゾロの血縁者に想いを正直に伝えるのはなんだか難しい。
「俺が猟師になるかと思ったきっかけは、サンジにある」
ゾロが唐突に口を開いた。
助け舟にもなってなくて、サンジはぎょっとして顔を上げる。
「例えば俺が仕留めたイノシシやシカを、サンジがこうして美味い料理に変えてくれる。それなら、仕留める意味はあるかと思ったんだ。ただ殺して埋めるだけじゃなく」
ゾロ母は視線を下げ、少し冷めたイノシシ肉の塊を口に運んだ。
よく噛み締めて、口元を綻ばせる。
「そうね、とても美味しいわ」
「こんなに美味しい料理になるなら、イノシシも本望でしょうよ」
「そんなん、やっぱり人間のエゴだよ」
「食べることは生きることの基本だろ、そんなの言いだしたら人間も動物も関係なく全部エゴだ。エゴがすべてだ」
賑やかに会話を交わしながら、ロロノア一家は止まっていた食事を再開させた。
「結局はご馳走様ってことよね」
「え、まだメインが残ってて…あとデザートもっ」
焦るサンジに、ゾロ姉がぷっと噴き出す。
「お料理はまだまだ堪能させてもらうわよ。でも貴方達の惚気話にはお腹いっぱい」
ゾロが大袈裟に顔を顰めて見せる。
「ああ?なに言ってやがる。こんなもん、まだ序の口だ」
「そうだよな、そりゃもうせっかくここまで来てくれたんだからいっそ胸焼けするほど…」
「日頃俺たちが感じている胸焼けをぜひ、皆様にも!」
ウソップとヘルメッポが便乗して、どっと場が沸く。
自然との共生に関しては、スモーカーもコビー達もそれぞれ一家言あるだろう。
だが敢えて口を挟まず、一族だけの話の流れに任せた。
サンジとて複雑な感情はあるが、明確な答の出る話でもない。



「こんにちは」
遠慮がちにドアが開き、たしぎとカヤが顔を覗かせた。
「お、来たか」
「こんにちは、いらっしゃい」
ロロノア一家が一斉に振り向き、それを目の当たりにしたたしぎとカヤがその場で固まってしまう。
「――――― …」
「あ、あの、このスモーカーの奥さんのたしぎちゃんと…」
サンジは間を取り持つように、まずたしぎを掌で指示し、同じく目と口を見開いたままのカヤの隣へと移動する。
「ウソップの奥さんのカヤちゃんです」
「初めまして」
「これはまた、可愛らしい奥さん方ですな」
「いつもゾロがお世話になっております」
口々ににこやかに挨拶され、たしぎとカヤはぎこちない動きでギギギと首を傾けた。
「は…初めまして、こちら、こそ…」
「ゾロさんには、いつも、お世話、に…」
はっ…ふ…と妙な息が鼻から漏れている。
男性陣みたいにいきなり噴きだしたりはしないが、とにかく衝撃が強かったらしい
目を白黒させて、ゾロと家族、それからまたゾロへと視線を彷徨わせた。
「あの、ゾロさんのおじい様で…」
「いかにも」
「お父様で」
「はい」
「お兄様で」
「はい」
「お…叔父様?」
「正解です」
まるで出席取るようなたしぎの対応に、スモーカーは先ほどから壁に向かって立ち、両手の拳を握り締めて震えっ放しだ。
「お…姉さま?」
「ええ」
にっこりと笑うゾロ姉に、たしぎは「はわわ~~~」と変な声を出した。
「ゾロの、お姉さま!?」
「お、お会いできて光栄です!」
なぜかカヤまで裏返った声で叫び、慌てて口元を抑えたら目尻からぽろぽろと涙が零れ落ちた。

「あら、泣くほど感激してくれるなんて」
「いえ…あの、これは…」
「カヤ、我慢しなくてもいいぞ。笑え」
「え?いえもう、私、どうしていいかわからなくて…」
「わ…笑っていいの?てか、ここ笑うとこ?」
すっかりパニックを起こした二人を、サンジがささっと誘導する。
「とにかく座って座って、ちょうどデザートタイムだからいっしょに甘いもの食べよう」
ほらお前らも、とコビー達にも着席を促す。
「せっかくだからみんなでテーブルに着こうぜ」
「お邪魔しまーす」
「カヤさん、おめでたなのね」
「あ、はい…はい」
「あんまり驚かさないでくださいよ、生まれちゃう」
「さっきスモーカーがマトリョーシカって…」
「ぶっ!」
「その前に誰か、金太郎飴って」
「ぶぶっ!!」
何かの呪縛から解き放たれたか、たしぎとカヤが腹を抱えて笑い出した。

「さ、秋の魅惑のデザートプレート。かぼちゃと紫芋の2色タルトに洋ナシのソルベ、焼きリンゴ添えです」
「わあ美味しそう」
「可愛い」
「綺麗ねえ」
歓声を上げる女性陣にそれぞれ好みの飲み物を配り終え、サンジも一緒にテーブルに着いた。
「今日は都合の付く方だけ集まっていただいたんで総勢18名だけど、お正月に本家に集まられるともっとすごいんだぞ」
「そうそう、40人以上だよな」
「ひ孫が増えたから、今年は何人になるかなあ…」
「もちろん、血縁者は全部この顔で」
ゾロ父が大真面目な顔でそう言うから、サンジもスモーカー達もテーブルに突っ伏してまた笑ってしまった。


「ああ、美味しかった楽しかった」
「あら、外は雨が降ってるわ」
「荒れてるわねえ。駅伝大丈夫かしら」
和やかな食事を終えて、ロロノア一家御一行様はガラス越しに外を眺めている。
「これからどうすんだ?どっかで泊まるのか」
何も予定を聞いていないのはゾロだけで、他のみんなは末ジュールを把握していた。
「明日は月曜だからね、今日はこのまま帰るけど駅に向かいがてらバスでぐるっと案内してもらうつもりだ」
「この店に来る前も、ゾロん家見て来たのよ。古くて小いちゃな家だったわね」
「まるでおもちゃみたいで、半分切れたみたいな?」
「半分切れてんだよ、元は町営住宅だ」
「お隣さんにもご挨拶してきたよ」
「え」
これにはサンジも驚いた。
その場に立ち会いたかったとも、強く思う。
「おばちゃんに会ったんですか?すっごくよくしてくださる方なんです、いつもお世話になってて」
「おじさんもおばさんもいらっしゃったわ。おばさん、可愛い話し方する人ねえ。私たちを見て、あれーとかあらーとか、言葉にならないことをずっと仰ってて」
「いい方がお隣さんで、恵まれてるわね」
これから緑風舎に寄って、予定の電車の時間まで和々でお茶するのだと言う。

「じゃあ私は一足先に、和々でお待ちしてますね」
たしぎがそう言い、カヤと一緒に和々に戻る。
「お松ちゃん達、おどろくでしょうねえ」
「ほんと、こう言っては失礼ですが、とても楽しみです」
ウキウキしながら出ていくカヤを、ウソップも追った。
「俺も和々でスタンバイしてるわ」
「よし、じゃあ俺はマイクロバスを回してくる」
ヘルメッポが、甥っ子達に話しかける。
「緑風舎にはいろんな動物がいるぞ、犬とか猫とかウサギとか山羊とかダチョウとか」
「行く行く!」
「雨が強くならないといいねえ」
緑風舎の案内はコビー達が請け負うが、せっかくだからゾロとサンジも同行することになった。
店の後片付けは後でもいい。
ゾロの家族たちを思い切り、案内して回りたい。
ここが、ゾロが暮らしている場所だと、胸を張って紹介したい。

玄関前に横付けされたバスに順番に乗り込む一族を見守っているサンジの横に、ゾロ父が立った。
「ここに来るまでにちょっとだけ立ち寄った、駅やお隣さんとの会話だけでもゾロが幸せに暮らしていることがよくわかったよ」
「そうですか」
「まあ、電車の中からそうだったかな。驚いたことにみんな、私たちがゾロの身内だとわかるらしい」
茶目っ気のある物言いに、サンジは朗らかに笑う。
「それはもう、そうでしょう」
「一目瞭然と言うのもあるだろうが、なによりみんながゾロの顔を知っていてくれたことだ」
ゾロ父は、目尻の皺を深めて穏やかに笑んだ。
「ゾロのことを知り、血縁者であることを悟ってあれこれと話しかけてくれた。そんなことからも、ゾロがこちらの人々に温かく受け入れて頂いていることがよくわかった」
「…おとうさん」
「ゾロは、幸せ者だな」
寄り添うゾロ母が、サンジの手の甲にそっと触れた。
「サンジさんのお陰ですよ。こうして、いい年した息子の誕生日をみんなで揃ってお祝いできるのも、サンジさんがいてくださるから」
「おかあさん」
「大切な息子の誕生日を大切な人とお祝いできるなんて、私がプレゼントを頂いたようなものです」
―――ありがとう。
サンジはおずおずと、ゾロ母の手を握り返した。
小さくて細くて、かさかさと乾いた指先はひんやりと冷たい。
その冷たさを、自分の掌で温めてやれることがサンジはことのほか嬉しかった。

「軽トラで追いかけるから」
「おう、先に行ってるぞ」
傘を差して見送るゾロの前で、先ほど論争した中学生の甥っ子が立ち止まる。
「どうした?」
何か言いたげな顔に水を向ければ、甥っ子はロロノア家特有の強い目力で見返した。
「今度ゆっくり、ここに来たい」
「ああ、いつでも来い。とはいえ、お前受験だろ?来年、高校生になったら泊りがけで来るといい」
「そうする」
無愛想にそう返して、雨だれの中ステップを踏んで乗り込む背中に呼びかけた。
「待ってるぞ、コーザ」

ロロノア家御一行様の電撃日帰り訪問は、その後しばらくシモツキ村で話題に上ったと言う。


End