薫風  -4-



役場と農協を回って駅前に車を戻せば、サンジはマーケットの軒先でセーラー姿の女子中学生となにやら楽しげに立ち話をしていた。

「おう、待たせたな」
取っ手をクルクル回して窓を下ろし、運転席から声を掛ける。
「おう」
サンジは顔を上げて応え、そいじゃね〜と女子達に手を振りながら、両手に荷物を提げて駆け寄ってきた。
「早かったな」
「そっちこそ、もう買出しは終わったのか」
両手のふさがったサンジのために助手席のドアを開けてやると、サンジはビニール袋を3つも抱えて座り込む。
「荷物は後ろの荷台に投げとけ」
「なんか嫌だ」
「飛ばさねえよ」
言いながら、車を発進させた。
まだそこにいた女子中学生が、はしゃいだ様子で手を振っている。
それに手を振り返す阿呆男のにやけた顔を横目で見て、ゾロは大げさにため息をついた。

「こんな田舎でナンパすっと目立つぞ」
「ナンパじゃないよ、逆ナン?声掛けられちった」
そりゃ、そんな金髪してたら色ガキ共にはいい刺激だろう。
「アサコもルリエも、物怖じしない性格だからな」
「え?あの子達と知り合い?」
目を丸くするサンジを、ゾロはふふんと鼻で笑った。
「ここいらじゃ一歩家から外に出れば、ほとんど知り合いばかりだ。今この瞬間この町にいる見知らぬ野郎なんて、てめえくらいのもんだろうよ」
「・・・田舎、恐るべし!」
本気で慄くサンジにちょっと溜飲が下がった気がして、ゾロは快調に車を滑らせる。


「けど、品数は少ないしモノは高えし、やっぱ自炊できねえと身体のためにも家計にも、優しくねえぞ」
「できねえ訳じゃねえけどな。作ろうと思えば作れるんだが、なにしろ面倒くさい」
「ほんとにか?」
「なんだその、疑り深い目は」
元の平屋に戻ると、玄関に軽トラを横付けさせた。



昼食は簡単に、とサンジは呟いていたが、結局ゾロにとっては豪勢な食事となった。
炊き立ての白米に具の多い味噌汁、焼き魚と和え物、即席漬け。
「お前、和食好きだろ」
旺盛な食欲のゾロを目の前にして、サンジは火の点いていないタバコを弄びながらにやんと笑う。
「まあな、飯が好きだ。白い飯」
「俺の専門はフレンチなんだけどな〜、てめえにゃスタンダードな和食の方が似合うわ」
「別に、フレンチでもイタリアンでもなんでも、美味いもんは食うぞ」
言外になんでも美味いと言ったつもりだが、サンジは鼻の頭に皺を寄せたような変な顔をして、窓辺に身体を凭れさせるとタバコを吸い始めた。
前髪に隠れた横顔を眺めているうちにふと、ああこいつもしかしてテレてんのかと気付く。

「お前、飯食わないのか」
「・・・食器がねえじゃん」
「買ってくりゃ、よかったのに」
今度は丸い目をして振り返った。
表情が豊かなんだかひねくれてるんだか、よくわからない男だ。
「買ってって・・・この昼飯のためだけにか?」
「おう」
言ってから、これはおかしいかと自分でも思った。
だが他に買い足した食器の使い道があるわけでもないし、今後あるかもしれないと口にするのもなんだか憚られる。
「まあな、お前だってその内誰かと食事したりするだろうから・・・」
代わりにサンジが口に出した。
ゾロはそれに返事せず、黙って空の茶碗を差し出すと、ごく自然な流れでそれを受け取ってお代わりをよそってくれる。

―――この微妙な空気は、なんだ?
尻の座りが悪いかのように、なんともむず痒い。
残りのご飯をかき込むように食べつくすと、ゾロはパンと勢いよく両手を合わした。
「ご馳走さんでした。美味かった」
サンジはタバコを咥えたまま、黙って頷く。
いつもは昼食のあと小一時間昼寝をするのだが、生憎と言うべきか幸いと言うべきか、今日は仕事が入っている。
ゾロは食器をそのままにして立ち上がった。

「とりあえず後は放っといてくれ、俺は1時から打ち合わせと仕事があるから、もう行く」
「おう、勝手に片付けとくぜ」
「別にいいぜ。それよりちゃんと飯を食え」
そう言ってから、ふと思いついて振り返った。
「時間が来たらちゃんと帰れるか?」
サンジがぷっと吹き出した。
「ガキじゃねえんだからもうわかったよ。今の道順で行けば歩きでも駅に出られるし、道中にバス亭があったからそっからでも乗れるだろ」
「バスは1時間に1本あればいい。場合によっては1時間半待つこともある」
「・・・ちゃんと調べる」
神妙に頷いて、サンジも見送るつもりか立ち上がった。


玄関までついてこられて、またしても痒いようなこそばゆいような、妙な心地になる。
さっさと出かけようと車のドアを開けるゾロの背中に、サンジが声を掛けた。
「じゃあな、色々ありがとう」
サンジの言葉に、ゾロは目を丸くした。
「そりゃこっちの台詞だろ。ごっそさん」
「またな」
にやりと笑い、サンジはさっさと家の中に入った。

―――またな?
まあ、別にこれきりって訳ではなさそうだけれど、そう気安く来れる距離でもあるまいに。
ゾロは首を傾げながらも、今度は仕事場へと車を走らせた。










とっぷりと日も暮れた頃、ゾロは軽トラを飛ばして我が家に戻ってきた。
玄関で、申し訳程度の外灯が灯っていた。
もしやまだいるのかと、勢いよく車のドアを閉めて鍵のかかってない戸を開けた。
中は真っ暗でしんとしている。
―――いる訳ねえか
なんとなくがっかりしている自分に気がついて、一人で舌打ちした。

廊下の明かりをつけて、部屋に入る。
部屋の明かりも点けると、なんとなく昨夜より明るく感じる部屋を見渡した。
元々物のないこざっぱりした部屋だったが、何かが違うと感じたのは窓の桟まで綺麗に拭かれていたからだろうか。
台所はさらにさっぱりとしていた。
茶箪笥のすべての棚にシートが敷かれて、数少ない食器が整然と並べられている。
公民館から譲り受けた、古い茶碗の茶渋は綺麗に取れて新品のようだ。
小ぶりのフライパンや小鍋が磨かれたタイル張りの壁に掛けられ、今までなかった布巾掛けのハンガーも備え
付けられている。


テーブルの上にはセッティングされた夕食。
温め用の容器に入ったおかずの品数の多さに、ついにんまりとしてしまった。
炊飯器には炊き立てのご飯。

〔これとこれはチンして食べろ。冷蔵庫の中にサラダが入ってる。それとデザートもな〕
神経質ぽい、細長い文字で走り書きされたメモを見て、ゾロは冷蔵庫を開けた。
彩りのいいサラダと、その奥にバケツ・・・?

―――バケツ?
取り出して覗けば、巨大なプリンだ。
バケツプリンだ。

「すげー」
わざわざ買って食うほど好きな訳ではないが、この大きさはちょっと心惹かれる。
ゾロは嬉々として大き目の皿を用意し、バケツをひっくり返してみた。
ぶよんぶよんと動くが、落ちそうにない。
空気を入れなければなと、箸で周囲をぐるりと削いで、風穴を開けてみた。
皿にうつ伏せて、両手でぶんっと上下に振る。

ぶるるるるるんっ
確かに、そう言った気がした。
プリンは一声鳴いて、皿の上に豪快にぶるぶる震えてその全貌を露わにした。
「すっげー」
さらに声に出して感嘆し、ゾロは豪華な夕食を前にして改めて手を合わせた。


有難くいただきながらも、不意に思い出して携帯に手を伸ばした。
もう、東京に着いた頃だろうか。
こちらからメールを寄越すなんてなにやら気恥ずかしい気はするが、礼くらいはちゃんと言って置いた方がいいだろう。
片手で器用に連打しながら、ゾロは短いメールを打つ。
「今日はありがとう。夕食ご馳走様です。ありがたくいただきました。プリンは最高です」
昔から、メールになると敬語になってしまって、どうしても直せない。
なんだかな〜と思案しつつ、えいとばかりに送信した。
送ったら送ったで、返事が来ないとどうにも落ち着かない。
だがしかし、相手は移動中かもしれない。
久しぶりに我が家に戻って、ゆっくりしているかもしれない。
メールに気付かないかもしれない。
他の用事で忙しくて、それど頃ではないかもしれない。
そもそも、お礼メールに返事なんて来ないかもしれない。
そういうことはわかっているのに、つい食事をしながらもちらちらと携帯を見てしまう。


思いがけず早いタイミングで着信が鳴った。
すばやい動作で受信ボックスを開ける。
「こちらこそありがとう!(^0^)/なんか面白かったぜ。突然押しかけてごめんな。プリン、気に入って貰えたようでよかった。」
読んでいる間に、次のメールが受信される。
「また、時間があったら遊びに行ってもいいか?」
これを付け足そうかどうしようか、躊躇ったのかもしれない。
ゾロは即座に返信した。
「いつでもどうぞ。勝手に家に入っても構わないです」
また戻ってくる。
「なんで敬語?すんげえ可笑しいぞ」
ゾロは携帯に向かってむすっとした顔をする。
「これは癖で、直らないのです」
「うひゃひゃひゃ(⌒▽⌒)ノ_彡☆」
はっきり言って、電話にした方が早い気がしてきた。

ゾロは少し考えて、パソコンのメアドを打った。
「もし良かったら、PCのメアドも送るからこっちも使って下さい」
「え?!ああ、そう言えばノートあったな。ん?でも携帯の使い方も怪しかったんじゃねえの?」
「それは、これが古いタイプだからです。PCは仕事ででも使うから、こちらの方が早い場合もあります」
「仕事でって?」
「法人のHPとか、産直便りとか、作ってます」
「おお、そうか!んじゃうちの店のサイトも送るぜv」
親指だけでちまちま打ってるのがもどかしくなってきた。
「それではよろしくお願いします」
「うん、今度はPCからお邪魔するな〜(^▽^)ノ」
絵文字に見送られた気分で、携帯を置いた。
知らぬ間に、にやにやと一人笑いをしていた自分に改めて気付く。


―――俺らしくねえ
他人に振り回されるタイプではないと思っていたが、今日はなんだか楽しかった。
思い出してみれば、昨日から楽しかったかもしれない。

最初に見た感じでは、チャラチャラした軟派野郎だと思ったけれど、案外と悪くなかった。
飯が美味かったのを差し引いても、サンジはなかなか好感が持てる。
いきなり現れてすぐに去ってしまったけれど、できるならまた会いたいなと思わせる、不思議な男だ。
ナミ一人なら、突然沸いたつむじ風みたいなものなのだろうけれど。

例えるなら五月の、爽やかな風のようで。





END




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