仔ゾロ徒然



ロロノア家の庭は広い。
ずっと手つかずで荒れ放題だったのに、サンジが来てから少しずつ変わっていった。
枯れてしまった木は抜いて、伸び放題の枝を切って、地面を掘り返して何か撒いたりして。
実際に作業をしているのは父ちゃんだ。
サンジは煙草を吹かしながら指図している。
それから園芸店に行っていろいろ買い込んできた。
「見た目に綺麗で実のなる木がいいよなあ。」
殆ど好みで適当に植えている。
「土なんか触ったことねえよ。」
言いながら、泥だらけの手を払って嬉しそうに笑った。
庭弄りがサンジの新しい趣味になったみたいだ。

植えられた木や草は見る間に成長して花や実をつける。
すっかり見違えた庭を眺めながらサンジとおやつを食べる時間が一番好きだった。
草むしりのときなんか、俺は結構役に立ってる。
なんせサンジは虫が苦手だから。

「あー畜生、ユスラウメが消えちまった。」
根付かなかった苗は知らない間に跡形もなくなってる。
予定外の空間に、今度は何を植えようか思案するのもまた楽しい。



サンジが俺の家に住むようになってから、それまで週1日しかなかった休みを3日に増やした。
出勤時間のサイクルも大幅に変更してくれた。
「てめえが小せえ間は、なるべく『おかえり』を言ってやりてえじゃねえか。」
確かに学校から帰ってきてサンジがいてくれるとすげー嬉しいけど。
サンジはそれでいいのかなとチラッと思った。
俺にとってサンジってなんだろう。
美味い飯を作ってくれて、家も綺麗にしてくれて…
世間的には母ちゃんのポジションにいるけど俺の母ちゃんはちゃんといる。
それにサンジは男だから母ちゃんじゃない。

俺は縁側に腰掛けて、豆大福をほおばりながらサンジにたずねた。
「サンジ、俺のこと好きか?」
「おう、大好きだ。」
即答されて、すげえ嬉しい。
「俺もサンジのこと大大大好きだぞ。」
「そうかv」
サンジも嬉しそうだ。
「でも俺は、サンジが父ちゃんの愛人だから好きなわけじゃねえぞ。」
ぶ―――っと盛大にサンジが茶を吹いた。
「お…ま…っど…」
ケホケホむせるサンジの背中を擦りながら俺も自分の茶を零さないように置く。
「父ちゃんでも母ちゃんでもないけど、俺はサンジが大好きだ。サンジは、俺が父ちゃんの子だから俺のこと好きなのか?」
涙目でこっちを見るサンジの顔が一瞬変な顔になる。
それからへにゃりと笑って、ちげーよと言った。
「俺も、てめえがゾロの子じゃなくても好きだよ。」
「そっか。」
俺は満足して茶を飲み干した。



その夜、なんだか寝付けなくて俺は布団の上でごろごろ寝転がっていた。
喉が渇いたと思ってキッチンに向かうと、サンジの声が聞こえてくる。
「子供って、どきっとすること言うよな。」
父ちゃんと飲んでるんだろう。
静かな声。
「ゾロの子だから好きなのかって言われた。正直、なんて答えていいか迷ったんだ。」
俺はその場でしゃがみこんで息を凝らした。
「確かにてめえそっくりで可愛いって思ってたし、全然関係なかったらこんなに可愛がれるか自信ねえよ。」
ことりとグラスを置く音がする。
「あいつは、俺が誰でも俺のことが好きって言ってくれたのに。」
サンジの声が哀しそうだ。
なんか俺も哀しくなってくる。
「アホか。俺に惚れてるてめえが俺そっくりのあいつを好きになんのは当たり前だろうが。」
実も蓋もない父ちゃんの台詞が聞こえる。
「例えあいつがたしぎにそっくりだったとしても、てめえは好きになってた筈だ。外見じゃねえ血の繋がりってのがあるだろう。」
「そりゃ、たしぎちゃん似なら可愛いだろうよ。」
サンジの答えは微妙にずれている。
「DNAとか遺伝子とか、血で繋がるから家族なんだ。勿論血縁なんかなくっても強い絆で結ばれる家族の形ってもんもある。てめえはあいつとは血の繋がりはねえが、俺を通じてあいつの外見とか性格とかひっくるめて愛してくれてんだろ。だからてめえは俺らの家族だ。父親でも母親でもねえがあいつのオヤなんだ。」
「・・・・・」
意味は良くわかんないけど随分長いこと沈黙が流れた。
俺は耳を欹ててサンジの言葉を待ったが、代わりに立ち上がる音が聞こえた。

慌てて部屋へと戻る。
ベッドに潜り込んで息を潜めていると、ちょっと乱れたサンジの足音が聞こえた。
父ちゃんとは違う軽い、けど多分酔いが回ってて危なっかしい足音。
そっと扉を開ける気配がして、サンジが近づいてきた。
俺は得意の狸寝入りを決め込む。
頬に息が掛かる。
ちょっと酒臭いかな…?

「俺は、てめえのオヤだ。」
サンジが囁いている。
どこか甘い声。
「父ちゃんでも母ちゃんでもねえけど。オヤだとよ。」
くすりと笑う声がした。
「お前は俺の息子だよな。」
サンジの指が、俺の額を何度も撫でる。
こうしてサンジに撫でられると、不思議と俺はすぐに眠ってしまうんだ。
もう少し、サンジの声を聞いていたいのに。
「俺達は、家族だぞ。」
甘く、優しく、幸せな言葉。
そうしていつの間にか、俺は眠りについていた。



END


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