綱紀粛正



コトの起こりは食事時だった。
まるで戦場のように賑やかないつもの食卓。
静かに箸を運び、ゾロは自分の皿からチキンを一つ、サンジの皿に移した。
「?」
訝しげに眉をひそめるサンジに、食えと目で促す。

誕生日にはまだ早いし、クリスマスは終わってる。
賄賂?
いえ、雄の求愛行動かしら。

成り行きを見守っているナミの横から、ルフィの手が伸びた。
「いらねえんなら、貰うぞ!」
すかさずその手を叩き落すゾロ。
「エロコック、てめえが喰え。ちゃんと喰って肉つけないと、抱き心地が悪・・・」
みなまで言わさず、ゾロの脳天にサンジの踵落しが決まった。
「あ、悪イ悪イ。お前の頭にハエが止まってたんだ。」
どさりと音を立ててテーブルの下に崩れ落ちるゾロから視線を外し、何事もなかったように食事を続けるクルー達。


サンジ君はともかく、問題はゾロね。」
「あからさますぎるよなー。」
うららかな昼下がり。
ナミとウソップは甲板の隅で顔を突き合わせて、こそこそと話している。
「俺なんか、こないだ釣りしながら話してたら、すっげー殺気を背後から感じてよ。振り向くのも怖くて参ったぜ。」
「馬鹿ねー、視線で人は殺せないのよ。もしそうなら私の葬式はもう100回は超えてるわ。」
確かにそうだが、ウソップはナミほど神経が図太くも面の皮が厚くもない。
「普通に喋ったり、ちょっとサンジが笑ったりするだけなのによー。参るぜこれじゃあ・・・」
ナミも軽くため息をついた。
退屈しのぎに見て楽しいホモ達が出来たのは面白かったが、その片割れ、ゾロの言動に拍車がかかってきている。
サンジと親しげに話せば射殺すような目で睨み、キッチンで二人だけになろうものなら間髪いれず乗り込んでくるのだ。
男も女も動物も関係なく。
「まだ威嚇するだけだからマシだけど、あれが臆面も無くいちゃつきだしたら、終りね。」
ナミの呟きに、ウソップは蒼白になった。
「も、も、もしもそんなことになったら、俺は一緒に船にいられねえぞ。」
「あたしもって言うか、そん時はあの二人を叩き降ろす。」
う〜んと唸って、ナミは顔を上げた。
「ゾロの意識を他に向ければいいのよね。」
ちょうど退屈してたし、少し遊んでみましょう。


「筋肉ダルマ、飯だ。」
いつもの声が聞こえる。
ゾロ静かに錘を下ろして、息をついた。
タオルで汗をぬぐい振り返ると、いつもの後姿が珍妙なタスキを掛けている。
「・・・?あんだ、そりゃ。」
少々間の抜けた問いに振り向きもせず、サンジは先を歩く。
肩から斜めに掛けられたタスキには、ウソップの達筆で「給食委員」と書かれていた。
キッチンのドアを開けるといつもの喧騒。
ゾロの到着を待ちきれず、手を伸ばしたルフィがナミにどつかれている。
いつもの光景だが軽い違和感を覚えて、ゾロは顔をしかめた。 
何故か全員がタスキを掛けている。
「何の真似だ?」
今気づいたという風に、ナミが顔を向けた。
「あらゾロ、ゾロの分もあるわよ。」
そういうナミのタスキは「園芸委員」。
隣のウソップの方には「美化委員」。
そしてルフィは・・・
「俺は体育委員だぞ。明日から甲板でラジオ体操しようぜ。」
やけに張り切っている。
当然の如くチョッパーは「保健委員」で、傍らで穏やかに微笑む美貌の考古学者は「図書委員」。
ゾロはじろりと全員を見渡して、「で?」と聞いた。
「ゾロはこれ。一番忙しいかもね。」
ナミが手にとったタスキには「風紀委員」と書かれていた。

「ゾロはこの船の風紀を守って頂戴。いいわね、風紀よ。意味わかる?清く正しい仲間意識よ。男女交際も不純同性交遊も禁止よ、わかってるわね。」
あなたが見張るのよ、と念を押して、リアクションのないゾロの肩に素早くタスキを掛けた。
自分達を差し置いて、タスキをかけたゾロの姿にウソップたちの肩が震えている。
「さ、全員揃ったわね。いただきましょう。」
ナミの号令とともに、何事も無かったように食事が始まった。


食後すぐに男部屋に引っ込んだゾロは、三本刀を置いて何故か竹刀を持ち出した。
とんとんと竹刀で肩を叩きながら、甲板に出てくる。
船縁に凭れてルフィと話しているナミの太腿を突然ぴしり打った。
「いったー!何すんのあんた!!」
ナミが飛び上がって悲鳴をあげる。
「そんな短けえもん穿いて、足を晒すな。風紀が乱れる!」
「だからって竹刀で叩くこと無いでしょ。跡が残ったらどーすんのよ!」
「嫌なら足隠せ」
ふふんとハナでせせら笑い、隣で見ていたロビンにびしっと竹刀を突きつけた。
「そっちもだ。女は腹を出していてはいかん!冷やすぞ。」
確かに夜風は冷たくなってきているが・・・。
「なんなら、俺の腹巻を貸してやる」
にやりと笑うゾロとは対照的に蒼褪めるロビン。
ごめんなさい許してください、私が悪うございましたと土下座したい心境だろう。
なんだなんだと顔を出して来たウソップの髪を掴み上げる。
「な、なななんだよ!」
「学校にパーマは禁止だぞ。」
「って言うか、どこが学校だよ、大体ゾロも緑じゃねえか。」
「これは生まれつきだ。」
「なら俺も生まれつきの天パーだよ。」
「濡らしたら、ストレートになんのか?」
水をかけようとするゾロの手を必死で止める。
「何で俺たちばっか、大体サンジだって金髪ですよ先生!染めてんのかもしれませんよ!」
「いやあれは天然だ。」
「なんでわかんだよ。」
「下もパツキン―――てっ!!」
間髪入れず飛んできたフライパンがゾロの頭を直撃した。
「何考えてんだ焦げマリモ。」
サンジの声が怒りで震えている。
ゾロは頭を擦りながら、サンジに向かって竹刀を突きつけた。
「てめえ、シャツのボタンは上まできっちり留めろ。」
「あんでだよ。」
「てめえの鎖骨は扇情的・・・」
パコーンとクリアな音が響いて、ゾロは空の星になった。


「おいおいおい、いくらゾロでも夜の海で泳いで帰って来れるかな。」
「GM号の明かりだと思って、月に向かって泳いだら、辿り着けないわね。」
「帰巣本能皆無だしなあ。」
「腐乱死体になっても、タスキ掛けてるから判別できるわね。」
ロビンの艶やかな笑みに、全員タスキを外しながら張り付いた笑いを返した。
「サンジ君も苦労するわね。」
つくづく同情を込めてナミが声をかける。
「は?いや俺は別に・・・ゾロの馬鹿は今に始まったことじゃないでしょう。」
「いや論点はそこじゃなくて・・・」
ナミは眉をひそめて、ん?と考える。
―――この人、もしかして自分達の関係がばればれだってことに、気づいてないのかしら・・・
唐突に思い当たってはっとする。
こいつなら、ありえる。
ナミは気を取り直して
「ねえ、サンジ君。もしあなたの大好きな人が、あなたと二人っきりでずーっと暮らしたいとか、あなたを自分だけのものにしたいとか、死ぬときは一緒よとか言ったら、どうする?」
サンジは鼻の下を伸ばしてだらしない顔になった。
「そりゃあもう喜んで、この身を捧げますよ。ナミさんが相手だったら俺ももう死ぬまでついて行っちゃうなあ。」

ダメだこりゃ。

割れ鍋に閉じ蓋、蓼食う虫も好き好き。

色々なことわざが皆の胸に去来する。

「さ、夜更けに馬鹿の相手をして疲れたでしょう。温かいココアでも入れましょうか。」
扉を開けて、キッチンの中に誘う、永遠のロマンチスト。
「そうね、なんてーか精神的に疲れた一日だったわ。」
「早めに休みましょう。」


ゾロだけが粛清された夜だった。

END

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