笑顔のプレゼント -1- <琴那様>


一通り鍛錬を終えて、何か飲みもんでも、と立ち寄ったそこで。
その部屋の主であるサンジの後ろ姿を見て、ゾロは不思議に思った。
普段は、ゾロが入るなりクルリと振り向いてガンを飛ばしてくるのが通常であるのに
それをしないどころか、その場からピクリとも動かず、こちらを見ない。
動かない、というより、まるで固まってしまったような。
ゾロが部屋に入ってきたことに気付いてはいるはずだ。

ゾロは足を踏み入れた。
その瞬間、サンジの背中に緊張が走ったのが感じ取れる。
なんだか、面白くない。
はぁ、とあからさまに息を吐いて、ガシガシと頭を掻いた。

「おい」

ビクッ!!!

大袈裟なくらい跳ねあがる。
その様子にゾロは眉根をさらに寄せて、その背中を睨んだ。

「おい」

もう一度呼びかけると、サンジは観念したように恐る恐る振り向き、ゾロの顔を見る。
その表情は、どこか心許ない。
……どうしたんだ、コイツ。
ゾロがそう口にする前に、サンジが口を開いた。

「誰、おまえ……」
「……はぁ?」
「クソジジイは…?!てかここどこだよ!」
「………」
「そ、そんな睨んだって怖くねェんだからな!ジジイのが怒ると怖ェんだから!!」
「……」
「な、なんだよ、近寄ってくるな…!!この人攫い!!」
「……てめェ、もう黙れ」
「!!」

驚きに見開かれた碧い瞳を見ながら、ゾロはサンジの腕を掴んでそのまま引っ張る。
扉をバーンと勢いよく開けて、サンジを連れて外へ出た。

「おい、チョッパー!!ちょっと来やがれ!!!」

ゾロの怒鳴り声ともいえる呼びつけに、なんだ、なんだとクルーが振り向く。
ルフィたちと遊んでいたチョッパーも、その声に慌てて、1度転びながらも必死に駆け寄った。
な、なんだ、なにかしたか、おで…!
涙目で恐る恐るゾロを見上げれば、その後ろで、腕を掴まれたサンジが、見たこともないような表情で立っていた。





――――――…





「もう一度聞くけど、名前は?」
「サンジ」
「年は?」
「だから、11才!」
「……11才……」
「その成りで言われてもなァ」
「鏡、見た?」
「おう!見た見た!かーっこいいオトナになってた。さすがおれだよなー」
「……ハァ」
「なんだよ!クソっ鼻!」
「おま!11才でもそれかよ!」
「……間違いなく、サンジ君ね」
「体には異常はないよ」
「中身だけ幼児化しちまったってことか?」
「この姿で…ねぇ…」

一斉に向けられた視線に、こてん、と子供のように首を傾げるサンジだが、皆の目に映るのはそのままなんら変わりない21歳の容姿のサンジなので、各々何とも複雑な表情を浮かべる。
変わりないのだが、邪気がないというか、なんというか、とにかくなんだか落ち着かない。

「サンジ君、どうしてこうなったのか、わかる?」
「……っ!ううん、気付いたら、ここにいた…」
「…サンジ君?」
「あっ、ごめんなさい、きれいなお姉さんだなぁって…」

ポッと頬を紅らめモジモジとそう言うと、再びナミを見てふわりとはにかんだように笑う。
―――――…!!

「……サンジ君」
「あら、可愛い」

ロビンの呟きに、思わずクルー全員が同意してしまった。
こっちまで赤面してしまう。そして動揺。この船の凶暴コックを、このガタイのいい男を、可愛いと思う日が来るだなんて。
そんな中一人だけ、剣士が苦虫を噛み潰したような顔でその様子を眺め、舌打ちをした。

「最初からあんな病気みたいな反応だったわけじゃないのね」
「病気って、ナミ」
「あら、間違ってないわよ」
「でも、男には冷たいところが、やっぱりサンジだよなー」
「それにしてもどうしてこんなことになったのかしら」

ううーん、とクルーは首を捻るが、わかるはずもなく。
本人にも心当たりがないのでは、もはやお手上げだった。

「考えてもわからないわね。まぁどうにかなるでしょ」
「ナミーおまえなー」
「ここはグランドラインなんだもの、今までだって散々不思議な事あったんだから、気にしてられないわ」
「そうだな、今までもなんとかなったしなー」
「様子を見ましょう」
「念のため、本で調べてみるわね」
「念のため、じゃなくて調べてやれよ…」
「よし、なんかよくわかんねーけど、中身がガキってことだな!」
「ルフィ〜〜」
「よろしくな、チビナス!」
「なっ?!ち、チビナスっていうなーー!!」

シャーーっと逆毛を立てて顔を赤くしながら怒るサンジに、ルフィは、しししっと笑う。

「ちびなす?」
「ちびなすって?」
「おう、サンジがガキに戻ったってことはチビナスだ!」
「だからっ!チビナスいうなーっ!ってかおまえ!なんでその呼びかた知ってんだよ!」
「バラティエのおっさんが呼んでた」
「!ジジイ知ってるのか!?」
「おう、知ってるぞ。長ェ〜〜コック帽被っててよ、ここによさ毛が生えてて三つ編みなんだよな!」
「間違いなく、ジジイだ……!!」
「おれ、雑用で働いたことあンだよ」
「そうなのか?!お前雑用だったのかー!!」
「すぐクビになったけどな」
「えぇ?!」

ニッカリ笑って(若干話を端折りながら)話すルフィに、すっかりサンジも前のめりになって話を聞いている。

「あら、懐いたわね」
「何だかんだで不安だったんだろ。いきなり知らないとこ来て」
「それで馴染みのある、しかも慕っている人の名前が出て来りゃ、嬉しいだろうしちょっとは安心もするってもんだ」
「キラキラした顔しちゃって、やっぱり心は子供なのねー」
「不思議だよな、サンジのまんまなのに、だんだん子供に見えてきた」

ルフィと話すサンジをほのぼのと見守るなか、不穏なオーラをまき散らしているクルーが、ひとり。
その殺気に似たような空気をビクッと敏感に感じ取ったウソップが恐る恐る後ろを振り向けば、案の定額に青筋を立てている剣士の姿があった。
おおっと、これ以上は見てはいけない病だ…!
ウソップはそっと、顔の向きを元に戻した。

一方、その不穏なオーラをバシバシ出している張本人は、先ほどから実に心落ち着かなくて、大人げなく無自覚のままイライラしていた。
あのアホコックはなにやってんだ。アホがもっとアホになったかと思ったら中身がガキだと?あのアホめ!
しかも、さっきまで虚勢張ってやがったのに、ルフィがジイさんの話した途端、あんな顔しやがって。
……なんだか、面白くねェ…!

「コック!!腹減った、飯作れ!」

おもむろに立ち上がったとおもったら、腕を組んでどーんと偉そうに言い放ったゾロに、言われたサンジどころか、クルーもポカーンとゾロを見上げる。

「コック…?おれ?」
「てめェ以外に誰がいるってんだ」

キョトン、と碧い瞳を丸くして、それから嬉しそうにその顔が綻ぶ。
うっ……だからなんだ、そのツラはぁぁぁ!!!

「おう、作ってやるから、待ってろよ!えーと……」
「ゾロ、だ」
「ゾロ!」
「おう」

ゾロは満足げだし、サンジはなんだかとっても嬉しそうだ。
…なに、この雰囲気。

「オトナの嫉妬は見苦しいぞ〜」

誰かがボソッと呟いたことに、またしてもクルーが頷くのであった。






―――――――…





「おい、コック!ちょろちょろついてくんじゃねェ!」
「いーじゃん!」
「良くねェ!鍛錬の邪魔だ」
「邪魔なんかしねーよ!見るだけだもん」
「それが邪魔だっていってんだよ」
「なんで?」
「なんでもだ!」
「えー?なんでだよ、意味わかんねーよ!ちゃんと説明しろよー!」
「〜〜〜〜」

チッとあからさまな舌打ちをしながら、勝手にしろ、と結局折れたゾロのあとを、サンジは嬉しそうについていく。
そんなやりとりをしながらダイニングを出て行く二人を見送ったクルーたちは、食後のお茶をまったり飲みながら、やれやれと互いに顔を見合わせた。

「なんであんなに懐いたのかしら」
「あれからベッタリですね」
「バラティエのおっさんも怖ェ顔してたからなー」
「あら、強面好き?」
「ジジコンだしな」
「ジジコンなら、私でも良さそうですのに!ヨホホ!」
「おめーはジジイっていうか骸骨だからな」
「あの二人がこうも仲良いと、なんか調子狂うよなー」
「いつも隠してるつもりでいるものね」
「……そこは、まぁ、置いといてだな」
「まぁいいんだけどね。いつもよりは煩くないし、異様な光景ではあるけど、ちょっと面白いし」
「…また遊んでるな、ナミ」

にっこり微笑むナミに、ウソップはハハハと乾いた笑いを落とすしかなかった。



一方好き勝手言われ放題の剣士&コックのほうだが。
ゾロはゾロで、いろいろ参っていた。主に、精神面で。

元々二人は、ぶっちゃけ心身ともに繋がったオトナな関係だったのだ。
2年の時を経てようやく再会できてからというもの、人前では相変わらず喧嘩三昧ではあるが、二人きりのときはサンジも随分と素直にゾロと恋人らしく過ごすようになった。恋人らしくといっても、男女のそれのような甘ったるいものではないが。
言える範囲で言えば(?)、キスを求めれば応えてくれ、時にはサンジのほうから与えることも多くなったとか、まぁ、そんな感じだ。

そんな恋人が。
見た目はそのままの容姿なのに、中身だけ幼児化したとなればオオゴトだ。
近寄ってくるのは大歓迎である。
ゾロよりもさきにルフィに懐くのを見て、こう、沸々となんかが沸き起こってきて…、どうしても我慢ならなかった。
それに、自分だけが知っていた可愛い表情を見られてしまったことも、ゾロはなんとも面白くないのだ。
小さい男だと言われても、知ったこっちゃねェ。ガキだろうがなんだろうが、アレはおれンだ(どーん)。

もう一度言おう。近寄ってくるのは大歓迎である。惚れている相手がすり寄って来りゃ、そりゃ嬉しいに決まっている。
しかし、あんなエロいカラダなくせして中身は純真なコドモなのだ。ここ重要ポイント。
ここで間違いを起こすわけにはいかない。いくらゾロが魔獣で、サンジのことになると見境なくなるケモノだとしても。

ナミにも、わざわざ呼び出されてきっちり釘を刺されていた。
おれにだって、それくらいわかっている。
自分にも、何もわからないヤツにあれやこれやヤる趣味は…………なにも、わからない、ヤツに……

って、おれァ何を考えてやがる!!!

首をブンブン振って、大慌てでうっかり出かけた危険な思考を打ち消す。
そんな考えが出る己に軽くショックである。
修業が足りねェ!!バカな事考えるな。
本心では喜んでるくせにわざわざ抵抗するふりをして、悪態ついて、それでも最後にはトロトロになって縋ってくるのがいいんじゃねェか。

なんてそれも若干変態チックな思考に走ってしまっているが、とにかく、そんな理性と本性(?)の狭間でグラグラと揺れているときに、サンジが無垢な顔してじゃれてくるのはゾロにとって生き地獄のようだった。
まさに生殺しだ。
こんなんじゃあ、鍛錬も集中できねェってもんだ。
ここはひとつ、ガツンと…

「コック!」
「おう!なんだ?」
「ぐっ……」

振り返ったら、ニコーッと実に嬉しそうなサンジの笑顔が予想以上に近くにあって、ゾロは思わずたじろいでしまった。
11才のコックは向こうではまだコック見習いの扱いらしく、”コック”と呼ばれるのは嬉しいらしい。
…この笑顔は、色々ヤバい。

「……なんでもねェ」
「ええーなんだよ、言えよー」

はーっと息を吐いて、サンジが見つめる中、ゾロは巨大な鉄団子を振り始めた。





―――――――…





「このゴタゴタですっかり忘れてたけど、そういえば、明日はアンタの誕生日よね」
「え?!」

夕飯中にふと気付いて出てきたナミの問いかけに、問いかけられたゾロ本人より先に反応したのは飲み物を配っていたサンジだった。

「…あ?そうだったか?」
「まったく、そういうとこも変わってないんだから」

まァ、自分も今の今まで忘れてたんだけど、と心の中で思いながら、いつもはクルーの誕生日にはサンジが気付いて準備してたんだなァ、とナミをはじめ、他のクルーも気付く。
そのサンジはというと、少し慌てたようにゾロに視線を送っている。

「ゾロ、誕生日なのか?」
「ん?あぁ、そうみてェだ」
「サンジ、宴の準備しなきゃだなァ」
「明日は宴だーー!!」
「宴……」
「おう!いっぱいウマイ飯作ってくれよな!」

ニッカリ笑ってそういうルフィに、サンジは目を丸くしてから、再びゾロを見た。
目が合って、ふっとゾロが笑う。

「楽しみにしてる」
「…!おう!」
「……うわぁ、元のサンジ君にも聞かせてあげたいわ」
「人間、相手に邪気が無いと丸くなるものなのね」
「サンジ限定だと思うけどなー」
「間違いないわね」
「てめェら、好き勝手言いやがって…!」

グルル、と唸るゾロだったが、張り切ったサンジがキラキラした笑顔で、明日何が食べたいのかリクエストを聞いてくるので、次第に(僅かに)眉間の皺も緩んでくる。
それを目の当たりにしたクルーは、やっぱりそうなんじゃん、と心で呟くのであった。


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