7DAYS


その者の姿を見た人間は7日目に死ぬという。








「オイ、サンジ。何見てんだ?」

ぼんやりと窓の外を眺めている金の髪に海の色を写し込んだ様な瞳を持つ青年に声を掛ける、緑の髪に琥珀色の瞳の男。

名前はロロノア・ゾロという。

無愛想で凶悪な仏頂面だが、しかしそれは決して恐ろしいだけのものに見えないのは、この男が持つどこか清廉な雰囲気によるものだろう。



サンジと呼ばれた青年の肩に顎を乗せて窓の外を見遣るゾロ。

「あ〜…こりゃまたエラく可愛いモン見つけたなぁ」

思わず呟いたゾロの視線の先には、数件離れた家の屋根で日向ぼっこをしている猫の親子。

寄り添うように寝そべっているその姿は非常に微笑ましく、好ましいものだった。

ゾロは少し意地の悪い笑みを浮かべる。

「ナデナデしてぇのか?」

コクリ…と小さく頷きかけた青年は、ハッと我に返り慌てたように首を振って俯いた。







この男は今まで逢った事がない位、変なヤツだ。

と、サンジは思った。

この男の放つ馴れ馴れしいオーラについつい昔からの知り合いの様に感じてしまうが、実はサンジとゾロが出会ったのはほんの6日前の事である。




あの日は雨が降っていた。

びしょ濡れのまま、人目を避けるように路地裏に座り込んでいたサンジに、ゾロが声を掛けてきたのだ。。





「どうしたんだ、お前?こんなトコで」

抑揚の無い声色で声を掛けてきたゾロに、文字通りサンジは飛び上がった。

まさか「誰か」に声を掛けられるとは思っていなかったからだ。


美しい光を反射する蒼い瞳は驚いた様に大きく見開いており、瞬きをした拍子にポロリと涙が零れた。

サンジは酷く怯えていた。

カタカタと小刻みに震えながらサンジは、声を掛けてきた男を見つめていた。



鍛えられているであろう頑健な肉体。

表情を見せない仏頂面は何を考えているかは判らないが悪意は感じられない。

まだ若々しい…健康であろう、しなやかな動きを見せる肉体。


なのに。

どうしてこの男はサンジを見つけてしまったのだろう?










「お前…」

震えるサンジの捨てられた小動物を連想させる姿に一瞬眉を顰めたゾロは、それでも何も言わずにその白く細い両手を引っ張って立ち上がらせた。



「家に帰ろう」



ゾロはサンジの肩をぽんぽんと叩いて、そのまま手を引いて歩きだした。





「連れて帰るのに躊躇いがなかったと言えば、それは嘘になるだろうなぁ」


「俺ァ、そんなにお人好しじゃねぇよ」

数日後、ゾロは口角を上げながらサンジにそう語った。



「だったら何で?とか聞くなよ」

不思議そうには小首を傾げているサンジの頭に軽く触れながらゾロが言う。

「俺にも、まぁ色んな事情があるんだ」

ゾロの表情が一瞬真顔になり、しかし直ぐに元の無愛想な表情に摩り替えられて、それでもその手は優しくサンジの金色の髪を梳いた。




そう…人には色々な事情がある。


自分以外には見えないと分かっても、驚くこともなく自分を受け入れたゾロという男の、内に秘められた複雑さにサンジは気づいていた。

それが何かだなんてサンジには説明は出来ないのだけれど。






それでもサンジに見せるゾロの不器用な優しさや思いやりは本物で、それが返って金髪の青年を酷く切なくさせる。

今日は6日目……残された時間はあと僅か。

それを言うべきか、言わざるべきか。






「なぁ、都市伝説って知ってるか?」

考え込むサンジに、不意にゾロが話しかけてきた。

そういう類いのモノに最も縁がなさそうな男が急に持ち出した話題にサンジは不思議に思いながらも小さく首を振った。

そんなサンジを目を細めて見つめたゾロは床に座り込んで青年を手招きした。

傍に寄ってきたサンジを 「お前、猫みてぇだな」 と笑いながら背中を抱き締めて肩に顔を埋める。

この男は背中から抱き締めて肩に顎を乗せる、このポーズが好きなようだ。


「街のどこかで密かに囁かれてる伝説……口裂け女とか人面犬とか知らねぇか?」

逢っても別に嬉しくねぇんだけどよ…と笑いながらゾロ。




「俺が会いたかったのは、どこかの街の天使」

突然口調の変わったゾロの声と話の内容に、ビクリとサンジは身体を強張らせた。








その者の姿を見た人間は7日目に死ぬという。

死にゆく者以外には決してその姿は見えない。

金の髪に蒼い瞳を持つ青年の姿をしたその天使は。

己の姿を見た人間に対して涙を流すという。

死にゆく者は彼に抱かれて、苦しみの無いまま永遠の眠りにつく。








「お前に出会ってから、今日はもう6日目になる」

背後からくぐもった声で囁くゾロの表情は、サンジには見えない。


「お前がそうなんだろ?」


疑問系なのに、確信に満ちた声で断定する声。





「サンジ…サンジ……ずっと探してた……」






何故だろう?

ゾロはいつも考えていた事がある。

此処は自分の居場所では無い。

そう感じていた。



大きな夢があった。

それが何だかは覚えてはいない。

だが、とても大切な夢だった。


そしてこの世界ではその夢を叶える事は決して出来ないのだ。





周囲には、無愛想だが責任感が強く気の良い男だと認識されては居たが、それは本当の自分ではなかった。

ずっと ずっと 考えていた。

異端の存在である自分は何の為に生まれたのか。

気が遠くなる程の時間、それを考えていた。










その都市伝説を最初聞いたときゾロは笑った。

バカバカしかった。

しかし。

HPでその事に触れている文面を見た時に、男の考えは変わった。





その者の姿を見た人間は7日目に死ぬという。

死にゆく者以外には決してその姿は見えない。

金の髪に蒼い瞳を持つ青年の姿をしたその死神は。

己の姿を見た人間に対して涙を流すという。

死にゆく者は彼に抱かれて、苦しみの無いまま永遠の眠りにつく。





はらはらと涙を流すその姿は、寧ろ死神というよりは









「天使………か…」









自分が思ったままの感想をゾロは小さな声で呟いた。











「ゾイツ」を探してあちこちを放浪した。

あてもなく…しかし、何故だかいつか逢えるであろうという自信がゾロにはあった。

長い 長い 年月が過ぎた。


「逢いたい」と願う気持ちは 時間の経過と共にいつしか執着へと姿を変えて。

そう…まるで激しい恋のように。

ゾロの心を苛んだ。






そうして やっと。

やっと「コイツ」にめぐり合った。







「ずっと…好きだった」






例え6日前までこの青年に逢う事がなかったのだとしても、そう言わずにはいられない経緯がゾロにはあった。

金の髪を優しく掻き乱してゾロは目を閉じた。










「………だ…」

「何だ?」

俯いたまま小さく何かを呟いたサンジに、聞き返すゾロ。



「テメェは酷ぇヤツだ」

サンジは顔をあげてはっきりとそう言った。

透明な瞳からは涙が溢れ出ている。

ゾロはその涙がとても綺麗だと思った。





「そうだな。俺はヒデェ奴だな」

自嘲気味にゾロが微笑む。




コイツを苦しめて 泣かせるであろう事を理解した上で。

それでもどうしても逢いたかったんだ…なんて言い訳は許して貰えるだろうか?

いや、きっとどんな言い訳も意味のない事で。

どんなに謝罪しても 償いきれるものではない。





「テメェだけには…逢いたくなかった…。これからテメェが歩む道は修羅の道だ…」

サンジが力なく呟く。

離れようと小さくもがくサンジに回した腕に力を籠めて、ゾロ己の傍にその肢体を引き止めた。


「どうして俺にだけは逢いたくなかったんだ?」

問いかけた声に返事はなく、サンジはただ小さく首を振っている。

「何故だ?」

二度同じ問いを繰り返したゾロは、壁に掛けた時計に目をやる。



23時49分。



ゾロの動作につられたサンジも同じ方向へと目線を送り硬直する。

そんなサンジの背中をポンポンと叩き、落ち着いた声で再び問いかける。



「答えろ、サンジ。どうして俺にだけは逢いたくなかったんだ?」

「…ゾロ…」

「なぁ、教えろよ」

「…それは」

「それは?」

「テメェが…」

「俺が?」


サンジが薄く唇を開いて何かを告げようとした。










「好きだ」と サンジは 小さい 消えそうな声で言った。

俺は それがとても嬉しくて 嬉しくて 嬉しくて。

その 細くしなやかな背中を 強く 抱き締める。

「俺もだ」と 答えようとしたけれど 既に言葉は何の意味も成さない様な気がして。

その代わりに愛しい身体を抱き締める腕にチカラを籠めた。









「もう 死んでもいい」



時計の針が日付変更を告げる直前 ゾロはサンジにも聞こえない位の小さな声でそう呟いた。

















サンサンと降り注ぐ太陽の眩しさに僅かに目を細めたゾロは、手に持った錨を握り直すと再び振り上げる。

陽気なライオンの顔のヘッドの先には何時もの様に、大きな夢を追う我らが船長の姿。

この海域の陽気にバテてしまった様子で、くんにゃりとライオンの頭に懐いていた。

近くには他の仲間達の気配がする。

太陽のもたらす恩恵を存分に受け取り、楽しそうにはしゃいでいる声がした。


カツンと靴音がして、手に持った盆を掲げたこの船の料理人が近づいてきているのを悟ったゾロは錨を振り降ろそうとした手を止めて、其方の方を見遣った。


潮風にも負けず、サラサラと繊細な流れを見せる艶やかな金色の髪。

海と空とを映し込んだ様な複雑な揺らめきを見せる蒼い瞳。

透明感すら与える白い肌は、きめ細かく滑らかだ。


パッと見、天使と見紛う様な容姿のコックは、その秀麗な顔を台無しにするように額に青筋を立てて凶悪な表情を浮かべている。



「よう」

軽く挨拶をする。

その挨拶が余計にコックの怒りに火を注いだ様で、コックの顔が般若もかくやという形相に変わった。

「…テメェ…信じらんねぇ。人があんだけ皆と一緒に飯を食えって注意したのに、寝腐れた挙句鍛錬鍛錬かよ。テメェのオツムの中には脳みそ入ってんのか?」

「おう、ギュウギュウに詰まってんぜ?」

「テメェの脳みそは豆腐みてぇにツルッツルだろうがよッ!!!」

子供の様にムキーッと怒る姿を微笑ましく見守る。

ぶっちゃけ和む。

そりゃあ顔も緩むし、腹だって鳴るだろう。


ゾロの今の状況を如実に表す様にぐーっと鳴った腹の音に、怒っていたコックの動きがピタリと止まった。




「腹減った」



コックの弱点を確実に突く言葉を投げかけると、コックはじーーーーっと顔を見つめた後、へにゃりと眉毛を下げた。


「もうヤだコイツ。ナミさーーーん、俺コイツ嫌いーーーーーッ!!!」


不満そうに 『うううう』 と唸った後、突然ウガーーーッっと空いた手で頭髪を掻き乱しながら絶叫する。。



「試練よサンジくん。慣れなさーーーい」


女神の無情な言葉に、反射的にハーーーイと頷いた後、コックは凄く嫌そうにゾロを見遣った。

無言でズズイと差し出された盆の上に置いてある皿を受け取る。

胡坐をかいた膝の上に皿を置き、食べ始めると何故かコックも隣に体育座りで座り込んだ。

文句を言いたそうにチラチラとゾロの方を窺い、食事の邪魔をしてはならないと葛藤するのを気配で追いながらゾロは悠々と食事をたいらげる。



コイツ、全然覚えてねぇのな。



普通逆だろう。

天に召した(?)相手が覚えていなくて、召された自分が覚えているってぇのはどういう事なんだよ?

ゾロはそう思うが、それもまたこの短気で喧嘩っぱやくてオツムの緩いコックらしいとも思う。



過去ともいえない過去の事を、コックは全然覚えていない。

某レストランで見た時は、『お前、何故そこにいる?』 などとガボンと顎が落ちかけたゾロであったが、これもまた運命とやらの悪戯か。

今は同じ船に乗って、違う夢を追う仲間だ。


まあ、ゾロには唯の仲間で終わる気なんて毛頭ないのであるが。





誰しもが夢だと笑う夢を大真面目に追う。

旅の途中で出会った、大切で気の良い仲間達と海を渡る。

隣には長い間探し求めていた天使が、生きて呼吸して其処に存在している。




「もう、欠けてるモンなんざ何もねぇよな」





な?と上機嫌のままゾロがコックに同意を求めると、キョトンとした何処か無垢な表情のまま。

コックは小首を傾げた後、僅かに微笑んだ。




End





    *  *  *


わーん切ない。
切ないけれどとても綺麗で(結果的に)幸せなサンジェルをありがとうございます。
多分ね、一番辛くて哀しい想いをしたのはサンジなんですよ。
ゾロはむしろ幸福だった。
だからこそ、サンジはすべてを忘れてまたゾロに愛に来たのかな。
んもう〜、ゾロの最後の台詞がめっちゃいいです。
切ないサンジェルちゃんを、ありがとうございます!



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