恋に、狂う


ゾロはサンジと一緒に、市場に買出しに出ていた。
今回降り立った島は、活気のある賑やかな島だ。
ご当地物の食材なども多いらしく、店から店へと飛び回りながら、サンジはご機嫌で。
荷物持ちとして後を付いて回っているゾロまで、何だか嬉しい気持ちになってくる。
イイ島だな・・・。
ゾロは、そんな事を思っていた。
ある一人の人物と、遭遇するまでは。

「サンジ!」
聞き覚えの全く無い男の声が、サンジの名を呼んだ。
「ああ?」
心底嫌そうな顔で、サンジが声の方向を向くのとほぼ同時に、ゾロも男に目線を向けた。
馴れ馴れしく、おれのコックを呼びやがって・・・!! 的な気分を抱えながら。
「久し振りだな、元気だったか?」
男は親しそうにサンジに声を掛けてくるが、何か嫌な感じがする。
笑顔が、どこか上っ面ばかりのような・・・。
「んだ、ジュリアンじゃねェか・・・」
昔馴染みに会ったにしては、サンジもそれほど嬉しそうでない。
「おまえこそ、元気だったかよ?」
「元気だぜ。バラティエを出たおかげで、万事大成功さ」
「ふ〜ん」
サンジは本当に、この男に対して興味がない風だ。
その様子に、ゾロは密かに安堵した。
昔の恋人などと言われでもしたら、男をぶん殴ってしまいかねない。
「サンジは?今、何してるんだ?」
男の問いに、サンジは煙草をふかしながら答えた。
「おれは今、バラティエを出て、別の船のコックをしてるんだ」
「へえェェ。あれだけオーナーにべったりだったくせに、良くバラティエを出て行けたな」
ニヤニヤと笑いながら、男がそんなことを言う。
ゾロはひっそりと、眉根をひそめた。
なんだ、コイツは・・・。
「新しい船でも、それなりの立場なのか?」
「そんな大きな船でもないんでね。コックは、おれ一人さ」
「それはそれは・・・。バラティエの副料理長様が、落ちぶれたことで」
ここまで来て、ゾロはカチンと来た。
コイツ・・・。うちのコックを侮辱してやがる・・・。
思わず険しい顔で男を睨んでしまうと。
サンジが宥めるようにして、ゾロの腕に触れた。
それを見て、男が口の端を歪めて笑った。
「さては・・・オーナーからその男に乗り換えたのか?」
嫌な笑い方をする。
「おれはこの島ではちょっとした名士でね。この島随一のレストランのオーナーをしているのさ」
んだこいつ・・・。自慢してんのか?
ゾロはぎろりと、男を睥睨する。
が、男はニヤニヤしたまま、怯む様子もない。
「バラティエの副料理長から小さな船のコックに格が下がっちまった男に、こんな話をしたら失礼だったかな?」
「格が下がったなんて、思ったことはねェよ。おれが自ら、誇りを持って引き受けたコックだ。おれが乗ってんのは・・・最高の船だぜ」
男にそう言ったサンジの口調は、静かだった。
サンジから最高の船と言われて、ゾロは悪い気がしなかったが・・・。
「はっ。強がっちまって・・・。ま、おまえもおれんトコに飯でも食いに来いよ。美味いぜ」
男は相変わらず、サンジを馬鹿にしたような物言いをする。
「そうさせてもらうよ」
どうして蹴り倒さねェんだよ・・・!!
ゾロは、そう思ってじりじりした。
「おれは店に戻るんで・・・。じゃあな」
ひらりとサンジに向かって手を振って、男は去っていく。
サンジが小さく、ため息を吐き出した。
「あいつ、何だ?」
「昔の同僚さ。口説かれたこともあってな、そん時は、こっぴどく断ってやったんだが・・・」
ひょい、と、サンジが肩を竦めた。
「おまけに副料理長の座も狙ってやがってな。おれがその座に昇格した時に、バラティエを出てったのさ」
「さっきの態度は、おまえに対する腹いせって訳か?」
「まあ、そんなとこじゃねェ?」
それきり、サンジはその話題に興味を失ったようだが。
ゾロの腹には、ふつふつと怒りがこみ上げてきた。

それから遅い昼食を、その男のレストランで摂ったのだが・・・。
サンジの飯に比べたら、全く美味くない。
こんな飯出してるくせに、コックを馬鹿にしたってのかよ・・・!!
「ゾロ」
小さな声で名前を呼んで、サンジが気遣わしげな視線を送ってくる。
「変なこと、考えるなよ」
「何を?」
素知らぬ風を装って問い返せば、サンジは困ったように笑って。
もう何も、言わなかった。

船に荷物を置いてから、サンジを連れて宿屋へとしけ込む。
部屋に入るとほぼ同時に、キスを仕掛けた。
サンジの口の中を気が済むまで舐め回して、口を離すと。
「こんな明るい時間から・・・!」
非難がましい目線がゾロに向けられた。
けれども。
「時間なんて関係ねェだろ?おれがてめェを欲しい、って思った時がヤり時なんだよ。てめェは黙って、気持ち良くなっとけ」
「・・・クソ野郎が!」
赤い顔をして、それでもサンジが罵ってくるのを。
「てめェは、おれが欲しくねェのか?」
言いながら、真顔で青い瞳を見つめた。
こうすれば、サンジが抗えないことを知っている。
サンジがぎゅっと目を閉じて、ゾロにしがみ付いてきた。
細い身体をベッドに放り投げて、その上に圧し掛かる。
キスをしながら乱暴にシャツを肌蹴、脇腹に手のひらを滑らせた。
ゆっくりとした動きでしっとりとした肌を撫でれば、サンジの身体が小さく震えた。
サンジの身体中に触れて撫で回すと、徐々にとろんとした表情になる。
胸の突起を弄んでいると、イイ声を出し始めた。
「ふあっ!」
太腿にゆるゆるとタッチしながら、ピンクの突起をねとりと舐め上げた。
「あ、ゾロ・・・。あっ」
 サンジの中心がふるりと震えて、蜜を零す。
指で掬い上げて、つぷりと奥に差し込んだ。
「ん・・・っ。んんっ」
ぐちぐちと音を立てながら、サンジの中を掻き回す。
いつもサンジが感じる部分に執拗に触れると、びくんと大きく身体がしなった。
「やっ!ああっ!」
「コック・・・」
指で解しながら耳元に声を吹きかけてやると、切なく身悶える。
ぬちゅりと指を抜いて、「挿れるぞ」 一言告げれば、うっとりとした顔で頷いた。
ひくひくとうごめくそこに、己の砲身を押し当てる。
「あ、ああ・・・」
震えるサンジの身体を抱きしめながら、ずず・・・と押し入った。
「ふあ・・・あ・・・。ゾロ・・・」
情欲の色を纏った声に、ゾロはぶるりと身震いした。
ゆるゆると中に留まっていると、しっとりと濡れた目がゾロを見つめた。
「ゾロ・・・。熱ィ・・・」
きゅ、きゅ・・・。と、サンジがゾロを締め付けてくる。
動いて欲しいのだと察したが、ゾロはわざと意地悪くサンジに問い掛けた。
「どうして欲しい?」
赤く染まったサンジの頬が、更に朱の色を纏った。
「う・・・」
「う?」
「動けよ・・・っ!」
その声を合図に、ずぶずぶと大きく突いてやる。
「うあっ!あっ、あ・・・ああっ!」
何度も何度も・・・。奥へ、奥へと進むようにして穿つ。
サンジの中は溶けてしまいそうな熱で、ゾロを包み込み、締め付けた。
「はあっ・・・あっ・・・」
目で、けれども随分と良さそうに、サンジが喘ぐ。
もっとイイ声が聞きたくて、激しく責め立てた。
「ああっ、あ、ゾロ・・・っ!」
サンジの身体が、がくがくと震える。
「イくか・・?」
問い掛ければ、頷きながらぎゅっとゾロにしがみ付いてきた。
「てめェもっ、一緒に・・・!」
どくんと、ゾロの心拍数が上がる。
せり上がってくる射精感。
ぐちゅぐちゅとサンジに突き立てて・・・。
その中に、どくんと精を注ぎ込む。
「んっ、んんっ〜!あああっ!!」
重なり合った二人の腹をどろりと塗らすのは、サンジが放ったモノだ。
「あ・・・。ん、ゾロ・・・」
絶頂を迎えた余韻で、サンジのそこは尚もねっとりとゾロに絡み付いている。
萎えるどころか、砲身はどくんと質量を増す。
サンジを貫いたまま、ガツガツと再び腰を動かした。
「あ、ゾロ!や・・!もうやぁぁっ!!」
泣きながら、サンジが強い快感を訴えてくる。
構わずに何度も何度も、その中に注ぎ込んだ。
サンジが、気を飛ばしてしまうまで。

意識を失ったサンジの身体を綺麗にしてやり、ベッドの上に横たえた。
風邪をひかないように、布団を首までかけてやってから。
サンジの額に、ちゅ、とキスを落とした。
「・・・出かけてくる」
すーすーと安らかな眠りについている恋人にそう声をかけて、ゾロは街に出た。

日も暮れてしまい、すっかり辺りは暗くなっている。
ゾロが目指したのは、昼飯を摂ったレストランだった。
従業員が出入りしているドアが良く見える場所に、ゾロはじっと陣取る。
サンジを馬鹿にしたあの男を許してやる気は、さらさら無かった。
明るい時間にと渋るサンジを強引に抱いたのも、サンジに知られないようにことを済まそうと思ったからだ。
ぽっかりと、月が天上に浮かんでいる。
ゾロは辛抱強く、件の男が店から出てくるのを待った。

どれぐらいの時間が流れただろう。
男の姿がようやく視界に入り、ゾロは素早くそいつを拉致した。
「何だ、おまえは!?」
「コックの連れだ。昼間は、コックが世話になったな」
男に向かって笑って見せると、面白いぐらいに怯えた顔をして後ずさった。
「おまえは、うちのコックを馬鹿にしたんだ。命賭けて償う覚悟は・・・出来ているか?」
「ひっ、人を呼ぶぞ!」
「呼べるモンなら呼んで見ろよ」
ひゅんと腕を上げて、ゾロは男の顔に一撃を加えた。
男の身体が、通りの向こう側に吹っ飛ぶ。
「随分と、ヤワだな・・・。コックだったら、難なく避けるトコだぜ?」
 ずるりと、男が身体を起こし、ゾロを見上げる。
恐怖に満ちた目つきをしていた。
「安心しろ。刀は使わねェよ。つか、反撃してくれても構わねェんだぜ?無抵抗な奴を相手にしても、つまらねェからな」
「う、うう・・・」
たったの一撃で、男は声も出ないぐらいのダメージを受けている。
それでも立ち上がり必死の形相で向かってくるのを、ゾロは平然と受けて立った。
男の拳は、ゾロに掠りもしなかった。
本当は、殺してやろうと思っていたのだ。
サンジを傷つけて、平然としているこの男を。
けれどもサンジは絶対に、殺すなというだろう。
それどころか、こんな行為ですら許すまい。
誇り高い、あの男は。
ボロボロになって地べたに這いつくばった男の口から、途切れ途切れに言葉が漏れる。
「さ、サンジの・・・差し金、か・・・?」
「アホぉ。あのクソコックが、そんな真似するわけねェだろ。おれの独断だ。あいつは・・・大切な、おれのコックなんでな。
てめェみてェな逆恨みのクソ野郎に馬鹿にされるなんて、虫唾が走るんだよ」
男を見下ろす自分の目は、さぞかし冷たく見えることだろう。
ぴくりと、男の指の先が動く。
「てめェが命を拾ったのは、コックのお陰だぜ?あいつなら、絶対ェ、殺すな、って言うからな。てめェみてェな最悪な野郎が相手でもよ」
ゾロは文字通り、男に唾を吐きかけてやった。
「せいぜいコックに感謝しやがれ」
そう言い捨てると。
男の呻き声が聞こえてきたが、ゾロは無視して、自分達の宿に戻ろうと踵を返した。
あれでも相当手加減してやったのだ。
死ぬはずが無い。
宿に帰ったゾロはひとっ風呂浴びて身体の汚れを落とし、すやすやと眠っているサンジを抱き込んで、清々しい気持ちで眠りについた。

翌日、サンジと一緒に街に出ると、レストランのオーナーが暴漢にやられて入院した、という話題で持ちきりだった。
やっぱ、命は拾ってんだよな・・・。
微妙に面白くなかったが、無駄な殺生はコックが好まないのだから仕方ない。
「・・・ゾロ」
「何だ?」
「おまえ・・・なんか、してたんじゃねェだろうな?」
小声で尋ねてくるサンジに。
「何を?」
ニヤリと笑って答えれば、敏いサンジは何か勘付いたらしい。
「ゾロ!」
咎めるように名前を呼ばれ、
「仕方ねェだろ。あいつはおまえを侮辱したんだ。それなりの代償を支払ってもらわねェと」
言い放つと、きゅっと唇を噛み締めてから、ゾロに言葉を向けた。
「おれのためだってんなら、二度とそんなことをしないでくれ」
「断る」
当然ながら、ゾロは即答だ。
誰であっても、サンジを侮辱することは許さない。
「ゾロ!!」
どこか必死の形相で名前を呼ぶサンジの腕を引きながら。
「おれはな、おまえにだったら幾らでも優しくしてやれる。仲間に対してもだ。だがな・・・」
サンジに向かって、ごくごく真面目に告げた。
「おまえの本当の姿も知らねェで、逆恨みでおまえを傷つける奴なんか、許せねェんだよ。おまえが、それを嫌がるってことは
百も承知でな。諦めろ」
「・・・ゾロ!」
「おら、早く船に戻らねェと、そろそろ集合時間だろ?ナミからどやされるぞ」
話は終わりとばかりに促せば、渋々といった体でメリー号に足を向けた。

船は、ゆっくりと海原を進み始める。
あの男の意識が戻って暴漢がゾロだとわかっても、もう海の上だ。
追う事も出来まい。
船尾から遠ざかっていく島を眺め、ゾロはうっそりと笑った。
「ゾロ・・・」
サンジに呼ばれて、ゾロは島から目を離した。
「どうした?さっきの話、蒸し返す気か?」
真剣な顔で、サンジが頷く。
「あんなことは、二度とするな。おれのために、おまえの手を汚すなんてこと、おれが耐えられねェ。・・・分かるだろ?」
おまえは・・・自分のことより、おれのことを心配するのか。
あのクソ野郎は、自業自得だというのに。
「クソっ」
ゾロは、低く呻った。
「てめェは、優しすぎんだよ・・・」
手を伸ばして、サンジの身体を腕の中に攫う。
「そんなことねェよ」
小さな呟きが、ゾロの耳に届いた。
「惚れた相手に手を汚すようなことをして欲しくない。それは、おれの我侭だ」
何だか・・・泣き出しそうな声をしていた。
あの男に対しては、全く謝罪の気持ちなど沸いては来ないが。
サンジを悲しませるようなことをしてしまったのだと思って、ゾロはそのことを後悔して。
ぎゅうぎゅうと、腕の中の身体を抱き込んだ。
「・・・ゾロ」
戸惑いを含んだサンジの声に。
「愛してる。だから・・・おまえを傷つける奴は、皆殺しにしてやりたいんだ。それも・・・分かれよ」
耳元にそう吹き込むと。
「おまえも大概、我侭だな」
呆れたような声がして、ちゅ、と頬に口付けられた。
「でも、今回のような件は、マジでNGな?」
分かりました、なんて答えられない。
例えおまえが許そうが、おまえを傷つける奴はおれが許さない。
そう思ってしまうぐらいには。
おれは、おまえに狂っているのだから。

「・・・っ!」
どう答えようかと言い澱んでいると。
「ゾロ!!」
また、名前を呼ばれて。
「・・・善処する」
ようやくそれだけ答えると、サンジがホッとしたように笑んで。
優しいキスが、今度は唇に降りてきた。 



END


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