恋衣 -2-


隣の部屋の野郎共が乱入してきて、消灯時間を過ぎてからも結構賑やかだったんだよ。
中坊ばっかり集まるとさ。
ほら、話題もどっちかっつうと女の子の事とか・・・ほら、なあ?
まあそういう訳で色々盛り上がってたんだけど、サンジだけ部屋の隅で布団に包まって雑誌読んでたなあ。
あいつは明るいしよく喋るしで結構人気者なんだけど、ちょっと頑ななとこがあって。
カヤも知ってるだろ?
やけに女の子に丁寧に接するの。
ああいうとこは紳士ぶっててムカつくとか男子に評判悪かったんだけど、女子からもちょっとキワモノ扱いだったか。
でも優しかったから、カヤとかは好きだったろ?
うん、俺もなんとなくわかったんだけど、あいつは無闇に女の子を崇め奉るんじゃなくて、すごく大事にしたがってたなと思う。
逆を言えば、女の子を肴にするのを嫌がってた。
それはもう極端に、毛嫌いしてたと言ってもいい。
だから、野郎共が女の子の話題で盛り上がってる中には入りたくなかったんだろう。
本当は部屋を出たいくらいだったんだろうけど、生憎そこが自分らの部屋だったし、出てけとも言えないで気の短いあいつにしたら随分我慢してたんじゃねえかな。
んでな、馬鹿が一人ビデオカメラ持って来ててさあ。
そこに自分が撮り溜めた秘蔵テープって奴を入れてきてた。
うん、その類の・・・まあ、なんで俺が恥ずかしがらなきゃなんないんだよ。
とにかくもう、なんか3人くらいでひそひそしてるなと思ってたら・・・
あいつら、からかうつもりだったんだろうな。
寝転がってるサンジの前に言って、いいもん見せてやるっつって。
画像再生と同時にでかいボリュームでアンアン言い出してさ。
俺あもう、そっちに釘付けでさ。
いやあの、失礼。
まあ、悪ふざけだ。
カメラ囲んでみんなでゲラゲラ笑ったら、いきなり耳が痛くなるような音がした。
切り裂く様なって表現するのが一番ぴったり来るかな。
とにかくみんな仰天して飛び上がったさ。
あんな声、今だって聞いたことがない。
何が起こったんだってアワアワして、カメラ見せた奴は手から取り落としてたよ。
気が付いたら、サンジは布団の中で倒れてた。





「大慌てで先生呼んで、救急車が来るわ大騒ぎになるわカメラ持ってた奴は半泣きだわで大変だった」
「・・・ショック、だったんでしょうか」
まるでカヤもその場に立ち合わせたかのように青褪めて、真剣な眼差しでウソップを見詰めている。
「うん、多分そうなんだろう。病院ですぐに気が付いたって先生から聞かされて、一応みんなほっとはしたんだけどなあ」
それきり学校に来なくなったから、クラスメイト達は気にしていた。
「倒れたことを面白おかしく言う奴もいたりして、しばらくクラス全体がざわついてたんだ。それでもいつまでたってもサンジが顔を見せない。その翌月には誰にも何も言わないで引っ越していったって聞かされて、さすがに悪ノリしてた奴らもシュンとしたさ。以来、俺らの間でもちょっとしたトラウマになってっかもしれねえ。同級会とかしても、サンジの話題になるとちょっと場が暗くなるし」

苛めるつもりはなかったのだ。
ただ想定外の反応に戸惑って、気分が高揚してしまっていたのは否定できない。
布団を汚してしまった出来事を、「ここだけの話」と称して言いふらした奴がいたことも事実だ。
温厚で臆病者とされていたウソップが本気でクラスメイトを殴ったのは、後にも先にもそれ1回きりだ。
悪ふざけのつもりでサンジにしてしまった行為が、実は冗談で笑い飛ばせるような問題じゃなかったことをみんなが知ったのは、ずっと後になってからのこと。

「結果的に、クラスメイトが苛めて登校拒否になったって思い出だけが残ったよなあ」
「そうだったんですか」
カヤは辛そうに俯いた後、そっと手を伸ばしてウソップの手の甲に乗せた。
「え」
カヤの掌の温かさと柔らかさに、場違いにもどきりと胸が鳴る。
「ウソップさんも、辛かったでしょう」
少なくともそれまでは、仲の良い友達だったのだ。
一方的な想いではあっても、ウソップにとってサンジは親友だったと思っている。
そんなサンジは、ウソップに一言の挨拶もなく姿を消してしまった。
あの時自分に何かできたんじゃないだろうかと、今でもウソップは後悔し続けている。
病院に付き添って、あるいは旅行から帰った後にもサンジの家を訪ねて、話を聞いてやればよかった。
生半可な優しさと気遣いでそっとしておいてやろうと思ったばかりに、サンジは孤独なまま手の届かない場所へと逃げてしまった。

「・・・うん」
素直に頷いたて、カヤに包まれたままの拳をぎゅっと握る。
「俺にも何かできたはずなのに、何もしてやれなかった」
だからこそ―――
「あいつが、ナミやルフィの友人といい関係を築けつつあると聞いて嬉しかった」
見届けたいと思った。
独りよがりな親友の立場で、サンジを好きだと言ってくれる男を見極めたいと思った。
多分ウソップが想像している以上に過酷なトラウマを抱えているであろうサンジが、少しでも幸せになれるように。

「それで、ゾロさんにお会いして・・・」
「いい奴だったよ」
カヤはにっこりと、天使のように微笑む。
「よかった」
「うん」
よかった。
本当によかった。

ウソップは掌を返してカヤの手を握り、それからぱっと離した。
急に気恥ずかしくなったのか、二人して頬を染め俯き合う。
「料理、冷めちゃうな」
「そうですね」
いきなりもじもじと痒いような雰囲気に包まれながら、そそくさと食事に取り掛かる。
「今、サンジはフレンチレストランでシェフをしてるんだそうだ」
「そうなんですか」
「なんかさあ、あいつが料理って意外なんだけどなあ」
中学の頃はサッカー一筋で、勉強は二の次だった。
「店の名前も聞いてるし、そう遠くないんだ。いつか、二人で行こうか」
「はい」
ぜひ、と目を輝かせて頷くカヤは妖精のように可憐だ。
「でもその前に・・・」
カヤははにかみながら両手を後ろに回して、小さな箱を取り出した。
「これは、私の気持ちです」
「・・・ありがとう」
今日はヴァレンタインデートだから予想していたことだけれど、やっぱりこうして実際に貰えたりすると、嬉しいを通り越して感激してしまう。

「開けてみて、いいか?」
「不恰好で恥ずかしいの」
そう言うからには、手作りなんだろう。
凝ったラッピングに気を遣いながら、丁寧に箱を開ける。
小さなトリュフが3つ並び、歪な文字で「大・好・き」と書かれていた。
「カヤ〜〜〜〜」
「いやだ、ウソップさんたら」
二人して耳まで真っ赤に染めながら、それぞれが照れくさそうに身を捩っている。
キッチンから様子を覗いているスタッフが、さてと気を取り直した。
「あそこの席、いつまでも食事が終わりそうにないから、もうデザート出しちゃおうか」
「そうですね」

二人のデートは、始まったばかりだ。


Happy Valentine!



END



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