■辜月


燃え立つように赤い夕陽が、揺らめきながら水平線に沈もうとしている。
以前同じような夕日を眺め、線香花火みてえだと呟いたら、それはなんだと聞き返されたか。
ルフィ達にとって、花火というのは打ち上がるものだ。
だから花火が落ちるという感覚がわからないらしい。
小さい火の玉が落ちて何が楽しいのかと、真顔で問われれば答えに窮する。

そんなことをつらつらと思い返していると、風上から賑やかな声が聞こえてきた。
ラウンジでは、いましもゾロの誕生祝の宴の準備真っ最中だ。
この時だけは特別にと、ルフィが特等席のフィギュアヘッドの上を譲ってくれている。
気に入って年中居座っているだけあって、なかなかにいい眺めだ。
見渡す限り360度海しかなくて、それぞれに異なる色を湛え、果てなく広がっている。

旅に出たときは、自分が海賊になるなどと考えたこともなかった。
むしろ海賊など、人倫に悖る唾棄すべき行為だと思っていたからこその海賊狩りの異名だったし、それを鑑みれば見事にミイラ取りがミイラになったと謗られても仕方がない。
だがこの先何があろうと、将来いままでの来し方を悔いることはないだろう。
手段を選ばずわが道を行き、信念に基づいて天寿を全うする。
それが早かろうが悲惨だろうが、ゾロにとっては今の生き方こそが大事で終わり方に頓着はない。

誕生日を特に意識したことはなかったが、こうして祝われる立場になるとつい柄にもないことを考えてしまうものだ。
なにもさせてもらえず、さりとて昼寝も禁止されて手持無沙汰なものもある。
目の前の景色に心奪われ、思考が常より斜め上あたりを彷徨ってしまっているせいも、あるだろう。
自分は変わったと、改めて自覚した。
他人に影響を受けることなく、己は己と頑なに貫き通す性分だったはずが、変わるのも悪くないと思えるほどに。

この船に共に乗るのは、ゾロより弱くゾロより強い者たちばかりだ。
男達は一様に無防備で人が良すぎる。
だが敵わない。
女達は姦しく小賢しい。
だが心地よい。
相反する矛盾を認め、ゾロ自身もそれを抱える現実を良しとするようになった。
白を白と、黒を黒と断じず、様々な色を塗りこめてなお混じらない、いつまでも鮮やかな絵のように。


「緑頭ー!そろそろ始めるぞ、降りて来ーい!」
そんなに声を張り上げなくても聞こえるぞと、言い返したくなるような怒鳴り声だ。
ゾロは仕方なく腰を上げ、睥睨するように顎を上げて目線だけ下げる。
「カッコつけてんじゃねーよ、バカとなんとかは高いとこが好きってな」
どうせなら「バカ」の方を省略しろ、バカ野郎。
憎まれ口ばかり叩く金髪を、貶そうとして失敗した。
どうしたって、頬が緩んでしまう。

生意気で小憎らしいのに、愛しくてたまらない。
抱える矛盾さえ、快い。

ゾロは今一度振り返り、水平線を眺め見た。
とっぷりと日は暮れて、あれほど巨大に膨らんでいた太陽はもはや影もない。
ただ、黄金色の筋を引いて浮かぶ雲だけが名残を残している。


―――この世のすべてが、失われても。

世界中の人が死んでも、この子だけは生きていてほしかった。
ゾロの故郷の英雄を讃える碑に、刻まれた文字だ。
その昔、一人の男が犠牲となって村は救われた。
遺された母が思わず呟いた一言を、村人たちは忘れないために石に刻んだ。

この世のすべてを敵に回しても、守りたいたった一人の存在がある。
その言葉を、誰かのためにたやすく命を投げ出す、バカな男の顔を見る度思い出す。

きっとゾロのこの想いは、サンジには理解できないだろう。
サンジの行動理論が、ゾロには承服できないように。

「早く来い、クソマリ・・・」
怒鳴る男の目の前に真っ直ぐに飛び降りて、半開きのまま固まった唇を掠め取った。
そうして、何食わぬ顔で踵を返し先にラウンジに向かう。

「い・・・いきなりなにするんだこのド腐れ腹巻?!」
「はあ?俺がなにかしたか?」
足を止めてわざわざ聞いてやれば、ぐっと言葉に詰まって顔を赤らめる。
「サンジくーん、これ以上ルフィを止めてられないわぁ」
「はあいナミさん!クソ、覚えてろこの野郎!!」
追い抜きざまにゾロの膝裏に蹴りを入れ、手にしていた煙草を咥え直し「ただいま〜」と叫びながらラウンジに飛び込む。
残り香は風に吹き消されたが、ゾロの唇に苦味として残った。

これからも、この先も。
二人の軌道は、決して交ることはない。
ただまっすぐに、どこまでもまっすぐに平行線のまま、寄り添いながら伸びていく。
それは多分、命の終わりの果てまでも。


End





back