キス


ゾロが目を覚まさない。
昼も夜もカンカン照りでも大雨でもひどい嵐でも起きてこない。
流石に変だと皆気づいた。

風雨に晒されてボロボロの服のまま、甲板で眠りこけている。
チョッパーは血液を調べて特殊な毒素を検出した。
恐らくこの間、大量に網にかかったクラゲから注入されたのだろう、微量な毒素。
案外ゾロには良く効いて、効果を持続しているらしい。

「ただ眠る、眠り病だよ。些細な刺激で覚醒するはずなんだけど。」
些細な刺激どころか、ゾロは眠りに落ちてからずっとサンジの蹴りを喰らっている。
なんせ飯時に起きてこないのだ。
怒りの鉄拳ならぬ鉄蹴は、容赦なく振り落とされていた。
何度も何度も。
それでもゾロは目を覚まさない。
「受け慣れている刺激じゃダメみたいだ。ゾロ自身が驚くような刺激じゃないと。」
なんだそりゃ。
全員ゾロを囲んでうーんと唸る。
「くすぐってみる?」
ウソップがちょいちょいと腋の下を触ってみるが、鋼の筋肉はぴくりともしない。
「そもそもこいつに、くすぐってえなんて高等な神経があるとは思えねえ。」
サンジは煙草を銜えたまま憎まれ口を叩く。
「痛覚だってあるかどうか怪しいじゃねえか。」
「殴る蹴るは無駄ね。」

「なら、キスはどう?」
ロビンの言葉に、全員が顔を上げた。
「いけるかもね。」
「誰がすんだ。」
「あら、やっぱり目覚めのキスといえば、王子様の役目でしょv」
皆の視線が一斉にサンジに集まった。
「ち、ちょちょちょちょっと待ってください、ナミさん!俺のキスはレディ専用です!」
眠れる美女ならともかく、眠れる魔獣だ。
「非常時よ、仕方ないわ。」
「か、勘弁して下さい!」
甘く柔らかい乙女の唇ならともかく、真一文字に結んだ固そうな野郎の唇になぞ、金を積まれたって願い下げである。
サンジは汗を掻きながらちらりとゾロの唇に視線を落とした。
よほど深い眠りについているのだろう。
晒された寝顔は無防備でサンジ胸は妙にドキドキした。
男に無理やりキスをさせられるかも知れない、こんな緊迫した状況なのだから、どきどきするのはしょうがない・・・そう思おうとする。

「仕方がないわね。」
ふわりと、目の前をいい匂いが過ぎったと思ったら、ロビンが屈んで、ゾロにキスをした。
しっとりと、長い口付け。
サンジは瞬きも忘れて呆然と見入る。
軽く首を傾けて重なった唇の間から、吐息が漏れた。
頬にかかる髪をかき上げて、ロビンは何もなかったようにすっくりと立ち上がった。
固く閉じられていたゾロの瞼がゆっくりと開く。
声もなく注視する皆の前で、呑気に欠伸をした。

「うあ、もう朝か?」
「やったあ!」
歓声とともに、いくつもの拳がゾロに飛んだ。
ウソップやチョッパーも遠慮なくぱしぱし叩く。
ゾロは訳がわからないといった風に、眉間に皺を寄せてされるがままだ。
ナミはいたずらっぽい顔で笑い、ロビンは嫣然と微笑む。
サンジだけが横を向いて煙草をふかしていた。
胸の動悸が納まらない。
いや、さっきよりもっとずっと、どきどきしている。
それになんだか、きりきり痛む。

何故だかサンジは泣きたくなった。


END

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