Kiss



さすがにいつもとは違う宴会だったな。
壮行会ではなく前夜祭のような宴会。まあ確かに前夜祭ではあるか。
次のヤツが主役の宴会は、祝勝会だろうからな。誰も信じて疑わない。
その思いは俺だって同じだ。だから、久々に給仕しながらたらふく飲んで騒いだ。
それにしても、これだけ飲んだのは何時以来だ?ちょいと飲み過ぎたか。夜風が心地いい。
それよりこの冷たい板の方が気持ちいいな。
全身の力を抜いてみる。改めて、今日一日の緊張を思い知る。今の精一杯を注ぎ込んだ料理。
ヤツの力に、少しでもなるように。やべ、目から鼻水出そうになっちまう。
……おい、このタイミングでこっち来るんじゃねえよ。
ああでも、この靴音を切ねえ思いで聞くのも、今夜が最後か。

「そんな所で寝るとは、珍しいな」
「寝てねえ。くつろいでんだ。片づけも終わったしな。そっちは?」
「みんな部屋に引き上げた。転がってた奴らは適当に放り込んできた。」
「最後までご苦労さんなこって。俺様はシャワーを浴びるぞー。……っと」
「止めとけ、飲み過ぎだ」
掴まれた腕が、熱い。
「うっせー。てめえにゃ言われたかねえぞ」
振りほどいた勢いで、ふらついちまった。
「おい!」
また腕を取られ、反動でマリモに体当たりする。
「いってーな!てめえが振り回すから余計に酒が回るだろうが!ジェントルマンがシャワーも浴びずに寝られるか!てめえもさっさと寝やがれ!」
気づいちゃいないだろう。いや、気づいたとしても、気にもしないだろう。
ぶつかる寸前、掠めた唇。
あれは、俺にとっては紛れもないキス。確信犯だ。悪いな、ゾロ。
背中に視線。気付くな。何も言うな。

ああ、月が霞む。


朝、まだ明けきらない中、ゾロは小さな荷物と刀を携え、じっと空を見つめている。
俺が見ていることなど、気付いていないんだろうか。俺は、気付いて欲しいんだろうか。
あ、ナミさん。
何と声をかけたのか、振り向いたヤツの表情は、逆光で見えない。
宴会の次の日は昼まで寝ている連中も次々と出てきた。みんな激励の言葉を口にする。
誰もが笑顔だ。ヤツの勝利を信じているからだ。
「サンジ!サンジも来いよ!サンジからも頑張れって言ってあげて!」 
表情なんて見えないのに、ヤツの視線を感じる。ごめん、チョッパー。そこには行けねえ。
「迷子マリモ、頑張って目的地までたどり着けよー」
「頑張るって、そこかよっ!」
こういう時、すかさずツッコんでくれる奴がいるのは助かるぜ、ウソップ。
「サンジ君!」
「はーい、ナミすゎん♪アナタのために、朝飯の支度してきますね〜」
「サンジ君!!そうじゃないでしょ!?もう……」
「ナミちゃん」
背を向けた時、ロビンちゃんの優しい声が、ナミさんを遮るのが聞こえた。
本当に素敵な女性だ。ありがとう。

キッチンに入ると、ようやくヤツの視線から逃れられた。
寄っ掛かった壁。ズルズルと滑り落ちる。煙草を挟みつつ、唇に触れる。
ヤツに掴まれた腕が熱い。煙草を右手に、腕にキスをした。

みんなの声が、一際大きくなった。
腕に口付けたまま、目を閉じる。

どうか―――。

みんなの声が止んだ。

深呼吸を一つ。
さあ、今日も1日が始まる。


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