きららかな


ゾロとサンジは「恋人同士」だ。
だから今、2人は一緒に暮らしている。



外泊を繰り返すゾロに、サンジは何も言わない。

いや、食事をするのか連絡をしろ、無駄になっちまうだろ、と。そうは言っていたが。
外で食っても帰ってきても食う。ゾロがあっさりそう言ったら、泣き笑いのような顔をした。

言葉通り、帰宅すればゾロはすべてをたいらげる。
サンジは、ゾロがいないと食事をしないで待っているらしい。
毎回ゾロの向かいで食事をする。どんなに時間がずれていても。

2・3日帰らない時にどうしているかまでは、ゾロも知らない。
でも、サンジの仕事の間にこっそり家に帰った時は、食卓だとか冷蔵庫だとかに注意書がぺたぺた貼ってあった。
ちゃんとした食事は帰ったら作るから、こっちをあっためて食べていろ、とか。酒はつまみを食いながら呑め、とか。


おれの帰宅がいつになってもいいように、か。
ゾロは深く深く笑う。

―健気なことだ。





実のところ、サンジにだって、ゾロに負けず劣らずお誘いがかかっている。
いや、むしろ、男女問わずな分おれより多いんじゃねぇか。と、ゾロは疑っている。正確な数は知らないが。

だけどサンジは決してほかの誰とも一線を越えたりしない。
ゾロの愚痴を誰かに零したりもしない。
すべてを自分の中に収めて、何でもない振りをする。
何でもない振りをして、綺麗に綺麗に笑う。


傷が増えれば増えるほど、綺麗に。





そういえば、付き合いだした少しあと。
サンジがおずおずと、一昨日一緒にいた女の子は、誰?と訊いたことがあった。

そんなのを見たことは初めてじゃなくて、でも、次の日ゾロは授業をサボったから。
ずっと一緒にいたのかな、なんて、不安になったんだ。

そう言って俯いた。
恋人同士なのだから、不貞を責めるのに臆することはなかろうに、どこまでも不安そうで、申し訳ながっているとさえ感じられる口調で。

さぁ、誰だったかな、お互い味わってみたかっただけの、1回限りの付き合いだからな。
ゾロがそう言い放つと、サンジは、目を見開いて…おれじゃ、足りないのか?と言った。


聞こえない振りをしたゾロに、それ以上サンジが問いかけることはなく。



そんなことが、1ヶ月の間に4・5回続いて。
いい加減焦れたのだろう、サンジが、やっぱり女の子の方がいいんだったら、おれは離れるから…と、言った。

縋る様な目をして。やっぱり、だとか、当たり前だよなぁ、とか言うくせに、否定してくれ、否定してほしい、と、全身でせがんでいた。



おれはお前がいいんだ。お前がいてくれないとおれは何も出来ないんだ、いまさら。
でも、お前は外に出て行くだろう?

仕事もやめて、外に出ないで、おれ以外とは口もきかず目も合わせず、そもそも他の誰かと同じ空間にいることもしないで。
ただここでおれだけを見て生活出来るか?出来ないだろう?


そう問えば。
サンジは真っ青な顔で、おれにコックをやめろっていうのか。と気色ばんだ。


そんなこと出来るわけないだろう?だから、おれは、自分の欲求を分散させなきゃならねぇんだ。
なぁ、外で女といるのを見ても、気にスンナ。イチバン、はお前なんだから。



そう言って、わざと皮肉を滲ませて口角を上げた。
この表情にサンジが逆らえないことを、熟知していたから。




それから何年も経った今でも、サンジはゾロに何も言わない。
ただ時々、哀しそうな、引き裂かれているような目をするようになった。



弱みを見せたがらないサンジを、追い詰めるのは簡単だった。
日に日に憔悴していく姿は、途方もなく歪な美しさを孕んでいる。








2泊の出張に、行った先で出会った女を連れ出して、1泊。
4日振りに家に帰ると、突然ナミが訪ねてきた。訪ねて、というか、殴りこみのような勢いで。

サンジはめろりんめろりんと飲み物を用意しに飛んでいった。


その背を複雑そうに見送ったナミが、リビングに座る間ももどかしそうに切り出す。



…サンジくん、最近元気がないんじゃない?一緒に暮らすようになって、ますます無理してるみたい。
どうして大事にしてあげないの?あんたまた、出張先の子お持ち帰りしたでしょう。
あんた達、恋人同士なんでしょう!何考えてんのよ!?


口早にまくし立てられてうんざりする。
そうか、出張先で会った気がするな、こいつに。それでばれたのか。

睨み付けるが、それくらいで怯む女ではない。
怯むどころか、逆に責め立てられて閉口した。



サンジくんが大事じゃないの?可愛くないの?


ナミの声が高くなる。鬱陶しくてたまらない。




あぁ、可愛いさ。

あいつは、役に立つから可愛いんだよ。
どんな女よりもな。



投げ出すようにゾロがそう口にした瞬間。
リビングのドアの向こうで、何かが割れる音がした。




―サンジくん!


身を翻してドアを開ければ、蒼白な顔で立ちすくむサンジがいた。
手から滑り落ちたらしいトレイと、グラスや氷が散らばっている。

割れたのはグラス。
だけどそれだけではなくて、サンジの中で何かが割れてしまったのだと、ナミにはそう見えた。


ゾロは動かない。口角を上げたまま腕を組んでいる。さっきナミに責め立てられていた時と同じ格好で。
心なしか嬉しそうに―愉しそうに?




あぁ、聞こえちまったか?


ゾロが、殊更に明瞭に言葉を紡ぐ。
神経を嬲るような、あまやかな声音。この男はこんな声も出せたのか。



ゾロが目でナミを促す。
さっさと帰れ、出て行け、ここからはお前の見るべきシーンではない。


何を、と言い返そうとして、それでも従ったのは、そこに只ならぬ密約の気配を嗅ぎ取ったからだ。

ここから先に部外者がいてはいけない。
何故か判らないけれど、2人の間のこれは、契約の儀式なのだ、と。









2人きりになった部屋の中で、サンジは浅い呼吸を繰り返す。



悪いな、なんか聞いちまったか?

改めて尋ねたゾロの声に、我に返ったかのように。


…何が?あぁ、悪いな、グラス割っちまった、これ使いやすかったのに。


そう答えて、サンジはゾロを見ないまま破片に手を伸ばす。
震える指は隠しようもなく、ガラスに負けて血が滴った。



ゾロは、背後からゆっくりとその手をつかみあげた。
傷ついた指を口に含めば、当惑と歓喜と絶望とが均等に入り混じった瞳がこちらを向いた。


半分身をよじるようにしてこちらを向いたサンジを、抱えあげてソファに投げ出す。
重力に従い、唾液の線をひいて口から離れていった白い指。


感情が入り乱れる瞳が、光を乱反射して煌らかに浮かぶ。


ゾロは、口角を歪めた。
微笑み、というには昏く、ほくそ笑む、というには獰猛な…表情。



役に立つ?
…そう、おれを満たす役に。そんな存在はこいつだけだ。


これでいいのだ。サンジはゾロから離れられない。
どんなに痛めつけても。どれだけ傷ついても。



美しい白い生き物は、傷を蓄えてますます輝きをます。
複雑なカットを施されていたあのグラスが、破片になって尚鋭く輝いたように。


大切に大切に、壊していかねばならない。
ギリギリまで皹をいれて、そっと光に当てるのだ。この手の中で。


その瞬間が今から楽しみで、ゾロは嗤う。



あの至高の輝きは、おれだけのものだ。


END



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