きらきら <Natsuさま>


「おい、酒を選んでくれ」
 サニー号が寄港した島は、風土を生かした酒造りの盛んな島だった。ゾロにそんなことを頼まれ、「おう」と二人で船を下りたのが運のツキ。
 お約束の如く、「で、ここは一体、ドコなんだ!!」
 ゾロの頬を引っ張って、怒り狂うサンジの姿があったそうだ。


 大体、何度もゾロに言ったのだ。地図があるなら出せ、とかせめて店の名前くらい言え、とか。
 が、ゾロはガンとして、「てめェは黙って着いてくりゃいい」なんぞ不遜にかますから、ついそこで大ゲンカになり、肝心の店について聞くのを忘れてしまった。気が付けば、人っ子一人いないなだらかな丘の道をゾロとデートよろしく歩いていた。
 アホか〜!!
 折しもピクニック日和の温かな日差しが二人を包んでいる。
 青々とした緑が広がり、春を思わせる草花が道の両脇を彩っている。芝生の上で寝転んで昼寝でもしたら、きっと最高の睡眠が取れるだろう。
「テメェはホントにファンタジスタだな」
 サンジは絶望的な気分になりながら、がっくりと肩を落として、ゾロの数歩後ろをてくてくと歩く。もうなんて言うか処置のしようがない。こんな誰もいない場所じゃ誰にも何も聞けないし、戻るったって、何だか右とか左とか、何度も曲がったから、サンジだってその全部を覚えているわけじゃないし、つか町は一体、どこなんだ、って感じで。
 が、当のゾロは全然気にしたふうでもなく、「ま、歩いてりゃそのうちどっかに出んだろ」なんて言っている。
 どの口がそんなことを言うのだ。そんな行き当たりばったりな歩き方してっから、テメェは迷子になんだよ、と言ってやりたいが、もうそれさえも不毛で、やっぱり処置なしだ。
 でも、とサンジはふて腐れた風情であるきながら、横目でちらりとゾロを見て、まあ、時にはこんなのも、ちょっといいか、なんて思ったりした。
 サンジはゾロが好きだった。
 いつからなのかは当のサンジにもはっきりしない。記憶を辿ってみれば、もしかしたら最初の邂逅の時からかも知れない、なんて思う時さえある。もちろん、ゾロには内緒だが。
 自分の信念の元、真っ直ぐに自らの野望を見つめる男の背中を黙って見つめるだけだ。
 それでいい、とサンジは思っていた。
 不器用なまでに真っ直ぐにしか進めないなら、それを見届けてやろうと思う。道半ばで倒れようと、あるいはその野望を果たそうと、ただゾロの人生に寄り添い、その一部始終の生き証人になってやろうと思うのだ。他にサンジが望むべくものはすがすがしいまでに、何もなかった。
 だけど時折、ほんの少しだけ、ゾロに気付かれない程度になら、ささやかな幸せを噛み締める瞬間があってもいいかな、なんて思う。
 例えば、夜半のキッチンでゾロに酒を振舞ってやりながら、ゾロが満足そうに自分の作ったつまみを食っている時とか。
 例えば、着いた島で買出しをする時にゾロの顔を浮かべてみたりとか。
 本当に、ささやかだけれども。
 恋の成就なんて望んでいない。
 そんなものはゾロに必要がない。
 だから。
 こんなふうにデートじみてゾロと歩くのも悪くない、とサンジは思った。それに本当のことを言ってしまえば、ゾロに道案内を任せた時点で、実はこうなるんじゃないかな、なんて言う予感があったのも否めない。つか、絶対こうなるって判ってた気もする。
 こんなに長く一緒にいて、ゾロに道案内が出来るなんて少しでも思っていたら、その方がバカだ。でもサンジはゾロに道を任せた。
 ま、ちっとくらいはいいだろう?今日はオレの誕生日だし。神様がくれたハッピーなサプライズってことで。
サンジは心の中でちょっと言い訳する。
 この島に着くまでの航海がアクシデントの連続だったせいか、いつもクルーたちの誕生日は盛大にパーティをして過ごすのにうっかりスルーされてしまったのだ。まあ、別にそれはいいのだ。みんな疲れているだろうし、この島でゆっくり骨休めをして欲しいと思う。
 でも棚から牡丹餅みたいにそんな日にゾロと二人で過ごせる時間があるのなら、サンジにとってはラッキーなことこの上ないのだから。
 ああ、いい天気だぜ。どうせなら、コイツの好きなモンでも弁当にして持ってくりゃ良かったな。
 サンジはそよ風の吹く空気にまどろみながら、開放感溢れる透き通る空を仰いでそう思ったのだった。



 なだらかな勾配を抜けた時、ゾロが突然、歩みを止めた。ゾロの後ろをズボンのポッケに手を辺りの景色を楽しみながら猫背気味に歩いていたサンジは、うっかりゾロの背中に激突してしまう。
「何、やってんだ、テメェは。いきなり止まんじゃねェ!」
「おい、コック、見てみろ」
 二人の声が重なった。
「?」
 サンジが鼻を赤くしながら、ゾロの背からひょいと顔を出し、その先を見ると。
「こりゃあ・・・」
 満開の花を咲かせた大木の群れが圧倒的な存在感を持ってたわわに花を揺らしている。
「桜・・・か?」
「アーモンドじゃねェ?」
 二人の語尾が何気に疑問系なのは、その木の枝や花の形状は桜やアーモンドに良く似ているのに、花がゾロやサンジが知っているような白や薄紅がかった白色ではなく、薄い黄色、レモンイエローをもっと淡く、薄くしたような色をしていたからだ。
 一面の薄黄色。
 そよそよと。
 ざわざわと。
「行こうぜ、ゾロ]
 不機嫌な顔もどこ吹く風で、サンジは宝物を見つけた子供のような顔をして、走り出す。何だか知らないが、ポイントは稼げたらしい、と言うことにゾロは気付いた。
 そう。
 実は、ゾロもサンジのことが好きだった。
 そしてゾロは、サンジが自分のことを好きなのにも気づいていた。
 ゾロもいつからサンジのことをそんなふうに意識しだしたのか、はっきりとは判っていない。でも最初から気になって、捨て置けなくて、いつもその気配に神経を研ぎ澄ましていたら、サンジの行動、サンジの感情、サンジの呼吸、その全てが手に取るように判るようになってしまっていた。
 何だ、てめェ。俺を好きなら可愛くコクってこりゃいいじゃねェか。そしたら押し倒してあれやこれや仕掛けてやれるのに。
 そんなことを思っていたゾロだが、どうもサンジにそんな気は全くなのらしいと言うことにも最近気がついた。
 冗談じゃねェぞ。俺は欲しいモンは指を銜えて見ている気はねェ、とてっとりばやくサンジを連れ出して自分の気持ちを知らしめてやろう、と思った。ナミに「酒を選んでくれ、とでも言えば、サンジくん喜んでついて来てくれるわよ」なんてこの島に着く前日に何故かそう言われたので、何でもお見通しな魔女に若干ムカつきはしたが、まあ、それを実行したまでだ。実際にサンジが酒を選んでくれるなら、それはそれで嬉しいし、みたいな。酒は高い方が旨い、と言うわけではない。確かに高い酒は旨いが、好みがある。好みじゃない高い酒を飲むより、好みな安い酒を飲む方がゾロの理に叶っているし、船がバージョンアップしても相変わらず貧乏な海賊団だ。安くて、自分好みの旨い酒。これを探せるのはサンジしかいない。
 が、ロビンに書いてもらった地図の通りに歩いたって言うのに、この島で一番大きな酒屋に着くはずが、一向に辿り着かず、サンジが怒り出したのは前述の通りだ。アイツら謀りやがったな、と迷子の自覚がないゾロはナミとロビンが共謀して自分を嵌めたと思っている。断じて、そんなことはないのだが。
 ついでに言ってしまえば、不機嫌そうな顔をして歩いているサンジが実は結構、上機嫌なことにも気付いていた。こうなれば、後はどこか宿が見つかり次第、連れ込んで、押し倒して、とゾロは大雑把に決める。
 ・・・結局、押し倒すんじゃないか、と言う突っ込みはなしの方向で。
「綺麗だなぁ」
 満開の花の下で眩しそうにサンジは頭上に咲き乱れる花々を見上げていた。
 ジャスミンイエロー。
 ミモザイエロー。
 光の屈折で、濃淡の影を露にする黄色の花々。うねるように、迫るように眼前に広がり、空と地の距離感を失わせる。
 ひらひらと花びらが風に散り、舞う。
 まるで外の世界と切り離されたかのような独特な空気がそこには流れていた。
 シン・・・と静まり返っているようでもあり、誰かがひそひそと囁いているようでもあり。
 清冽さと禍々しさが同居しているかのような。
 その空間にサンジと言う存在がすっぽりと嵌っているかのように、ともすれば引き込まれていなくなってしまうんじゃないかと言う錯覚を覚えて、ゾロは咄嗟にサンジの腕を己の方に引っ張っていた。
「何だ?」
 どこかあどけない表情でサンジがゾロを見る。そして、笑った。
「テメェの迷子もたまには役に立つんだなぁ」
 なんて素敵な誕生日になったんだろう。 
 こんな美しいアーモンドの花の下でゾロと二人でいる。
 それだけでサンジは最高に幸せな気分だった。
 が。
「コック、てめェ・・・」
 憤懣やるかたないと言うか憤怒に耐えないと言うゾロの表情で、ゾロが奥歯をギリギリと噛み締めてサンジを見ていた。
「?」
「覚悟は出来てんだろうな」
 え?何の?
 なんて問い返す暇さえなかった。
 腹を空かし切った獣は、目の前の餌に猛然と食らいついたのである。



「あ・・・。あ、ヒデぇ・・・あぅん」
 下から突き上げられながらサンジはポロポロと涙を零していた。
 散った花びらのベッドの上、胡坐を掻いたゾロの上に座らされて、サンジはあり得ない場所にゾロの男根を受け入れて啼きながら、揺さぶられていた。
 最初は信じられない展開についていけない衝撃で、生理的に涙が零れただけだったのに、その涙はいつの間にか痛みから快楽へと進化してしまい、今はただ、ゾロの与える熱に溺れて泣く。
 黄色い桜に見惚れていたサンジが、あまりに無邪気にゾロを見てにぱあっと幸せそうに笑うから、ゾロの中で何かがプツンと切れてしまった。
 後はもう、本能に任せて、サンジの身体を暴いてしまった。有無を言わさず押し倒して、シャツの隙間から手を入れて指でなぶり、ついでに下半身は全部剥いて、何度も追い上げた。ゾロの熱い手で、唇で、何度射精させられたか、サンジにももう良く判らない。     
サンジが朦朧としてしまったことをいいことに、ゾロはサンジの閉じた柔襞を根気強くゆっくりと雄で突いて、その口を緩めて、含ませて、根元まで埋め込んでしまった。そして唇を噛み締めて、その衝撃に耐えているサンジの顔に煽られて、その身体を持ち上げて揺さぶった。
 いつしかサンジの身体が柔らかく撓り、ゾロが突き上げるごとに甘い声を漏らし出していた。
「あ、ゾロ・・・。イイ・・・ああっ」
 腰をくねらせて、ゾロの動きに応えて踊る。
 何でこんなことになったのか、サンジには全く判らなかったけれど、今だけでもゾロが自分のものになるなら、それだけでいい、と思っていた。
 熱い体が自分を抱いて、そして昇り詰めていくのだ。ゾロの情欲にまみれた雄の顔にメロメロとしてしまって、サンジはただひたすらその熱に酔った。
 こんなのは間違っている、と心の中でどこかそう思っている。
 けれど、今だけ。今日だけ。
 だって今日は、年に一度の誕生日なんだから。
 そんな言葉を免罪符にしてサンジはゾロの背を夢中で掻き抱いていた。
「ふぁ・・・あ、は・・・ア。はふ・・・ん」
 サンジの身体はしなやかで、ゾロを夢中にさせてやまない。抱いているのは自分の筈なのに、ゾロはサンジが自分を身体の全体で包み込んでいるような感覚に戸惑う。そして我を忘れる。
 ガツガツと揺さぶり、突き上げながら、ゾロは短く咆えた。
「クソ、てめェ、何だって、こんなに・・・イイんだ」
 狂わされる。
 これがないと駄目になる。
 タチが悪い薬のようだ。
「あふっ。ゾロ・・・、もっと。・・・あっ。うはぁ・・ん。」
 サンジの息が上がり、はくはくと空気を求めて何度も口を開ける。
「ん、ん、ん、ん、ん、んんっ」
「おい」
 ゾロがサンジの耳元で、サンジをしっかり抱きしめながら、サンジを快楽の極みへと押し上げながら、囁く。ただただゾロの与える熱に陶酔していたサンジはぼんやりと目を開けて、判っているのかいないのかはっきりしないまま「ん?」と微かに首を傾げた。
「サンジ、好きだぞ」
 サンジって誰?
 好きって、何が?
言葉を理解するよりも早く、身体の方がそれを先に理解してしまったらしい。突然、サンジの身体に火が着き、白い肢体が桜色の上気を発し、色づいて跳ねた。
「ああっ」
 そして数秒遅れて、サンジがその言葉の意味を理解する。
「あ・・・そ、そんな、嘘だろ・・・」
 ゾロに揺さぶられながら、サンジが身体の奥から湧き上がってくる凄まじい快楽に身を捩る。
「何が、嘘、だ」
「あ、だって・・・テメェが、オレを好き・・・なんっ・・てっ。あうっ」
「感じろ。ちゃんと俺の身体がてめェを好きだと言ってんだろうが」
 ゾロの雄が情熱を溢れさせんばかりにして、サンジの中をシェイクした。
「あん、あ、やだ。・・・ダメ・・、あっ」
 サンジの身体ががくがくと震えだす。
 ゾロは容赦なくサンジの奥を穿った。二人の繋がった場所から、とろとろと淫欲の液体から漏れてくる。
 ひらひらと黄色い花びらがサンジの視界の奥で舞っていた。
 幾重もの花びらが、サンジの頭上から降ってくる。 
 ゾロに身を預けて、くたりと頭を後ろにやれば、雪のように降る黄色い花びらが、光に透けてきらきらと金色に光ながら落ちてくる。
「あー、あー、あーっ」
 阿呆のように口を開けて、喉笛を晒し、身体を仰け反らせて、サンジがエクスタシーの階を昇り始める。
「くっ」
 ゾロが呻いた。
 風が強くなる。
 嵐のように花びらが一瞬、大きく吹き抜け、舞った。
「アァッーーッ」
 サンジはその瞬間、足を大きく割って、不自然に膝を折り曲げた格好で、ゾロの肩に爪をめり込ませて腕を突っぱね、背中を目一杯逸らし、ガクガクと性器から熱い飛沫を放っていた。同時にゾロがサンジの中へと大量の精液を溢れさせる。その感触にサンジの目が見開いたまま、濡れた。
 黄色い花びらがひらひらと散っている。
 光を受けて、きらきらと輝きながら、金色に散っている。
 サンジがエクスタシーの衝撃から戻ってきたのは、その花びらのように顔に降り注がれる柔らかい幾つもの感触だった。
 ゾロが愛しげにサンジの顔のあちこちに柔らかいキスの雨を降らせている。
「ゾロ・・・」
 サンジが掠れた声でゾロを呼んだ。
「ん?」
 ゾロが優しくサンジの目を覗き込む。
「好きだ」
「ああ、俺もだ」
 ゾロがサンジと繋がったままの楔の動きを再開させはじめた。
「あ・・・あ・・・ぁ」
 サンジの吐息が舞い散る花びらの中に溶けてゆく。
 ゾロの砲身がよりサンジの奥に埋め込まれて、抉られた瞬間、サンジは小さく啼いて、そして嫣然と、けれど幸せに満ちた微笑みを浮かべて目を閉じた。



「大丈夫かしら?」
 ロビンがふと窓の外を眺めながら、心配そうに呟いた。
 お気づきかと思うが、クルーたちはサンジの誕生日を忘れたわけではない。と言うか、忘れるわけがない。サンジが一番喜ぶものをプレゼントしたいとクルーの誰もが思っていて、きっとそれをあげられるのはゾロしかいなのも判っていて。
だからパーティをキャンセルしてまで、クルーたち皆こっそりお膳立てをしたのだ。
「大丈夫じゃない?」
 女部屋のベッドに寝転んで、雑誌を捲りながら、ナミが大して気にも留めていない感じで事もなげに言う。
「ゾロって何て言うか、勝負運って言うか、ここぞと言うときに絶対的に運を引き寄せちゃうんだから」
 サンジを愛しているのはゾロ一人じゃない。
 クルーの一人一人が船の愛すべきコックさんを大事に思っているのだ。
「ううん、そうじゃなくて」
 ロビンがナミを振り返る。
「え?」
「明日の一日遅れのパーティ。本当に開催出来るのかしら?」
「ん?」
「ゾロは限度とか知っているのかしら、と思って」
「あ・・・」
 ロビンの嫌な予感は見事に当たる。足腰立たなくなってゾロに抱えられて、さらにはそのままの格好でかなり島を彷徨った後、真夜中を過ぎてから帰って来たサンジはボロボロで。
一日遅れのパーティは、二日遅れどころか三日遅れのパーティに変わったそうだ。
 そしてゾロはちゃんとサンジに酒を選んで貰ったらしい。


The End



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