琴瑟


自分の生まれた季節にさほど愛着は持っていなかったが、最近しみじみといい時期だなと感じ入るようになってきた。
秋も深まり朝夕はめっきり涼しくなり、時折そぼ降る雨が一層の肌寒さを連れて来る。
そんなだからこそ、家の中の温もりに心引かれ布団が恋しくなるのだ。
そうして、一旦温かな布団の中に引き入れれば、もはやそこから抜け出したくなくなるような抗いがたい心地よさがあった。
サンジは毎朝、その魅力に絡め取られ陥落して、惰眠と快楽を貪る時間が増えた。
つまりはゾロの勝利である。

傍に寄るだけで熱を感じるだの暑苦しいだの汗臭いだの、散々な言われようで足蹴にされ、虐げられてきた夏とは違う。
今まさに俺の季節、俺の出番と張り切らずにはいられない、自分の誕生日と共にやって来る秋冬の気配は自ずとゾロを元気にさせた。
ああ、やはり11月は素晴らしい。
ゾロはそんな感慨に耽りながら、暖房などない冷え切った軽トラを走らせて家路に着いた。
砂利を敷き詰めた玄関前に車を停め降りると、足元でじゃりっと硬質な音がする。
夜も更けて、先ほどまでの雨で冷え切った石が凍て付いているのだ。
明日は霜が降りるかもしれない。

中庭で尻尾をブンブン振って出迎える二匹の犬は、ゾロを歓迎しつつも散歩のおねだり吼えはしなかった。
すでにサンジが済ませているのだろう。
颯太は、夏にあまりに暑苦しそうでゾロが適当に切った毛も生え揃って、ふわふわした巨大雪虫のように可愛らしい姿に戻っていた。
あの、颯太自身はそう気にしてはいなかったけれども、見る者皆が気の毒そうに目を背けた、みすぼらしい毛並みは跡形もない。
白くてふさふさしてふんわりして、いい感じに温かそうな長毛が暗い庭先でも元気よく浮かんで見える。

「飯食ったか?そうかそうか」
ゾロは一頻り風太と颯太と挨拶を交わし、玄関に回って「ただいま」と声を掛けた。
パタパタと音を立て、中からサンジが顔を出す。
「おかえりー、寒かったろう」
どんなに寒くても疲れていても凹んでいても、出迎えるサンジの顔を見ればすべてが吹き飛ぶ。

「今日は手伝えなくて悪かったな」
「いんや、久しぶりにスモーカーとヘルメッポが出てくれたから問題なかったぜ」
いつもの日曜日のように朝からレストランのスタッフに入るつもりが、請け負っているしろべのじいさんが腰を痛めたということで、急遽そちらに手伝いに行っていた。
忙しさはいつものこととは言え、後ろ髪が引かれる想いだ。
「確か、バースディケーキの注文も入ってただろ?」
「そっちはコビーに配達してもらった。忠さん、お前と一日違いなのな」
忠兵衛さんは12日生まれだが、今日が日曜日だからとお孫さん達が家で卒寿祝いをするらしい。
「なんにしろめでてえこった」
「うん、お前もな」
サンジに促され手と顔を洗って台所に戻ると、予想通り卓袱台の上にご馳走が並べられていた。
「酒も、奮発したんだぜ」
「おお」
サンジが掲げて見せる瓶に目を輝かせ、改めて卓袱台の前に腰を下ろす。
「どうもありがとう」
「誕生日、おめでとう」
今日は営業日で慌しかったろうに、ゾロのためにちゃんと祝い用のご馳走を作って待っていてくれたことが純粋に嬉しい。

「乾杯」
二人で杯を交わし、一息に飲み干した。
暖かい部屋と湯気の立つ料理と、サンジの笑顔ですっかり温まった身体にキンと冷えた酒が喉に心地よい。
「あー美味い」
「寒いかなと思ったけど、やっぱ冷やして飲むと美味いな」
「上等だ」
やや辛口の酒なので、サンジは一口飲んだだけでもう頬を赤くしてへろりと笑った。

外は風が出てきたのか、時折サッシを揺らして隙間風が吹き、遠くに樹々のざわめきが届いた。
それ以外は静かなもので、庭で眠る風太達もキュンとも鳴かない。
どれほど表が荒れようとも、部屋の中は温かく静かで穏やかだ。
ささやかながら隔絶された世界でぬくぬくと過ごせる喜びは、秋冬独特のものだろう。



「誕生日にこうやって、お前と二人で静かに過ごせるのが一番幸せだなあ」
「なんだよしみじみと」
恥ずかしい奴・・・と鼻の頭まで赤くしながら、サンジは自身も食事を取りつつゾロの杯に酒を注ぎ、お代わりを促した。
「毎年のことだから、今さらプレゼントとかないけどさ」
「そんなもんいらねえ、お前がいてくれるだけでいい」
臆面もなく言い切るゾロに、サンジはますます頬を赤くして口の中でモゴモゴ言いよどんだ。

サンジと一緒に暮らすようになって、ゾロは自分の気持ちをストレートに表すことに随分と慣れてしまった。
相手がサンジであることにこそ拘るが、後はいくらでもてらいなく言葉にできる。
一方サンジは、自分が言われてしまう側なせいかいつまでたっても慣れないようで、ゾロがさらりと本音を口にする度にいちいち赤面して口ごもる姿が愛らしい。
それで余計に、ゾロの目尻が下がってしまう。

「代わりと言っちゃあなんだが、俺からのプレゼントを受け取ってくれ」
酔いに乗じて軽く言えば、サンジは「は?」と首を傾げて動きを止めた。
「お前の誕生日に、なんで俺がプレゼント受け取るんだ」
「開ければわかる」
ずいっと目の前に小さな紙袋を差し出され、サンジは目をパチクリさせながら箸を置いて両手で受け取った。
リボンも掛けてなく封もされていない口をガサガサを開け、中を覗き込んだ。

「なんじゃこりゃ」
取り出したのは、黒い猫耳だ。
それと、同じく黒のチョーカーに赤いリボンは小さな鈴付き。
「・・・なんじゃ、こりゃ」
呆気にとられてもう一度呟いたサンジに、ゾロは酒を傾けながらにやんと笑った。
「俺からのプレゼントだ。快く受け取って、身に付けたお前を俺にくれ」
ゾロはもう、色々と吹っ切れている。



まあ一応、誕生日の夜な訳だし。
目一杯ご馳走して心からお祝いして、ついでに夜もそれなりに・・・と思わないでもなかった、サンジだって。
けれど、こういうのは想定外だ。

「こんなもん付けて、一体なにが面白いってんだろう」
これも男の浪漫と言う奴か?
前のエプロンも疑問だったが、これはさらに訳がわからない。
確かに、ハロウィンでこれと同じような猫耳をつけていたたしぎは可愛かった。
とても一児の母とは思えないほど愛らしかった。
だからと言って、サンジが猫耳を装着するのは、また意味が違うと思うのだ。
猫耳を付けるのが羨ましくてスモーカーに譲ってもらった訳でもないだろうに。
と言うか、スモーカーは一体どこでどうやって、こんなものを見つけてくるんだろうか。

前回はそれで誤解して、ゾロにエプロンを着させる羽目になったがあれはあれで破壊力がすさまじかった。
多分この猫耳もやってみれば悪夢の部類に入るだろうか。
それとも、案外似合って癖になるとか、そんなことはないだろうか。

思考が半ば現実逃避しながらも、サンジはゆったりと風呂に入り隅々まで洗った後、パジャマを着て髪を乾かし猫耳を装着してみた。
まだ少し湿った髪を手で梳いて、黒いカチューシャ部分を毛で隠してみる。
こうすると、頭から直接黒い猫耳が生えているように見えなくもない。
だが、そうすると猫耳の下にぴょこりと出ている本物の耳の説明が付かないではないか。

そこまで厳密に化けなくてもいいかと、不意に我に返った。
別に、ゾロは獣嗜好な訳じゃないだろう。
ただ単に、ふざけて猫の耳を付けたサンジを見てみたいだけなのだ。
多分そうに違いないと勝手に結論付けて、首にもちゃちゃっとチョーカーを結ぶとサンジはわざとサバサバした表情で洗面所から出た。

「どだ?」
先に風呂に入って半裸で布団の上に寝そべっていたゾロが、がばりと身体を起こした。
心なしか目が爛々と輝き、口元が愉悦に歪んでみる。
「おお、想像以上だな」
なにが?
満足げに目を細め、ちょいちょいと手招いた。
「ここにお座りしろ」
「・・・は?」
お座りってなんだよ、風太じゃあるまいし。
心の中で文句を言いつつも、サンジは渋々ゾロの前まで歩み寄って、膝を着いてぺたんと正座した。
「こうか?」
「おう、やっぱりよく似合うな。思ってた以上だ」
ゾロに熱っぽい目で見られ、感激したようにそう呟かれるとさすがに悪い気はしない。
「そうか?」
「おうよ、白い肌に赤くなった頬っぺが可愛い。それにすんなりした首に赤いリボンが映える」
よしよーしと、指先で顎下を擽られてしまった。
その仕種がおかしくて、サンジもくすくす笑いながらつい悪乗りする。
「くすぐってえ・・・にゃーん」
「んー」
首の後ろを掴んで引き寄せられ、かぷりと下唇を噛まれた。
そのまま舌を絡め唇を食まれながら、ゾロの手は器用に動きあれよあれよと言う間にパジャマを下着ごと脱がされてしまう。

「ちょっ・・・ま・・・」
「猫は服なんざ、着てねえもんだ」
猫決定かよ!
抗いたくとも自分から猫耳を付けてしまったのは事実なので、腹を括って開き直るしかない。
それでも、全裸のままでしどけなく横たわるには気恥ずかしさが勝って、サンジは上から覆い被さるゾロに両手足を絡めてぎゅっと抱き付いた。
強張った身体をあやすように、ゾロは背中に手を回して抱き寄せるともう片方の手でヨシヨシと頭を撫でてくる。
唇や頬、首筋に肩から腕へとキスをずらし、胸と脇腹、腰骨を辿って太股の内側を掌で撫でた。
それだけでサンジの中心は熱く固くなり、重なり合うゾロの腹に己の存在を主張するかのように濡れた先端を押し付けてしまう。
気恥ずかしさに首を捩れば、小さな鈴がチリンと鳴った。

いつもは土や油に汚れているゾロの指が、サンジと寝る時はことさら丁寧に爪の先まで洗われていることに、以前から気付いていた。
そんな小さな心遣いが嬉しくて愛しくて、好きだなあ素直に思える。
だから、そっとゾロの手を取り自ら指先を口に含んだ。
ささくれが舌に固く当たるのに、唾液を含めてちゅっと吸ってやれば、表皮はそれなりに柔らかくふやける。
分厚く固い爪に歯を立て、舌先で節を擽った。

ふと、目線だけ上げれば、ゾロは黙ってじっとサンジの仕種を見ていた。
その瞳にマグマのように情欲が沸き立つのがわかって、サンジは歯を立てたまま唇を開きチロリと舌先を見せる。
ゾロの指が唇の下を辿り、歯の裏を擦って口端を押した。
サンジの口内をいやらしくなぞりながら、開かれた口の中を覗き込んで来る。
「はむっ」
口を覗かれるのも恥ずかしくて、サンジはぱくんと指を咥えたまま唇を閉じた。
いやいやをするように首を振って顔を背ければ、ゾロの指はサンジの舌を押さえながら擦った。
そうしながら、もう片方の手がサンジの足の間へと差し込まれる。
「ふ、ちょ・・・」
口の中の指が二本に増やされ、舌を挟んで指先で擦ってくる。
そうしながら下の手はサンジの濡れそぼったものを擦り上げ、いつの間にか絡めたクリームを後孔に塗り付けて、ぐぬぐぬと押し進め始めた。

「・・・ふや・・・や」
ふへっと情けなく口を開いて、舌でゾロの指を押し出した。
てろりと口端から涎が流れ落ちるのを、慌ててシーツに擦り付け拭う。
「ん、もう―――」
「にゃーだろ」
小さく囁くゾロの「にゃー」が存外に可愛くて、サンジはつい噴き出して「にゃー」と答えた。

鳴き声をあげると自然と気分まで高まるのか、サンジは自ら四つん這いになり腰だけ高く掲げて、ゾロの手が隅々まで穿ち解す動きに合わせて身体をくねらせた。
まさしく猫のような仕種で伸びをして、ゾロの指を挟み込みながら身体をシーツに擦り付け快楽に浸る。
「気持ちいいか?」
「・・・んにゃあ」
興奮で掠れたゾロの声にぞくりと来て、瞳を眇めて横目で見た。
その目元にちろりと舌を這わせ、ゾロはサンジの腰を抱いてころりと仰向けにひっくり返す。
すでに熱く蕩けた部分に砲身をあてがい、ノックするように軽く押し当ててから一息に押し込んだ。
「ふにゃ、んぁっ」
いつも挿入時は慎重で、サンジがもどかしく思うほどに優しげなゾロだが、時折このように鼻息荒く切羽詰った感じで無茶をすることもあって、それはそれで嫌いではなかった。
と言うか、興奮は伝染する。

「ふ、はっ・あ・ぁ―――」
分け入るゾロを自ら誘導するかのように腰をくねらせ、サンジは足を開いて腹を押し付けた。
そうしながら仰け反ってハアハアと喘ぎ、ゾロの首に腕を回して短い髪の生え際に爪を立てる。
「あーい・・・い・・・」
ずちゅ、にゅちゅっと水音を立てながら、ゾロは遠慮のない挿迭を繰り返した。
そうしながら、左手でサンジの右足首を握る。
筋張った足の甲を親指の腹で擦り、足指の付け根を強く抓んだ。
「はう、あ、・・・あ?」
ぐいぐいと抜き差しを繰り返す律動に合わせ、ゾロは親指から順番に指の間をこそげるように押して擦り撫でた。
「ぁん、ちょっ・・・」
思わぬ刺激に、サンジの奥がずきゅんと疼く。
足の指なんて、今まで意識したこともなかった部分をゾロの力強い手が弄っている。
指の横や腹なんかは意外に肌が薄いのか、妙な感覚で心もとない。
「なん、か、あ・・・」
きゅむ、ぎゅっと窪みを押されると、くすぐったいと言うより気持ちがいい。
でもこんな足指なんて、汚いんじゃあ―――

「ふわっ」
驚いて飛び上がりかけた。
ゾロが、サンジの足の指を口で咥えたからだ。
「ばかっ汚い!」
なんせ足なのだ。
いくら風呂で、ちゃんと洗ってきたとは言え、ここまで歩いて来た訳だし。
なんせ足だし。
なのになのに、ゾロはサンジの親指を口に咥えてちゅっと吸ってから甘噛みし、次に唇をずらして人差し指(?)を咥え始めた。
「ふぁあ、それ、やあ・・・」
汚いと思うのと恥ずかしいのとくすぐったいのと気持ちいいのとだめだと言う背徳感と。
色んなものが一気に押し寄せてサンジは身も世もなく身悶えた。
そうしながら、無意識に身体の奥はきゅきゅうと収縮して、中に納めたゾロを貪欲に搾り取ろうとする。
「おま、きつっ・・・」
ゾロが、笑いながらも眉を顰め苦しげに呟いた。
その声の響きを足指から感じ取って、サンジは膝頭をぶるぶると震わせながら達してしまった。


「・・・は、は・・・は、あ―――」
ゾロの顔の横で、足の指はピンと張り詰め先が白く尖ってしまっている。
色を失くし体温も下がっているせいか、ゾロの手の熱さが一層心地よかった。
ふにゃんと弛緩して、さらにぎゅぎゅっと後孔だけが収縮する。
「すっげえ、感じてたな」
「・・・いうな、ばか」
こんなん反則、と詰りたいほど感じてしまった。
ゾロはいつも不意打ちで、サンジの新しい扉を易々と開けてしまう。

「足指だけでこんなんだったら、これからどうなることか」
ゾロがぼそっと呟いたので、サンジはは?と寝そべったまま首を傾げた。
首もとの鈴が、チリンと愛らしい音を立てる。
「こ、れからって?」
「可愛い黒猫ちゃんを、とことん可愛がってやろうって心積もりだ」
サンジの足の間に身体を沈めたまま、ゾロはしれっと答える。
「え、だって俺もう、いま天国見たし」
「今夜は日曜、そして明日は月曜日。定休日な、和々の休みな。みんな知ってて、誰も邪魔しに来ない、な?」
にっこにこと全開の笑顔で、ゾロはサンジの両脇に手を着いて上から覗き込んだ。
角度が変わって、サンジの中でゾロのモノがぐんと質量を増す。
さきほど、サンジと一緒にイったはずなのに。

「身体張ったプレゼントだと思って、覚悟しろよ」
いつもは穏やかなゾロの瞳の中に獰猛な光を見出し、サンジは本物ならへにょんと垂れるであろう猫耳を想像しながら、へたりとその場で力を抜いた。
「好きにしろ・・・にゃん」
控え目な泣き声は、すぐさま襲い掛かってきた猛獣に吸い取られた。


End