木下闇


まばゆい太陽、降り注ぐ真夏の陽射し。
青く澄んだ空の下、輝く海と波飛沫、水平線に沸き立つ真っ白な入道雲。
カラフルなビーチパラソルに覆われた砂浜は、どこからか沸き上がる華やいだ歓声に包まれていた。

「海だー!」
「う、み、だーっ!」
濡れた小麦色の肌には細かな砂が張り付き、たわわに実った丸い果実は小さな水着から零れ落ちそうだ。
茶色に染めた長い髪を掻き上げ、気だるげに寝そべるグラサン姿の美女達の間を、サンジとヘルメッポは爪先立ちで踊るように通り抜けた。
「夏だ!ビーチだ!」
「水着美女だ!」
テンションが上がる一方の二人に苦笑しながら、コビーは甲斐甲斐しくシートを広げパラソルを立てた。
ゾロは引率の先生よろしく、すぐにでも海に飛び込みそうな二人の首根っこを捕まえ、まずは準備運動からと砂浜に引き倒している。



お盆が来る前に、海に行きたい。
サンジの鶴の一声で、急遽海行きが決定した。
連日の猛暑続きで昼間から農作業ができず、昼寝ばかりしていたゾロにとって異論はなく、和々で居合わせたヘルメッポとコビーもすぐに乗ってきた。
どうせ行くならと、車で20分の近場の海水浴場を避け敢えて40分ほど掛かる、割と名の知れた海水浴場へと車を走らせる。
するとそこは、シモツキ村の近隣とはとても思えない、別世界が広がっていた。

「ちょ、ちょーあの二人、見ろよ」
「わーあの子臍ピアスしてる、痛そう」
「や、セクシーだろ」
「そうですか、ボクはちょっと引くなあ」
ヘルメッポとコビーがヒソヒソと会話している間も、サンジはずっとハート目で周囲の水着美女達を追っていた。
そんなサンジの背中にゾロはせっせと日焼け止めを塗りたくり、タオル地のパーカーを着せる。
「フード被っとけ、熱中症になるぞ」
ゾロの小言などまるで聞いてないで、サンジはさあ泳ごうとのヘルメッポの誘いを受けて勢いよくパーカーを脱ぎ捨て走り出した。

ビバ、夏の海!



そして午後。
混雑するだろうからと早めに海水浴場を後にしたにも関わらず、結局、国道に出るまでの道で渋滞に巻き込まれた。
ようやく国道に出られても、そこからさらに各信号で律儀に停止を繰り返し、普段なら片道40分の道のりを3時間かけて帰宅。
はしゃぎ疲れたヘルメッポとコビーは後部座席で高鼾で、サンジも助手席でウトウトしそうになるのをなんとか堪え、運転するゾロを気遣った。
「ガム、噛むか。それとも茶飲む?」
ゾロが眠らないようにと言うより自分が眠ってしまわないようにあれこれと話し掛けるが、ゾロの方はうんとかスンとか、答えにもならないような唸り声だけだ。
「平日なのに、すっごい人出だったよな」
「んー」
「みんなスタイルいいんだもんな、ビックリだよ。若いレディなんてたしぎちゃん以外久しぶりに見た」
「・・・・・・」
ゾロが無言で、じとーっと視線を流してくる。
サンジはなんだようと笑顔でその頬を突きながら、内心冷や汗を掻いていた。
まずい、ゾロがご機嫌斜めだ。



傍若無人でマイペースで、結構淡白な筈のゾロが意外なことにヤキモチ焼きだったことは、最近気付いた。
思い返せば、和々でアサコちゃんやルリエちゃんと話が盛り上がったとか、女性の会主催の料理教室で講師に招かれて奥様方に囲まれ褒められたとか、魚市場で漁師のおっさんに今度釣りにいかないかと自分だけ誘われたとか。
サンジにしたらその日の出来事的世間話を語って聞かせただけなのに、むっつりと黙り込むことがあった。
いつも無表情だし無愛想だしで外見的にさほど変化はないが、話の内容によっては額にぴしりと青筋が立っていたことがある。
そしてその夜は、大抵なんかしつこかったりちょっぴり意地悪だったりするので、あれ?これもしかして・・・?と思わないでもなかった。
がしかし、それはいつものゾロのキャラと掛け離れていて、俄かには信じられない。
もしかしてゾロって、ヤキモチ焼いてる?

今だって、なんだか冷たい視線が痛い。
日焼け止めを塗ったにも関わらず、焼けてヒリヒリする皮膚に視線までもが突き刺さるようだ。
よく見れば額の青筋は二つも浮いてるし、ご機嫌斜めどころじゃない「お怒り」なのかもしれない。
やばいなあまずいなあ。
明日はレストラン開店日なのに、ちゃんと起きれるんだろうか。
サンジは現実的な心配をしながら、仕方なく窓を開け進まない車から顔を出して風を受けた。





「お疲れさん」
「ありがとうな、送ってくれて」
ヘルメッポとコビーを事務所まで送って、置いておいた軽トラに乗り換えた。
二人が起きている間はゾロの態度は普通だったが、軽トラに乗り込んだ途端また口元がむっつりとへの字に戻る。
エアコンのない軽トラの中はまるでサウナのような蒸し暑さの筈なのに、なぜだか肌がひやりとした。

「ゾロ」
「・・・」
「なあゾロ、晩飯どうする」
「・・・」
「海から出る前にラーメン食ったしな、車ん中でもお菓子食ったしあんまり腹減ってねえよな」
「・・・」
「こらー、シカトすんなよ」
横を向いたきりの頬を、ぐにっと摘んだ。
食事している時はあんなに頬袋を膨らませているのに、平常時にはあまり皮膚が伸びない。
摘めなくてつまらないとか思っていたら、ゾロがいきなり車を路肩に止めてサイドブレーキを引いた。
その動きの乱暴さに呆気にとられていると、ゾロは素早く自分のシートベルトを外し助手席のサンジの首を掴んだ。
焼けた皮膚は掴まれただけでとてつもない痛みが走る。
痛いと叫ぶ前に強引に唇を塞がれた。

こんなとこでいきなりなんだとか、抗議の声を上げることもできず、サンジは仰け反ってシートに身体を沈める。
ゾロの舌が乱暴に口内を掻き乱し、舌に軽く歯を立てられた。
「ぞ、ふぉ・・・」
フガフガ鼻で息をしながら、サンジは宥めるようにゾロの頭を撫で潮でゴワゴワの髪を梳いた。
「わはった、わはった・・・はら」
舌を食まれながら、涙目で頷き返す。
「ごめん、悪かった」
「なにが、だ?」
ようやくキスを解かれたが、ゾロは至近距離に顔を近付けて下唇を指で摘んだ。
笑顔なのが、尚のこと怖い。
「かわひひおんなのほに、うかれてごめんなひゃい」
ニコッと音でも立ちそうなほど全開の笑みを顔に貼り付けて、ゾロはちっとも笑ってない目で見据えた。
「今夜は、飯食ってる時間、ねえかもな」
指を離すと、何もなかったかのようにシートベルトを閉め直して軽トラを発進させた。

怖い。
ものすごく怖くて、心臓がバクバク鳴ってる。
のに、なんだか怖いだけじゃない部分でドキドキしてんのは、なんなんだろう。





家に着いたら風太がジャンプして出迎えてくれた。
すぐにでも散歩に連れて行ってやりたいが、ゾロはそれを許してくれない。
サンジに風呂を張るようにだけ言って、ゾロはさっさと餌を持っていくと、風太の前にしゃがんでなにやら言い含めている。
それで大人しくなる、風太も風太だ。

海の家でのチョロチョロシャワーじゃ海水は到底落としきれてなくて、身体中がゴワゴワしている。
ソーラーパネルでいい具合に湯は溜まっていて、ボイラーを点けなくても快適な温度だ。
(ゾロが住み込む時点でソーラーパネルは完備されていた。通称「屋根の湯」)
サンジとしたら、お先にどうぞというつもりだったのに、あれよあれよという間に勝手に脱衣所に連れ込まれ、身包み剥がされて風呂場に放り込まれた。
ゾロも手早く服を脱いで全裸で中に入ってくる。
「せ、狭くね?」
去年までも確かに二人で一緒に風呂に入ったことはあったが、なぜかサンジだけが全裸でゾロは着衣だった。
けど今は二人とも全裸。
しかも一緒にお風呂に入りましょうかなんて雰囲気ではなく、ゾロ一人だけが相当凶悪だった。
主に一点のみだが。

「おい、水着や下着なんかは下洗いしないと、砂が・・・」
サンジに皆まで言わさず、ゾロは勢いよく蛇口を捻ってシャワーの水を頭から掛けた。
ぶわっと口から息を吐き出し、ついでに痛い痛いと悲鳴を上げる。

「水が、沁みるっ、ちょっ勢い、すげ」
ガシガシと髪を掻き混ぜられた。
洗われると言うより、うるさいから黙れと頭から押し付けられる感じだ。
その間に湯船にも湯を張って、ようやくシャワーを止めてくれた。
「ゾロ〜〜〜」
サンジはへにょんと眉を下げ、浴槽に腰掛けた自分の前で胡坐を掻くゾロを見下ろす。
「ごめんって言ってるだろう。怒るなよ」
「怒ってねえよ」
「うそ、怒ってる」
ならこれはなんだと、また頬っぺたをぐにゅっと抓んでみた。
への字に伸びる様が、なんだかおかしい。
「仏頂面」
「生まれつきだ」
サンジは長い両足でゾロの身体を絡め取るように挟むと、胸の前でゾロの頭を抱いた。
「あのさ、つい嬉しくてテンション上がっちゃったんだよ。だって今日は天気いいし、海は広いしお姉様方は綺麗だったし」
はしゃぐ気持ち、わかるだろう?
そう言えば、ゾロはむすっとしたまま頷いてみせる。
「お前だって男だしさ。可愛いレディとかいっぱいいたら、嬉しくなるだろうが」
確か、ゾロはサンジと出会う前は普通にノンケだった筈だ。
いや、いまもそうじゃないだろうか。
たまたまお互い、好きになった相手が同性だっただけで、基本は異性相手が恋愛対象の筈。

「女の子、好きだよな」
「お前ほどじゃねえ」
・・・うわあ
どうしよう、ゾロがモノホンに近付きつつある。
「あのな、俺だって可愛いとか綺麗とか、はしゃぐけどよ。ほんとに好きなのはお前だけだから」
「わかってる」
わかってるなら、なぜ怒る。
「なにヤキモチ焼いてんだよ」
「は?んなもん焼いてねえよ」
ゾロは軽い声を立てて、眉を上げて見せた。
そういう動作は酷薄そうに見えて、サンジは苦手だ。
「ただ、てめえは言いつけを守らねえから」
「あ?」
言いつけって、なんだろう。

ゾロはボディソープを掌に大量に出すと、サンジの腕をとりゆっくりと撫でた。
「あ、わ・・・い、いて・・・」
肩から首に掛けてが、日焼けが特に酷い。
痛いとか沁みるとか、サンジの声に臆することなくゾロは掌で撫で回した。
「焼けるからパーカー着とけつっただろうが」
「えーけどーあの状況で着込んでるって、かっこ悪くね?」
輝くビーチとまばゆい水着美女に吹っ切れて、勢いよく脱ぎ捨てたのが悪かったか。
がしかし、あの後ビーチバレーだってしたし、どっちにしろ邪魔だった。

「砂が引っ付いたとかなんとか言って、背中撫で回されやがって」
「え、あれは親切に払ってくれたんだよ」
「日焼け止め塗り足してやるって、あちこに弄られやがって」
「や、あれはちょっと擽られたってえか、おふざけで・・・」
「ピアス付けてみたらって、乳首つつかれてたよなあ」
「ちょっ、違うって、あれは冗談だって」

開放的な雰囲気で大胆になっていたのは、相手の女性達も同じだった。
帰り際には、一緒の宿に泊まりましょうよと車に拉致られかけもしたのだ。
その間中、ゾロは知らん顔して横を向いていたくせに、実はものすごくよく観察していたってことか?
「見てたんなら止めてくれりゃいいのに、なんだよムッツリスケベ」
「おうよ、それがどうした」
開き直って胸を張り、もはや全身泡だらけでヌルヌルのサンジに己の身体を擦り付ける。
「別にヤキモチなんざ焼いてねえよ、ムカつくだけだ」
「それをヤキモチってんだ、あぁ」
滑るサンジの身体をがっしりと掴んで、背中やら尻肉やらを揉みしだく。
焼けた肌がチリチリと痛むが、それよりもゾロの指の微妙な動きを慣れ親しんだ感覚がすぐに捉えてしまった。
「や、あ・・・はっ」
逃れようと背中を撓らせたら膝が滑って、尻だけ突き出すような格好になってしまった。
滑らかな泡に助けられ、ゾロの指がなんなくその間に滑り込む。
「や、入っ・・・入れ、な」
「なんだ、もうぐちょぐちょじゃねえか」
無意識に動きを止めようと太股を閉じたら、ゾロの腕がヌルヌルと滑った。
拒むより誘うような動きになってしまって、サンジの腰がひくひくと前後する。
「ま、なか・・・あ、むりっ」
「ああ?なに締めてんだよ」
動きづれえよと、意地の悪い笑みを浮かべ囁いた。
いつもは勤勉な好青年の顔をしてるくせに、なんでこんな時だけ人格豹変するんだよ!

「ま・・・むり、だ、あ・・・」
「なんだ、もっと奥か?」
「あ、や・・・あ、そ―――」
「ん?ここか、それともこっちか」
「んはぁっ・・・はっ」
堪らず伸び上がり、ゾロの首に齧り付いた。
後ろばかり弄られて放ったらかしの前を、ゾロの臍に押し付けて動物じみた動きで擦る。
ゾロは宥めるように尻を揉むと、そのままサンジの腰を抱いて持ち上げた。
「指だけじゃ、足りねえか?」
「ん・・・」
「ん?」
「足り、ない」
舌っ足らずな答えに満足して、ヌル付く身体を膝の上に乗せゆっくりと下ろす。
「ひ・・・は、あっ・・・」
息を飲み込み少しずつ吐きながら、サンジは襲い来る衝撃と質量をなんとか逃そうと努力していた。
湯気のせいだけでない、肌に浮いた汗を舐め取りながら、ゾロは日に焼けた胸元に唇を押し当て硬く尖った乳首に歯を立てた。

「ここにピアス付けんなら、俺が穴開けてやる」
「い、や・・・」
あああと長く深いため息を吐いて、サンジは射精しながら小さく痙攣した。








「あー・・・酷い目にあった」
ほとんど湯船に浸かることもないまますっかり湯中りしたサンジは、エアコンの効いた部屋で卓袱台に突っ伏していた。
麦茶を一息に飲み干したグラスは、空なのに水滴が付いている。
もう一杯飲みたいと思いつつ、顔を起こすのが億劫だ。

ゾロは、風太と夜の散歩に行った。
その間に軽い夕食でも用意しようと思っていたけど、さして腹も減ってないし違う意味で腹いっぱいだし、もういいやと投げやりに思う。
腹が減ったら、ゾロは勝手に食うだろう。
このまま眠ってしまったとしても、また布団を敷いて寝かしつけてくれるだろう。
そんな安心感があるから、敢えて自分でなにかしようとも思わないで、ただ漫然とうつ伏せている。
痛いばかりだった背中も首筋も、ゾロに手当てされたおかげで今はしっとりと潤い落ち着いた。
あとは頬と身体の火照りを冷ますのみだ。


あんなヤキモチ焼きだとは思わなかった。
こんなんじゃ先が思い遣られるなんて、思ったりもした。
束縛されるなんて御免だなんて、肩を竦めて見せる自分が脳内に浮かんでいる。
なのに―――
散々啼かされて、喉だってヒリヒリと痛むのに。
卓袱台に頬を付けた顔は、なんだかヘラヘラと笑っているのだ。
参ったなあ、弱るよなあなんて口でボヤきながら、なぜかニヤけてしまうのだ。

なに考えてるかわからないゾロだったのに。
なにかに執着を見せるなんてことがなかった、ゾロなのに。
しかも随分と怒ったふりしておきながら、明日店があるからって相当手加減してくれた。
なにこれ、ツンデレ?
愛されてるって、こういうこと?


参ったなあ、困ったなあ。
そう呟きながら、サンジはいつの間にか眠りに落ちていた。

庭先では、秋の虫が集き始めていた。


END


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