木の実の秘密3  -みあ様-


早朝。メリー号の周囲は朝靄で覆われていた。

いつもなら、サンジ一人が朝食の準備をしているような時間なのに、今日は甲板に人影がいくつも見えていた。


サンジは、甲板に正座をさせられている。
隣には、小さな虫かごが置いてあり、中では麦わら帽子を被った小さな赤い生き物がうごめいていた。

「おい。ナミ。そんなに怒ることもねェだろうが」

マストに寄りかかって、そんなことを云ったゾロに、ナミの拳骨が落ちた。

「あんたもよっ!何、一人で無関係な顔をしてるのよ。正座!」

ナミが腕を組み、二人の前での仁王立ち。

「おい。ナミ。パンツ見えてるぞ」

拳骨2発目。ゾロの頭に、たんこぶ二つ。
サンジも、手をついて体を浮かせると、瞬間的に横に向かって蹴りを入れていた。

「いいじゃねェか。ナミ。ミニルフィも無事に捕まったわけだしよ」

サンジに蹴られた腰をさすりながら、ゾロが文句を云った。

「うっさいわね!もとはといえば、あんなもの、もらってくるあんたが悪いんでしょ!」

ナミは憤懣やるかたなかった。


あんなものとは、先日、立ち寄った島でもらった「親指姫の種」。
ごく普通のどんぐりにしか見えない。
しかし、これは芽を出して咲かせる花に、親指姫がもれなく入っているという不思議木の実だ。
しかも、その親指姫の姿形は、木の実を撒いた人間の想い人と瓜二つのミニチュア版になるという。
そんなこととは、露知らず、ゾロに渡され、サンジにそそのかされ、うっかり、木の実を埋めたナミの目の前には…。


虫かごの中でじたばたしているミニルフィをじろっと見て、ナミが聞いた。

「で?サンジくん。ゾロ。これは、どうやったら消えるわけ?」
「本人が相手を好きだと自覚したら」

ゾロがしゃらっと云ってのける。

「いい加減、観念して認めたらいいじゃねェか。本人がどう思っていようと、どうせバレバレ…」

拳骨3発目。
サンジは、咳払いして、さりげなくタバコを探り、これもナミから睨まれた。
二人揃って、ごめんなさいをするしかない。

「ごめんね。ナミさん。具体的にどうすれば消えるのかは、分からないんだよね」
「ちょっと待って。だって、おかしいじゃない。サンジくんだってあの木の実を埋めたんでしょ?何で分からないの?」
「ほらみろ、コック。お前がちゃんと埋めとけば、良かったんじゃねェか」
「ああ?だったらお前が自分でやれっての。人にばっかり責任押しつけるんじゃねェ。このクソマリモ」

二人がつかみ合いを始めた。

「いい加減にしろ〜!」

ナミが怒鳴った。今度はサンダーボルトが発動した。



「分かったわ。それじゃ、サンジくん、命令。もう一つあるんでしょ?それを埋めなさい。それで、消し方を研究すること」

に〜っこり笑って、麦わらの一味、影の実力者から最強の命令が下る。

「いや…それは勘弁…」

しどろもどろになるサンジを、ゾロが不審げに見た。
眉間に、縦じわが寄っていた。

「サンジくんが好きな相手って誰なのかなァ。すっごく、私、知りたいんだけど」
「ええと?そんなの、ナミさんとロビンちゃんに決まっているさ〜」
「ふうん?それじゃ、問題ないわよね?」

ゾロの眉間の縦じわの数が増える。
ナミが、小悪魔の笑顔で、サンジを嬲っている。
逃げ場のない鼠をいたぶる猫そのものだ。


「ナミ。お前、分かっててやってるな?」

ため息をつきながら、ゾロが云った。

「あら?何を?」

額に未だ青筋を浮かべた顔で、ナミが微笑んだ。

「俺と、コックはそういう関係だ」
「そういうって、どういう?」

切り替えされて、ゾロが詰まった。
サンジが思い切りゾロを蹴飛ばした。

「ふうん?」

完全に、ナミは女王様モードがスイッチオン。
決まり悪げな二人を、交互に見た。

「サンジくんの撒いた木の実から、誰が出てくるか、ホント楽しみ。いつも、私とロビンのことを、大好きって云っているものね?あれ、嘘じゃないわよね?」

どちらにしても、サンジに逃げ道の残されていない台詞を残し、スキップしそうな勢いで、ナミは去って行った。



二人は、ぐったりと甲板にくずおれた。
正座させられていた脚が痛い。

「マリモ、手前ェ…ナミさんに、余計なことを…」
「あのアマ、最初から分かっていたに決まっているだろうが」

小声で言い争う二人に、くるっと後ろを振り向いたナミの声が響いた。
虫かごを、指さしている。

「それ、人目に絶対晒さないでよ!いいわね!」
「あっ。はあい!ナミさん。了解でっす!」

サンジがブンブンと、手を振るのに対して、ゾロは腕を組んでそっぽを向いてケッと厭そうに云った。



”それ”は現在、虫かごの網に、がじがじとかじりついている。赤いチョッキがかわいらしい。

「とりあえず、エサ、やるか」
「肉、だよな?」
「多分」

二人は、顔を見合わせてため息をついた。

「で、マリモン、あれはどこにある?」
「あれって?」
「木の実だよ。例の」

何だ、本当にやってやるのか、という顔をしてゾロが腹巻きに手を突っ込んで…顔をしかめた。

「どうした?」
「いや。…あるには、あるんだが」

ゾロの手には、小さな袋が握られていた。
中には、同じような木の実がぎっしり。

「何で?」

手の上に開けてみても、どれが例の木の実か、まったく分からない。

「ルフィの奴が、昨日やるって云って寄こしたんだが…うっかり混ぜちまった」
「まさかと思うけど、誕生日プレゼントのつもりかな?お前、そろそろ誕生日だろ」
「ああ、そう云えば」
「忘れんなよ。いくら植物だからって」
「いや。シモツキ村では、生まれた時に、一才と数えて、それから正月が来るごとに、全員一斉に、年を一つ取ることにしているから…」
「それじゃ、お前、実は年下?」
「ルフィと一緒にすんな。普通に誕生日を数えて今度で十九だ」
「ああ、そっか。まあ、そうだよな」

かわいくないもんな、老けてるし、などとサンジがぶつぶつと呟いた。
二人でしばらく木の実をいじくり回すが、どうしても、例の不思議木の実がどれかは分からない。

「あー!もう、いい。ゾロ。全部撒こうぜ。どれかは出るだろ」



移植ごてを持ってきて、二人で次々と、埋めていく。
蜜柑の木の根元は、掘り返した跡でいっぱいになった。
じょうろでしっかり、お水もかける。


「これでよし!と。さあ、急いでメシの用意だ。…と、どこ行くんだよ」
「もう一寝入りしてくる」
「んだと?こらァ!こう云うときくらい、ちったァ手伝え。クソマリモ」

悪態をついてサンジがずるずると、ゾロをキッチンへと引っ張って行った。
実際には、サンジはゾロにお茶を淹れて飲ませた後は、何も云わずに放っておいたし、ゾロはラウンジの隅のソファで居眠りを始めたのだったが。

ミニルフィは。肉を入れてやると、喜んで食べ出した。
サンジは、あちこち置き場所に頭を捻った結果、食器棚の片隅へとしまっておくことにした。






「な〜。サンジ。何だか、きれいな花がここにあるぞ」

数日後の、ある朝。
チョッパーがサンジを呼んだ。
甲板で思い思いに過ごしていたクルー達も、物見高く集まって来る。


「ん〜?どうした?チョッパー…う!」

サンジがルフィの指さしているところに目をやって…口からタバコを取り落とした。
チョッパーの蹄の先には、チューリップのような蕾をつけた草が何十本も生えていた。黄色の蕾と、みどりの蕾とがある。
ルフィも、すぐそばに寄って、覗いている。

「あら。変わったお花。でも、どこかで見たことがある気がするわ。何だったかしら」

ロビンが、腕を組み、人差し指を頬にあてて首を傾げた。


途端に。


ぽんと黄色い花が一つ咲いた。
中では、金髪の可愛い男の子が、あくびをして、伸びをしていた。

「サ…サンジ!?」

チョッパーがのけぞった。

隣の緑の花が、ぽんと咲いた。
中からは、針のような剣を構えた緑の髪の男の子が飛び出てきた。

「おー!!ゾロもいたぞ〜!うひょう〜!面白れ〜!」

ルフィが喜んで、ミニゾロを追いかけだした。
ミニサンジの方は、眠そうな顔をして、チョッパーの蹄の上で、うつらうつらとしている。
「そうそう。”親指姫の種”だわ。好きな人を想いながら種を蒔くと、その人のミニチュアが出てくるの」

ロビンが、にこにこと、手を打って解説をする中、何十個もの花のつぼみが、それぞれ、ぽんと咲いては、中から小さなゾロと小さなサンジが飛び出てくる。

親指ゾロと、親指サンジの出てきた後、親指姫の花はしばらく風に揺れ、花びらが一枚、二枚散ってゆき…淡雪のように、地面に触れる前に消えて行った。

「ちょっと待ったァ。ロビン。サンジとゾロが出てくるってことは、この中に、誰か二人のことを、好きなヤツがいるってことか?…て?何?誰が?俺、何も聞かなかったからな〜!」

気づいてしまったらしいウソップが絶叫した。



クルー達の目の前で、小さなゾロとサンジが甲板中を駆け回り始めた。手すりの上を走るのまでいて、危なっかしいことこの上ない。
ルフィとチョッパーが、面白がって追いかけ回し、小さくても凶暴な二人から、反撃を食らう。
見た目もそのままなら、中身もそのままらしかった。

「ちょ、ちょっと、サンジくん、これ、どういうこと?」
「いや。俺にも何が何だか…」
「おい?ルフィ。お前、あの木の実、どこでどうしたんだ?」

ゾロが、ルフィをとっつかまえて訊ねる。

「あ?前の島で、ライオンウサギに食われそうになっていたパンダ亀を助けたらくれた。パンダ亀の恩返しだな!」
「これが何か分かっていたのか?」
「分かんねェ!」

ルフィが、捉まえたミニサンジをべろんとなめた。

「あれ?このサンジ、食いもんの匂いがしねェなあ」
「寄こせ!ったく。食うな!」

ゾロが、ひったくった。じたばたと暴れている、ミニサンジだ。



「つまり…あんたたちは、親指姫の種を、それと知らずに、大量に撒いちゃったってわけなのね?」
「はい…そうみたいデス。すみません」

小さくなったサンジに、ナミが深く深くため息をついた。

落ち込んでいるサンジの肩を、ウソップが、叩いて慰めてやる。
本当は、ウソップもちょっと慰めて欲しい気分だったのだけれど。
完全に二人の仲は全員にばれたのだ。サンジはそれがショックだった。
ゾロは平然として甲板を眺めていた。
さっきのミニサンジが、ゾロの髪の毛にぶら下がって遊んでいる。


「それにしても、お前らって、小さくなってまで、喧嘩をするんだな」

げんなりとした顔でウソップが呟いた。
見てみると、確かにそこかしこで、ミニゾロとミニサンジが喧嘩を始めている。

「いいぞ〜!やれやれ〜!」

ルフィはすっかり喜んで見物を始めた。
チョッパーは、懐かれたらしく、帽子の上に、親指サンジと親指ゾロを何人も乗せている。Alice in wonderland状態でとてもかわいらしい。

「まあ…船を壊されることはないだろうから、いいけどよ…」

ウソップの云ったそばから、板が割れる音が響いてきた。

「くおら!お前ら小さいくせに、破壊力は一人前か〜!」

怒って追いかけたウソップを、ミニサンジとミニゾロの集団が、じとっと睨むと逆に追いかけ回しだした。
 
「うわ〜!ごめんなさ〜い!」




「ねェ?ロビン。この子達って、この後、どうなるの?」
「何もしなければ、ときどきお水をあげて、枯れるまでに、一年くらいは保つと聞いたけれど」
「…植物なのね」
「でも、大抵の場合は…」

いいかけて、ロビンがゾロの方を見た。
ミニサンジが、ゾロの頭から、肩に降りた。
ゾロが、ミニサンジをつまみ上げて、手の上に乗せてしげしげと見ている。
ミニサンジが、ゾロの顔をしかめつらしく、見返した。くるんと巻いた眉毛までそのまんまだ。
途端に、ミニサンジがジャンプをした。


「あれっ?」


サンジも、ゾロの手の上の小さな子を見ていたのだが。

「消えた…」

ナミが呟いた。

「木の実を撒いた人と、キスして、消えちゃうんだそうよ」

冷静に、ロビンが結んだ。

「あ。それで、自覚すると、なんだ…」

サンジが肯いた。
後で、ナミさんには、虫かごを渡さないといけない。
水を飲んでいれば良いはずなのに、肉を食べたがる、本人そっくりの小さなルフィを思い出して、サンジは少し笑った。
実際に、二人が結ばれるには、まだしばらくかかりそうな気がしていた。





一日が終わり、クルーの殆どが寝入った深夜。
ラウンジで、サンジがシンクに向かって作業をしている。
食卓では、ゾロが酒を飲んでいた。
使われていないグラスが一つ、向かいの席に置かれている。

「さっきので、全部かな」

サンジが、首を傾げた。
一日中、二人のところへは、代わる代わるに小さなミニチュアさん達がやってきて、キスをねだっては消えて行ったのだった。
どこを見ても、小さなサンジがいて、どこを見ても、小さなゾロがいる。そんな一日だった。

「ああ、多分な。ほら、お前の分。飲めよ」

ゾロがサンジの為のグラスに、酒を注ぐと、席を立った。
サンジの斜め後ろに立つが、顔をしかめる。
魚を捌いている最中だった。

「あ〜。持てねェな。それじゃ」
「飲ませてくれねェの?」

サンジが薄く笑った。

「難しいことを云いやがって」

作業をしている男の口に、グラスをあてがうが、サンジは笑うばかりで、縁が歯に当たって飲ませるどころではない。
あきらめて、憮然とした顔をしているゾロに、サンジは首を傾げて誘うように笑って見せた。

「難しく、ないだろ?」

今度は、了解して、ゾロはアルコールを口に含むと、自分の方を向いたサンジに口づけた。
ゆっくりと、ゾロの口の中で暖まった液体が、サンジの口の中へと移動する。

「旨いか?」
「んー?良く分からねェ。もう一度」

サンジの喉の奧から、クスクス笑いが上がった。
ゾロも笑いながら、もう一度同じ動作を繰り返した。

「旨かったから、ご褒美をやるよ。ちょっと待ってな」

ゾロが席に戻るのを確認して、サンジが作業の手を早める。
長い包丁をとりだすと、すっすっと刃先をひらめかせては、皿に落としていく。
つぎに、刃の大きな包丁で、手先を見えないほどのスピードで細かく動かし始め、低い口笛を吹きながら盛りつけを行った
。一通りの作業が終わったと見えて、今度は流しの始末をつけ始めるが、その間にも、コンロで湯気を立てている鍋で、何やら温めている様子だった。



「ほら」

サンジが、ゾロの前に、藍の大皿を静かに置いた。
ゾロの眉が、ぴくりと上がる。

何種類かの刺身の盛り合わせ。
野菜を花が咲き乱れるような飾り切りにして、一緒に盛りつけてある。菊の花を中心に、見事な秋の風景がそこにあった。

「それから」

ゾロに、猪口を渡すと、熱燗にしたとっくりを傾けた。

「何だ。やけに優しいな」
「まあね」

二人でつまみをつつき、返杯を繰り返しながら、ゆっくりと酒を飲む。
サンジの目元が、たちまち赤くなり、潤んだようになってきた。




「あれ?まだいたのか」

テーブルの上に、ミニサンジと、ミニゾロが、一人ずつ、よじ登ってきた。

「キスしてやるか。おいで」

サンジが云ったが、二人は、近寄ってくる気配がない。


「あ」


サンジと、ゾロの目の前で、小さな二人は抱き合ってキスをした。
そして。
次の瞬間に、消えていなくなった。


一拍おいて。


大きな二人の視線が、笑いを含んで出会った。
時計が0時を告げる。



「ゾロ。誕生日おめでとう」



サンジの言葉が終わると同時に、二人の顔が重なった。
Happy birthday! Zoro!



おわり。


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