君の声 <まめさま>


「幽霊?」
 ナミが眉をしかめて聞き返すと、ウソップは大真面目に頷いた。他のクルーも眉を上げウソップを見る。
「幽霊ってサニー号にか?」
「ああ」
 サンジの問いにも真剣な表情で頷く。
「フランキー、何かびっくりな仕掛けでもあるのか?」
「いや、そんな訳の分からない仕掛けはしてないぜ」
 至極真面目な顔でフランキーが言った。自分の体の改造は棚上げである。
「風の音でも聞き間違えたんじゃない?」
「いや、あれは絶対に人の声だった。夜中ションベンしたくて起きたら、どこかから何か…苦しそうな感じで呻いてるような、悲しそうな感じで啜り泣いてるような」
 ナミが難しい表情でサンジを見た。
「サンジ君は昨夜はどこに?」
「え? 俺? 俺は普通に男部屋で寝てたが」
「サンジは寝てた。俺もそれは確認した」
「え〜、じゃあ本当に幽霊?」
 ナミが初めて怖がるような顔をした。
「でも幽霊って一体何の? まだ新しい船よ。ああいうのは普通、無念の死を遂げた人が最期の場所から離れられなくて居つくんでしょう?」
「新しいって言ったって二年経ってるぜ」
「その間この船は動いてなかったんだもの。何も起きようがないわ」
「でもホラ、俺たちが離ればなれだった二年間に何かあったかもしれないじゃないか。あの七武海のクマが守ってくれてたんだぜ。無念の敗北を期したヤツはいっぱいいんだろ」
「七武海にやられたら無念でも何でもなく当たり前だろ」
 サンジは苦い顔で言い返した。自分達が飛ばされた過去が甦る。
「もしかしたらアレじゃないか?」
 ルフィが思いついように口を開いた。
「アレ?」
「ホラ、メリーと一緒の、声がホラ」
「クラバウターマンのことか」
 フランキーが首を傾げながら答えた。
「もうそれが宿ってくれてれば嬉しいが、あれは基本的に船の凶事の際に現れるって言われてるからな。今は別に凶事じゃねェだろ」
「それともこれから凶事が起きるのか―――」
「っていうか、ウソップ。お前二年で大分成長したと思ったのに、まだそんなもの怖がってるのか」
「バカ言え! 幽霊だぞ! 怖いだろうが、普通」
 フフンとサンジは鼻を鳴らした。
「魔除けグッズを用意してやろうか?」
「俺にもくれ! サンジ!」
 チョッパーがサンジの足にしがみつく。
「ブルック見て慣れろ。幽霊は人の形をしてるが、ブルックは骸骨だ」
 ポンポンとチョッパーの頭を軽く叩き、その首に十字架を掛けてやる。ウソップが俺にもくれと手を伸ばしてきたが、軽く一蹴してやった。
「結局何なんでしょうね?」
「確かめる?」
「面白そうだな」
「いつにする?」
「すぐがイイ、すぐが」
「俺も参加してェ。今夜は不寝番だから明日は?」
「アラ、今日はサンジ君が不寝番? ―――ゾロは自分が見張りのときは我慢してるみたいだけど、サンジ君が見張りの晩は飽きずに付き合ってるものね。でもまあ、昔みたいにすぐに流されなくなったところが、サンジ君の成長したところよね。お陰で夜は安心して眠れるようになって良かった良かった」
「スイマセン」
 思わず頭を下げる。二年前はところ構わず、といった感じで抱き合っていたな、とサンジは今更ながら反省した。再会してからは、ルールを作ってそれに従っている。船の上で抱き合うときは、お互いが見張りでないときで天候が安定しているときで、島が近いとき。
 クルー達がうんうんと頷いているのを見て、サンジはもう一回小さく頭を下げた。もういいわよ、とナミが言うと、話は肝試しに戻った。
「明日は俺が不寝番!」
 ルフィが意味もなく挙手しながら明日はダメだと主張した。
「ちょっと待てよ。そんなこと言って幾晩も幽霊と過ごすのかよ?」
「でも幽霊だって確認しても除霊の知識もないし、どうしたって一緒に過ごすことになるんじゃないのかしら? あ? 塩でできたんだったかしら」
 ウソップが青い顔で震えるのに、ロビンがコーヒーを飲みながら涼しい顔で言った。
「塩はモリアの影よ。除霊とは違うわ。誰か幽霊と話できる力を身につけた人は?」
 いえいえ、と皆が首を横に振る。
「可能性からしたらゾロが一番それっぽくないか? あいつはスリラーバークのあの娘と一緒にいたんだろ?」
「彼女は普通にレディだよ。幽霊とは関係ないだろ」
 う〜ん、と皆が首を捻った。本当に幽霊を確認したとして、その後のことを考えていなかった。
「確認するのはやめて、そのまま住んでてもらうか」
「イヤよ、はっきりさせたいじゃない」
「賛成。船の中で妙なことがあるってんなら、それが何か確認するべきだ」
「じゃあ、ここにいる全員が肝試しに参加するってことで」
 いつの間に肝試しになったのか、ルフィの一言でそれは決定した。
「ゾロはどうする?」
「そういえばあいつの姿がねェな。どこいった?」
「マストの下で寝てるぞ」
「昨夜の不寝番はゾロさんでしたからね」
「そうじゃなくても彼はいつも寝てるわよ」
「二年経っても全然変わらないわね」
 溜め息混じりにナミはそこで言葉を切ると、サンジにチラリと視線を移した。
「サンジ君、苦労するわね」
「はあ、まあ、性分っていうか」
「ゾロはどうすんだ。言ってくるか?」
「寝てるならほかっとけ。どうせあいつは肝試しなんて参加しねェよ」
「オイオイ、いつの間に肝試しになったんだ」
「今更何言ってんだ。さっきからずっと肝試しって言ってるだろうが」
「それで、いつにする? ゾロが不寝番の日か? でもハバにしたらあいつ拗ねるんじゃねェか?」
「拗ねるって、二十一の男が?」
 サンジは鼻で笑った。願わくば、そんなマリモを見てみたいものだ。
「肝試しなんだから一人ずつ順番に船内を回るんだぞ。誰かそのときだけゾロと交替してやればいいだろ」
 ルフィは完全に肝試しとして話が進めている。
「一人ずつは怖えよ。せめて二人にしてくれ」
「そうだ、そうだ」
「そうよ、そうよ」
 チョッパーの提案に、ウソップとナミがすかさず同意する。
「ナミさん、俺と一緒に回る?」
「いいえ、ロビンと回るから結構よ」
「じゃあ、ウソップとチョッパーでナミとロビンだな。後は一人ずつで大丈夫だろ?」
 若干青い顔をしている二人組みがいるが、他のクルーは大丈夫だと頷いた。
「次のゾロの不寝番まで待つの長いな。サンジ、今夜ゾロと代わってもらえよ」
「二晩続くぞ。大丈夫かね」
「昼間あれだけ寝てれば大丈夫でしょ。それにホントに参加しないんならしないで好都合だし。気になることは早く終わらせたいのよ」
「じゃあ今夜で決まりだ」


「肝試し」
「おお、だから今夜またお前不寝番やってくれよ」
「何で、俺も参加してェぞ」
「ゾロも参加するか?」
「だったら私がゾロさんと交替しましょうかね」
「ブルックは参加しなくていいのか?」
「私、あの霧の中でいっぱい見ましたから」
 なるほど〜、皆が納得して頷いた。


 深夜を回った頃、くじで順番を決め肝試しが始まった。ゾロが一番手だった。昼間肝試しの話をしたときから、何だかやたらと楽しそうにしていたのがサンジは気になって仕方ない。今も口笛なんか吹きながら出発していった。
「ゾロって意外とこういうの楽しめる人間だったのね」
 ナミも意外だというように呟いた。
「じゃあ、俺ら行きます。サンジ君、すぐに追ってきてくれてもいいんだよ」
 二番手で男の二人組みが、怯えながら三番手のサンジを見た。
「別に追わない」
 軽くあしらわれて二人組みは半分涙目で出発していったのを確認して、ナミが口を開いた。
「ゾロは迷ってたりして」
「まさか。エネルギールームから下に降りてドッグ内を回ったら梯子で甲板に上がってくるだけだぜ」
 ウソップが声を聞いた場所がはっきりしないせいもあるが、ションベンで起きたらと証言したのだから地下ではないと思われるのだが、そこは完全に忘れ去られている。地下のほうが暗くて怖い、という理由だけの順路である。
「フランキーは知らなかったか? あいつの方向音痴は神がかってるんだぜ」
「そんなにか」
「その証拠にまだ上がってこない」
 ドッグシステム内の梯子下に置いた自分の物を持ってくる、というのがルールだが…。
「はい、次サンジ君」
「行ってきます」
 海兵のように敬礼をして出発した。アクアリウムバーを通り抜けてエネルギールームへ。そこから下へ降りたところで、案の定震えている二人に出くわした。
「オイオイ、お前ら何やってんだ」
 前方で固まって震えているウソップとチョッパーを見つけ、サンジは近づいていった。
「ここここ、この中から声がする」
「………お前の仕事部屋じゃねェか」 
 ガタガタと音が聞こえそうなほど二人は震えている。
「先に行ったマリモじゃないのか?」
「違う。覗いてみたけど誰もいないんだ」
 サンジは眉根を寄せ中を見た。確かに誰もいない。人の気配もしない。けれども、か細く泣き声のようなものが聞こえる。
「まあ、ここで震えててもしょうがないだろ。ホラ」
 サンジは二人の体をドンと押した。
「ぎゃあああああ!!」
「キャアアアアア!!」
 ウソップとチョッパーの悲鳴からちょっと遅れてナミの悲鳴が聞こえてきた。
「ナミさん! どうした!」
 どこから悲鳴が聞こえてきたのか、サンジが叫ぶとすぐ側でロビンの口が咲いた。
「今の悲鳴にびっくりしただけよ。そっちは何か見つけたのかしら」
「妙な声がする。今から調べるところだ」
「アラ、面白そう。私たちも行くわ」
 ロビンの口が消えた。だが、妙な声は聞こえ続けている。
「この辺か…?」
 真っ暗な中を懐中電灯の明かりを頼りに進む。
「ドワッ!」
 何かにつまずいた。続いてガラガラと何かが崩れるような音がした。
「ダア! 片付けはキチッとしとけ!」
「ごごごご、ごめんなさい、サンジ君。見捨てないで」
 どうやらこちらに来ようとして、ウソップも何かにつまずいたようだ。ドタガタと音がした。
「くそ、反響しててよく分からないな」
「どう?」
 背後から声がした。ロビンとナミが追いついたようだ。
「何? この声?」
 ナミが怯えたように言う声がした。
「だ〜いじょうぶだよ、ナミさん。すぐに音源を見つけるからね」
 そうは言うものの、暗い上に部屋の中は片付いておらず、音が反響して分かりにくい。そうこうしているうちにフランキーとルフィも追いついてきた。
「オイ、これじゃねェか?」
 フランキーが部屋のがらくたの中から見つけてきたのは、空島で目にしたダイアルだった。そこから奇妙な声が繰り返し聞こえている。
「…トーンダイアル、ってことはウソップの仕業なの?」
「バカ言うな! 何で俺がそんなことしないといけないんだよ!」
「じゃあ、誰よ。これ持ってるのはあんただけでしょ」
「俺だけじゃねェよ。ゾロもだ。昼間貸してくれって言うからやったんだ」
「―――ゾロ? あいつ…それであんなに楽しそうに出発していったのね…」
 合点がいったという感じにナミが言うのに、他のクルーも同意した。
「バカらしい。とっととアイテム持って上がるぞ」
 言いながらサンジは懐中電灯を照らし先頭を歩き始めた。ウソップ工場を出てドッグ内の通路を中央に向かって歩いていく。昼間梯子の下に置いた自分の黒いジャケットを確認し掴んだ。
「…ん?」
 ジャケットにはありえない、グニャッとした感触があった。恐る恐る懐中電灯でジャケットを掴んだ手元を照らす。
「ぎゃあああああああああ!!」
 思わず悲鳴を上げてジャケットを放り投げた。それが後からついてきていたナミの元へ飛んでいった。
「キャアアアアアアアアア!!」
 サンジの悲鳴に驚いたのと、飛んできたジャケットから落ちてきたものの両方に驚いたのだ。
「アラ、ムカデ?」
「いやああああああああ!!」
 ナミがロビンに抱きついた。
「何だ、こりゃ、おもちゃだぞ、ナミ」
 ナミが弾き飛ばしたものを受け取めたルフィが、詳細に眺めながら呑気な声で言った。
「…おもちゃ…、ってことは、これもあんたなの! ウソップ!」
「ちちちち、ちがう、ちがう! これもって何だよ。何で俺がそんなことしないといけないんだよ! そんなおもちゃなら、さっきのウソップ工場に幾らでも置いてあるぞ!」
「―――あんの野郎ッ!」
 ウソップの叫びの一瞬後、サンジは怒りの声を発し、ものすごいスピードで梯子を上っていった。皆も後に続く。芝生の甲板では、ゾロが腹を抱えて笑っていた。その隣にブルックもいる。
「悲鳴がいっぱい聞こえてきたようですけど、皆さん大丈夫ですか?」
「ギャハハハハハ! びびってやがった!」
 心配するセリフを口にしたブルックとは反対に、ゾロは涙を流しながら笑っている。
「ありゃ、風の音を記録しただけだよ。結構泣き声に聞こえただろ」
「何だよ、全部ゾロの仕業かァ」
 ルフィがつまらなそうに唇を尖らす。
「やっぱりこの船に幽霊なんていないってことだな」
「な〜んだ、サンジィ、腹減った」
「オーブンの中に夕飯の残り物が入ってる。勝手に食べてろ」
「あ〜、ホッとした。俺はもう寝るぜ。チョッパーも寝るだろ?」
「ああ、じゃあおやすみ。ナミ、ロビン」
「私も寝るわ、おやすみなさい」
「俺も寝るか」
「じゃあ私は見張りに戻ります」
 皆が散っていく。
「私も寝るけど―――サンジ君。ゾロの始末、お願いねッ!」
 ナミが言い様ゾロの頭をチョップしていった。ドカッと気持ちよくも鈍い音がした。
「ああ、きっちり」
 頭を抱えるゾロを冷たく見下ろし、サンジは答える。
「ナミのヤツ、ホントに手加減しねェな」
 痛む頭を擦りながらゾロがぼやいた。
「コラ、クソ剣士。まだ持ってるだろ。出せ」
「あ? 何を?」
 手を差し出しドスを利かせるサンジに、ゾロは少しもひるむことなくとぼけてみせる。
「ダイアル、まだ持ってるだろ」
「何のことだか」
「ウソップが幽霊の声を聞いたのはお前が見張りをしてた晩だ。肝試しの話はその後に出たんだから、仕掛けてたダイアルとは別に、まだ何か持ってるはずだ」
「………持ってねェよ」
 少しの間があって答えが返ってきた。しかも目を逸らし答えた。サンジはゾロに掴みかかっていった。
「出せ! 何隠してやがる!」
「バカ! よせ! 何も持ってねェよ!」
 子供のケンカのように揉み合っていたら、カチッと何かのスイッチが入るような音がした。
「あ、ああ、…は、あん…んん、ん」
 どこかからくぐもった喘ぎ声のようなものが聞こえてきて、サンジの額にピシッと青筋が走る。
「何だ、これは!」
「気のせいだ!」
「気のせいのわけあるか!」
 怒鳴るサンジの目の前でゾロが腹巻を押さえた。
「そこか!」
 ゾロの手を隙間を縫って腹巻の中へ手を突っ込む。固いものが手に触れた。取り出すと案の定、それはダイアルであった。
「これは何だ!」
「ダイアルだろうが。知らなかったか?」
 すっとぼけやがってこのヤロ〜! サンジの額の青筋が本数を増やした。
「ダイアルくらい俺だって知ってるよ! 記録されてるものは何だって聞いてんだ!」
「―――あんときの声だろ」
 シレッとした顔で答えるところが信じられない。
「いつの間に記録した」
「―――もう彼これ二年は経ってるぞ」
「―――――――――はッ?」
 二年? サンジは目を丸くした。
「クマに飛ばされる少し前に記録した」
「え…そんな前に…? お前それをずっと持ってたのか?」
 思わず驚いて勢いが削がれた。
「ああ」
「え? そんで、何? ルール決めて前ほどヤレねェからそれ聞いて慰めてたとか?」
「ああ、そうだよ」
 そんなにお前って俺のこと好きだったのか、という驚きと共に、何だか感動のようなものもサンジは覚えた。
「何だよ、今更。びっくりしてんのか?」
「あ、ああ、ちょっと」
 言葉の出なくなったサンジを見て、ゾロは何かを逡巡するように首を傾げ立ち上がると、意味ありげにゆっくりとサンジに近寄ってきた。
「もう今夜は誰も起きねェだろ。ルール違反だが久しぶりに、ヤるか?」
 わざと低く少し掠れ気味に声を出し、ゾロがサンジの耳元で囁いた。効果はてきめんで、カアッとサンジの顔は赤く染まる。自分でも分かっている。昔からこの声に弱いのだ。二年経っても変わらない。
「どこにする? アクアリウムか? 風呂場か」
「別に…どこでも…」
 顔を俯かせ、サンジは恥ずかしがるように可愛いことを言った。ゾロはニヤニヤしながらサンジの腰を抱き、移動しようと足を踏み出した。
「って、言うと思うのかバカヤロ―――!!」
 至近距離で横っ腹に蹴りをお見舞いしてやる。全然予想していなかったのだろう。ゾロの体が思いっきり吹っ飛んでいった。
「ふざけんな! 俺がそんなんで絆されると思うなよ! 要するにてめェの右手のお友達ってことじゃねェか! オマケにウソップに聞かれるようなことしやがって! これは消去だ! エイ!」
「あ! テメッ!」
 ダイアルのスイッチを押して、今までの記録が消されたことを確認すると、サンジはそれをジャケットのポケットにねじ込んだ。
「これはウソップに返しておく。新しくもらったり、返してもらったりするんじゃねェぞ」
「てめェ、意地の悪さがナミに似てきたぞ」
「そりゃ、光栄だ」
 伊達に二年を地獄で過ごしたわけじゃねんだよ、とサンジは心の中で毒づいた。
「あ〜あ、失敗した」
 ゾロが悪戯を見つかった子供のように、頬を膨らませた。
「何が失敗だ。当然の報いだ。俺も他の皆も二年間、手配書と新聞しか仲間を確認する術がなかったんだぞ。てめェは俺様の声を聞いてたんだろうが」
 そう言われたら、ゾロも返す言葉がないらしい。ブスッとはしているものの、おとなしくなった。
「それに大体、もう本人が目の前にいるんだから、こんなもんいらねェだろ」
 そう言ってやると、ゾロが眉を上げサンジを見た。
「だからって、今日はヤらねェけどな。どさくさに紛れて言うの忘れてたけど、あの虫のおもちゃは完全に俺をターゲットにした悪戯だろ。許されると思うなよ」
 フンと鼻を鳴らし、サンジはゾロをその場に置いて男部屋へ行こうと歩き出した。ゾロの慌てたような足音が追ってくる。
「待て待て」
 呼び止める声と同時にサンジは肩を掴まれた。仕方なく立ち止まり振り返ると、ゾロが爽やかな笑顔を見せた。
「悪かった。だから、な」
「何が、な、だ。―――キスだけだぞ」
 嬉しそうに笑ったゾロの顔に、サンジの心臓はいまだに慣れずドキンと跳ねる。
 結局自分もこの緑色で、何でだか片目になってしまった剣士に、どうしようもなくやられているのだ。
 サンジはそう諦めつつ、ゾロが強請るように差し出してきた唇に、自分のそれをゆっくりと重ねていった。


END


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