霞網 -2-


試して、みたいでしょう?
―――本当に、こんな風になるか

先生の言葉を噛み砕く前に、そっと肩を掴まれ会議室の机に横たえられる

試してあげますよ。貴方の体で。

そう言った先生がにやりと狡猾な笑みを浮かべたのにサンジは気付かない
事態を把握するので精一杯で。

だ―――だめ、です。先生・・・

動揺したサンジは頬を染めて制止の言葉を繰り返す事しか出来ない

この主人公・・・みたいに、してあげますよ
貴方の乱れるところが見てみたい

あこがれの 作家に耳元でそう囁かれて、頬を染めるサンジの腕は抵抗できない
あの原稿を覗いてから、先生の術中にはまったかのように サンジの体からは力が抜けていた

するりと頬を滑る先生の手にぞくりと総毛立てる
どくどくと早いリズムで打つ鼓動で頭が割れるようだ
そのまま首筋へと撫で下ろされ、震える唇で息をのむ
サンジの肌を滑る手とは反対の、先生の手がゆっくりとボタンを外していく
広げられていく胸元――
かぁっと顔に血が上った
恥ずかしくて先生の顔を見上げていられない


いい手触りだ。吸いつくような肌だな

先生が 静かな声で感想を述べるのが聞こえる
どうしよう。どうしたらいいんだろう

こういうの、餅肌って言うんだろ

今やすっかり作家という仮面を脱ぎ去り本性を現したゾロの酷薄な笑みにサンジの心臓がとくりと震える
いつもの礼儀正しい先生とは違った、捕食する獣のように強い視線。
狼に狙われた獲物のように サンジの体はその動きを止める
蜘蛛の巣に掛かった蝶 或いは狩り獲られる小動物のように――彼らが天敵の前で固まるのは臆したせいではなく
死の匂いを放つ捕食者に魅入られたからじゃないだろうか
先生の 強い視線に晒され、熱にうかされたようにサンジは考える
―――この人に、喰われて、しまいたい
それは、とても甘美な事のように思えた




触れる先生の熱い手にびくりと体が震えた

怖いか?

尋ねる先生の言葉にサンジは首を振る
怖くはない。ただ、緊張しているだけだ
その反応を見て笑った先生の手が髪へと伸びる
髪を梳くように耳の後ろへと滑って首に沿う手にぞくぞくと背筋が震えた

・・感じやすいな

くす、と笑う先生の言葉でまた顔が赤くなった気がして困ったように眉尻を下げる
脇腹を滑る指の感触で 思わず声を上げた
気づけば 前は全てはだけられ、先生の手がベルトに掛かっている
他人の手で外されていくのが恥ずかしく、いっそ自分で脱ぐ方がましだとサンジは
先生の指に向かって手を伸ばす
指が触れるかどうかというところで その手首を掴まれた

じっとしてろ。全部、脱がしてやるから

くく、と楽しそうに笑って、掴んだ腕を机に縫い止める
「・・・・っ」
サンジの震える唇は、それでも制止の言葉を紡ぐことはなかった
ベルトの次は、ボタン。 そしてファスナー。
ゆっくりと身につけた物が剥がされていくのがますます羞恥を煽る
「あっ」
いきなり掴まれたそれは僅かに反応しかかっていて

脱がされていくのって興奮するだろ
耳元に囁かれた先生の言葉に指摘されて顔から火を噴きそうになった
「せん、せっ・・・」
言わないでほしい、と首を振るサンジの目には恥ずかしさのあまりうっすらと膜が張っている
これくらいで泣くな、
そう言って目元を指でなぞる先生の顔は笑っていた

んな、可愛い反応してると骨まで喰っちまうぞ

次に降ってきた言葉に、サンジはぎゅっと目をつぶって先生の肩にしがみついた―――



「あ・・・ぁっ、・・・っ・・んぅ!」
はじめて触れられる他人の手に興奮しているのか どこを触れられてもサンジの体はびくびくと跳ねた
それが先生の指だということで余計に感じるようで、そんな自分の反応に戸惑いを隠せない
自分の物とは思えない高い声が出るのが恥ずかしくて唇を噛んでいたら、先生の指がそこに触れた

噛むな。声は殺さなくていい

先生の指で解けた唇を割って、口の中へ指が侵入してくる
これでは唇を噛み締める事ができない・・・先生の指を傷つけてしまう
入ってきた指がすり、とサンジの舌をくすぐる
怯えて奥にひっこんだ舌がさらに増えた指で摘まれ、擦られる
「・・っ、・・っんむ!」
口内を暴れる指にサンジの脳がくらりと揺れる
ちゅく、と濡れた音を立てて引き抜かれた指を舐める先生の舌が艶めかしくて、背を走る痺れに頭の芯が熱くなった
すげぇ物欲しそうな目になってんぞ、と 笑われてハッとする
慌てて顔を背けたサンジの頬に手が伸びて ぐい、とひっぱられたと思ったら落ちてきた先生の唇を受け止めた
「・・・ん、っ」
はじめて、触れる、先生の唇
入ってくる舌は先程の指よりも熱く、根もとまで絡めてきつく吸い上げられる
「・・ぁ、・・・は、っ・・・せ、んせ・・っ」
キスの合間に漏れるサンジの声。
それは、先に読んだ小説よりも遙かに艶っぽく情欲に濡れた音を響かせていた

この主人公・・・みたいに、してあげますよ

先生の言葉を思い出す
・・・・溺れていく。 あの、主人公のように。 溺れていく。 欲―――というよりは、先生に
この快楽も、与えているのが先生の指だから。
サンジは堕ちる―――堕ちていく――先生の、腕の、中へ―――
そこが周到に張られた罠でも構わない
囚われたのは快楽じゃない
はじめに、見た、先生の眼に・・・・捕まった
与えられる初めての強烈な感覚に 濡れた声をあげながら、サンジの心はそう判断を下した







先生―― 先生・・っ、せん、せ・・・・ぁっ

眉を寄せて必死の吐息で自分の事しか呼ばないこの年若い編集者はこういう事に慣れていないらしく
恥じらう仕草も躊躇う表情も極上で、ゾロの書いた小説よりも初々しい反応を示していた
その素直な性格から可愛い反応を期待はしていたが――これは、想像以上に素晴らしい。
近づく切欠にする為に書いただけの半端な文章だが、今日のコレを続きに仕上げてみても面白いかもしれない
・・・勿論、発表する気はない
この編集者に見せて その恥じらう反応を愉しむだけの、唯1人だけを対象とする文章。
言葉に詰まって首まで赤くして慌てふためく様が目に浮かぶ
これは、手放せそうにないな
その首元へと顔を埋め、首筋の柔らかい皮膚と彼の素直な反応を味わいながら 手元に留め置く算段を考える
編集者としてずっと指名するもよし、恋人として手元に置くもよし
行く行くは手元に置くとして、しばらくは「人気作家と編集者」という立場を楽しもうか
「先生」 と、必死で呼ばう彼が可愛いから。
縋る彼の腕が心地良い
いつか、この腕の持ち主に名前で呼ばせたくなることだろう  でも、今は―――
まだ 目覚めたばかりの彼の身体に ひとつひとつ刻んで行こう
自分の手が無くては夜も明けないほどに。
彼を、手に入れると決めたから






 羽ばたく雛を飼い慣らす




籠の鳥にするかは彼次第



END



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