「お客さんも幽霊退治に来なさったかい?」




愛想のいい酒場の主人が気軽に声をかける。
汚いボロを纏ったような一見の客は、目深に被ったフードの下で視線を上げた。

「幽霊?」
「おや、違いましたか。その目的以外にこんな辺鄙な島に来る人なんていやしませんからね。」
主人はそう言い、ふと目を凝らした。
「お客さん、あんたのそれは・・・」
言い掛けて思案気に黙る。

「辺鄙と言っても、繁盛した頃もありましたよ。」
空になったジョッキにたっぷりと酒を注ぎ、勝手に話しを進める。


「もう十年も前になるかね。ふらりと男が現れて、空き家を片付けてレストランを開いたのさ。
 そりゃあ美味くて安くて、大繁盛だった。終いには島の名所みたいになってね。」
懐かしげに目を細める。
「女に弱くて口が悪くて乱暴者だったが、いい奴だった。だが一年も経たない内に、呆気なく死んじまった。」
カウンターに置かれた太い二の腕が、ぴくりと動いた。
「海賊が襲って来て・・・そいつはコックとは思えないほど強かったよ。殆ど蹴散らしてくれた。だが・・・」
主人は辛そうに顔を歪める。
「子どもを庇って命を落とした。」

手をつけられないジョッキの中で泡がどんどん抜けて行く。
「人気者だったから皆悲しんだ。付き合ってた女達も、施しを受けてた乞食達も、子ども達も・・・」
しんみりとした空気を吹っ切るように、主人は濡れたグラスを景気よく拭き出した。
「柩に納める時も綺麗な顔だったさ。左の耳にちょうどあんたのそれのようなピアスが光ってた。」
布巾を持った手で無遠慮に指し示す。
男は微動だにしない。
「だがこんな田舎にも不心得者がいてね、値打ちモノだと見て埋葬する前にどうやらくすねたらしい。
 それからだよ、この街に幽霊が出るようになったのは・・・」

男の手が動いて、己の耳元に触れた。
微かに金属音が響く。


「その幽霊ってのを、退治してえのか?」
「いいや、新しく来た領主様が忌んでいるだけさ。俺達は彼が好きだ。」
フードの下から覗く、精悍そうな口元がふと緩んだ。

「悪いが、俺をその場所に案内してくれるか?」












今は元の空き家に戻った廃屋の中で、淡い影が揺れていた。
見慣れているらしい主人はそれほど怯えずに、男を振り返った。
「そのピアス、やっぱりあんたはゆかりの人なんだな。」
男はフードを脱いだ。
想像以上に穏やかで、整った顔が現れる。
幾筋も細かな傷の入った戦士の顔だ。
「あれは、別れ際、俺が奴に投げて寄越したものだ。」
よく見れば、左の耳はニ連のピアスの間が欠けている。

影が色濃くなり形を成した。
痩身の、黒衣の男がゆらめいている。
男は徐に自分の耳からピアスを引き千切り、黙ってそれを影に差し出す。
影は哀しげに首を振った。

―――それじゃねえ・・・

遠く、近くから響く声。

―――俺が欲しいのは、てめえだけだ。



「そういうことは生きてる内に言え、阿呆」

男は鯉口を抜き、一刀の元に揺らめく影を斬り捨てた。





   END


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