サンジは、鏡のような男だ。
本人の意思に関係なく、くるくるとよく変わる豊かな表情は時として相手の感情をそのまま映す。
女に対するときは言うに及ばず、船長が相手ならガキのように純粋な目で、ウソップが相手ならしたり顔で、小さな船医に対するなら純朴で穏やかに。
陸に下りれば、飲んで絡むチンピラ相手に小馬鹿にした笑みを浮かべ、気のいい市場のオヤジには愛想良く話を合わせる。なら今、目の前にいる俺は、例えば射殺しそうな目で睨み付け、額に青筋を浮かべているのだろうか。
口汚く罵ったかと思うと哀れむ様に見下して、口の端を上げて挑発してくる。
寄ると触ると絡んでくる性悪なサンジは、問答無用で喧嘩を買ってしまうゾロに考える暇を与えない。
売り言葉に買い言葉、口より先に手が出て足が出る。
日常茶飯事的な薄っぺらいコミュニケーションは、ある日唐突に、ゾロによって乱された。




いつもみたいにギリギリまで顔を近づけて、唾まで飛びそうな勢いで罵り雑言を浴びせるその口元に拳より先に己の唇を押し当てた。
意表をついた攻撃は思いのほか有効で、見開いた眼をそのままに固まってしまった白い顔は、今まで見たこともないほど間抜けに見えた。
ってことは、俺も今相当間抜けな顔をしているらしい。
隙を見せてはいけない。
考える暇も与えてはいけない。
何故だか真剣勝負より必死になって、ゾロはサンジの急所を攻める。
サンジとて超人的な反射神経で死に物狂いで抗った。
なりふり構わぬ、掴み合いから殴り合いへ。
髪を振り乱し、耳まで真っ赤にさせたサンジの顔は、そのまま自分の顔だろう。
頬を上気させて、髪を逆立てて、興奮している。
他人に触れられる筈のない場所を探り当てれば、大袈裟なほど身を反らせて息を詰める。
触れる自分も呼吸を忘れた。

傷だらけで、血すら滲んでへとへとになって、やっと許されたサンジの内部は思っていたよりずっとずっと温かくて気持ちがいい。
狭くてきつくて痛みすらあるのに、熱くてぬめるようで心地いいのだ。
涎が垂れそうなほど強烈な快感を伴って目を上げれば、真っ青な顔の男がきつく目を閉じている。
ほんのり紅い目元には涙が浮かんで、噛み締められた唇は色を失い、血が滲んでいる。
「痛えか?」
「どうすりゃいい?てめえをヨくするにゃあ、どうすりゃいい?」
「・・・抜け」
「だめだ。」
へにょりと眉を下げて、サンジは浅く呼吸を繰り返した。
細い頤が細かく震えている。
ああ、俺はこんなに気持ちがいいのに、こいつには辛えのか。
「クソコック、俺はめちゃくちゃ気持ちいいぞ。」
サンジは目を閉じたまま、ゆるく首を振る。
「お前ん中、狭くてあったけえ。すごく、気持ちイイ。」
恐る恐る、サンジが目を開いた。
青い瞳は焦点が合っていない。
「この肌も気持ちいい。てめえの全部がとんでもなくいいぜ。最高だ。」
金糸を梳いて、頬に口付けた。
「畜生、我慢しねえとイきそうだぜ。てめえはすげえ。」
強張りの解けた身体を確かめるように、ゆっくりと律動を始める。
直接的な痛みを感じているだろうに、サンジは何度も呼吸を繰り返してゾロの背中に手を廻した。
「すげえ、イイ・・・てめえん中に入ってる。俺が、全部。」
「全部?」
「ああ、もってかれそう・・・」
死人のように白かった頬に赤みが差して、唇が開かれた。
少しずつ、痛み以外の感覚を求めてくる。
早く気持ちよくなればいい。
俺はもう、死にそうに気持ちいいから。






今日の空はサンジの瞳を映したように、どこまでも透明な青だ。
喧しいルフィに乱暴に蹴りを入れ、静かに読書に耽るロビンに優雅な仕種でお茶を煎れる。
カジノへと浮かれるナミに軽口を叩いて食費を受け取り、船番のウソップに弁当を渡して船を下りた。
街を歩けば世話好きなオバさんのお買い得情報を耳ざとく聞いて所帯じみた会話を交わしている。

「おい、クソコック。」
後ろから呼び止めると、コックはゆっくりと振り返った。
あれ以来。
サンジは俺にだけ、違う表情を見せている。

END



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