樹氷


細かな枝の先にまでびっしりと雪がこびりつき、まるで満開の花を咲かせたような山並みは、白一色でありながら艶やかだった。
サンジは先を歩きながら振り仰ぎ、綺麗だすげえを連発している。
「見ろよゾロ、あの木もあの木も、あんな細かいとこまで全部雪がくっ付いてる。雪の木みてえ」
気温が低くて肌に触れる空気にまで氷の粒が混じっているような、冷えた朝だ。
風太の散歩としゃれ込んで、どこまでも続く雪原に見える田んぼ道をダラダラと歩く。
空から舞い落ちるボタン雪はひらひらと宙を漂い、コートに触れても溶けることなく纏わりついた。
次から次へと重なる雪花は、みるみるうちに雪綿毛になって頭や肩を覆い隠して行く。
「フード被れ」
「かなり手遅れっぽい、つかこんだけ積もってからフード被るのが嫌だ」
子どものように言い訳して、勢いよく頭を振った。
金色の髪が氷の粒を弾き、風を受けてさらに凍てた毛先が思い思いの方向に跳ねている。
「鼻がツンツンして痛い」
「鼻の頭が真っ赤だぞ」
お互いの顔を指差して笑い、雪原の向こうへと走り去っている風太を目で追った。
「あんなとこまで行っちまった」
「調子にのってっと、溝川に嵌るぞ!」
風太が茶色い犬でよかった。
もし白い犬だったら、同化して見つけられなくなるところだ。

綱を外してもらって思う存分雪の中を駆け回った風太が、満足したのか全速力でこちらに駆け戻ってくる。
途中、畦道を踏み外したかボスンと雪の中に埋もれた。
ぶんぶん揺れる丸い尻尾だけが覗いていたが、すぐに雪を蹴散らし飛び出して、また走り出した。
はっははっはと、だらりと長い舌を伸ばした口元からは真っ白な湯気が立ち昇っている。
「よーしよし、おかえりー」
身体中についた雪を払ってやっても、毛並みに張り付いてなかなか落ちない。
サンジの手袋にもくっ付いて、さらに風太の尻尾からぽんぽん飛ばされる雪がさらにくっ付いて、どうしようなく雪まみれになっていった。

その場で風太はぶるぶると豪快に身体を震わせた。
水ならば盛大な飛沫が掛かるが、それくらいでは湿った雪は落ちたりしない。
「帰ってブラッシングしてやるからなー」
綱を付けてやると、風太は慣れたものでさっさと先に立って家の方向に歩き始めた。
飼い主より先に歩くんじゃないと、綱を引いてなんとか自分が先になろうとサンジも足を速める。
サンジが早足になると、風太は嬉しくなってそれについて行こうと駆け出した。
負けじとサンジも駆け足になり、結果一人と一匹は先を争うように全速力で走り出す。
「・・・元気だなあ」
ゾロはじじむさく呟きながら、後から一人でぽっくりぽっくりついていった。



「ふーさむー」
家に帰り着く頃にはボタン雪は吹雪になっていて、出掛けに綺麗に除雪したはずの玄関先が真綿で覆われたようになっていた。
再びスコップを使わなければならなくなるのも、時間の問題だ。
「雪退けって、虚しい作業だな」
「あれだな、シーシュポスの岩」
時折ゾロは、サンジが知らないことを言う。
トリビアみたいで、物知りだなと感心こそすれ生活の役にはあまり立たない。

ゾロが先に部屋に入ってストーブを付けている間に、サンジは約束どおり風太の身体をタオルで拭ってやり丹念にブラッシングしてやった。
サンジは風太をブラッシングするのが好きだし、風太はサンジにブラッシングされるのが大好きだ。
結果、ほぼ毎日綺麗にしているお陰で風太の毛並みは雑種とは思えないほど艶々している。
ちょっとは上等そうな犬に見えるなと笑っていったら、サンジはむっとした顔で風太は上等な犬だと言い返した。
上等も上等、大切な家族だ。

「喉乾いたなーよしよし」
水をやり、毛布を敷き詰めた犬小屋の中に誘う。
温かかろうと思って敷いてやったのに、風太は最初の内なかなか小屋の中に入ろうとはしなかった。
毛布もボロボロに噛み裂かれ、外で泥まみれになって打ち捨てられているのが常で。
ようやく毛布に馴染んだ頃には、サンジが替えを用意したいと思うくらい汚くなっていた。
「吹雪だからな、中入ってろよ」
今ではお気に入りとなった小屋の中で、風太が組んだ前足に顎を乗せてわかったと言う風に上目遣いでサンジを見上げて見せる。
その頭を撫でて、俄かに感じ始めた寒さに肩を竦ませながらサンジも家の中に飛び込んだ。


「さむーさむさむさむ」
台所で手を洗えば、先にゾロが使ったせいですぐに温かな湯が出て来た。
あー生き返るーと湯で手と顔を洗いうがいをした。
コートを脱いで玄関にとって返し、雪を払ってからハンガーに掛けた。
「あー、濡れたままンなとこ置くなよ」
廊下に脱ぎ捨てられたゾロのジャンパーを拾い上げ、一緒に掛ける。
ゾロはストーブの前に座り込んで、ずっと鼻炙りだ。

「さむ〜」
「こっちこい、あったかいぞ」
さぶさぶさぶとゾロを押し退けるように腰を降ろしたら、ゾロが後ろに下がって開いた足の間にサンジを抱きこんだ。
前にストーブ後ろにゾロ。
これは温かい。
「あったけー」
「だろ?」
両手でサンジの腕ごと身体を抱き締め、開いた両足で胡坐を組みながらサンジの足も絡め取る。
「あったかい・・・んだけど」
がっつりホールド、されてませんか?
振り返ろうとして叶わず、真後ろにいるゾロの方が首を伸ばして頬を寄せてきた。
ひたりとくっ付く肌が、熱いほどに温かい。
「わーあったけー」
さっきまで、二人とも凍りそうな頬をしていたのに。
「冷えのぼせだ」
あったかあったかと不自然な体勢のまま頬を摺り寄せると、ゾロは唇をタコのように突き出してサンジの顎や鼻先にキスを施した。
「こらこら・・・」
笑顔で押し退けようとして、動きが止まる。
サンジの身体に回されたゾロの手が、不埒な動きを始めたからだ。

「こら、ゾロ」
「ん?」
ちゅ、ちゅっと音を立てて唇に噛み付かれた。
「あの、まだ朝・・・」
「んー」
むにゅっと下唇を食まれ、引っ張られた。
抗議の声が漏れた息に紛れる。
ちゅうっと吸い付かれ、サンジは首を変な方向に捻じ曲げたまま喘いだ。
いつの間にか身体はゾロの膝の上に乗せられている。
尻の下辺りがやけに硬い。

着込んだセーターとシャツをたくし上げられ、裸の腹が撫でられた。
充分温められたゾロの掌は乾いていてするりと中に滑り込んだ。
指先が荒れてがさつく感触が、サンジの滑らかな肌を舐めていく。
すぐに尖りに辿り着いて、その存在を確かめるように指の腹で捏ねられた。
「ちょっ、ゾロっ」
「・・・いいだろ?」
耳元で囁かれる声が情欲に掠れていて、不覚にもゾクリと来た。
ゾロは基本淡白で、二人でこんな風に触れ合うこともそう多くはない。
人と比べたことはないけれど、回数としては少ない方なんじゃないかと思う。
よくわからないけれど、新婚さんとしては少ないんじゃないかな。
そんなことないかな。
ともかく、真昼間からこんな風に積極的に押し倒されるのはあまりないことで(決してないとは言えないが)、サンジは戸惑いつつもちょっと心が弾んでしまった。

「昼間だから、誰か来るといけないし・・・」
「この吹雪で誰が来るか」
シモツキの夜は早いので、夜8時以降は原則誰も来ない。
だから夜ならゆっくりいちゃつけるのだけれど、こんな風に昼間っから・・・しかも朝っぱらから盛ることは滅多になかった。
安心してできないじゃないかとか思っちゃってる時点で、安心してゆっくりしたいのねーと突っ込まれても仕方がない状況だ。

「あの、回覧板とか・・・」
「表のポストに入れるだろ」
まだ午前中だからいいのだ。
午後だと、サンジのおやつを目当てに来客がある可能性は高まる。
だから今の、この時間がいいのだ。
「でも、あの・・・」
まだぐずぐず言いつつも、サンジの身体はなんだかすっかり解けてしまった。
浮かした腰の間から勝手に入り込んだ手が、奥まった部分をグリグリと撫で擦する。
「ちょ・・・や―――」
前を寛げられすっかり勃ち上がった己を扱かれながら、太股辺りにズボンと下着を纏わり付かせている。
背中を押され、そのままとんとうつ伏せにさせられた。
半端に足を広げて尻だけ突き出す格好になって、サンジは恥ずかしさのあまり床に肘を着いて顔を伏せてしまう。

ゾロが、背後で立ち上がった気配がした。
けれどサンジは腰を降ろさない。
尻を剥き出しにされ後孔を晒し、ストーブの火に赤々と肌を炙りながらじっと待っている。
潤滑油を手に取り、己にゴムを着けながら、ゾロの目はずっとサンジに据えられたままだ。
視線を感じるから。
身体の隅々まで・・・サンジ自身が見たこともない場所まで見られているから、動けないでじっとしている。
恥ずかしいのに、みっともないのに、浅ましいと思うのに。
ゾロに見られていると思うだけで、炎に照らされた肌よりも胸の奥が熱く疼いた。

ゾロの息が、尻頬に触れた。
滑る指が後孔の周りを探り、つぷりと中に減り込んでいく。
何度経験しても慣れない、けれど確実に馴染んでいくゾロの手順に身体が勝手に順応して、そこはサンジが呆れるほどに柔らかく温かく飲み込んだ。

見られている。
ゾロの指が、本来入るべき場所でない部分に突き立てられ、押し入っていく様を。
何本もの指がそこを撫で擦り、中に入って蠢く様を。
モジモジと膝頭を摺り寄せ腰を揺らめかし、さらに奥へと誘う内壁を垣間見られて。
ゾロの吐息と舌が、宥めるように尻肉を這うのに背筋が震えた。

「―――ああっ」
耐え切れず、ため息が漏れた。
恥ずかしい。
恥ずかしいのに気持ちよくて堪らない。
ゾロに見られて触れられて、暴かれて穿たれるのに心が溶ける。

ゆっくりと指が引き抜かれ、ぬるぬるとしたものが押し当てられた。
恐ろしさより期待の方が勝って、たくし上げられ口元で丸まったセーターを噛んで声を殺す。
ずずっと、えも言われぬ圧迫感と異物感に押し流されそうになりながらも、無意識にずり上がりそうになる身体を踏み堪えた。
「あ・・・ああ・・・」
ゆっくりと、けれど遠慮なしに中へ中へと押し入りながら、ゾロはサンジの身体を抱え己と一緒に身体を揺らした。
サンジのモノを握りこみ、前へ前へ、腰を振り打ち付けながら更に奥へと進めていく。
「あ、はあ・・・」
脳髄が蕩けるほどの強烈な快感に、すぐさま溺れた。
こんな場所に、こんな奥深くに。
狂いそうなほど気持ちがいいモノが潜んでいるなんて、きっと誰も知らない。

ゾロはゆっくりと動く。
追い立てないように、急がないように。
ただサンジの中にあることだけを味わうように。
このままいつまでも繋がっていたいと願うように。


吐く息はまだ白い。
温まりきれない部屋の中で、二人の息だけが怪しく漂う煙のように湿った肌に纏わり付く。
サンジが何かに縋るように、手を伸ばした。
色を失って白く尖った指先はてんでに反り返り、強張って震えている。
まるで今朝の樹氷のようだと不意に思い出し、ゾロはそっと手を伸ばして温かな掌でその指を握りこんだ。



END


back