助言

例年ならば、冬休みを目一杯使ってゼフの故郷であるフランスで正月を迎えるのが常だった。
だが今年はなんせ受験生。
冬休み返上で勉強しなければならないし、学校も年末年始以外毎日補習授業をしてくれるから、サンジにとって冬休みはあってないようなものだった。
勿論、受験にまったく自信がない身からすれば学校の補習も必然的に勉強モードに引き入れてくれるからありがたい。
ただ、色んな意味でフランスに行けないのはちょっと残念だったのだ。

もしフランスに行けたなら、ちょっとした土産を買ってクリスマスのお礼とかなんとか理由を付けて手渡すためにコーザ家を訪問するのは不自然じゃなかっただろう。
けど、土産の口実がなければわざわざ年賀の挨拶に友人の家を訪れるのも気が引ける。
別に行ってもいいだろうけれど、年末年始は家族や親類で過ごすものだと思うから、さほど繋がりもない自分がのこのこと顔を出したら厚かましいとか思われそうだ。
向こうの都合もわからないし、やっぱりお邪魔だろうし。
そう悶々と考え、次にロロノアさんに会えそうなのはいつだろうかと想いを馳せる。
ぶっちゃけ、今度はこの時会えるという明確なビジョンは見つからなかった。
そりゃそうだ。
所詮、ロロノアさんは友人のお父さん。
コーザ目当てに出掛けるならともかく、その父親目当てに会いに行くなんて不自然すぎる。

けれど会いたい。
一目でいいから、顔だけでも見たい。

最後に見たのは、風邪を引いて会えなかった窓越しのロロノアさんの姿。
2階にいるサンジを見上げ、少し困ったような表情をしていた。
あの顔を思い浮かべただけで、クッションを抱いてこの場で転げまわりたくなるくらい嬉しくて気恥ずかしい気持ちが湧き上がるのに、いつまでたっても慣れない。

「はふ、ん・・・」
シャーペンを持ったまま頬杖を着いて、誰にともなく溜め息を吐いた。
いつまでもこんな風にぐじぐじしていては、勉強だって捗らないし第一受験にも間に合わない。
けれど、この落ち着かない気持ちは自分では宥めようがなかった。
せめて誰かに、相談できるといいんだけど―――
サンジが思い浮かべたのは、フランスのマミーだった。

マミーはゼフの母親でサンジの曾祖母に当たり、御年87歳の肝っ玉ばあちゃんだった。
年をとっても柔軟な考え方をし、孫や曾孫達の話にきちんと耳を傾け適度なアドバイスをしてくれる。
早くに両親を亡くしたサンジにとって、親代わりのゼフには素直になれなくともマミーは特別だ。
心を許してなんだって打ち明けられる、この世で唯一にして絶対の存在だった。
今年、もしフランスに行けたならこのどうしようもない想いをマミーに聞いてもらえたのに。
誰かに聞いてもらえるだけで、少しは気持ちに整理がついたかも知れないのに。

「ん、ふぅ〜・・・」
顎に手を当てたまま、鼻息を吐く。
エコと称してリビングで勉強をするサンジを前に、ゼフは読んでいた新聞を折り畳んだ。
「さっきから、なに悩ましい溜め息吐いてやがる」
「・・・んー、んなことねえよ」
あんだよと言い返す前に、電話が鳴った。
今時分誰だと受話器を取り、ゼフはそのままフランス語を話し始めた。

『おう、今年はすまねえな。あ?ああ、元気でやってるよ』
サンジははっとして顔を挙げ、目を輝かせた。
「誰?マミー」
『ああ、ありがとうよ。サンジがマミーと話たがってるようなんだが・・・』
「悪い、代わってくれる?」
サンジはゼフの兄と挨拶を交わし、そのまま取り次いでくれるのを待った。

『まあまあ、私の可愛い砂糖菓子ちゃん。会えないなんて寂しいわ』
『僕の永遠の女神様。僕もとっても寂しいよ』
サンジは受話器を抱いて、その場で身をくねらせた。
『でも勉強なんだ、僕がんばってるんだよ』
『そうね、春にはこちらへいらっしゃい。待っているわ』
『ありがとう。ぜひ会いたいんだマミー、相談したいことがある』
『まあどうしたの?』
『恋の悩み、これのお陰で勉強が手につかないんだどうしよう』
『まあ、それは勉強しても治るものではなくってよ、私に話してご覧なさい』
『でも、普通の恋じゃないんだ。僕、道ならぬ恋をしてるんだよ』
『まあ、お相手は既婚者?』
『いや、今は奥さんいない・・・と思う』
『まあまあ、そんな人と一体どこで知り合ったの』
『友達のお父さんなんだ。どうしよう』
『でも、サンジはその人のことが好きなのね』
『もうすっごい、好きなんだと思う。その人のこと考えただけでこう、胸が熱くなるしどきどきするし、今こうしててもすごく会いたくて堪らない』
『それは恋ね』
『でも会えない』
『あら、どうして?』
『だって、その人は友達のお父さんだよ』
『あら、サンジが好きなのならそれだけで会う理由にはなるのよ』
『ならないよ、だって俺が好きなだけなんだもの』
『それで充分、あなたに会いたかったんですって言えばきっと会ってくれるわよ』
『おかしくない?』
『いいえちっとも、逆に会いたいと言う気持ちを伝えずにあれこれと理由を付けて偶然会うように装う方が、失礼に当たるのよ』
『え・・・そうなの』
『ええ、勿論。あなたが会いたいと思って、相手の方がそれを了承して会ってくれるならこれはとても幸せね。でもあなたの気持ちを知って断ってくるなら、それ以上深入りしてはダメよ』
『そんな、でもどうしよう。もしロロノアさんに嫌われたら、俺もう生きていけない』
『拒絶と嫌うのとは違うわ。その人がサンジに恋愛感情が持てなかったとしても、よいお友達として関係を続けることはできるでしょう』
『お友達なんて年じゃないよ』
『そう言えばそうね。でもサンジが好きになるくらい素敵な大人の男性でしょう。悪いようにはしないわよ』
『でも、僕なんて子ども相手にしてくれないよ』
『なにもかも後ろ向きねサンジは、こんなに可愛い砂糖菓子ちゃんなのに』
『男で子どもで砂糖菓子なんて、ロロノアさんは興味ないかもしれない』
『あら、あなたはこれから成長するのよ。どんどんいい男になって行くんじゃないの』
『それは、そのつもりだけれど』
『今は断られても、あなた達にはこの先もたくさん時間があるのよ。あなたの気持ちが落ち着くまで、あの手この手で迫っちゃいなさい』
『いいのかな』
『もちろんよ』
『だって僕、男だし子どもだし彼の息子の親友だし』
『でも私の可愛い曾孫だわ、誰にだって自慢できる、とっても素敵で大切な曾孫よ』
『マミー』
『大丈夫、私はいつまでもあなたの味方。自信を持って思うままに生きなさい。誤魔化さないで自分に正直に、相手には誠実に』
『マミーありがとう、相談してよかったよ』
『会えなくて残念だけど、いつでも電話してちょうだい』
『そうするよ、また話を聞いてね』
お元気で。
そう言って通話を切ってから、サンジは「あ」とゼフを振り返った。

「ごめん、勝手に切っちゃった。他に話はなかった?」
「―――・・・」
なぜかゼフは顔を強張らせていて、すぐに返事をしない。
サンジは「変なの」と思いつつも、気が変わらない内にと携帯を手に取った。
早速コーザに、初詣の予定を聞くのだ。
そしてもし可能なら、一緒にお参りに出かけさせてもらおう。
チャンスがないなら自分で作るのみ。

マミーに背中を押されて大胆な気分になったサンジだが、自分が致命的なミスをしでかしたことに気付くのはゼフに指摘された後だった。


End