十六夜 -6-


「ゾロ、飲めよ。なにしてんだ」
「どうした、嫁さんいねえと調子出ねえのか」
すでにへべれけになって遠慮もへったくれもないオッサン連中が、冷やかしながら肩を叩いてくる。
まったくその通りなので、俺はウーロン茶を傾けながらおざなりに返事した。
「そろそろ、迎えに行ってやらないといけないんで」
「まだいいってよ、あんまり早く行くと北前の奴らに恨まれっぞ」
「そうそう、今日のヒーローだのに」
「カっちゃん達が離さねえだろうなあ」
誰だよカっちゃんって。
注がれたコップをそのままに立ち上がりかけたら、戸口から誰かが入ってきた。
スモーカーとたしぎだ。
「なんだお前ら、もうこっち来たか」
「帰れ帰れ、綱引きの裏切り者。たしぎちゃーん、こっち来v」
「スモーカーなんかほっとけえ」
困った酔っ払い連中の輪の中に、たしぎはニコニコしながら入っていった。
スモーカーは苦虫でも噛み潰したみたいな顔をして、俺の隣にどかりと腰を下ろす。
「早く来たじゃねえか」
「お前こそとっとと行ってやれ。ヘルメッポもいるたあ言え、一人で北前じゃ畏まってるだろ」
「だよな、行ってくる」
入れ替わりに立ち上がれば、すかさず冷やかしが飛んできた。
「おいおい、今度はゾロがかみさん迎えに行くぞ」
「早ぅサンちゃんつれて来よ。なにグズグズしとんじゃあ」
「伝さんがキレたあ」
わいわいと賑やかな公民館を後にして、真っ暗な農道を軽トラでひた走る。
途中、山際に鹿が2頭いた。
帰りもいたらサンジに見せてやれるのに。
そんなことを考えながら、ゆっくりと通り過ぎる。




「あれ?ゾロもう来たの?」
北前の公民館に顔を出したら、開口一番こう言われた。
見事に首までまっかっかだ。
かなり酒が入っている。
「なんだもう迎えに来たのか?」
「来るなー早えー、つか旦那、こっち来−い!」
北前も、西原に負けず劣らず賑やかだった。
特に今年は何十年ぶりの優勝を果たしたためか、テンションが上がっている。
「うちの功労者の旦那じゃ」
「ええ嫁さんもろたの」
「まあ飲め」
「・・・車で来たんで」
代わりにーとサンジに杯が渡されたのを、横から引っ手繰る。
これ以上飲むと、こいつはヤバイ。
「ほら、帰るぞ」
「えーまだもう少し」
「そうよう、ねえサンちゃん」
「ねーv」
サンジの肘をべったり掴んでるおばさんがいた。
どうやらこれが「カっちゃん」らしい。
「ヘルメッポはどうしたんだ」
「廊下で寝てる」
俺は大股で部屋から出て、トイレの前に寝そべっているヘルメッポを引き摺ってきた。
そのまま「カっちゃん」の腕からサンジの肘を外し、ヘルメッポの腕を掴ませる。
「これでお願いします。」
「もう、しょうがねないわねえ」
おばちゃん、どっちでもいいのか?


「んじゃ、失礼します」
「もう行っちゃうのか?」
「ありがとうねえ」
「また来年ねー」
「今度お店に行きますぅ」
調理場から女性陣も出てきて、総出でお見送りだ。
真っ赤な顔をしてヘラヘラ手を振るサンジを引き摺り、軽トラに押し込んだ。
窓から手を振ろうと一所懸命ハンドルを回している。
その間に車を発進させ、カーブでゴツンと頭を打っているのも構わず北前公民館を後にした。

「お前、飲み過ぎだぞ」
「だーいじょうぶ、ちょっとだけらって」
呂律が回ってねえじゃねえか。
困った奴だと舌打ちしつつ、先ほど鹿を見かけた辺りでスピードを緩める。
「ほら、鹿でも見て酔い覚ませ」
俯いて草を食んでいた若い鹿がひょいと頭を擡げた。
もう一頭は白い尻を見せたままモクモクと食事中だ。
「あー鹿だ〜目え光ってるぅ」
「こっち見てるだろ」
「可愛いなあ・・・けどこいつら、なんでも食うんだよなあ」
「土手のスイセンが食われたとよ。確か球根には毒があったはずだが」
言いながらゆっくりと通り過ぎた。
サンジの頭がカクンと項垂れる。
「もう眠いか?」
「うん」
「このまま帰るか?」
「うん」
やけに素直に頷いた。
よほど飲まされたんだろうか。
「疲れたか?」
「そうでも、ね」
長い前髪の間から横目を覗かせ、へらりと笑う。
「楽しかった」
「そうか」
「がんばった」
「そうだな」
「だからご褒美、しよ」
くわっと、酒も飲んでないのに顔に熱が上がった。
サンジはコテンと、俺の左腕に顔を凭れ掛けている。
もう辛抱堪らず、黙ってアクセルを踏み込んだ。





「ご褒美〜」
ご褒美=風呂だと刷り込んでしまったのか、サンジは帰宅早々ポイポイと服を脱ぎ始めた。
先に風呂場に入って湯を張っていたら、勝手にまっぱになって風呂場に入って来る。
「まだ張れてねえぞ」
「いいー、つか、ゾロもー脱げー」
この酔っ払いめ。
白い身体が斑に染まっている。
このままフラフラ立っていると転んで頭でも打ちそうだから、とりあえず洗い場の椅子に腰掛けさせた。
濡れた手でシャツを引っ張るから、仕方なく上半身だけ脱ぐ。
「脱げー、ゾロもすっぽんぽんになれー」
「俺はいいって」
「なんで?」
「諸事情だ」
この状態でお互いに全裸になったら、いかに忍耐強い俺でも今後の保障はできねえ。

シャワーをざっと掛けて汗を流してやった。
このまま湯船に浸けたら、一気に酔いが回ってしまうだろ。
危険だと判断して、そのままサンジの前に跪く。
「洗ってやろうか」
「・・・うん」
酔いのせいだけでなく、サンジの目が潤んでいる。

一緒に暮らすようになってから使い始めた、泡立つ状態で出てくるボディソープを肌に塗りたくり、掌で撫でる。
首筋から背中、腕、胸から腹へと隈なく手を這わせた。
サンジは酒臭い息を吐きながら、俺も〜と呟いて俺の背中を泡だらけの両手で擦った。
自然抱き合う形となって、そのまま唇を合わせる。
最近はサンジも臆せずに舌を絡めて来るようになった。
角度を変えながら、自然と深まっていく。
開いた太股で俺の腰を挟んで、キスをしながらぎゅっと身体を密着させてきた。
いつにない大胆な展開にこちらは爆発寸前だが、寸でのところで堪える。
背骨に添って手を滑らせ、引き締まった尻たぶを揉んだ。
ひゃ、と焦った声を出して尻を浮かせたサンジの隙を突いて、掌をその下に滑り込ませる。
「あ、や・・・」
俺の手を潰しちゃいけないと思ったのか、サンジは中途半端に腰を浮かしたまま俺の首に縋り付いた。
「ヘン、なとこ・・・触るなよぉ」
「綺麗に、すんだろ?」
自分でもヤバイほどに掠れた声が出る。

双丘の間を指でなぞり、窪みに指の腹を押し付けた。
「んひゃ、と小さく叫んで頭を振る。
「や、いた・・・」
「悪い」
口では詫びながらも、動かす手を止められない。
全神経を掌に集中させて、まだ見ぬ場所を探る。
サンジは椅子に座れないで、背を撓らせながら両膝を床に着いた。
「やだって、なんで・・・そんなとこ」
挿れてえからだよ。
言いかけて、口を噤んだ。
まだ求めちゃいけないだろう。
頭ではそう思うのに、指の動きは止められない。
「綺麗に、してやっか、ら」
「やだって、ゾロっ」
後ろで蠢く手を避けるためにか、サンジは自ら腰を擦り付けるように擦り寄ってきた。
すでに可愛らしく勃ち上がっているモノが俺の腹に当たる。
嫌だといいながら感じてるんじゃねえかと、凶暴な愉悦が込み上げてきて、頭の芯が焼き切れそうだ。

「ゾロっ」
泡の滑る力を借りて指先を減り込ませ、そこでようやく動きを止めた
驚愕に見開かれたサンジの目には、怯えの色が浮かんでいる。
急ぎ過ぎたかと一瞬血の気が引いて、熱くなっていた頭が少し冷えた。
「悪い、洗うな」
指を外してシャワーのコックを捻る。
二人縺れ合ってヌルヌル擦り合わせていたせいか(サンジは主に嫌がって身を捩っていただけだが)、あちこち泡塗れになっていた。
強めのシャワーで丁寧に流し、浴槽の縁に腰掛けさせた。
「ゾロ・・・」
「うん?」
股間の泡も洗い流して、そこが萎えていないことにほっとする。
「俺、やだっつっても、本当は嫌じゃねえから」
今日のサンジは酔いも手伝っているせいか、実に素直だ。
なぜだか泣きそうな顔してそんなことを言ってくるから、性的な興奮よりも愛しさがこみ上げて来た。
「わかってる」
「だったら・・・」
「次は、やめねえよ」
そう言って頭を撫でたら、余計しゅんとしてしまった。
サンジなりにいろいろ葛藤があるらしい。
でも、怯えさせてしまったのは事実だ。

「先にご褒美をもらうぜ」
そう言って足を開かせ、顔を伏せた。
可愛らしく揺れていたそこが、俺の口の中でピクンと震え張り詰めていく。
「あ、ゾロっ・・・」
やはり抵抗を見せて両手で俺の髪を掴んだ。
けれど表立って拒否するのは躊躇われるのか、俺の首の辺りで膝を擦り合わせてモジモジしている。
「だ、めだろ・・・こういうのは、やっぱり―――」
初めてフェラした翌朝、サンジは真顔で「お腹壊してないか?」と聞いてきた。
あの瞬間、俺はもうどうしようかと本気で悶え転げそうになった。
本当にもう、どうしたらいいんだこの生き物は。
今だって躊躇いながら、俺の中でどんどん固さを増してゆく感覚に慄いている。
たっぷりと唾液を絡めながら強弱をつけて吸ってやると、はあああと悲鳴のようなため息が零れた。
「だめ、出る・・・出ちゃ、う」
「出せよ」
「だめ、だ」
これだけはダメと、無理やり髪を掴んで引き離された。
「なんでだよ」
不満そうに言うと、顔を真っ赤にしながら睨み付けてきた。
「ダメだ。これだけは譲れねえ、ぜーったいダメ!」
もうしぬ・・・と弱音を吐いて、それでも昂ぶったモノを持て余すようにモジモジしている。
じゃあ手でイかせてやろうかと手を伸ばしかけて、ふと思い付いた。
「お前、自分でやったことねえだろ」
「・・・は?」
上気した頬のまま、サンジはきょとんと首を傾げた。
「自分でやってみろ。俺がするようにこう、手で擦れ」
「えええ?」
驚くことだろうか。
どちらかと言えば、今まで自分でして来なかったことが驚きの対象なのだが。
「みんなやってることだ」
「え?ってか、じゃあゾロも」
当たり前だ。
そう頷いたら、サンジはうーと口を引き結んで真剣な顔で俯いた。
俺に高められて中途半端にピクピク勃っているイチモツを見下ろす。
「自分で?」
「そう、こういう風に」
サンジの手に手を添えて、両手で包み込ませる。
そのまま上下にゆっくりと扱くとふわわわわ〜と慌てた声が振って来た。
「こんなの、自分で・・・」
「いいんだ、その調子だ」
手に力を込めさせて、ぎゅっぎゅとリズムを付けながら扱いてやる。
たちまち先端から露が滲み出て、サンジの呼吸が荒くなっていった。
「あ、あ・・・」
「気持ちいいだろ?」
ヌルヌルと滑りがよくなってくると、俺はもう大丈夫と手を離した。
途端、サンジが不安そうに顔を上げる。
「やってみろ、自分で」
「でも」
「見ててやる」
冷静に考えると恐ろしく変態的な会話なのだが、俺達は真剣だった。
サンジにとって初めての自慰なのだ。
ちゃんと自分でできるまで、見守ってやらないと。
俺の視線に勇気付けられたのか、サンジは決意したように俯いて自ら手を動かし始めた。
どうすれば気持ちいいのかは、俺に触れられてそれなりにわかっている。
その時のことを思い出すように目を閉じて、恐る恐る、けれど着実に自分を高めていった。

「あ・あ・・・」
「いいか?」
「あ、いい・・・気持ち、い―――」
きゅうと膝を合わせて、口を半開きにしたまま上向いた。
表情があまりにもエロい。
黙って見守っている筈が、つい誘惑に駆られて手が出てしまった。
見た目にもふつりと勃ち上がった乳首に、指で触れる。
ピクンと肩を震わせながらも、逃げようとはしない。
それをいいことに、固くなったそこを指の腹で捏ねて軽く抓った。
「あ、あ・・・や」
「嫌か?」
「や、じゃない・・・あ、出る・・・出・・・」
「出せ」
わざと声を冷たく響かせたら、サンジはそのまま仰け反ってあっけなく射精した。
まるで放出を止めようとするみたいに慌てた感じで両手が交差し、己のものをきゅうと握り締めている。
「あ、あ、あ・・・」
「ゆっくり、扱いて」
手を添えて促してやると、サンジはようやく落ち着いて緩やかに扱いた。
最後の一滴まで搾り取るように丁寧に擦ってやる。
「あ―――」
カクンと俺に身を委ねて来た。
それを肩で支えながら、褒めるように背中を擦ってやる。

「気持ちよかったか?」
「・・・ん」
濡れた唇をかすかに震わせながら、なんとか微笑む。
「なんか、すげー」
「よくがんばったな」
別に褒めることじゃないのかもしれないが、サンジにしたらすごい進歩だ。
まるで我がことのように嬉しくて、祝福のつもりで何度か額に唇を押し付けた。


「ちっとは酔いが覚めただろ、風呂入れ」
促すと、シャワーでさっと洗い流してから素直に湯船に浸かった。
だがやや恨めしそうにこちらを見ている。
「俺また、一人でご褒美貰ってね?」
俺ばっかり気持ちいい。
そう呟くのに苦笑を返す。
「俺も貰ったぜ、いいもん見せてもらった」
「ばか」
先にサンジが風呂から上がって、俺があとからゆっくり上がるのもいつもの習慣になっている。
そのことに何の疑問も持たないで、サンジは温まったらすぐに湯船から上がった。
俺はしゃがんだ状態のまま、湯上りで桜色に染まった肢体をゆっくりと見上げた。
目の保養か拷問か。

「じゃあお先に」
ぷりぷりした尻を目の端に留めながら、ほとんど浴槽に縋り付くように肘を置いた。
「たまには自分でしてみろよ」
軽い気持ちでからかったのに、サンジはぎょっと目を剥いて振り返っている。
「そんなん自分でって、できるわけないだろう」
気色ばんだ様子に、俺の方が仰け反った。
「は?なんで」
「一人であんなことするなんて、それこそおかしいじゃねえか。ゾロが見ててくれないと」
――――はい?
「これからもちゃんと、見ててくれよな」
「・・・・・・」
でないと変態になっちゃうよーと一人でごちながら、風呂場から出る。
白い尻を見送ってから、俺はへなへなとその場に膝を着いた。

―――もしかして俺、順番間違えたのか?
自分が恐ろしい失敗をしでかしたかもしれないことにようやく気付いて、頭を抱えた。
これからどうやって正しい方向へと導けばいいのだろう。
つうか意図せずして、どんどんマニアックな方向に突き進んでいるような気がするのは、気のせいだろうか。




反省しつつ、やや時間を掛けてゆっくりと放出してから風呂を上がった。
サンジは縁側に座布団を敷いて、横たわったまま既に寝息を立てている。
湯冷ましに寝転がって、そのまま眠ってしまったのだろう。
網戸はしてあるから蚊には刺されないだろうが、秋の夜風は肌に沁みる。
それでもまだ深く寝入ってはいないのに動かしたら起こしてしまいそうで、そのままタオルケットを上に掛けてやった。
風呂上りの火照りを覚ますべく隣に座り、ゆっくりと空を仰ぐ。

まるで俺達を躊躇いながら覗き見るように、十六夜の月が雲の切れ間から顔を出した。




END


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