花の願い



あたり一面に爽やかな芳香が漂っていた。
鮮やかな黄色を振りまいて一斉に咲き揃う花の道を、ゾロとサンジは歩いていた。

何日か振りの上陸だった。
食材を調達しに降り立った帰り道。
のどかな陽の光と甘い花の香り。ほのぼのとした気持ちで歩いていた。

目にしたカフェの看板にサンジの足が止まった。オープンカフェで夜には酒も出す雰囲気だ。
サンジがゾロを振り返った。

「寄るか?」

コックが言うなら黙って従う剣士だった。



メニューを見ると、珍しく米の酒が載っていた。だが酒の時間にはまだ早いはずだ。
カフェのレディに、メニューの酒の部分をコツコツと指差して、“ダメ?”と目で聞くと、
一杯くらいなら出してもいいわよと、言ってくれた。指を口にあて、内緒ね、と付け加えて。
ゾロ用にそいつをオーダーする。オレ用にはティーを。
酒はガラスの器に入って運ばれてきた。目にも涼しげな切子細工だ。
ティーはたっぷりとポットで。小さなクッキーも添えてある。じつに心が和むサービスだ。うれしいね。
それぞれ手酌で喉を潤す。


さわさわと風が頬を撫でていく。
こんな他愛もない、なんでもないひと時。
捕らわれるものの何もない、静かな、時間。
オレが『行くか』と立ち上がるまで、黙ってゾロもつきあってくれる。


ゆっくりと味わうように飲んでいた酒だが、どうやら底が尽きたらしい。
滴を切るように注ぎ終えたゾロが、最後の一杯を飲み干そうと手にした。

「ああ、待て」

手の届く場所に咲いていた、ちいさな花を摘んで、ゾロの杯に落としてやる。
ガラスの杯の水面に数個、可憐な黄色が浮かんだ。

「いっつも浴びるように飲んでるけどよ。たまにゃあそんな風情を楽しむのもいいんじゃね?」

手にした杯をちょっと見つめていたゾロだったが、浮かんだ花も一緒に、ぐいっと飲み干した。
杯をカタン、と置くと、待っていたかのように、冷たい風がひゅおっと吹いた。
先ほどまでのそよ吹く風とはえらい違いだ。土地土地によって風土は違う。
この時間あたりがこの島の変わり目なのだろう。がらりと空気の変わる気配にサンジが腰を上げた。

「・・・ぼつぼつ行くか」

先を行くサンジの後から、ゾロも食料を抱え、歩き出した。










その夜、不寝番のゾロに差し入れを入れると、おい、と呼び止められた。
ん?と見ると、ちょいちょいと自分の隣を指差している。聞かなくても意味はわかる。
「なんだよ」と言いながら横に座ると、空いた杯をオレに向けてきた。―――『飲むか?』
右手に持っていたタバコを左手に持ち替え手を差し出すと、あらためて杯の雫を軽く切ってからオレに寄こした。
オレの手の中の杯に、ゾロが静かに酒を満たしていく。
そのまま口に運びかけると、待て、と止められた。どこで摘んできたのか小花をひとつ、オレの杯に落としやがった。

「・・・返杯だ」
「マリモにしちゃオツなことをやってくれるじゃねえの。どういう風の吹き回しだ」
いいから飲め、と促される。
花ごと、くいっと喉へ流し込んだ。鼻に抜けていくかすかな花の香り。
微かな余韻を楽しむように、目を瞑っていると、ゾロがふっと口を開いた。

「・・・酒に花を浮かべて酌み交わすと―――そいつとの縁が深くなる」
「・・・!」

サンジがまじまじとゾロを見つめた。
「・・・・・知ってたのかよ・・・」
「聞いた話だ」

ふぅ、とサンジがため息をついた。
「まさかのテメエが知ってるとはな・・・」
それ以上は言葉を継がず、タバコだけを口にした。

「・・・まじないが必要か」

「別に―――そんなんじゃねえよ」
ちぇっという顔をしてサンジが横を向いてしまった。

暗い海を見ながらゾロが
「深ェ縁、というのがどういうもンかは知らねェし、なんでんなモンを欲しがるかもわからねェ。
だが、お前ェが欲しいというならくれてやる」

ぐい、とサンジを引き寄せると、ゾロが目を見ながら口を寄せた。

―――う
口移しに、酒がサンジの中に送られてくる。
ごくりと飲み干した後に、鼻から爽やかな香りが抜けていった。

「こっちのが、もっと深ェ縁になるンじゃねェのか」

サンジの体からくにゃりと力が抜けた。
「・・・んっとにテメエは―――」

「あァ?」

―――ンっとにもう・・・
ゾロにぎゅううと抱きついた。

「満足か」

「・・・満足じゃねーよ・・・もっと、寄こしやがれ」

「酔うぞ」

「・・・知るか」











『ロビン』

『なぁに。剣士さん』
ゾロに呼びかけられて、ロビンが読んでいた本から目を上げた。

『ちいせェ花を、酒に浮かべて飲んだとしたら―――何かあンのか』

手にした本をぱたりと閉じて、ロビンが小首を傾げた。
『・・・港に残る、女たちの、おまじないのことかしら?』

『まじない?』

『お酒に小花を浮かべて、想う相手と酌み交わすと、その人との縁が深くなる、と聞いた事があるわ』

ゾロが苦虫を噛んだような顔をして黙り込んだ。

それを見て、ロビンがいかにも楽しいという風にくすくす笑った。

『サンジはいつも可愛いことをするのね』

『・・・あの阿保ゥ』

『そのアホぅが、可愛くて可愛くて仕方ない、おバカさんはだあれ?』

『・・・・・・チッ』

『海のコックさんには、ロマンが必要なのよ。ゾロ』

『・・・邪魔したな』

踵を返し、見張り台の方へ去っていく背中を、ロビンが微笑んで見送った。

閉じた本を再び開ける。読んでいたのはちょうど新種のチューリップのページ。
<母:クリスマスレッド、父:アルビノ>。生まれた品種の名前は―――<春天使>

写真に指でそっと触れながら、ロビンが花に話しかけた。

―――お誕生、おめでとう。春の天使さん。
これからたくさんの愛があなたに降り注ぎますように―――


END                                    (2013.03.02)


   *****


春天使が舞い降りたー!!
なんて可愛くていじらしいんだこんちくしょうめ。可愛いんじゃぐるぁっ!!
ちゃんと気付いちゃうゾロもゾロです(ニコニコ)
そして、なにも詳しい説明をしていないのにすべてお見通しなロビン姉さんに乾杯。
ふんわりと春の香匂い立つ優しいお話をありがとうございますv




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