法の日で眼鏡の日で日本酒の日でコーヒーの日で醤油の日で牡蠣の解禁日



仕事帰りに待ち合わせたゾロに連れられ、向かったのは老舗の料亭だった。
「随分と張り込んだな」
「たまにはいいだろ」
濡れた敷石を踏み、一部屋ずつ区切られた離れに通される。
ちょっとした密室で寛げる雰囲気はあるが、いかにも高級そうだ。
今日はセミナーの講師に招かれていたから、スーツ姿でよかったと今更ながらほっとする。

字を読む時だけ掛ける眼鏡をすっと外し、ゾロは慣れた風に注文を通した。
「酒は、いつものを」
「かしこまりました」
作務衣姿のはんなり美人スタッフが行ってしまってから、サンジは口を開いた。
「この店には、よく来るのか」
「たまに、だ」
「さすが悪徳弁護士、儲けてんなあ」
「悪徳じゃねえよ」
「絶対こういうとこで、お主も悪よのうとか言うんだぜ」
「言ってろ」
額を寄せ合わせてこそこそと小声で話していたら、酒とお通しが運ばれてきた。
すっと背筋を伸ばし、距離を取る。

さすがに料亭だけあって、料理はどれもサンジの舌を唸らせた。
食材や料理の温度、盛り付けに料理を出すタイミングまでつい細かくチェックしてしまう自分の職業病を自覚しつつ、ついサンジは熱心に観察してしまう。
「美味いだろ?」
牡蠣に少しだけ醤油を垂らして口に運べば、芳醇な磯の香りとまろやかでコクのある旨みが口の中いっぱいに広がる。
「・・・ああ、美味え」
サンジは目を細め、うっとりと呟いた。
そこに、女将が挨拶に顔を出す。

「いらっしゃいませ、ようこそ」
「今日は、無理を言ってすみませんでした」
ゾロが胡坐を掻いたまま頭を下げるのに、女将は楽しげに首を振る。
「いいえ嬉しおす。ロロノアさんが美味しいて思うてくれたうちの料理を、食べさせたいって思いはった人を連れて来てくださるんどすから。一緒にお食事を楽しんでいただけたら、こんなに嬉しいことはありません」
ねえ・・・と柔らかな笑みを向けられ、サンジはどぎまぎしながら頷き返した。
サンジだって、美味い料理を口にした時は「ゾロにも食わせてやりたい」と思う。
ゾロもそうだったかと思うと、気恥ずかしくもやはり嬉しい。

「お酒のお代わりはいかがですか?」
「いえ、今日はもうこれだけで結構です」
珍しく酒の量をセーブして、ゾロは純粋に食事を楽しむ姿勢のようだ。
「それでは、ごゆっくり」
しっとりとした仕種でお辞儀をすると、女将は部屋から静かに出た。
サンジは無意識に詰めていた息をほうと吐き、まだ夢見心地な様子で頬を紅潮させている。
「京美人ってのか、落ち着いててなんだか迫力があるな」
「そうだろ」
ゾロが差し出す徳利を、お猪口で受けた。
今夜は、ゾロがセーブした分だけサンジが深酒をしてしまいそうだ。



「おおきに、また来ておくれやす」
女将に見送られ、乾いた敷石を踏みながら店を出る。
一歩路地を曲がれば都会の喧騒に包まれて、今まで食事していた場所がまるで別世界のようだ。
「美味かったな〜」
「そうか、よかった」
千鳥足で先を行くサンジの後ろを、ゾロがゆっくりとついてくる。
「すげえ贅沢な空間だったな」
「お前だって、職業柄高い料理いっぱい食ってんだろ」
「ん、でもやっぱ洋食が中心だから、今夜みたいな本格的な和食はそうそうない」
サンジはふらついていながら軽やかな動作で、くるりとゾロに向き直った。
「ご馳走様、ありがとう」
「どういたしまして、料理長」
ふふ、と笑い合い肩を並べて歩く。

「たまには、いいなあ」
「うん」
「こうして外で食べるのも、外で待ち合わせるのも」
お互いの外の顔を、覗き見るのも。

「帰ったら、今度は俺が美味いコーヒー淹れてやるな」
「おう」
「それとも、お前今日あんま飲んでないだろ?飲み直すか」
「いやいい、それよりお前の牡蠣が食いたい」
「・・・置いて帰る」
「待てよこら、転ぶぞ」


End



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