居残り


放課後、ゾロと二人で居残りを命じられた。
喧嘩の勢いで掃除用具入れのロッカーを壊したのが先週のこと。
今日ようやく真新しいロッカーが到着したから、二人で運んで設置して使えるようにしろとのお達しがあったからだ。
「ったく、なんで俺がこんな目に」
「お前が避けたからだろうが」
「お前が蹴りつけて来たからだろうが」
お互いに罵り合いながら、大きなロッカーの端と端を持って階段を昇る。
いくら嵩張ってデカいとはいえ、こんなのゾロ1人でも持てる重さだ。
なので、頭の部分を持って先に階段を昇ってやった。
それに文句を付けないのは自分が重い方になっていると気付かないからなのか、気付いていても別によしとしているからか。
どちらにしろ、重いものを運ぶのはてめえの仕事だろうと悪態を吐きながら教室に入った。
教室の奥の壁には、ロッカーから出された掃除用具が固まって立て掛けられている。
「そっちの端だって、乱暴に置くな、また壊れるじゃねえか」
「てめえが蹴らなきゃ壊れねえ」
「角が凹む、床に傷がつく!」
片端を自分が持っていると振り回されるので、早々にゾロに押し付けて指示だけに徹した。
角に添わせるようにして置かせて、扉を開いて中を改める。
「前のよりでかいな、やっぱ新品はいいなあ」
「なんで中に入るんだよ」
つい、中に入って扉越しに外を眺めてみる。
「ここの隙間から、ちょうどいい感じに覗けると…」
「またよからぬことを考えやがって」
「や、待ってほんとちょっといい感じ。体育の前に着替え――――」
馬鹿なことを妄想していたら、パタパタと廊下を走る足音が聞こえた。
「ミホ美!落ち着いて」
「やだ、だってっ」
切羽詰まった女子の声が聞こえ、サンジは咄嗟にゾロのシャツを掴んでロッカーの中に引き入れた。
「なんで俺が」
「しっ!」
文句を言い掛けたゾロを壁側に押し付け、急いで扉を閉める。
と同時に、女子が三人教室に入ってきた
1人が泣いていて、後の二人は慰めているようだ。
「だって、だって先輩が・・・」
「酷いよねえ」
「あんまりよ、ミホ美の気持ちを知っていながら」
机に突っ伏して泣き伏すミホ美ちゃんを、二人で囲んで慰めている。
「これは・・・」
「出るに出れねえじゃねえか」
小声で言い合いながら、そっと息を詰めて外の様子を窺う。
女子が教室に飛び込んできたときに、ロッカーに入っている姿を見られたくなくて咄嗟にゾロを引き入れて扉を閉めてしまったが、明らかに失敗だった。
「大体さあ」
「違うの、先輩は悪くないの、ミホが悪いの」
「いやいや、そんなことないよ」
「そもそもさあ」
話が堂々巡りを続けて、終わりそうにない。
狭いロッカーの中
二人で入れば目一杯なきゅうきゅう状態で、身じろぎすらできずサンジは黙って聞き耳を立てるしかできなかった。
少しでも動けば、反動で扉が開いてしまいかねない。
ゾロを背にして前を向いているが、正直狭さと暑さで息苦しいほどだった。
そうでなくとも、ゾロは普段から体熱が高い。
密着した部分から否が応にも熱を感じて、じっとりと汗を掻いてしまいそうだ。
「・・・狭ェ」
「うるせェ筋肉ダルマ、てめえが幅取ってんだ」
同じぐらいの背丈のせいで、喋る度にゾロの息がうなじに掛かった。
汗の匂いがする。
不快なはずなのに離れがたく、ドクドクと脈打つ鼓動が早まるばかりだ。
――――汗臭ェんだ、クソが!
内心で毒づきながらも、ゾロの厚い胸板に添わせた背中はなぜか安定感がある。
「・・・?」
ぴったりと寄り添うことでなんとか収納できているロッカー内で、尻に何か硬いものが当たる。
つっかえ棒のようで邪魔だが、掃除用具はまだ仕舞っていないはず。
振り向いて確認しようにも、狭さが邪魔して首も動かせない。
「ほら、水分採って落ち着いて」
「あっ」
ようやく泣き止んだミホちゃんが、差し出されたペットボトルを取り損ね倒してしまった。
慰めていた女子がすぐさま拾い上げたが、床に少し零れてしまう。
「ああもう、雑巾」
「モップ、そこだよね」
女子の一人がまっすぐにロッカー向かって歩いてきた。
ヤバいまずいと、硬直して棒立ちになる。
ここで扉を開かれてこの状態を発見されでもしたら、なんの言い訳もできない。
ロッカーの中に男二人が潜んで覗き見てたとか、そもそもなんで二人で入ってるのとか、どう転んでも「サイテー」の烙印しか押されようがなかった。
万事休す。
ロッカーの引手に手を掛けたところで、別の女子が声を掛けた。
「そこにモップあるじゃん」
「ほんとだ、掃除用具全部出てる」
「ロッカー、新品っぽいよ」
「サンジ君が派手に壊したからねえ」
俺だけじゃない、マリモがクソ生意気に避けるから!
ロッカーの中で恨みがましく念じていると、女子がロッカーの前から離れて壁に立てられかけたモップを手に取った。
どちらともなくホッとして、身体の力を抜く。
ぎゅうぎゅう状態で更に身を竦ませたので、すでにぴったりと密着している。
尻に当たる硬い棒は、痛いほど邪魔だった。
「なんだよ、これ」
サンジは前を向いたまま呟き、僅かに身じろぎして尻をずらした。
「邪魔なんだよ」
横目で背後のゾロを盗み見たら、その横顔が微妙におかしかった。
口を真一文字に結び、射殺しそうな前方を睨み付けているのに、目元がほのかに赤い。
そして鼻息が、荒い。
「お前、マイクかなんかポケットに、入れ・・・?」
気のせいか、当たった入る部分がさらにぐんと面積を広げ、熱を帯びたように感じた。
こんなに硬くてごついのに、生き物みたいに変化する?
ってか、スツールみたいに腰掛けられそう?
もぞ、と動いたら膝が扉に触れた。
パンと弾かれるように扉が開くのと、窓の外を眺めていた女子が声を上げるのが同時だった。
「見て!あそこに先輩!」
「よし、とっちめてやる!」
「待って、先輩は悪くないの〜〜〜〜」
背後でゆらりとロッカーの扉が開いたことには気づかず、女子三人は脱兎の勢いで教室から飛び出していった。
「―――――・・・」
「た、たすかった・・・」
思わず、へなへなとその場に座り込みそうになった。
まさに間一髪。
誰だかわからないが、先輩ありがとう。
サンジはつんのめるようにしてロッカーから出て、よろよろと俯きながら近くの椅子に倒れ込んだ。
過度の緊張で心臓がバクバクしている。
もう二度と、ロッカーの中になど入り込むまい。
ゾロはと言えばまだロッカーの背面に貼り付くように棒立ちになって、微動だにしない。
「おい、なにやってんだ」
「ああ」
返事はすれども煮え切らない様子で、出てくる気配がなかった。
「なんだ、ロッカーの中気に入ったのか?」
「ざけんな」
「だったら出て来いよ、暑苦しい」
「――――・・・」
「やっぱ、気に入ったんだろ」
たまに隅っこや狭い場所が好きなガキがいる。
ゾロも案外、そういう部分があるのかもしれない。
サンジは軽く扉を蹴りつけて、閉めてしまった。
「だったら好きなだけ閉じこもってろ。あと、掃除用具の片付けもよろしくな〜」
からかいの言葉を掛けるも、ゾロからなんの返事もなかった。
変な奴と思いつつも、サンジは早々に退散を決めた。
最悪の事態は避けられたが、狭い場所でゾロの気配を存分に浴びてしまったせいか妙な汗を掻いてしまって、暑くてたまらない
「マリモ臭ェ」
サンジは自分のシャツの匂いを嗅いでから、それを振り切るように軽い足取りで教室を出て行った。
後に残された新品のロッカーからゾロがいつ出てきたのかは、サンジは知らない。


End