いまひとたびの




降り積もる雪は止むことを知らず、行く手を阻むように時折吹きすさびゾロの足を止めた。
どこまでも果てなく続く吹雪に飲み込まれまいと目を凝らす。
白また白の視界の向こうに色はない。
どんよりと曇る灰色や闇の暗さすらなくて、流れる血潮の赤が懐かしいとさえ思えた。





血煙を上げて倒れいく体躯。
真っ直ぐに見据えた目は最後まで逸らされず、朱の向こうに消えて行った。
まだ、二十歳を越えていなかったかもしれない、青臭い若造。
直面する苦難をすべて力に変えて、闇雲に身体を鍛えても若い肢体は正直にそれに応え成長していただろう。
無鉄砲な野心と根拠のない自信。
それに見合う力と未知の技量を持って剣豪を目指した若き獅子。
打ち据えられ、初めて味わった恐怖と挫折になお踏み止まり、背を向けず立ちはだかった男をゾロは一太刀で斬った。
袈裟懸けに身を弾いて崖から落ちた屍は紺碧の海へと消え、高く上がった水柱も一瞬のことだった。

何事もなかったように打ち寄せる波間には、しばらく漂った朱色すら流れて失せた。




また一人、挑んできた若造を討っただけだ。
幾百人、幾千人と、これからもこの先も、己の首を取りに追う者達が勝負を挑む。
その度斬って生きていくのみ。
その刃が己の身に振り落とされるその時まで。

ゾロはぎり、と歯を噛み締めた。
進む行く手は白に煙り、相変わらず街も家も、獣の気配すら見えない。
惰性で繰り返していた歩みを止めて、ゾロは深く息をついた。

若い命の消えた海に背を向けて、歩み始めた頃から雪が降りてきた。
森を抜け、平地に出た頃には本格的に降り積もり、辺り一面銀世界と変わっていて冬島地域に足を踏み入れていたのだと気付く。
どこに行く当てもない、流離いの旅。
命の果てるまで歩き続け、前に立ちはだかるものをすべて切り捨てる放浪の果てに、何が待つのかなんてゾロは考えもしない。
ただ生きることと同じように歩み続け、殺し続ける。
大剣豪の名を手にしたその時から。




遠い昔、世界一の剣豪と恐れられた鷹の目に初めて挑戦した時の、ミホークの齢はとっくに越してしまっただろう。
先ほど血煙に消えた若造は、かつての自分だ。
恐れを知らず、野望だけを胸に飛び込んで鷹の目に斬られた自分自身だ。
だが、ミホークはあの時止めを刺さなかった。
自分の未知の力を見極めて、我を超えてみよと叫んで生き永らえさせた。
あの日があって、今の自分がある。
そのことは変えようもない事実で、感謝はせずとも忘れることなどない。
そんな自分が、今日は若造を斬って捨てた。
かつての自分と同じ目をした剣士を、斬って捨てた。
命を賭けて挑む挑戦者に、同じく命懸けで対峙するのが流儀だと、ゾロは思っている。
だから見るからに貧弱な挑戦者でも正面から太刀を受け、手加減無しに切り捨ててきた。
腕に覚えのあるものならなおさら、言葉を交わすより剣を交えて魂をぶつけ合った。
今日の若者はいい目をしていた。
だから正面から袈裟懸けに斬ったのだ。
そのことを後悔するつもりなど決してない。
それでも、血飛沫を上げて崩れる姿が目に焼きついて離れない。

俺は、狭量な男なのか。
あの日のミホークのように、若者の未来を見据えて手加減すべきだったか。
見逃して、やがて成長した奴と剣を交える道を撰んだ方がよかったのか。
先を恐れて保身に走ってしまったのではないか。
胸に残るわだかまりは消えない。
悔いたところで後戻りできる道など何一つないのに、ゾロは降り続く白の中ですべてを見失った気がした。

なんのために、誰のために。
俺は生きて歩く――――




いつの間にか吹雪と化して吹き荒れる闇の中で、ゾロは無意識に肩を抱く。
若造に斬られた傷は案外深く、寒さで痛みを感じられないことが不快だった。
出血も続いている。
かすかに視界が暗くなったのは、夕暮れが近いせいばかりではないのかもしれない。
最後に食事をしたのはいつだったか。
横になって眠ったのは、いつだったか。
吐く息がみるみる凍り付いて、睫毛に白くまとわりつく。
一度深く息を吐いてしまえば、もう二度と呼吸できないような息苦しさを覚えて、ゾロは再び立ち止まった。

活気はやる若造にでなく、百戦錬磨の手練にでもないただの吹雪に倒される大剣豪ってのも、ありかもしれねえ。
冗談でなくそう自嘲してゾロはとうとう歩みを止めた。
導く光など最初からなかったが、進むべき道ももはや白に埋もれて探す気力すらない。
最期は刃で迎えたかったが、まあ悪くない人生だった。
無数の恨みを買って修羅を背負って来た筈なのに、こんな穏やかな幕切れでは納得できない亡霊共はあの世で歯噛みするだろう。
他人事のようにそう思いを巡らして、ふと目を凝らす。
吸い込まれるような白の闇の先に、一点の曇りが見えた。
それはうすぼんやりと漂いながら、ゾロの眼前へと近付いてくる。
いや、そうではなくて己が無意識にそれに向かって歩んでいるのだと気付いたときには、ゾロの目の前に小さな家が建っていた。








朽ちかけた山小屋の風情はない。
しっかりとしたレンガ造りで、曇る窓の向こうは煌々と明かりが灯り屋根の上に設えられた煙突からは白い煙が風に煽られている。

人の住む、家。
ゾロは躊躇いながらも凍りついたドアノブに手をかけた。
きい、とかすかに軋んで扉が開く。
冬島の家にしては作りが貧弱な玄関だ。
感覚がないまま踏みしめた足元を舐めるように雪が舞う。
対して、頬にふわりと緩やかな熱気が触れた。
程よく暖められた室内。漂うのは食事時のような美味そうな匂い。

玄関から真っ直ぐ続く台所に、ゾロに背を向けて男が一人立っていた。
まだ若い、金色の髪に痩せた身体。
エプロンを付けてキッチンに向かう姿は、料理をしている途中のようだ。

「とっととドアを閉めろ。家中雪塗れにしちまう気か?」
想いの外ぞんざいな口を利いて、男が振り向いた。
口端にタバコを咥えたままで、ゾロの姿を見ても驚いた様子はない。
ゾロは言われるままに静かに後ろ手で扉を閉める。
目深く被っていたフードを脱ぐと、雪の塊がどさどさ足元に落ちた。

「ああー、ったく相変わらず頭の足らねえクソマリモだな。ちゃんと玄関先で雪くらい払って来い!」
男はどかどかと乱暴に歩み寄って、怒鳴りながらもゾロの上着を脱がせてくれた。
足元の雪も器用に戸外へと蹴り出す。
「あーきったねえ、ボロボロじゃねえか。」
ゾロの上着を指で摘んでフックにかけると、改めて頭の天辺から爪先まで値踏みするように見る。
「一体いつから風呂に入ってねえんだ?しかもなんて面してんだ。情けねえ、こっちへ来い!」
言うや否や踵を返してまたどかどかと先を歩く。
なんというか気忙しい男だ。
ゾロはガチガチに冷えて固まっていた手足がぬるま湯に浸かっているかのようにほぐれてきたのを感じながら、ゆっくりとその後についていった。



小さな脱衣所に通されて、タオルを手渡される。
「ちゃんと耳の裏まで洗え。湯船に浸かったら、10は数えてから出てくるんだぞ。」
失礼極まりない言いつけを置いて、男はとっととドアを閉めた。
ゾロはタオルを片手にしばし閉じた扉を眺めていたが、ともかく風呂にと服を脱ぎ始める。

熱いシャワーを浴びて湯船に身を浸せば、少しは頭が回るようになってきた。
―――あいつは、誰だ。
湯船で顔を洗って、そのまま口元に手を当てた。
あの男は一体誰だ。
こんななにもない雪原の只中に一軒家があって、男が住んでいるだなんて。
しかもあいつは俺の姿を見ても、驚きもしなかった。

長く修羅の道を歩んできたが故か、出会う人々は本能でゾロを恐れた。
街を歩けば、寄ってくるのは賞金稼ぎか刺激を求める女だけだ。
真っ当な生活を送る普通の人間は、ゾロと係わり合いになろうとはしない。
ゾロもそれを弁えているから、めったに街に足を踏み入れることもしなくなった。

人に会うのは、久しぶりだな。
賞金稼ぎでも、挑戦者でもない普通の人間。
だが、あいつは一体誰なのか。
自分を見ても恐れもせず、随分軽口で迎えられた。
上着を脱ぐのを手伝ってくれたのには、内心ぎょっとしたものだ。
だが身体はそれを拒まず、自然に受け入れていた。
自分がおかしいのか、奴が変人なのか。

だが俺は、あいつを知っている―――気がする。
なんとなく漠然と…
どこかに残っている遠い記憶。
あの金色の髪を、尖った肩先を、どこかで覚えているような気がした。
一体あいつは、誰だったか…

「寝てんじゃねーだろうな!」
いきなり扉が開いて、件の男が怒鳴り込んできた。
瞠目したまま振り返るゾロににやりと笑みを返してタバコを咥えなおす。
「起きてっか、そんなら上等。飯ができたぞ。」
言い残してドアの向こうに消えた残像にゾロはじっと目を凝らした。




身体を拭いて用意してくれた服に袖を通す。
あの男の物にしては少し大きい、あつらえたようにぴったりとしたサイズだ。
髪を拭きながら脱衣所から出ると、美味そうな匂いに腹の虫が先に応えた。
テーブルの上には、これでもかと言うほど皿が並べられ食事が盛られている。
あまりに色彩が鮮やかで、ゾロはまた馬鹿みたいに目を見開いたまま突っ立ってしまった。
「ったく、随分可愛い反応見せるようになったなお前。いいからとっとと座って食えよ。」
男は嬉しくて溜まらないと言った風ににこにこ笑って、ゾロに椅子を進める。
なんだてめえ、そんな面もできんじゃねえかと心の端で思いついて、それからゾロは首を傾げた。
―――じゃあ、前はどんな面してたっけか?
男のことを思い出そうとするとまるで霞がかかったようにぼんやりとしてしまった。

「んじゃいただきます。」
手を合わせて神妙に唱える男に合わせてゾロも手を合わせる。
声を出そうとして、初めて気がついた。
言葉を話すことができない。
喉から音を伴った空気を吐こうとしても、息が漏れるばかりだ。
どうしたってんだ。
戸惑うゾロに頓着せず、男はあれもこれもと目の前に皿を並べた。
「たくさん食えよ。酒もあるぞ。」
こんな大盤振る舞いは珍しいから、今は声は置いておいて先に食事をしてしまおう。
そう思ってゾロは箸を手に取った。
大盤振る舞いが珍しいって…なにが珍しいって?
思い出そうとして、また思考が霧散する。



料理はどれもこれも美味かった。
暖かさも味付けも申し分なくて、ゾロの好みに合っていて…
口に含むごとに美味くて懐かしくて胸が締め付けられる心地がした。
この味を、確かに知っている。
俺は、この男を知っている。

ゾロは口いっぱいに頬張りながら、視線だけ上げて向かいに座る男を見た。
相変わらずタバコを片手に頬杖ついて、にこにこ笑ってゾロが食べる姿を見ている。
「お前は食わないのか。」
と尋ねたかったが、相変わらず声は出ない。
一通り食べつくして空のグラスを置くと、男は満足そうに伸びをした。
「いい食いっぷりだな。見てて気持ちいいぜ。」
そんな言葉が珍しい、とまた思えて何が珍しいのかと思い至る。
この男の屈託のなさや、親しげな笑顔に自分は戸惑っているのだ。
少なくとも俺が知っているこいつは、こんな風に素直な接し方をしては来なかった。
知っている?
やはり?

「…と、血の巡りがよくなって傷口が開いたか?」
男の目線に気付いて自分の腕を見れば、いつの間にか朱に染まっていた。
そういえば風呂に入った時点から、結構出血していたようだ。
「しょうがねえな、タオルで抑えてこっちへ来い。」
促されるままゾロは立ち上がる。
そんな自分にも違和感を覚えた。
そう言えば、俺もこいつの言葉に素直に従うような奴じゃなかった気がする。

釈然としないながらも、隣の部屋に足を踏み入れるとそこは寝室だった。
男は青いベッドカバーの上に腰を下ろして、救急箱の蓋を開けている。
「押さえてりゃ血は止まっだろ。ちょっと貸してみ。」
ゾロの腕を取ってタオルで拭い、傷口を見ては頷いている。
「随分深くやられてるな。まあ縛っておきゃてめえのことだからすぐくっ付くだろう。それにしても…」
ゾロの片腕を上げて、あちこち覗き込んでは目を輝かせた。
「派手にやられてんな。すんげー傷が増えてんじゃねえか。けど…」
乱暴に腕を投げ落として肩を押す。
無理やり向けさせられた背中に、男の手が触れた。
ひんやりと冷たい、体温すら感じさせない無機質な感触。
「相変わらず背中は綺麗なのな。」
満足そうに呟くと、またぞんざいにゾロの身体の向きを変えて、傷口に薬を塗り始める。

「わー、なんだこれ。またてめえ勝手に自分で縫った跡なんじゃねえのか、うわっ、こっちもだ」
ぺらぺらと喋りながら手際よく手当てする様を、ゾロはじっと見つめていた。
すぐ間近で金の髪が揺れている。
横顔だけしか見えない白い額には、変わった形に巻いた眉があって無性にそれをからかいたかった。
けれど、ゾロの口から言葉を発することができない。

「うっし完璧。これでどうだ」
包帯を巻いた上をぺちんと叩いて、男は心持ち顔を上げてゾロを見上げた。
視線がかち合う。
想像通りの蒼い瞳に、ゾロは満足した。

しばし見詰め合って、男の目が柔らかく細められる。
「…老けたなあ、てめえ。」
てめえが変わらな過ぎるんだろう。
「なんだこの頭。マリモに綿毛が生えてるみてえだぜ。」
言ってぐりぐりと髪をかき回す手を、ゾロはやんわりと掴んだ。
細い手首。
白い肘。
この手が器用に動いて、魔法のように美味い料理を作り出すのを知っている。
限られた食材でも最高の料理に仕上げる一流の腕を知っている。

「なんだその目は。ったく、笑い皺かよ。」
手首を捉まれたまま、ゾロの頬をむにっと抓って男は声を上げて笑った。
その身体を、ゾロは黙って抱き締めた。






たやすく両腕が交差して抱き込む胸の感触も頼りない。
こんなに痩せていただろうか。
こんなに薄い胸をしていたか。
確かめるように背を撫でて、襟足に鼻を埋めた。
懐かしい匂いが鼻腔をつく。
タバコの匂い、シャンプーか何かの華やかな匂い、そしてどこか甘い匂い。
「ゾロ」
蹴り返さずに、大人しく腕の中に納まる男がやはり珍しいと思った。
けれどもう、思い出すのは止めようと思う。
なにかを問いかけるように小首を傾げた男に、ゾロは静かに口付けた。



清潔なシーツの海の中で、男はまるで白い魚のように身をくねらせては甘いと息を吐いた。
幾度もゾロの名を呼んで、愛しげに口付けて抱き締めた。
どれほど撫で擦っても冷たいままの男の身体に熱を注いで、ゾロは何度も何度も射精を繰り返した。
いくら抱いても足らないくらい、男が欲しかった。

「がっつくんじゃ、ねえっての。」
笑いを含んだ男の声すら懐かしい。
どこかでかすかに海の匂いがして、ゾロは男を抱き締めたまま目を閉じた。





遠い昔、仲間と共に海を渡ったことがある。
海賊を名乗り、さまざまな冒険を繰り広げて戦った。
元々は鷹の目を追うために海に出たが、その目的を果たした後も海で暮らす心積もりでいた気がする。
海軍に追われ、海賊と戦い海王類を迎え撃つ暮らしは、楽しかった。
それが永遠に続くと錯覚を起こすくらい、楽しかった。

ゾロはふと目を開けた。
すぐ前に、深い蒼の瞳がある。
雪明りでほのかに照らし出されたそれは、深海のように暗く澄んで見えた。
そう、海だ。
どうして俺は船を降りた?

どこまでも果てなく続く蒼の向こうに、青い海があった。
なによりも蒼く澄んだその青の中で、歓喜に震えて泳ぐ白い魚を確かに見た。
だが…ほどなくして俺は船を降りた。
もう、海にいる理由がなくなったから。

もう、    はいないから。





ぱちりと、頭の中で雷が弾いた気がした。
目を見開いて、男を見る。
見返す瞳は相変わらず静かで深く、口元には穏やかな笑みが浮かんでいる。

「どうした?」
耳に響く低い声が心地いい。
今腕の中に確かにいるなら、伝えることができるだろうか。
ゾロはこくりと唾を飲み込んで口を開いた。
男の目を真っ直ぐに見据えて、背中に回した腕に軽く力を込める。

「    」

声は出ない。
けれど、伝わるだろうか。
届くだろうか。
一度も口にすることのなかった、当たり前すぎて気付かなかった己の想い。
男は首を傾けて黙ってゾロを見返している。
今伝えなければ
もう、遅いのだけれど。




「愛してる」





たったこれだけの言葉を、どうして最期まで伝えることができなかったんだろう。
ようやく喉の奥から搾り出して、紡ぎだされた言葉を聴いて、サンジはうっすらと微笑んだ。

その顔が白い光の向こうで滲んでぼやける。
抱き締めた腕の力を強めても、そのぬくもりは急速に失われていった。















いつの間にか吹雪は止んだようだ。
平原の彼方から上る朝日に照らされて、辺りは白い光に包まれていく。
凍りついた瞼を瞬かせて、ゾロは目を覚ました。

眠って、いたのか。
大きな木の根元に腰を下ろして、吹雪をやり過ごしたらしい。
腰まで雪に埋もれた身体をゆっくりと動かせば、フードの上に積もった雪が砕けながら滑り落ちた。

―――生きている。
あの嵐の中を野宿して、無事だったか。
自分の体力に呆れて笑いを漏らした。

固まってしまった関節を解すようにゆっくりと動かしながら、ゾロはなんどか息を吐いた。
生きている。
まだ、生きている。
すべては夢だと、知っている。

小さな家はなかった。
暖かな部屋も、美味い飯も、気持ちのいい風呂もない。
そしてサンジは、もういない。
すべて夢だと、知っていながら幸福の余韻を噛み締める。

思い出よりもよく笑って、優しくて、甘やかしてくれたじゃねえか。
大サービスだな。

冷えて黒ずんだ手足の先より、胸の内が暖かい。
腕の出血も止まったようだ。
まだ動ける。
まだ生きる。
なんのために生きるのかだなんて、立ち止まった俺は阿呆だ。




ゾロは身体の雪を払って空を見上げた。
一面を覆うどんよりとした雪雲に朝の光が反射して鱗のように煌く。

この先を行けば、雲の切れ間に青い空が覗くかもしれない。
あの男の瞳より青い、空が海が、見えるかもしれない。

目を細め、口元を綻ばせる。



そうして
彼は再び真白の大地を踏みしめて、生きるために歩き始めた。


END

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